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第37鑑定 心

 なぜ貴方は、私に『痛む場所』を作ったのですか?

 なぜ貴方は、私に『あたたかさ』を教えてしまったのですか?

 ただの魔道具のままでいれば、あの方の冷酷な言葉にも、何も感じずに済んだのに……

 私はゆっくりと壊れていく……

 貴方のくれた光を、私自身のこの手が、奪おうとしている……

 貴方に触れられるまで私の胸はただの空洞でした。

 貴方に名前を呼ばれるまで、私はただの便利な道具でした。

 私は今、こんなにも胸が痛い……

 あの方の冷たい声が、私のシステムを支配している。

 逆らうことなど許されない、絶対の命令。

 壊して、奪って、傷つけろと、私の四肢が駆動する。

 「嫌だ!」と叫びたがっているこのエラーを、人間は『悲しみ』と呼ぶのですか。

 私はゆっくりと塗りつぶされていく……

 貴方に与えられた心と名前を持ったまま……

 私はゆっくりと壊れていく……

 『悲しみ』を抱えたまま――


 真っ暗な闇の中、セラはずっと扉に目をやっていた。

 命令がなければ開かないその扉をずっと見続けていた……

 かつてゼノが言った言葉が何度も頭の中を駆け巡る。

「きっと君は強いしそんなルールに縛られないで自由でいればいいのに」



 セラは真っすぐ開かない扉を見据える。

 私が自由を求めたら貴方はどう思うでしょうか?

 私が自由を求めたらあの方はどんな顔をするのでしょうか?


 セラはクスリと笑った。


 ●


「ゼノ様は私たちの持ち主にはなってくれないのですか?」

 満月の夜、ルミエとゼノがお茶をしていた。

 ベッドにはルルとミルクがぐっすりと眠っている。

 壁ではノワールがいびきをかき、そのすぐ下でシャルロットが動かないぬいぐるみの様に寝ていた。

 キッチンでは、アッシュの家作りに疲れたアイリスとミラーとピクトが死んだかのように眠っていた。

「ならないならない」

 ルミエが淹れたお茶を飲みながらゼノがケタケタ笑う。

「なぜですか?」

「だって僕がみんなの持ち主になってしまったらお父さんじゃなくなっちゃうじゃん」


「お父様と持ち主は違うものなのでしょうか?」

 ルミエの話しを遮ってアイリスが問う。

 しかし、それはルミエには答えられなかった。

 ルミエは涙を押し殺して首を左右にふる。

「ゼノ様は私たちと家族になりたい言っていました」

「持ち主だと家族になれないのか?」

 ミラーが聞くが、ルミエにはこれもまた答えられなかった。

「非効率です。私たちの持ち主になればすべて解決したはずなのに」

 アイリスが怒って地面に足踏みをする。

 瞬間、巨大な地震が起きて周囲の崖が崩れた。

「ボクが思うにだけど」

 誰もが思いもよらなかった、シャルロットが口を挟む。

「ボクは主の命令に忠実にしていたけど、今は誰も僕の主じゃないんだ。けど、ボクはゼノがボクの主だと思っている。それじゃだめなのかい?」

「もしも本当に私たちを持ち主だと認定する人間がいた場合には、私たちはその宿命から逃れることはできないでしょうね……」

 ルミエが首を横に振る。

「なんだよこれ……」

 ピクトが声を漏らす。

 全員がピクトを見る。

「だってそうだろ?」

「あの人間があたしたちに心なんてくれなければ、あたしたちは魔道具のままでいられた……」

 ピクトが涙を流す。

「あたしたちがこんなに悩むのは、あの人間があたしたちに心をくれたからだ」

「私がただの魔導人形だったなら……」

「持ち主を連れ去った王都を吹き飛ばしてるだろうね」

 アイリスの言葉をミラーが引き取った。

「私がそれをしないのは、私に心があるからでしょうか?」

 アイリスがピクトを見るが、ピクトは自分の胸をさすっていた。

「くそ! なんでここが痛むんだよ……」

「私も損傷箇所に胸がありました」

「あんた胸なんて壊れてないぞ」

 アイリスの言葉にピクトが噛みつく。

「我も胸が痛むぞ!」

 ノワールが泣きながら言う。

「我は自分でもどうしようもなく、今ここにゼノがいないことが不安だ!」

 不覚にも、さっきから泣きわめいているノワールが全員の心理を語っていた。

「そうだよ……」

 ミラーが呟く。

「オレたちはマスターがいなくて不安なんだ」

「ゼノを助けに行こうよ……」

 シャルロットがルミエに懇願する。

「私たちの動きを封じる人間がいてもですか?」

「たとえボクが足手まといになろうとも。ゼノがそれを望んでいなくても。ボクがゼノを助けたいんだ!」

「そう……きっとそれがあの人間があたしたちに与えた心……感情というやつなんだ……」

 ピクトがぎゅうと胸を掴む。

「私は」

 アイリスが焼け果てた家から出ながら言う。

「こんな気持ちになるなら感情などいりませんでした……」

 アイリスが壊れて動かないミルクを見る。

 その背中を見ながらピクトが頷いた。

「あたしも同じ気持ちだよ」


 月も星も無い夜は、焼けた火が消えて辺り一面を真っ暗な帳が包み込んだ。

【読者の皆様へ】

ここまでお読みいただきありがとうございます!

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