第39鑑定 再会と離別
「ごきげんよう。鑑定士様」
ゼノの姿は以前とは違ってボロボロの状態だった。
それでもセラはゼノに対する態度を変えない。
「セラ!」
ゼノが鋭い声を出す。
セラはゼノをかばって、小男の刃物を背中で受け止めていた。
「何してるの!」
ゼノがすぐにセラの背中の様子を見る。
「鑑定士様。今はそんなことをしている場合ではございません」
セラは背中を切られたにも関わらず、血が一滴も出ていなかった。
「凄いね」
その様子を素直にゼノが感心する。
「気味悪いですか? これが殺戮天使です」
かつては大きくて美しかったであろう羽をセラが広げる。
ところどころ穴があき、色は黒ずみ、半分以上抜け落ちた羽で精一杯ゼノを庇う。
「き……貴殿の能力は……魔道具を意のままに操れるとでも言うのですか……」
小男が後ずさりをする様子を見て、セラが嘲笑う。
「貴方は本当に無能で滑稽ですね。私たちは傷つき力も無く、私には所有者に逆す術すらないというのに……」
ゼノの意図を汲んでかセラは羽と背中を黙ってゼノに治させている。
「ありえないありえないありえない……所有者以外の言うことを聞く魔道具も魔道具のことを自分よりも優先する人間も……」
まるで、化け物でも見るかのような目で小男がゼノとセラを見る。
「貴方程度の思考ではそうなのでしょうね」
哀れな人を見るような目つきでセラは小男を一瞥した後、あっという間にゼノに治してもらった真っ白で美しいフワフワで大きな羽を広げた。
「鑑定士様」
それだけでゼノに伝わった。
「僕は家族の元に帰ります。国王様によろしく伝えてください」
そう言うとゼノは、彼女の背中に飛び乗り、次の瞬間には大空へと飛び立っていた。
●
自由の身となったゼノは興奮していた。
「ねぇ見たセラ! あの刀っていう武器! 刀身が薄いのに凄い切れ味だったよね? あれ、どうなってるのかな?」
「まったく……貴方という御方は……」
セラはそう呟き、次の言葉を飲み込んだ。
『貴方にお仕えするのは骨が折れそうですね』
この台詞を言うのは自分の役目ではない気がしたからだ。
「鑑定士様」
眼下にアイリスたちの姿を見つけてセラが言う。
「ご家族がお迎えに上がりに来ていますよ」
王都の入り口でごたごた問題を起こしているアイリスたちの近くにセラが不時着した。
「魔導人形だけでなく殺戮天使もだと?」
門番が絶句する。
「このおじさん、オレたちを見るなり卒倒しそうになってるんだよね」
ミラーがマスターと叫んで抱きついた後に、目をぐりぐりさせて言う。
「私はもう1人の方を救出して来ますね」
ペコリとお辞儀をすると、セラはゼノがお礼を言う間も与えずに飛び去ってしまった。
「みんな」
ゼノがアイリスを、ミラーを、ノワールを、ルミエを、シャルロットを、ピクトを見て言葉を続ける。
「ただいま」
にこりと微笑む。
「おかえりなさいです。お父様」
「マスター!」
「うむ。我の元へよくぞ帰ってきた」
「お帰りなさいませゼノ様」
「ゼノォー! 寂しかったよぉー!」
「ふん! 誰も人間のことなんて待ってないっての!」
「……ミルクは?」
キョロキョロ辺りを見渡した後、ゼノが問う。
全員がキクリとする。
「あー。そのぉー」
ミラーが歯切れの悪い返事をする。
「魔法哺乳瓶のことですね」
フワリとセラがアッシュを乗せて降り立つ。
「きちんと説明すべきですよ?」
全ての事情を知ってのことか、セラがアイリスたちを窘める。
「そうか……ミルクが……可愛そうなことをした……」
全てを察したアッシュが目を伏せる。
「アイリス?」
思わずゼノは、アイリスの方を見た。
まるで、これが嘘だと言って欲しいとでも言うように。
「申し訳ございませんお父様」
無機質な声がゼノの心を打つ。
