第33鑑定 心を与えられた天使
「みんなありがとう。もう大丈夫だから」
ゼノが顔を上げて涙を拭う。
「さっさと行くよ」
ピクトがスタスタと前を歩く。
「ねぇピクト」
その隣にゼノが歩み寄る。
「さっきはありがとね?」
「なっ! なんだいいきなり!」
「ピクトったら照れちゃって可愛いー」
ミラーがからかう。
「ピクトちゃんもアッシュさんと一緒でツンデレなのね」
その様子を後ろからルミエが微笑んで見ている。
「誰がツンデレか!」
ルミエの後ろからアッシュの怒鳴り声が聞こえる。
「叔父様はツンデレです」
アッシュの隣でアイリスが冷静に言う。
「まだ泣いている子がいるでちゅよ」
ミルクがノワールの方を見る。
「わ……我は泣いてなどおらぬ!」
「強がっちゃってー」
シャルロットがニヤニヤしながら、ノワールを担いでいる。
「え? ちょっとシャルロットって力持ちなの?」
それを見てゼノが驚く。
「何を驚いている。魔法人形なのだろう? 魔導人形には劣るもののかなり高性能だぞ?」
当然という感じでアッシュが言う。
「ボクってすっごいんだよー? ゼノのためなら何だってできちゃうんだから」
シャルロットがゼノにべったりくっつく。
「なんだ貴様。この人形に呪われておるのか」
アッシュが笑う。
「そう! ボクはゼノに呪いをかけてるんだ! 絶対に離れない呪いを!」
「シャルロット! 絶対に離れないよね?」
ゼノの目が狂気に未知、アイリスが無理やり引きはがした。
「お父様は少しおかしいです」
「心が病んでいるんだ」
アッシュがボソリと言うと、他の魔道具たちが一斉にアッシュを見た。
「何だ?」
「ココロは病むのですか?」
アイリスが首をかしげる。
「当然だ」
ふんっ! とアッシュが鼻から息を出す。
「貴様、ルルがいなくなって泣いただろ?」
アッシュがピクトを指さす。
「な! 泣いてないし!」
「それだって心が悲しんでいるからだろ?」
「心が悲しむのと心が病むのは同じなのでしょうか?」
ルミエがゼノを心配そうに見る。
「少し違う。だが、その悲しみが限界を超えると人間は心が壊れてしまう。その手前が病んでいる状態だ」
アッシュがゼノを指さす。
「どうしたらいいのでしょうか?」
ルミエがゼノとアッシュを交互に見る。
「まずは貴様らが誰1人いなくならないことだ。それからそっと傍で支えていてやれ。あいつの心は今ギリギリだ」
「何故」
「何故限界か知りたいか?」
アイリスの言葉を遮ってアッシュが言う。
「あいつは貴様ら魔道具を治すことが正しいことだと信じてきた。それこそが家族の形だとな。だがどうだ? 治したから自分の本来の役割を思い出し、家を出て行ってしまった家族がいた。あいつは今、何を信じればいいのかわからない状態なんだ」
「そんな……オレはマスターに治して貰って嬉しいのに……」
ミラーが俯く。
「まぁ。なんだ……」
アッシュがヒョイとミラーを拾い上げる。
「貴様らが気を落とすことはない。オレがついていてやる」
「おじさん……」
ミラーがアッシュを見ると、アッシュが今まで見たことない優し眼差しをミラーに向ける。
するとミラーは今までにしたことのないことをしたのであった。
なんと、アッシュの頬にキスをしたのだ。
即座にミラーはハッとした顔をする。
「勘違いしないでよね! これはお礼のキスであって、オレが好きなのはマスターだからね!」
そう言って、アッシュの手から逃げるように離れて行った。
「オレだって誰が魔道具なんかと……だいたいオレには妻がいるんだ」
ブツブツ言うアッシュの言葉は、やや後ろを歩くアイリスに届き、アイリスは首を傾げていた。
「全くの意味不明です」
●
「ねぇ」
ピクトがゼノの隣にやって来る。
ここは道中の宿屋。
寝れずにいたのはゼノとピクトだった。
月明りが部屋に差し込み、ゼノの顔を照らす。
「ピクト……ルルは今何をしていると思う?」
「あんた。前もそうだったんだってね」
「前?」
「殺戮天使が帰って行った時だよ。みんなから聞いたよ」
「僕が取り乱した時のことを言ってるんだね」
