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ヤクザは困り、そしてストーカーは暗躍する (5)

 月曜日。先日の爆発騒動で休校になっていたが、テスト前ということもあり直ぐに解かれる事となった(進学校だと言う理由もある)。

 あれだけ道を埋め尽くしていた報道車の姿は無く、生徒も何事もなかったように登校している。

 校門を通る辺りで、隣に並んだヤスアキが話しかけてきた。


「いやー何だったんだろな、あの騒ぎは」

「さあな。ま、商店街の方は少しばかり潤ったんじゃないか?」

「確かに駅はくっそ人多かったし、田舎が一瞬都会にでもなったかと勘違いするような人ごみだったけどさ、どうせイ〇ンが全部持って行ったんだろ。イ〇ンの地方進出は最早地域問題として取り上げるべきだと俺は思うんだがどうよ」

「何かイオ◯に恨みでもあるのか?」

「いや全くない。強いて言えば昨日イ〇ンでナンパに失敗したことだな」

「完全な逆恨みにしか聞こえないのは俺の耳がおかしいのか?」

「いや斎賀(さいが)女子の子達でさ、めっちゃ可愛かったんだよ」


 斎賀第一女子高校は可愛い子が多い事で有名な進学校である。


「いやまあ、可愛いっていってもクラスのお姫様たちに比べたら流石に……だけどさ。おっと噂をすればなんとやら」


 ヤスアキは振り返りつつ親指で後ろを指した。

 視線だけ向けると金髪と青髪の女生徒が歩いているのが見えた。それを見守る様に、10名ほどの生徒が遠巻きに付いて行く。2人が来てまだ3日しか経っていないが既に熱狂的なファンがついており、ちょっとしたパレードに見えなくもない。

 当の女子二人はにこやかに笑いながら何か話している。


「ちょっと、近くに寄らないでくれます? バカが伝染ってしまいますわ」

「ふん。それはこっちのセリフじゃ。クソビッチが伝染るからの」

「……っ! だからビッチじゃないっての……! ふ、ふん。そんな架空の設定を気にするより、むしろいつまでたっても来ない第二次成長期の方を気にした方がいいんじゃない?」

「ん、んなっ⁉ ボ、ボクんところは代々第3次成長までありますしー!」

「そもそも2次の方が来てないって言ってるの。やっぱりバカね」

「くっ……このクソビッチが……。旦那様はお前がボクより優ってるのはそのけしからん体つきだけだという事に、さっさと気が付くべき」

「ちょっと! まるであたしが身体だけみたいな言い方やめてよ!」

「大体あってるじゃろが」

「……あんたとは、いつか絶対、決着をつける必要があるわね」

「無論じゃ。旦那様からビッチを遠ざけるのも嫁の仕事じゃからの」


 距離が離れているので、笑顔の(・・・)2人が何を言ってるかは分からない。ただ、もしも取り巻きが聞いたら評価が一転しそうな会話だろうとは容易に想像できた。


「あれのどこがいいんだか。皆、見る目がないな」

「千秋、もしかして目曇ってる? 目茶目茶可愛いじゃねえか。斎賀女子でもあんな可愛い子はいないぞ。ま、俺としてはC組の神津野の方が好みだけどさ」


 ヤスアキは、更にその後方に歩いている女の子集団を見た。

 その中央にいるのは神津野真咲。談笑しながら優雅に歩く姿は、お嬢様そのものだ。

 元々清純系の最上位に位置する容姿におっとりとした話し方で、男女構わず人気が高い。(俺に関わらなければ)凶器あるいは狂気を振り回すこともないため、見る者からすれば理想の女の子なのだろう。俺からすれば信じられないが。


