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話し合い

「はむっ」


 始まりの街の路地裏にある、オシャレな喫茶店。

 レイに強引に連れ込まれたその店で、ヒカリンは「奢ってあげる」の言葉に甘え、目の前の大きなパンケーキを幸せそうに頬張っていた。


 実のところ、ヒカリンはゲーム内でも食事ができるということに、今さっき初めて気がついた。

 なんたってヒカリンは、空腹を忘れるほど長時間ゲームに熱中するタイプの人間ではない。現実でお腹が空けば、素直にログアウトしてご飯を食べるだけなのだ。


(いくら食べても太る心配がないなんて……! ゲームの世界って幸せだなぁ……)


 現役の女子高生にとって最大の敵、カロリーの不安がない事を理解し、次々にフォークを口へ運んでいく。


「んんっ〜! すっごく美味しいね、このケーキ!」


「……そうね」


 笑顔で同意を求めるヒカリンに対し、対面に座るレイはぶっきらぼうにそう一言だけ返した。

 相変わらずツンツンとした態度のままである。


「私、こんなお店があるなんて全然知らなかったや。まだゲームを始めたばっかりで、街の施設も全然回りきれてないんだよねー」


「…………そう。まだ初歩的な探索も終わってない『超初心者』に、アタシは負けたのね……」


 ヒカリンの何気ない言葉が、またもレイのゲーマーとしての高いプライドを抉ってしまったらしい。

 レイは俯くと深いため息を吐き出した。


「……えーっと、ごめんね?」


 理由はわからないが、自分の言葉で落ち込んでしまったことにヒカリンは申し訳なくなり、すぐさま謝罪を口にする。

 するとレイはガバッと顔を上げ、不機嫌そうに言い返した。


「余計に惨めになるから謝んないで! アタシが勝手に一人で落ち込んでるだけなんだから、アンタが気にする必要ないでしょ!」


 そう言ってそっぽを向いたレイだったが、自分でも八つ当たりはみっともないと感じたのだろう。一つ咳払いをすると、強引に話題を切り替えてきた。


「アンタに提案があるの。デュエルの結果はアタシが勝ったわけだし、隠しダンジョンの場所を教えるつもりはないわ。……でも、アタシと『一緒に行く』なら考えてあげてもいい。手に入れたレア素材やユニーク装備はキッチリ山分けってことで、どう?」


 それはヒカリンにとって、魅力的な提案そのものだった。

 強力なモンスターがいるであろうダンジョンを教えてもらえて、なおかつ一緒に攻略する。ユニーク装備が山分けになるのも、本来は手に入らない前提のものだったから得でしかない。


 ……と、そこまで考えてヒカリンの頭に一つの素朴な疑問が浮かぶ。


「すっごく嬉しいお誘いだと思うけど……どうして一人で行かないの?」


「は?」


「だって、そこにユニーク装備があるってわかってるなら、レイが一人で独占しちゃえばいいんじゃないかなーって思って。私、さっきの戦いで負けちゃった側だし、気を遣って無理に誘ってくれなくてもいいんだよ?」


 その言葉を聞いたレイの額に、ピキッと青筋が走る。


「アンタって、ほんっっっとに人の神経を逆撫さかなでする天才ね……! 一人じゃクリアできないから誘ったに決まってるでしょ! 未知のダンジョンをソロで攻略するなんて、そう簡単にできるわけないじゃない! わざわざ言わせないでよ!」


 レイの言葉を聞いて、ヒカリンはキョトンと首を傾げた。

 無理もない。ヒカリンからすればゲームを始めた初日に、【剛腕・アガートラーム】だけを装備した状態でソロ攻略してしまったのだから。

 レイの言う「一人じゃ無理」の感覚が、全く理解できないのだ。


「で、どうするの? 話に乗るの、乗らないの?」


 レイがウィンドウを操作してパーティの招待通知を送る。ヒカリンはそれを、ロクに確認もせず【はい】とタップした。


「ちょ、ちょっと! なんの警戒もなしに即答するんじゃないわよ!」


 ヒカリンのあまりの決断の早さに、逆に誘った側のレイが驚いてツッコミを入れる羽目になった。


「いい? 未開拓のダンジョンは死亡率が異常に高いのよ。もしHPがゼロになって死んだら、【はじめからチート】で手に入れたアイテム以外は、その場にドロップして失う確率が20〜30%もあるの。装備してる物もね。誘った私が言うのもなんだけど、もっと慎重になりなさいよ!」


「そう言われるとちょっと怖いけど……。でも二人でいるんだし、もし片方がやられちゃっても、もう片方が落とした装備を拾って、後で返してあげればいいんじゃないかな?」


「……バカなの?」


 ヒカリンの提案に、レイは心底呆れた顔をした。


「そんなお花畑な『性善説作戦』が成り立つわけないでしょ。ゲーム内だけの赤の他人を信用できるわけないじゃない。回収されても、そのまま持ち逃げされるのがオチよ」


「えぇぇ……。そんなことする人いるかなぁ?」


「いるに決まってるでしょ! 現実だって、財布を落としたらパクられて返ってこないことのほうが多いじゃない! ましてやゲームのシステム上、落ちてるアイテムを拾っても犯罪にならないんだから、善意が成り立つわけないのよ!」


 レイの悲しいほどに現実的なゲーマー理論。オンラインゲームの治安の悪さを知っているからこそ言える意見だろう。

 それを聞いたヒカリンは、不安そうにレイを見つめて言った。


「……レイは、私の装備を持ち逃げするの?」


「するわけないでしょ! アタシはそんな卑怯な真似は――」


「じゃあ安心だね! レイは悪い人じゃないもん!」


 満面の笑顔で、一切の疑いなく言い切るヒカリン。

 あまりにもオンラインゲームには向いていない警戒心のなさに、レイは激しい頭痛を覚えてこめかみを押さえた。


「……アンタ、リアルでも相当なバカでしょ」


「うんん、成績はいい方だよ? この前の入試だって、上から数えた方が早いくらいには……」


「あああっ! ちょっとストップ‼︎」


 レイは机から身を乗り出し、ヒカリンの口を塞ぐ勢いで叫んだ。


「何当たり前のように個人情報暴露しかけてんのよ! ネットリテラシー死んでんの!? 今の発言で、アンタの中身が『最近入試を終えたばかりの学生』だって丸わかりじゃない!」


「それって何がダメなの? あと学生じゃなくて、高校一年生だよ? 横戸よこと高校に今年入学した、ピカピカの新一年生!」


「…………」


 自信満々に腕を組んでドヤるヒカリンに、レイは完全に言葉を失った。

 目の前にいるこの銀髪少女は、オンラインゲーム自体が初めての天然記念物レベルの初心者なのだと理解してしまったからだ。


(このまま放っておいたら、確実にストーカーか詐欺に遭って地獄を見るわね……)


 呆れを通り越して、強烈な危機感すら覚えたレイ。

 これも先輩ゲーマーとしての義務だと腹を括り、この危なっかしいアホの子にネットの基礎常識を叩き込む決意を固めるのだった。

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