第35鑑定 返事のない家族
「出ろ」
冷たい声が地下牢に鳴り響く。
ゼノは無言のまま玉座まで歩く。
「どうじゃ? 儂のために働く気になったか?」
国王は豪華な食事をわざとゼノの目の前に置いていた。
こんがりと焼けたパンの香り、色とりどりのフルーツ、香ばしく焼けた肉……
ゼノはもう何日もスープしか与えられていない。
「この肉はな」
国王がフォークで肉を刺しながら言う。
「ダンジョンに発生する兎型のモンスターを討伐して手に入れたのじゃ」
うむ。実に美味じゃ。と言いながら自分の口に放り込む。
「貴様も食べたいか? ならば儂のために働け。難しいことは言わん。魔侍を完全に起動するだけじゃ。それだけで貴様は家族の元に帰れるし、必要とあればこれらの食事も与えるぞ?」
「……」
ゼノは何も言わない。
「強情な奴じゃ。もうよい」
ゼノは再び地下牢に連れ戻された。
「おい」
ゼノがいなくなった玉座で国王が付き人を呼ぶ。
「どうやったらあやつに力を使わせることができる?」
「あの者は今、絶望におります。これ以上ない絶望でしょう。これを続けることで通常であれば拷問に近い精神攻撃になりますが、あういう輩は逆に一度だけ幸福を与えてみるのはいかがでしょう?」
「ほう? 具体的にはどうすればよい?」
「今度の食事、豪華なものにしてはいかがですか?」
「なるほど。またこの豪華な食事が食べたいと思うようになるわけだ?」
ニヤリと国王が笑い、早速今夜のゼノの食事を豪華な物に変えたが、ゼノはそのほとんどを残した。
「美しい美女を一緒の牢屋に入れてみましょう」
小男が提案するが、ゼノは魔道具以外とはまともに喋れない。
まともに喋れる人間はアッシュくらいであり、幼馴染のエリスにいたっては、ゼノの話したい内容を即座に理解するスキルを身につけている程だ。
ゼノと美女は一切の会話をしなかった。
「外の空気に触れてみましょう。外の楽しさを思い出せば奴は屈するはずです」
ゼノは無反応のまま、衛兵に連れ回されるだけとなった。
時折、壊れた道具に目をやるが、逆に衛兵たちはそれらに無関心であり、ゼノが唯一反応を示した対象を知ることなく、城へと戻って来た。
「一体どうなっておるのじゃ!」
国王が怒鳴り散らす。
「私にもさっぱりでございます。あれほどまでに欲がない者などいません」
「言い訳はいらぬ! さっさとあの男に魔侍を起動させるのじゃ!」
ゼノとは違う地下牢に幽閉されているセラのところにまで、国王の怒号が聞こえた。
セラは小さく微笑みながら首を左右に振った。
「さすがは鑑定士様ですね」
●
火は思ったよりもすぐに消えた。
しかし、魔道具が再度起動するには数日を要した。
それだけ、老人が使った能力は強力だったようだ。
ピ。という電子音がしたかと思ったら、アイリスが無機質な声を発する。
「再起動確認。損傷個所……両手、両目、両足、胸。……胸?」
「何ブツブツ独り言言ってるんだよアイリス」
「ミラー。おはようございます。お父様はどこですか?」
「忘れたのかよ。オレたちの目の前で連れ去られたんじゃないか」
「そうでした。私の胸が損傷しているのはそのせいでしょうか?」
「知らないよそんなの」
ミラーが木を集めている。
「何をしているのですか?」
「マスターが帰る家を治してる」
「助けに行かないのですか?」
「アイリス……あんたが一番最後に起きた。だから知らないのも無理ないかもしれないけど、オレたちは今、王都にマスターを助けに行くべきではない。と判断したんだ」
ミラーの声は沈んでいた。
ゼノを目の前で連れて行かれたのだから当然だろう。
「どういうことですか」
「アイリスちゃん。落ち着いて聞いてね?」
後ろからルミエが声をかける。
その声は震えていた。
ゼノが連れて行かれた以外のことが何か起こっている。
そうアイリスは思考した。
「最初に目覚めたのは私でした」
そう前置きをして、ルミエが話し始めた。
●
辺り一面はまだ燻っていた。
ルミエの体は煤だらけになっていた。
『またゼノ様に拭いて貰わなければいけませんね……いえ、それではまた迷惑をかけてしまいます』
そんなことをぼんやり考えながらルミエは、自分の体を拭ける何かを探していた。
「まだ皆さんは能力で停止しているのですか」
「くそ! このあたしが人間ごときの力で封じ込められるなんて!」
目覚めて早々にピクトが悪態をつく。