「二人もいいけど、俺は彼女にするなら神津野だなー」

「いやあれもないな」

「……お前、モテるくせに目腐ってんなー。いや結構マジで。神津野と遊べるなら俺は何でもするぜ」

「何でもって何だ。まさか愛のために死ねるとか言うつもりじゃないだろうな」


 冗談かと思いきや、思ったよりその目が真剣だったので、俺はそれ以上茶化さなかった。

 基本的に悪い奴ではないのだが、思いつめると少々暴走する癖がある。

 童貞を捨てたいって言って、数十万もするカスタムダッチワイフを買う為に、冬休みを丸ごとバイトに費やしたのは記憶に新しい。全くのアホである。

 そんな事を考えていると、背後からの聞こえる嬌声群が近づいてきたので、慌てて下駄箱に靴を入れ、小走りで教室へ向かった。



 昼休みを告げるチャイムが鳴るのと、レニャが俺の席に来たのはどちらが早かったか。

 彼女は無言で俺の腕を掴むと、ぐいぐい引っ張って歩き出した。

 屋上へ至るキープアウトのテープは未だに張られていたが、そんなものはお構いなしに乗り越え、フェンス際のベンチに座り込んだ。


「……レニャ。俺は飯を食いたいのだが」

「おお、それはちょうどいい。実はボクはお弁当を作ってきていてな」


 彼女は可愛い絵柄の布に包まれた箱を目の前に差し出した。


「レニャさん? これは?」

「お弁当を持参するのが、地球の嫁としては当然のお仕事と聞いた。ならばボクが用意するのは全くの道理。天命。つまりこれは運命の箱」


 単なるお弁当が妙に壮大なスケールになってるな! いったいその箱の正体は何。もしかして開けると最後に希望が出てきちゃうの?


「あー悪いけど、昼飯はヤスアキと食堂に」

「食べてくれたら、例の件のヒントを出してもいいんだけど?」

「例の件?」

「昨日の小娘のストーカーについての情報じゃ」

「まじ? 何かわかったのか?」

「うむ。あの映像で分からなかったらレアハンター失格じゃ」


 レニャにだけ分かる「何か」が映っていたということか。


「……というか、旦那様の命がかかってるんですケド。タダで教えるっていう選択肢はないわけ?」

「都合が良い時だけ彼氏面するのは真性のクズだって母上が言っておった」


 ……ま、まあ飯を一緒に食うだけなら問題ないだろう。面倒なことになりそうなキイはいないし、更に面倒な真咲もここにはいない。

 それにコイツの料理の腕は確かだ。そう考えるとちょっと楽しみではある。


「じゃ、食べるか。教えてくれる約束は守れよ」

「うむ。宇宙人、嘘ツカナイ」


 なぜにカタコト。

 まあいい。

 弁当箱を開けると色彩鮮やかな料理が視界に入ってきた。綺麗に巻かれた黄金の卵焼き、美しく茹でられたほうれん草には鰹節がかかっている。その隣にあるのは魚の照り焼きだろうか? とろりと垂れる亜麻色のタレが食欲をそそる。どれも美味そうだ。


「しかしこう、日本の弁当って感じだな。意外だ」

「えへへ……。勉強したから」


 レニャは照れくさそうに鼻を掻いた。可愛い所あるじゃないか。

 卵焼きに箸をつけ口元へ運ぶ。チラリと見ると、レニャが熱い視線でじっと見つめていた。


「じゃいただきますっと」

「ちょっと待ちなさい!」


 口に入れようとした瞬間、ぽっかりと空いた穴――この間爆発で出来た――から、声が聞こえた。

 キイだ。手に弁当らしき箱を持って走り寄ってくる。


「ちっ」


 レニャは小さく舌打ちをして、金髪の少女から視線を逸らした。


「あんた。それ、何か混ぜたでしょ?」

「な、何の話やららら?」

「目、泳いでるわよ」


 キイは俺が口に運ぼうとしていた卵焼きの上で指を滑らせると、なにか呟いた。


「えっと……使われてる調味料の項目が赤いわね……ヨヒンビンに……ストリキニーネ? ってこれ、どっちも媚薬の材料じゃないの」

「ほ、ほー。小娘さん一体何の根拠があってそんな事を言うのかな?」

「あたしこれでも1級栄養士のコマンド資格持ってるんだよね。人の婚約者に変なモノ食べさせようとしても無駄よ」

「ちっ……! 調査は得意でも作る料理はくっそマズかったら意味ないと思うがのー」

「くっ……!」


 金髪と青い髪が一触即発の距離に近づく。


「おいお前ら、ちょっと待」

「千秋! そんな得体の知れないお弁当を口にするくらいなら、あたしが作ったの食べなさいよ」


 俺の言葉を遮り、手にした赤色の箱をズイッと差し出した。


「え……これ、キイさんが作ったんスカ?」

「当たり前じゃない。何でそんな渋柿を食べたみたいな目になってるのよ」

「ウス」

「開けていいわよ」

「ウス」

「食べてもいいわよ」

「ノーッス」

「ちょ! 何でよ!」


 パーではたかれた。


「ぷっ! 本当にバカな女じゃの。旦那様がお主のような味覚デストロイヤーが作ったものを食べるとでも? つい先日も奇妙なパスタを作っていたしの」

「あ、あれからちゃんと勉強したし! もう大丈夫だし!」


 キイは涙目になって弁当箱の蓋を取った。

 肉じゃがのような煮物に、炒めてケチャップを掛けただけのソーセージ。アスパラを撒いたベーコンはほどけている。卵焼きの表面は黒くなった面積の方が多い。箸をつけるのすら躊躇うな、これ。