「あんたはいつだってそうさ。魔道具を愛しすぎて、それを失う恐怖と常に戦っている」
「……魔道具を家族と思うのは間違いなのかな?」
「そりゃあ。普通は思わないだろ? あんたは違うしあたしももうそれに慣れてしまったけれども。けど、魔道具は本来の機能には逆らえない。そこだけはちゃんと割り切らないといけないってことだよ」
「そっか……僕が治している子たちはみんな帰る場所があるんだね」
「ま。あたしは所有権を放棄されたから帰る場所なんてないけどね」
「……」
ゼノがピクトを見る。
「だから。もしもここの魔道具全員があんたの元を去ったとしても、あたしだけは何があっても残ってやるって言ってるんだよ!」
ポカリとゼノをピクトが叩く。
「それから」
ピクトが押し黙る。
「あたしは王都のスパイだった……あんたの力を盗んでそれを王都の人間に渡しちまった……」
ごめん。とピクトが謝る。
「しょうがないよー。それが魔道具の宿命なんでしょ? 今もピクトが無事でいてくれてるならそれでいいよ」
にこりとゼノが微笑む。
「ふん。もういつもの人間だな」
「ありがとう。僕のことを元気づけてくれたんだね」
「だ! 誰があんた人間のために! あんたが元気じゃないとみんなが落ち込んでつまらないだけだよ!」
そう言ってピクトはピョンピョン跳ねながら自分の毛布に潜って行った。
その様子を黙って聞いていたミルクが笑う。
「ピクトたんはずっと素直じゃないでしゅね」
「でも。少しずつ素直になってきてるんじゃない?」
「パパ。もしもアタチを直さなけばいけない時が来ても、アタチのことは直さなくていいでちゅよ?」
「何を言ってるんだよ。ミルクのことだってみんなのことだってちゃんと治すよ?」
「アタチは嫌でちゅ」
ミルクは初めて、ゼノにはっきりと反論した。
「パパが誰かを直すことで痛みを抱えるならば、アタチは壊れたままでいたいでちゅ!」
「それは違うよミルク」
「え?」
ミルクがゼノの顔を見ると、ゼノは笑っていた。
「僕は覚悟が足りてなかっただけなんだ。みんなを治してずっと一緒に居たいと思っていたのは僕だけ。でもみんなにはちゃんと帰るべき場所があるんだ。僕の役割は、みんなを元の場所に帰すところまでだったんだ」
「アタチは……パパと離れたくないでちゅ」
「だからねミルク。僕はみんなと暮らせる村を作るよ」
「アタチも住めるでちゅか?」
「ミルクの持ち主がそこに住めば一緒に住めるよ」
「パパは……」
ミルクの言葉がここで詰まる。
「誰の事も所有してくれないんでちゅね……」
「僕は誰の事も持てないよ……みんな家族だから」
「それでもきっとみんなは、パパに所有されたいと思っているでちゅ」
「うん。分かってる。でも僕は持てない。持ってしまったらきっと僕でなくなるから……」
「パパはホントにわがままで頑固でちゅ」
「うん。だから、ミルクの気持ちを知った上で僕は君たちを治して、帰るべき場所に帰すよ? そう決意したから」
「分かったでちゅ。きっとみんなもパパがそう言うならそれに従うでちゅ」
そう言うとミルクは大あくびをした。
「さ。もう寝よう?」
●
「悪魔の鏡よ! 我が望む者を映したまえ!」
全身鏡が怪しく光ると、ゼノの姿が映し出された。
「見ろ! 殺戮天使よ! この男が儂が雇った男に殺される姿をその目に焼き付けるがいい!」
国王がセラの目を無理やりに開かせる。
鏡に映るゼノは、他の家族と談笑をしながら自分の家に帰って行くところだ。
数メートル先では、今だに燃え続けているゼノの家と、周囲に潜む軍隊。
目を背けるセラを、国王が涎を垂らしながら無理やり鏡の方へ向かせる。
「ずっとこうしてやりたかったぞ殺戮天使よ。儂を小バカにしおって! 今さら後悔しても遅いぞ?」
つい先日ダンジョンより持ち帰った魔道具。悪魔の鏡は持ち主の望む者を何でも見せてくれる。
セラが目を背けたくなる現実ですらも……
『あぁ鑑定士様……どうして私に心を与えてしまったのですか?……』
セラの涙が床に零れ落ちる――
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