孫 小狼
風雅楼を出て己の職場まで子守唄を口ずさみながら歩いていく
職場と言っても小狼は自由気ままに情報屋をやっているので実質いくつか持っている家の一つだ
「相変わらず、子守唄を口ずさんでいるのか」
「林雨様??月様のとこでの用事は終わったんですかぃ?」
「あぁ。今期の裏町での米と塩の流通価格を報告に行っただけだからな」
「今期は大した盗賊の類も出ませんでしたから価格は変化なし、ですか??」
「情報屋なんだから知ってるだろう。」
「あは。まぁ確認って奴ですよ」
にへらと笑えば困ったような表情をする、彼はこの国の八貴族、黒家の嫡子黒 林雨
何を思ったのか大貴族の家を出て、裏町に居を下した彼は八老の一人として金融業を握っている
「その、子守唄、月様に唄ってもらったと聞いたが?」
「そーですよ。10年前の大飢饉でねぇ、寝れなかった俺に膝枕してくれて、唄ってくれたんですよ」
「そうか。あれは・・・・・・酷かったなぁ」
「酷かったなんてものじゃなかったけれど・・・アレの御蔭で月様と出会えたんです。
俺ぁ恨めばいいのか、感謝すればいいのか分かんないでさぁ」
10年前、この国を大飢饉が襲った
表の住人でさえバッタバッタ死んだのだ
裏町の被害は相当だった
当時、今よりこの裏町が遥かに無法地帯であった事もあり国は裏町に対して一切の援助をしなかった
このまま朽ちてくれれば良いとでも思ったのかもしれない
だが裏町に、月様がいた
全国を回っていた時に得たという伝手を使って続々と無い筈の食糧を、薬をこの裏町に回してくれた
あり得ないと、奇跡だとすら思った
この無法地帯の者たちが誰しも腰を折り頭を下げたのは後にも先にも月様にだけだ
結果的に、生き残った総数は表をわずかに上回るほどで
その大飢饉を機に、裏町は町となっていく
裏町の各分野トップに八老を据え
更にその上に月様を
八老には誰もが納得する人材を据えて、裏町の大恩人である月様をトップにする事で反抗心を失くさせ・・・
裏町が本当に誕生したのは、あの十年前なのかもしれないと思った
「何を笑ってるんだ?」
「思い出し笑いって奴です。
そういや、翔雲様は何時ごろお戻りに?」
「さて、な・・・北の地方にいったんだろう??行かれて既に一月だしな・・・そろそろあの方なら帰って来ても可笑しくないとは思うが」
「月様は何もおっしゃいませんもんね」
「月様は待っているのだよ・・・今回翔雲様が行かれたのは月様の故郷の確認も含んでいる」
「月様の、故郷ね・・・」