「おはようございます。ピクトちゃん」
ルミエがせっせと体を葉っぱで拭きながら言う。
「何してるんだい?」
「ゼノ様が帰って来た時に汚い体でお出迎えするわけにはいかないので」
「おい」
何か言おうとするピクトの言葉を遮るように、ノワールがやや遠くから声をかける。
「そんなことよりもさっさとゼノを助けに行くぞ」
「まずはみんながいるか確認しないのかい?」
ピクトが驚くとノワールはさも当然。というように言う。
「我は誇り高き魔剣だ。我の仲間にあんな程度の攻撃でやられる者などおらん!」
「ノワールはそう思いたいだけでしょ?」
ミラーが目覚めに言う。
「おはようございます。ミラー」
「オレもマスターを助けに行くのに賛成なんだけど?」
ミラーがルミエを見ると、ルミエが首を横に振った。
「あの能力者に再び遭遇した時、私たちだけでは対処できません」
「あの人間がどこかで張っているってことかい?」
ルミエの言葉を聞いてピクトが聞き返す。
「私が敵ならそうします」
「オレの力でどこにいるか映し出してやるよ!」
ミラーがそう言って力を使うと、老人はまだ城に居ることが分かった。
「ね? 無理なのが分かりましたか?」
「むしろ足手まといになるってことかい……」
ピクトが歯噛みする。
「ならまずはみんなの無事を確認して、マスターが帰る家を作るしかないね」
「残るは、アイリスちゃんとシャルロットちゃんとミルクちゃんですね」
ルミエがキョロキョロと辺りを見渡す。
「3人とも見当たらぬな」
ノワールがやれやれと家があった場所へ向かう。
「わぁぁー!」
ちょうどその時、家があった方面からシャルロットが走って来た。
「うるさいメンヘラが来たよ」
ミラーが嫌そうに言うと、ルミエが口元を抑えた。
「何か燃えてません?」
「誰かぁー! ボクの腕を助けてくれぇー!」
シャルロットの腕が燃えていた。
「魔法人形は燃えやすいよ!」
ピクトが鋭い声を上げる。
「我に任せよ!」
そう言ったノワールは何と、シャルロットに大量の水をかけた。
「あ……あんたバカなのかい?」
ピクトが目を丸くする。
「なっ! バカとはなんだ無礼者!」
「魔法人形の弱点と言えば、火と水だろ?」
「やかましい! この無礼者を叩き切ってくれるわ!」
ノワールがかけた水は、周囲に燻っていた火を完全に消化した。
同時に風が吹き、煙をも消し去って辺りをさらけ出した。
やや先からルミエの息を飲む声が聞こえた。
「どうした? 何を呆けておる?」
ノワールとシャルロットがルミエの隣まで歩き、なぜルミエが息を飲んだのかが分かった。
●
「お父様を助けに行かない理由は分かりました」
アイリスが静かに言う。
「何があったのですか?」
アイリスが、ルミエを見てその隣のミラーを見る。
それから、俯いているノワールを見、さっきから黙っているピクトを見る。
「何があったのですか?」
燃え散ったシャルロットに向かって、同じ問いを繰り返す。
「こっちにおいでよ」
それだけ言ってミラーが先を歩く。
そこは、かつてゼノたちが住んでいた家があった場所だった。
ちょうどゼノがいつも寝ていたベッドの辺り。
決して綺麗ではなく広くもないそのベッドでは、ゼノと全員の魔道具が眠っていた。
いつも誰がゼノの隣で寝るかで争っていた。
必ずゼノの隣を陣取る魔道具……まだ赤ちゃんだからと許されていた……
「ミ……ミルク……さん……」
アイリスの言葉が地面に零れ落ちる。
可能な限りタイヤを早く回転させて近寄る。
かつてミルクだった魔法哺乳瓶は、そのベッドの上で粉々に割られていた。
「蘇生方法を模索します」
アイリスがそこら中に落ちている道具をかき集める。
「ミルクさん。返事をしてください」
粉々になった欠片は恐らくルミエが集めて元の形にしようとしたのだろう。
「ミルクさん! 返事をしてください!」
アイリスが叫ぶ。
「ミルクさん!」
その様子を後ろから見てノワールが再び涙を流す。
「……おかしいです。何故ミルクさんは返事をしないのですか?」
アイリスが周りの仲間を見るが、ノワールは声をあげて泣いている。
ミラーは家を作っている。
ルミエとシャルロットは俯いている。
ピクトは真っすぐにミルクを見つめている。
「……どうしてですか」
その声には、もう無機質な響きはなかった。
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