第1話 眠り姫を起こすには、止まった懐中時計を直しましょう
人と人は難しい。それはきっと、この世界が現実でも作り物でも、別の世界でも、人が人である限りそうなのでしょう?
今週もようやく楽しいこの日がやってきた!
――と高鳴る気持ちを抑えるつもりもなく、さっさと列車に乗ったわけですが。この時点で既に自分がやらかしている、なんてどうやって気づくことが出来たというのでしょう。
列車の風景がやけに眩しいとは思ったのです。そして降車駅で分かったのは、思っていたより2時間は早い列車に乗ってしまっていたということ。いつも使っている懐中時計が止まっているのに気がついたのも、その時でした。
列車を降りてのんびりと歩いていたら時間通りになるかしら、と思っていたのですが――。豪勢な小屋、といった外観の伯母さまの棲家に着いてもまだ時間が余ってしまっています。
とりあえず――
「もしもし、エライザ伯母さま? ごめんなさい、お約束の30分も前に着いてしまいまして――あのう、起きていらっしゃいます?」
こんこん、と控えめに玄関扉をノックしてみましたが、何の反応もありません。30分前ならもうお紅茶とビスケットでもお召し上がりの頃かと期待してみましたが……。
いえ、これは私が悪いのですから仕方がありません。けれども、たかが30分とはいえ、されど30分ですね。どうやって時間を潰しましょう。こんな辺境の土地では他に行く場所などそうそうありません。近くのお店も数えるほどです。しかも店主の皆様は良い方たちですが、開店時間は気まぐれになさっているご様子。
ああ少し時間が早かったからと言って追い出されているなんて……。
いえいえ文句なんて言えません。何度も自分に言い聞かせます。私ってばどうしてこう、いつもうっかりしたことをやらかしてしまうのでしょう。それに伯母さまの生活習慣は分かっていたと言うのに。
自分のあまりの粗忽さに、溜め息が出てしまいます。
母にもいっつも言われていますわ。リズに任せた私がバカだったって。
今が何時かと申しますと、日曜の朝9時30分なのです。
約束の時間が10時。納期が今日の午後5時と仰っていたかしら。けれども伯母さまは一日に人の2倍は寝ないと起きられないタイプ。
しかも朝は余計に弱い。
幼少期から見ている姪の私からしますと、低血圧だもの、と布団がわたしを呼んでいるのよ、のセリフが伯母さまの口癖と言えるでしょう。
この眠り病というか怠け病のようなそれは、昔よりも更に酷くなっているのです。ただ私は知っているのでした。
実家にいらっしゃる頃のそれは、伯母さまが何かを理由にしては誰にも会わずに済むよう、滅茶苦茶な言い訳を繰り出しているのだということを。そんな風になられてしまったのは恐らく“あの出来事”とやらのせいだろうと思うのです。母と違って伯母さまは気が弱い方、自分を過小評価し過ぎてしまう方。
なぜか恐ろしく自己肯定感が低いお方なのです。
そもそも若い頃の伯母さまは、それこそ周りが言葉を失くしてしまうほどに絶世たる美貌の持ち主。少し着飾っただけでキラキラと輝き男性陣の眼は釘付け。周りの女性たちを霞ませてしまっていたそうです。なんでもそれは社交界の令嬢たちの反感を買い、その内の一人? が嫉妬による嫌がらせでなにがしかの“陰謀”だかを画策。素直な伯母さまはそれらに振り回され婚約が破棄に。その傷が今も癒えてはいないというお話のようです。
一体どこの名ばかりの令嬢が伯母さまを傷つけたのでしょう! リズに教えたら何をするか分からない、と母が言いますので誰も詳細を教えてはくれません。他の殿方からの求婚も数えきれないほどだったと聞きますのに。
それにしても私が何をすると思っているのでしょうね、母は……。さすがに物事の分別や、令嬢としての立場は心得ているつもりですが。
それ以来、伯母さまの興味はお裁縫ばかりに。結果的にそれが職業になったのだから良いのかも知れませんが……。けれど姪の私も、もう16歳になったのです。私とて、もう求婚、まずは婚約のお申し出を頂くような年齢になっているのです。
こうして伯母さまのおうちに週に1度通うことさえ、花嫁修業と呼ばれているのです。いえ伯母さまが実家をお出になった時からしょっちゅう通っていたので、私もその呼称は意味が分かりませんが。さっさと嫁に行ってしまえという気持ちの込められた呼び方でしょうか。
それにしても伯母さまが結婚に興味がないなら全く構いません。けれど今も、誰かと想いあい寄り添いあいたいと、伯母さまが焦がれ憧れていらっしゃることを知ってからは、是非ともそれを叶えてほしい――と私はずっと考えているのでした。寝ぼけていたのであろう伯母さまが、デザインノートにポエム調で書かれていたお話のことは、知らないふりをしておきます。
