デュエル決着
遅くなってしまい申し訳ありません
(まさか、AGI特化じゃない……!?)
目の前で起きた理不尽すぎる光景に、青髪の少女は思わず目を見開き、完全に動きを止めてしまった。
氷柱の弾幕が止んだのなら、一気に距離を詰めるのは容易い。
極限集中の【加熱】状態にあるヒカリンが、その致命的な隙を見逃すはずがなかった。相手に杖で狙いをつけられないようにジグザグと不規則な軌道を描きながら、ヒカリンは高度を下げて突進する。
「くっ……! 【アイスシールド】っ!」
それを見て少女は咄嗟に杖を地面に突き立て、分厚い氷の防御壁を目の前に展開させた。
(…………まずっ、ミスった)
だが魔法を発動させた直後、少女は自身の致命的な悪手に気がついた。
先ほどの強固な拘束魔法を、あっさりと粉砕してのけた規格外のパワー相手に、こんな急拵えの盾など意味をなすはずがない。
防御など捨てて、相打ち覚悟で魔法をぶつけるべきだったのだ。動揺から本能的に人の性が、防御本能が働いてしまったのだろう。
案の定、少女の張った氷の壁は、ヒカリンの右腕によってガラス細工のように最も容易く粉砕された。
終わった。少女は己の敗北を悟り、思わずギュッと目を瞑る。
「…………」
が、いつまで経っても攻撃の衝撃はやって来ない。
疑問に思って恐る恐る目を開けてみると、そこにはヒカリンがゼロ距離でちょこんと立っていた。
「なっ……!?」
少女は弾かれたように後退し、即座に杖の先端をヒカリンに向けようとする。
しかしその行動よりも早く、ヒカリンの左手が杖の柄をガシッと掴み、少女の手から強引に奪い取ってしまった。
「これで魔法は使えないよね? 殴られても痛いだけだし、降参してほしいな」
「は、はぁっ!? アタシのことを舐めてるの!?」
ヒカリンの提案に、少女は怒りをあらわにし始めた。
武器を奪い、抵抗できない状態にしてから敗北宣言を強要する。ゲーマーの視点からすれば、これは相手を徹底的に見下した最悪の『舐めプ』以外の何物でもないのだ。
「えーっと……。何に怒ってるのかわからないけど、痛いのは可哀想だからこうしただけだよ? それにギュッて目を瞑ってたから、ほんとは怖いのかなーって思って」
もちろんヒカリンからしたら、悪意など一切ない平和な提案としての問いかけだったのだが。
この弁明の一言が、またも少女に天然の煽りとなって炸裂する。
「こ、怖がってなんかいないわよっ! 普段のアタシなら、アンタなんかにビビるわけないじゃない! ちょっと予想外の動きをされて、動揺しただけなんだからっ!」
「……それって遠回しに、やっぱりビビってたってことじゃ……」
「うるさいうるさいうるさーいっ‼︎」
図星を突かれた少女は顔を真っ赤にして、子供のようにバタバタと地団駄を踏み始めた。
こうなってしまっては、もうデュエルどころではない。
「…………」
ヒカリンは困り果ててしまった。
そもそも、武器を奪われて反撃できない相手を、一方的に殴り飛ばすのはヒカリンの良心が許さない。
加えてこんなお年頃っぽい姿を見せつけられたら、余計に攻撃などできるはずがなかった。
(仕方ないや。ここは私が大人になろう!)
喚く少女をよそに、ヒカリンはウィンドウパネルをサッと開くと、迷うことなく【降参】のボタンをタップした。
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《デュエル終了よん! 勝者は【レイ】よーん》
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「…………は?」
広場全体に響き渡るシステムアナウンスを聞き、青髪の少女はポカンと口を開けた。
完全に勝敗が決していたはずなのに、勝者が自分から降参するという、意味のわからない結末。
即座にワープの光が収まり、二人は始まりの街の広場へと帰還した。
そしてその直後。事態を把握する間もなく、ヒカリンはギャラリーのプレイヤーたちから一斉に取り囲まれる。
「おい、アンタすげぇな! 空を蹴って飛んでたのはなんのスキルなんだ!?」
「あの氷を避けるPSもヤバかったけど、あの速度でなんであんなSTRが出せるんだよ!?」
「どうやったらあんな上手くなれるの!?」
純粋な驚きと称賛の声だった。
強くて凄いプレイヤーに対する、いい意味での注目の的である。
「えへ、えへへへ……。私なんて、まだまだ初心者ですよぉ……」
変な目で見られているわけではないとわかっていても、大勢から囲まれるのはやっぱり恥ずかしい。それでも自分の事を真っ直ぐに褒められるのは、恥ずかしさを上回るほどに嬉しかった。
ヒカリンは照れくさそうに頭を掻きながら、デレデレとだらしない笑顔を浮かべていた。
「プッ……」
そんな和やかな空気の裏側で。
デュエルの対戦相手であった青髪の少女――レイの周囲には、何やら不穏な空気をまとった数人の男女のプレイヤーが歩み寄っていた。
「おいおいレイちゃんよぉ。見事な完敗っぷりだったじゃねぇか」
「ほんとにねー。同情されて降参されるなんて、恥ずかしくないの?」
「初心者狩りなんかして調子に乗ってたから、バチが当たったんだよ。ダッセェなー」
心無い嘲笑と嫌味のオンパレードだった。
おそらく彼らは、以前レイとのデュエルに敗北したプレイヤーたちなのだろう。自分より強い相手が別の誰かに負けた途端、鬼の首を取ったようにマウントを取りに来たのだ。
「……ちょ、ちょっと通してくださいー!」
その言葉を耳にしたヒカリンは、称賛の輪をかき分けてレイの元へと向かおうとした。
相手がどんな理由で怒っているのかはわからないが、彼女は彼女なりに必死に戦っていたのだ。
頑張っていた人に向かって、文句だけを言うのは絶対に間違っている。
どんな言葉をかけて割り込むかも決めないまま、ヒカリンが二人の間に割って入ろうとした、次の瞬間。
「……はぁ」
レイは心底呆れたような、それでいて酷くめんどくさそうな態度で言い返した。
「よくもまあ、そんなペラペラと偉そうな口が叩けるわね。その『ダサくて恥ずかしい同情プレイをしたアタシ』に、手も足も出ずに実力でボロ負けしたのは、一体どこの誰だっけ?」
「なっ……! テメェ……!」
「文句があるならいつでも再戦してあげるわよ。もっとも、アンタたちみたいなスライム以下のPSじゃ、何度やっても結果は同じだろうけどね」
パチパチパチッ、と。
レイと男女グループの間に、目に見えるほどの激しい火花が散った。一触即発の空気である。
(ど、どうしよう……。これ、私が口を出せる雰囲気じゃないかも……)
それを見てヒカリンの踏み出していた足は、ピタリと止まった。
間に割り込みにくくなってしまったのだ。これでは庇うに庇えない。なんたって、文句を言ってきた相手に対し、レイ自身も真っ向からバチバチに喧嘩を売り返しているのだから。
口喧嘩の空気に気圧され、ヒカリンがオロオロと立ち尽くしていると。
レイは顔を真っ赤にして怒り狂う男女のグループから視線を外し、ヒカリンの方にツカツカと歩み寄ってきた。
「えっ、あ、あの――」
ヒカリンが何かを言いかけるよりも早く。
「黙って付いてきて」
レイは有無を言わさぬ強い口調でそう告げると、ヒカリンの腕を強く掴み、強引に広場の外へと引っ張って歩き出すのであった。




