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剛腕・アガートラーム

「おらー! モンスター出てこーい! 私がぶっ倒してやるー!」


 街近くの森の中に入ったヒカリンは、未だ感情を露わに大声で叫んでいた。

 もっとも元の声質自体が高いので、怒っていても怖さなど微塵も感じられないが。


「……ぷよっ?」


「いたー!」


 まあそんな大声を出していれば、当然敵キャラに見つけられるのも早い。

 ご所望の通り、茂みの中から黒色のスライムが現れた。


「ぷよよっ!」


 スライムはヒカリンを視認すると同時、体当たりを仕掛けてくる。

 その速度は授業でやるドッチボールの玉が飛んでくる程度のモノで、軽くかわせるレベルだ。


 ……が、怒り心頭のヒカリンには避ける選択肢はないらしい。

 ヒカリンはスライムの体当たりに対し、アガートラームを装備した右腕を前に出して受け止めた。


「ふふーん! 効かないよーだっ!」


 そして流れる様に腕を振い、スライムを引き剥がして地面に叩きつける…………ことは、力不足のせいでできなかった。

 それどころかスライムは、アガートラームにべったり張り付いてしまった。


「あわわわっ! とれてとれてー!」


 慌てて腕を上下に揺さぶりスライムを引き剥がそうとするが、やはりヒカリンの力では引き剥がせない。


 スライムは弾力性と粘り気を両立するモンスターなので、本来なら斬撃系統の武器を使って倒すのがネックだが、ヒカリンはそういった装備品は手にしていない。

 早い話、ヒカリンは詰みかけていた。


「もういやーっ! やめやめ、ログアウトするっ!」


 スライムがついた右手の不快感に耐えられず、開いた左手でパネルを操作してログアウト画面に。

 そして躊躇なくログアウトボタンを押した。

 しかしパネルには、「戦闘中のためログアウト出来ません」の非情な一言文。


「嘘でしょー! ……ってあれ? なんかここ光ってる……」


 嘆きかけたが、またも感じた小さな違和感。

 アガートラームが黒に包まれたことで、手の甲の宝石が僅かに輝いているのを視認できたのだ。


「……よしっ」


 いかにも「触れてみろ」的なアクション。

 ぬちゃつくスライムの中に無事な左手を突っ込むのは躊躇しかけたが、もうこれに賭ける以外ない。

 意を決してヒカリンは、左手を突っ込んで宝石に触れた。


「ぷっ、ぷよーっ!」


 すると次の瞬間、スライムが弾き飛ばされた。

 ……いやそれどころか、アガートラームがメカニカルな音を奏でて大きくなっていくではないか。


「うわぁ、デッカい手だ……」


 結果、ヒカリンの右前腕は普段の三倍ほどに膨れ上がっていた。

 正確にはアガートラームが肥大化したのだが、手を開いたり閉じたりする感覚はヒカリンの意識で自由にできる。

 この豪快な前腕が自分の意思で、感覚つきで操れるのはすぐにわかった。


「ぷ、ぷよ! ぷよよっ!」


 その光景にスライムは怯むも、逃げることなく再度体当たりを仕掛ける。

 それに対してヒカリンは、右腕を引いて構えを取り……。


「ひかりんパーンチッ!」


 気合いの入った掛け声と共に、剛腕となった右腕をスライムに向けて振り抜いた!


「ぷよ───」


 拳は巨大、威力は甚大。

 例えスライムに弾力性があったとしても、これを耐えることなど不可能なのは誰でもわかる。

 案の定、振るわれた剛腕を前にスライムは四散した。


「……あ、当ててないのに倒せちゃった……」


 ヒカリンは困惑を隠せなかった。

 なんたって拳を振るった拳圧だけで、スライムを倒せてしまったのだ。

 拳に殴った感覚が伝わってこなかったため、それは間違えない。


 ……と、何もしてないのに突然メニュー画面が展開された。


 映し出されたのは、アガートラームが大きく映し出された装備画面。

 よく見ると、説明文が少し変わっていた。


――――――――――――――――――――

【剛腕・アガートラーム】

身につけた者に凄まじい腕力を授ける銀のガントレット。魔力の満タン時に手の甲の宝石に触れることで剛腕が解放され、半日経つと元のアガトラームへ戻る。


剛腕の代償で使用時には、STR.VIT以外のステータスが1固定となるが、マイナスされたステータスの合計値×5倍分のSTRが付与される。

STR+230

VIT+80

――――――――――――――――――――


「に、230もあがってるの!? 高すぎない!?」


 書かれたSTRの数値にヒカリンは驚愕した。

 ある程度ゲームをやっている者なら、あまりのデメリットの多さに文句を吐くところだが、ヒカリンはゲームに関しては超初心者。

 VITとSTRのステータス以外が1になることには、目がいってなかった。


「……もしかしてこれなら、岩を投げるどころか壊すことだってできるんじゃないかな?」


 颯太の言っていた謳い文句を思い出し、近くにある大岩に視線を向ける。

 疑問に思えば即行動。ヒカリンは大岩の前に立って拳を振るった。


「ええいっ!」


 可愛らしい声とは裏腹に、ドカンっと衝撃音が周囲に響き渡る。

 それと同時に、大岩の残骸である無数の小石が周囲に散らばった。

 

「やった……。やったよ私! 私ってば岩を砕いちゃったよー!」


 胸の奥から溢れる嬉しさに、ヒカリンがぴょんぴょんその場で連続ジャンプ。喜び満開で声を上げた。


 仮想空間とはいえ、フルダイブ型のVRMMOは感覚がリアルに近い。

 ヒカリン視点では、自分の手に岩を粉砕した感覚がダイレクトに伝わっているのだ。腕力がコンプレックスだった彼女にとって、それはさぞ新鮮な感覚だろう。


「もう一回……。いや、あと十回くらいは味わいたいなっ!」


 無論当然、その感覚をもっと味わいたくなるのも当たり前の感覚だ。

 ヒカリンは心中から湧いてくる破壊衝動に身を委ね、破壊できそうなオブジェクトを探し求めて森の奥へと進んでいった。

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