そういえば私の性格について一応記して置きますと――姉(伯母さま)に似ずに強かさの権化である母のおかげで、良く言えば賢明、悪く言えば小賢しい性格だと自負しております。もちろん気の強さもありましょう。けれど時々それがとっても嫌になって、伯母さまと同じように生活してしまおうかしらと思う時もあるのです。
何と言ったって、そう、とっても自由な生き方に見えるのです。
ともかく私はといえば、婚約者を用意され初めてお会いする時もなんら臆することもなく、そして向こうに手綱や主導権を握らせるような真似もしないという可愛げのなさで生きているのでした。
そう、可愛げ。
――という目に見えないようで見えることもあるけれど、身に着けようとしてみた所で、うまく身に付かなかったするああいった性質については難しいものです。
私に足りないのはきっと女性という性別から時ににじみ出るその愛おしく思われる要素。それらを特に“可愛げ”というのでしょう。いえ足りないものなんて人間あげればきりが無いものではあるのですが、特に自分で認識してしまう部分の中で、これが見に付いてない事を思うとなんとも微妙な気分になるのです。
「リゼットはいいわよ。プラチナブロンドが勝手にくるくる巻いているうつくしい髪と、卵型の顔立ちに母親ゆずりのアイスブルーの瞳。それらを神様が上手に配置してくれているのだもの。わたしも綺麗な令嬢だったら、こんなに卑屈な性格にならなかったと思ってしまうわよ」
…………。
どうにも言いようがないのですが、伯母さまは本当にいつから自分の顔が分からなくなってしまったのか――いえ、きっと“あの時”とやら以降、伯母さまが見る鏡には存在しない女性の姿が映っているのでしょう。ストレスは時に幻影や幻覚を生み出してしまう事があると聞きます。その状態を理解するのはもはや難解な定理を解き明かすようなもの。
何故なら今の私の姿は、若い頃の母よりも伯母さまの姿に運の良いことにとても似ているそうですから。
さすがに私自身はそこまで自惚れることは出来ません。昔の伯母さまは確かに特別にうつくしかったと思いますが、それも幼い頃の記憶……素敵なドレスもアクセサリも、あまりにキラキラとして伯母さま自体が煌めいているのだと思っていた頃の断片に過ぎません。あのうつくしさに追いついたとも追いつけるとも思えませんし、本当はあの時どのような輝きだったのか私にはもう知りようがありません。
それに容姿が似て生まれた部分は幸運ですが、不運に似た気質もあるのです。
――それが、可愛げのなさ、のことなのでした。
そもそも子供の頃からずっと、母から『あの子はエライザ姉さんの子供みたいで、なんだか……』と言われていたのです。そうして妹のロゼッタについては母にそっくりな体形や面立ちもあり『私の子供って感じがするわよね、ロゼッタは本当に』と幾度も聞かせられる羽目になったのでした。
開かない扉から離れ、階段に座り込んで周りの景色を見ているだけのつもりが、ろくなことを考えないものです。母と娘でも相性はある。現に私は子供の頃から母より伯母さまに懐いてしまってそのまま。悪いことじゃないけれど、どっちも好き、なんてことにはなりませんでした。
――人間関係は難しい。たとえ血の繋がりがあろうとなかろうと、上手くいくかどうかは……。
伯母さまが結婚して家庭を持つことに意義がないと思われているのならば、また話は別だったのですが。そうしてそう思っていらっしゃるなら、私も同じようにどこかにお嫁に行ったりもせずに、自由に自分の作りたいものを作り見たいものを見る――。そんな生活を送る生涯にしてもいいのではないのかしら、と考えてしまいます。
私が女だてらにバークレー家の跡継ぎでなければ、そうしたかも知れないのですが……。
前作とは違って何故かお嬢様が頭の中に降りて来て? 今回はリゼット(リズ)令嬢と、その伯母エライザさんのお話になりました。どっちかというとエライザさんの話になっていくかも知れません、今回扉が開く前に一話終了です。
評価やコメントなどで応援してくださると大変ありがたいです。そしてお読みくださりありがとうございます。次回は22日㈯か、23日㈰を予定しています。今回も5話くらいになるかも知れません。離れようと思ってもどうしても親と子、人間というもの、について面倒に考えては書いていますね。でも人間だから考えるんだろうって、思っております。(*- -)(*_ _)