 種類でも色彩でも、レニャの弁当の方が数枚上手なのは確実だった。

 が、ふと目に入ったのは、味が混ざらないよう配慮された銀紙。よく見ると他のも食べやすいように大きさが揃えられていたりして、ちゃんと「人に食べて貰う」事を考えて作られているのが分った。

 勿論、当たり前と言えば当たり前なのだが、ついこの間まで自己中の極みにいた彼女がそんな配慮をした事に、驚きを感じざるを得なかった。

 俺は無言で、黒く焦げた卵焼きに箸をつけた。


「千秋……」

「ちょ、旦那様よ! ボクのが先じゃろ!」

「あーどっちも食べっから! おっと。お前のは変なの入れて無い奴だけな」

「うう……」

「ちーくん、屋上で食べるならそう言って下さればよかったのに」


 その時、キイが来た穴からもう一人の声が響いた。

 セミロングの黒髪に赤い縁取りの眼鏡をかけた女生徒。神津野真咲が背筋を伸ばし立っていた。その細い腕には、高級感溢れる重箱が抱えられている。


「げ、真咲……何でここに……」

「だってちーくんが私に会いに来てくれて1日目記念ですもの。彼女としてお弁当を持ってくるのは当然ですわ」


 何その理論。怖い。


「はい、どうぞ」


 彼女はにっこりと笑顔を湛えて、俺の膝へ重箱を置いた。ずっしりとした重量感が伝わってくる。

 これは重い、色々な意味で重すぎる。

 真咲は隣に置かれた二つの弁当箱を見ると、眼鏡の奥で目を細めた。


「貴女たち。もしかしてそんな粗末なモノを、ちーくんに食べさせる気だったのですか?」


 真咲さん怖いっす。宇宙人2人に勝るとも劣らないそのダークオーラ。君は本当に地球人なの?


「なっ……粗末ですって⁉」「ボクのは完璧なお弁当じゃぞ!」


 2人が食って掛かるが、真咲は意に介した様子もなく髪を掻き上げると、悠然と口にした。


「完璧とはこういうお弁当を指すのです」


 そう言うと彼女は俺の膝の上の重箱を解き放った。


「なっ!」「こ、これは……⁉」


 1段目には黄金の卵焼き、伊勢海老でも使ったのかやたらデカいエビフライ、煮卵に唐揚げ。2段目はマカロニサラダやレンコンのきんぴらと言った野菜類、3段目は食べやすい大きさのおにぎりが各種……。

 キイとレニャも弁当というには余りに豪華な作りに思わず声を失っている。


「取り巻きの方々ご苦労様です。そちらのお弁当(ざんぱん)はご自分で処理してどうぞ。さ、ちーくんどうぞ。これは全自動料理カリキュラムを実行してマクロを組んで作ったんですよ♪ 全て自動で料理が作られるプログラムはハードソフト共に正しく実行されましたわ」

「全自動って……そんなんできるのか?」

「はい。例えばこの卵焼き。これは私が作った全自動卵割機で割りました」


 普通の人間である俺はそれが一体どんな装置なのか、頭で思い描くことはできなかった。

 いやしかし、よく考えれば自動で料理って結構すごくない?

 使用用途がかなり限られた謎の機械名を出されて困惑するも、取り敢えずなにかすごいことをしたってことで納得しておいた。


「でも卵焼きって機械でもこんなに綺麗にできるもんだな」

「あ、それはうちの若い衆に作らせました」


 って全自動ってそういう意味かよ! ていうかお前が関わったの卵割る所だけじゃねぇか! いや謎の全自動卵割機を作ったという点ではその才能を生かしてなくはないけどさ……。


「ちーくん食べてくれますよね?」

「旦那様よ。先にボクのじゃろうが」

「千秋、あたしよね」


 3人が各々の弁当箱を手に詰め寄ってくる。

 ため息を付いて俺は箸を取り――――そのうちの一つに向けたのだった。



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