「僕は謝ってほしいんじゃない! アイリス! 嘘だと言ってくれ!」
ゼノがアイリスの胸ぐらをつかむ。
「嘘ではありません。ミルクは敵対勢力によって破壊されました……私の力不足です。申し訳ございません」
「嘘だ……ミルクが死んだなんて嘘だ……」
ゼノが頭を抱えてうずくまる。
「本当に不思議な御方ですね」
そのまま泣きわめくゼノを見てセラがアッシュに言う。
「あぁ。だが、これがゼノだ」
「実に非効率です」
アイリスもその会話に混ざる。
しかし、取れた目からオイルが流れていた。
「おい! アイリス!」
アッシュが驚く。
「バカな! あり得ません! 魔導人形は涙なぞ流しません」
セラも驚く。
「これは涙ではありません。眼球と顔との間に亀裂が入り、そこからオイルが漏れているだけです」
「マスター。ごめんよ……」
「うぉーうぉーうぉー! なんだこのしょっぱい水は!」
ミラーとノワールは王都だというのに、ゼノと一緒に大泣きをする。
「鑑定士様……貴方はまさか……魔道具に感情を与えたというのですか……」
セラが戦慄するのをそっとアッシュが否定した。
「いや。違うな」
セラがアッシュを見る。
「ゼノは魔道具の心を治したんだ」
「心を治した?」
セラが目を見開く。
「魔道具には理解できんだろう? 俺もできんかった。だが、そうとしか説明がつかんのだよ」
「お父様」
泣き続けるゼノにアイリスが声をかける。
「お父様は前に私に言いました」
アイリスが胸に手を当てる。
感情のないはずの魔導人形が、まるで胸を痛めているかのように。
「命が尽きてもそれが死ぬことではないと」
「アイリス……ミルクが……」
「お父様は言いました。誰かが命が尽きた者の意思を継げばその者はまだ死なないと」
「アイリス……」
涙と涎まみれの顔でゼノがアイリスを見る。
「そんな理屈は分かってるよ……でも……僕の心はそれを拒絶してるんだ……」
「理解できません」
「ミルクはみんなが楽しく暮らせる家庭を求めていた。そんなこと分かってる! けど、今の僕にはまだ受け入れられないんだ……ミルクの意思を継ぐことがミルクを生かすことだと理解できないんだよ……」
「お父様は以前私に、それを理解しろとおっしゃりました」
「僕はいいんだよ! でも、君たちが死ぬのは違うんだよ!」
「理解できません」
アイリスの頭から白い煙が上がる。
「私も理解できません」
セラも同じく頭を左右にふった。
「残念ながらこれは人間だけが持ち合わせる感情だな。しかもゼノは自分が死んだ時はこう。けど、自分が失うのは嫌だというわがままがある。全く困ったお前たちのご主人様だな」
なぜかアッシュはこういう時だというのに、笑っていた。
「大丈夫だよ! マスターが潰れそうならオレが全力で助けるから!」
「魔鏡に何ができるんだい! あたしが支えるよ! 元々魔法哺乳瓶が死んだのはあたしが原因なんだし」
ミラーとピクトがギャーギャー言い争いをしているのを見て、アッシュが微笑む。
「全く貴様らは。ゼノの何を見てきたんだ?」
魔道具全員がアッシュを見る。
セラも。だ。
「ゼノはそんなに弱くない」
アッシュの背後の夕陽が真っ赤に染まる。
アッシュの足元では、まだゼノがうずくまっている。
なのに――
もうゼノは大丈夫な気がした。
それは夕陽がそう見せているだけなのか、それともアッシュの言うとおりなのか……
「だろ?」
アッシュが慣れないウインクをする。
それは、アイリスたち魔道具たちになのか、
それとも――
ゼノに対してなのか……
ゼノは立ち上がり、夕陽を背景に家族に一言だけ言う。
「さぁ。帰ろう」
もう大丈夫。
僕にはみんながついているから。
そんな言葉は、家族のみんなには必要なかった。
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