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ヤクザは困り、そしてストーカーは暗躍する (7)

 水曜日。いつもより少し遅い終業のHRが終わると屋内プールへ向かった。

 屋内に入ると既に水泳部の部活は始まっており、生徒たちの声がそこらから聞こえてくる。水泳部以外にも何人か一般の生徒が来ているようだ。

 周りを見回すが女性陣3名の姿はない。真咲は更衣室かもしれないが残りの問題児2人は何処だろうか?

 考えていても仕方がない。俺は男子更衣室へ移動し、持ってきたトランクスタイプの水着に着替える。


「ちーあーきー」


 外に出ると同時に、聞き慣れた声に呼び止められる。


「キイどこ行ってたんだ。遅かったじゃな」


 いか。振り向きつつ唱えた文句の最後は、喉から出すことはできなかった。

 息を飲んでしまったからだ。

 振り返った先にいたのは、赤いワンピースの水着に身を包んだ女の子。程よく突き出た胸部。それでいて腰回りに無駄な肉はない。スラリと伸びた肢体は神が造形したのかと思うほどで、特にスリットから伸びた健康的な太腿は思わず目を背けてしまうほど眩しい。


「そんな派手なのはビッチが更にビッチに見えるからやめておけと、ボクは一応止めたんじゃがの」


 いつの間にか隣にいたレニャが呆れた声をあげた。

 こちらは純白のホルターネックにショーツ。腰に巻かれている可愛いキュロットスカートが逆に幼さとマッチしている。


「どうじゃ?」

「……いや、どうって言われても」

「可愛いじゃろ?」

「千秋、あたしは?」

「え、あ、はい」

「え、何その微妙な反応……。そういう時にいう言葉は「可愛い」とか「似合ってるよ」でいいの」


 いや何でお前らが水着になってるのか、不思議に思ってるんだよ。


「だって泳ぎたいじゃん。千秋だって水着になってるじゃん」


 キイは頬を膨らませると腰に腕を当てた。自然と胸が強調される形になり俺は慌てて視線を逸らす。


「そりゃお前、俺は一応、万が一、何かが起きた時の為に備えてだな……」

「あ、ちーくん。もう来ていたんですね!」


 背後から声。振り向けば学校指定のスクール水着に身を包んだ真咲が駆け寄ってきていた。

 紺色の一般的なそれだが、胸の部分が裂けちゃうんじゃないかと心配になる程である。

 もしかしてメロンでも詰めているの?


「……ちっ」「……ふん、やるじゃん」


 同性の2人が同時に舌打ちした。

 真咲は舌打ちした両名の胸に視線をやってから笑顔のまま軽くお辞儀をする。


「お2人とも、ご苦労様ですわ」

「ねぇ何で今見た? ねぇ、何で今一瞬見たの?」「ボ、ボクは第3次成長期があるんだからな! バーカバーカ!」


 良く分からない捨て台詞を残すと、2人は涙目のままプールへ飛び込んでいった。

 キイは器用に泳いでいた。十分に上手いと言えるレベルだったが、レニャの方はそれを更に上回っていた。水の中にいるとは思えないほど、自然に泳いで、いや漂っている。


「へぇーあんた結構泳ぎ上手いじゃん」

「ま、ボクの母星は87%が海じゃからの。自然と泳ぎは上手くなる。お主こそお嬢様の癖にやたら速いの……酸素ちゃんと吸ってるのか? その泳ぎ方」

「ふっふっふ。実は息継ぎしなくてもいいコマンドがあるんだなーこれが」

「カナヅチ属性を持ってるドジっ子の方が、男にモテていいんじゃないのかの」

「べっつにー。モテたくなんかないし。男子なんてどうでもいいし」

「ほー。その割に、男の目を引く水着を選んだものよの?」

「こ、これは! 別に! だ、誰かに見て貰う為とかじゃなく……気に入った……そう、単にあたしが気に入っただけだし!」


 俺はプールサイドに座り意外にも仲良く話す2人を見ていた。

 時折、プールにいる生徒(男女問わず)から視線が集まっている。無理もない。両者とも見た目だけはアイドル並みなのだ。


「ふんふんふん♪」


 隣からは真咲のキーのズレた鼻歌が聞こえてきている。


「お前、何で楽しそうなの?」

「だって。こんな事件でもなければ、ちーくんが私の2メートル以内に近寄ってくることはなかったですし」

「……おい、さり気なく寄ってくるな」


 擦り擦りと徐々にお尻をずらして距離を詰めてきているのに気がつき、俺はパッと飛びのいた。


「ちーくん恥ずかしがらなくてもいいんですよ。ほらほら」

「おい裾をめくろうとするな。やめろ。誰かに見られたらどうするつもりだ」


 目を逸らしつつ、視界の隅に入った彼女の腕を掴む。2人ほどではないが、こいつもそれなりに注目を浴びているのだ。


「照れちゃって可愛い。大丈夫です。ちーくん以外に見る人間がいたら、消し去るだけですから」


 笑顔で物騒な事を口走るな。


「冗談です」


 どう好意的にとっても冗談に聞こえないんですが、それは。

 しかし注目を浴びているのは、今に限ってはあまりよろしくない。何故なら今の彼女は獲物を誘き出すための疑似餌(ルアー)なのだ。

 といっても、今は他の生徒もいるし、水泳部の顧問もいる。流石にこの場で手を出してくることはないだろう。

 何かあるとすれば更衣室の方だが、あちらは前もって真咲が隠しカメラを仕掛けている(無論、俺が見る訳ではない)し、レニャが留置型コマンドで罠を張ってある。もし反応があれば捕獲トラップが発動する筈だ。


「だから相手が狙うのは、こちらが安心しきった瞬間だろうな」

「はい」


 ある程度人が掃けた後。例えば閉館間際、もしも一人になるような瞬間があれば、それは絶好のタイミングと言えるだろう。

 真咲がそれっきり黙ったままだったので、チラリと隣を見た。露出した肩が微かに震えている。

 そうだ。どれだけ強がっていても、ちょっと普通じゃなくても、女の子なのだ。自らの身体をエサにする事がどれほどの決意だったのか、考えてもいなかった。

 俺は頭を掻いて立ち上がった。


「なぁ、真咲。ちょっと泳がないか?」

「……えっ⁉」


 俺からの誘いが意外だったのか、真咲は目を大きく見開いて驚いた。


「なんだよ」

「い、いえ! あの、でも、私実は泳げなくて……」

「プール際で手を引くから大丈夫」

「は、はい! あの、では眼鏡は外した方がいいでしょうか?」

「……? そりゃその方がいいだろ」


 眼鏡付けたまま水に入るのは、あまり聞いた事は無い。


「ですよね。ちーくんからのお誘いは初めてですから、もしキスの時に邪魔にでもなったら大変ですしね!」

「どこからどう話が飛んだ? 何でそういう話になったの?」


 やっぱこいつの頭はわからん。


「千秋! やらしい視線いつまでも向けてないのバーカ!」

「向けてねーよ!」

「ふんだ。どーだか!」


 赤い水着のキイが水に潜る。

 俺は反論するためにプールへ飛び込んだ。




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