ヤクザは困り、そしてストーカーは暗躍する (6)
さて、腹が膨れるとはどういうメカニズムなのか。ここで改めてみようじゃないか。
食事をすることで栄養分を吸収し血液中のブドウ糖の量が増える。すると満腹中枢が働き、「おなかがいっぱいだ」と感じるようになり、食欲にブレーキがかかって、食事をストップするのだ。だからゆっくり食べれば量が少なくても満腹だと感じられる。コース料理が少ないのに割と満足になるのは、こういった理由からである――――のだが、残念ながら今の俺の満腹状態は「単純に胃袋が満タンになっている」からであり、少量をゆっくり食べたから起きた現象ではなかったのであった。
「……うぷっ……も、もう食べれんぞ」
三つの弁当を全て平らげた俺は床に寝転がった。ちなみに味は意外にもいい勝負であった。
そういう意味ではキイの著しい成長が優勝であったが、わざわざ公言して炎上させる必要はないだろう。
「ともかく食ったからな。約束は守れよ」
最初に手を付けたのは、一応レニャの弁当だった。これくらいの打算は、俺にだってできるのだ。
「えへへー。やっぱ旦那様は分かっておるの。最初にボクのに手を付けたんじゃからな!」
「でも一番多く食べたのは私のですし」
「量より質じゃろ」
「質も私のお弁当の方が圧倒的に上でしたわ」
「それ自分で作ったんじゃないじ、ノーカン。ボクらの星じゃノーカン」
「あ、あたしの……あたしのは、えっと」
「ああ、もういいから! そういうのは後で。キイのも普通に美味かったから! で、何が判ったか教えてくれ」
キイと真咲はこの時初めてレニャが何か知っている時が付いたようだった。
「ま、旦那様の命もかかってる事じゃし、いいじゃろ」
セミロングの蒼い髪をさっとかき上げると、何もない空間を人差し指でスッとなぞる。何か呟くと同時に、その先に昨日真咲の部屋で見た映像が映し出された。
真咲が驚いたように息を飲んだのが分ったが、とりあえずレニャの話を先に聞こう。
「まずこの蛭のような姿じゃが……これはナノパーティクルを使った擬態じゃ」
「擬態だって!?」
「うん。原理はボクが使ってるフラクタルアイシングと同じ。元々軍用に開発されたコートだからステルス性能も高いはずなんだけど、影っぽく見えてしまってるのは使い方を間違えておるからじゃな。恐らく使い慣れておらんのじゃろう」
「てことは、ストーカーの正体は……」
「宇宙人じゃな。もっとも何処のどいつかまでは分からんが、少なくとも相手は金を持ってない貧乏人でナノパーティクルの正式な使い方も分かっていないバカ者。ざっと分かるのはこれくらいじゃの」
「他には?」
「それだけ分かれば十分なのでは? ターゲットが判明して、装備も相手も判明したんだから、あとは捕えるだけでいい気もするよ?」
「んーそれはどうかな。簡単に言うけど、肝心の相手の場所が判らんのじゃ意味ないし、それに」
ストーカーはここ二週間動きを見せていないそうだ。真咲に動きを察知されたからだろう。慎重になっているのは間違いない。加えて数日の間に、色々な事件がここで起きているのも原因だろう。
「ちょ、ちょっと待ってください。ねぇ、ちーくん……? 宇宙人って何の話ですか……?」
真咲が俺の服の袖を掴んで引っ張った。「宇宙人」というキーワードを出して当然のように話を進めていくのを、流石に不安に思ったのだろう。
「あー……何だ。その。まあ信じて貰えるとは思えないが、こいつらは宇宙人と呼ばれる生命体だ」
「ああ、ちーくん。ちーくん大丈夫、ちーくんは真咲がずっと付きっきりでちゃんと看病しますから、心配しないでください」
「真咲さん、人を勝手に病人にするのは止めて下さい」
まあすぐに信じられないのも無理はない。これ以上説明するより、証明する方が早いだろう。
となると宇宙人たる証明は、やはり彼女達に「実行」してもらう必要があった。
「キイ、それにレニャ。ちょっと」
それぞれに耳打ちすると、不本意そうではあったが2人とも従ってくれた。
キイはタブレットを取り出すとナノパーティクルで髪の色を瞬時に漆黒へと変化させ、制服を純白のワンピースへと変体させた。
レニャはフラクタルアイシングを使いその姿を背景と同化させ、あたかも消え去ったかのように振る舞った。
これには流石に驚く真咲。
「ちーくんには、不思議な知り合いがいたのですね……」
