第36鑑定 告白
「あたしが……あたしが魔法哺乳瓶を殺したのかも……」
粉々に割れたミルクに、まだ声をかけ続けるアイリスの隣までやってきて、ピクトがポツリと言った。
「バカが。そんなわけなかろうが」
巨大な葉っぱでノワールが大きく鼻をかむ。
「そうよピクトちゃん。そうやって自分を責めてはいけないわ」
ルミエがピクトの背中をさする。
「だいたいあんたは、ミルクと一緒にやって来たからそう思うんだろうけど、今回のは違うぞ? 明らかにマスターを連れ去ったあいつらが殺したんだ!」
ミラーが怒りをにじませる。
「ねぇ」
シャルロットが自分の周囲にどす黒いオーラを纏いながら言う。
「ボクはこの怒りを誰にぶつければいい? 人間全部? ゼノ以外の人間? ミルクに直接手を下したやつだけ?」
「そんなことしてもゼノ様はよろこびませんよ」
「そんなの分かってるよ……」
ルミエに窘められたシャルロットが俯いた。
「ゼノ様が知ったらどれだけ悲しむことでしょうか……」
「お父様なら治せないのでしょうか?」
ポツリとアイリスが呟く。
「たぶん」
ピクトも呟く。
「無理だ……」
「なぜ分かるのですか!」
アイリスがピクトの方に詰め寄る。
「だってミルクはもう……」
これ以上はピクトには言葉にできなかった。
ただ。あたしのせいだ。と何度も呟いた。
「ピクトちゃん。何回も言っているけど、あなただけの責任ではありませんわ。私だってこうなることが分かっていたならミルクちゃんを私の中に入れておけば良かったと思っています……」
「そうじゃないんだよ。あたしは最初裏切者だったんだ……いや。今もそうか……」
「どういうことですか?」
アイリスが更にピクトに迫った。
●
「……あいつはどうなっておる?」
国王が付き人に問う。
「は。衰弱していますが生きています」
「そうではなかろう。儂の魔侍を起動される気があるのかどうかじゃ」
「は。恐れながらその気はないようです」
「何か方法はないのか?」
ギロリ。と国王が睨む。
答えが返ってこないことに国王は怒りも感じなくなっていた。
「殺戮天使を呼べ」
「殺戮天使ですか?」
付き人が問い返す。
「あの魔道具が儂に本当のことを言うとは思わんが、情報はあるにこしたことはない」
国王は信用はしていないが、殺戮天使にゼノのことを聞いてみるつもりのようだった。
「ごきげんよう国王」
以前の美しさは消え、ボロボロで羽ももぎ取られたセラが、それでも尚威厳たっぷりに膝だけを折って挨拶をする。
「それで? 私に何か御用でしょうか?」
「用がなければ貴様の顔など見たくもないわ」
国王が唾を吐きかける。
「私は何をすればいいのですか?」
顔に唾をかけられても平然とセラが問う。
「あの男はどうやったら儂の言うことを聞く?」
国王の質問は直球だった。
駆け引きなどしない。
いや。魔道具ごときに駆け引きなど必要ない。と考えているのかもしれない。
「そんなことも分からないとは愚かですね」
セラが軽蔑した目で国王を見た瞬間、セラの体中に電撃が走った。
「儂に反抗的な態度をとるでない。貴様は黙って儂の言うことを聞いて儂の問いにだけ答えていればいいのだ! 貴様ら魔道具が物を考えるでない!」
「……鑑定士様は私たち魔道具のためならご自身の命ですら捨てる御方でございます」
セラの言い方は尊敬そのものであり、うっとりとした表情をしていた。
「もしも鑑定士様に言うことを聞かせるのでしたら、我々魔道具を人質として取るしか方法はありません」
ペコリ。とセラはお辞儀して退出した。
「……全くアテにならない助言でしたな」
一瞬あっけにとられた後、付き人が言う。
「魔道具を人質にだと? バカらしい。自分たちのことを守っているだけではないか」
国王がため息交じりに言う。
「結局あの魔道具に聞いたことが間違いだったというわけか……」
国王がセラが出て行った扉の方を見る。
「魔道具もあの男も儂には理解不能の生き物とでも言うのか?……」
●
「どういうことですか?」
アイリスがピクトに迫る。
「あたしの最初の命令はあの人間の能力をトレースすることだった」
明らかに敵対しそうなアイリスに対して、ピクトは真っすぐ見据えて淡々と答える。
その表情とは裏腹に声は震えていた。
それだけで、ピクトが真実を話しているとみんなが感じた。
「魔法カメラ。貴様の役目はあの鑑定士の力をトレースすることだ。そして、それを魔法哺乳瓶の中に入れろ」
ピクトが起動と共に言われた指令だった。
「何で! 何で王都のやつらはマスターの力をトレースしてミルクの中に入れたがったの?」
ミラーがキーキー声で叫ぶ。
「たぶん……」
少し俯きながらピクトが答える。
やや言いにくそうに。
「あの人間の力を誰か他の人間が使えるようにするためだ……」
「なぜ貴様はそれに従った?」
ノワールが涙ながらに叫ぶ。
「そりゃ従うしかないさ! あたしの持ち主の命令だぞ? あたしだって、あの人間のようなやつに持ち主になってほしかったさ! だけど魔道具の宿命だ。持ち主の命令には逆らえないんだよ……だから……あの人間の力が上手くトレースできてなかったと知った時に魔法哺乳瓶が裏切ったんだと思って、それを報告した……」
ここでピクトは一度言葉を区切った。
「なのにあの人間……それを伝えたのにあたしのこと責めないんだよ?」
「全く。マスターらしいや」
「それでこそ、我が選んだ主よ!」
「なぁ! あんたたちは思わないのかい? あたしは思ったよ。なんであたしの持ち主はあの人間じゃないんだって」
なぜか誇らしくするミラーとノワールを見て、ピクトはもう感情が抑えられずにいた。
「お父様は私たちの持ち主には絶対にならないと言っていました」
「それこそがゼノ様だと私は思いますわ」
自分の持ち主にならないことに怒りを露わにするアイリスに対して、ルミエが優しく諭した。
「ピクトにはピクトのミルクにミルクの事情があったのは分かる。けど、ゼノがボクたちの持ち主にならない理由をボクは知りたい」
シャルロットがドカリと座る。
いつもと違って、何に怒ればいいのか分からない様子だ。
「私は一度ゼノ様に訊ねたことがあります。どうして私たちの持ち主になってくれないのかと」
そう前置きをして、ルミエは語り出した。
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