「いや知り合いじゃなくて旦那様だし」「あたしは婚約者だけど、むぐっ」ややこしくなるので口に手を当てて黙らせておく。
「私の情報収集能力はまだまだだったのですね……。すみません。今後はもっと監視を強化します」
「いやしなくていい。しないでくださいお願いします」
部屋に仕掛けられた盗撮カメラ探すのに、めっちゃ苦労したんだぞ⁉
「とにかく。こいつらは地球外からおいでなさったってこと。そして呼んでもいないが、お前のストーカーも宇宙人だってことだ」
俺の言葉に、真咲は端正な顔をむにゅりと歪め、人差し指で眼鏡を整えた。
納得はしていないが理解はしたということだろう。頭の回転が速いとこういう時助かる。
「それでちーくん。真咲はこれからどうすればいいですか?」
「とりあえず相手の正体の「尻尾」は掴めた。暫く真咲の身の回りを監視して様子を見る」
やや消極的な方法だが彼女の身を守るという意味ではこれが確実だろう。
「ちーくん……。じゃあ私と一緒に過ごしてくれるんですね⁉ ご飯もお風呂も、そして寝る時も……! 真咲感激です!」
「いや監視は学校から家までな」
しかし2日間監視するも、ストーカーは姿を見せなかった。
真咲の話によると、ここ2週間は警戒してか姿を見せるような行動はとっていないらしい。
だが今日も体操服が盗られていたので、ストーク行為は着実に行われているようだ。
実はちょっとだけ彼女の自作自演を疑っていたのだが、後日、白くネバネバする液体がべっとりと付着した体操服が返ってきたのをを見せられて、その線は消えた。
ストーカーの行動は徐々にエスカレートしている。
今はまだしもそのうち命の危険も出てくるかもしれない。
真咲が如何に女子高生離れした戦闘力を持っているとはいえ、不意を突かれ押さえつけられたら腕力ではどうする事も出来ないだろう。
「こうなったらおびき出すしかないわね」
「囮って事? でもここ最近は警戒しておるんじゃろ。そう簡単に引っ掛かるとは思えないんじゃが……」
いつもの屋上。ベンチに座ったキイに、フェンスにもたれかかったレニャが訝し気に意見した。
当初は乗り気でなかった2人も、俺の命がかかっている事を顧みて今はそれなりに協力してくれている。
「じゃが何処にいるか分からん相手を炙り出すのは賛成じゃ。待つよりは仕掛ける方が、ボクの性に合っているし」
「あら。珍しく意見が一致したわね」
「旦那様の為じゃ。足手まといはいらんから勘違いしないように」
「あたしの婚約者の為にありがとうございますー」
良く分からない火花を散らす2人。だがおびき寄せるというのは一考に値する。
「では特別なエサが必要ですわね」
俺の隣にいる真咲は背筋を伸ばし、神妙な表情で頷いた。
「特別なエサねぇ……。あまり考えたくはないけど、エサになるのはやっぱそっち系だろうな」
体操服に運動靴、それに下着類。これまでの趣味趣向を顧みれば、ストーカーの属性は明らかである。
「……例えば水着とかでしょうか」
うちの学校は室内プールがある。過去に水泳で良い成績を修めた事があり、調子に乗って作ったらしい。1年を通して稼働しており、水泳部以外にも個人で使用することができる。
「水着か。まあ確かにエサとしては上々だけど」
「あら? 私の水着姿はちょっとしたレアですけど、ちーくんはご不満でしょうか?」
真咲は悪戯っぽく笑うと、両手を後ろで組み軽く胸を張った。
その突き出た2つの膨らみは、制服の上からでも分る程大きい。しかし決して太っている訳ではなく、膝上のスカートからすらりと伸びる脚は長く、もしもモデルをしていると言われれば、普通に信じてしまうだろう。
「……いいえ、ありません」
「ふふ。では決まりですわね」
ストーカーにしてみれば、彼女の水着姿は極上のエサになるだろう。着替えの最中の更衣室、泳いでいる最中の盗撮、或いは終わった後の濡れた水着。狙う場面は幾らでもある。
「ちょっと危険かもしれないけど、頼めるか?」
「勿論です。ちーくんが間違って真咲を襲うくらいに、派手に演出しますわ!」
「いや、熱意を向ける方向違うから。そういうのいいから」
「ええー……それでは水着になる意味がありませんわ」
意外と余裕あるんだけど、本当に精神的に参ってるのかな? このお嬢様は。
頬を膨らませた真咲を見て、俺は溜息をついた。




