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氷の魔法使い

「あのぉ、デュエルってなんですか?」


 広場の中心で高らかに挑戦者を募る青髪の少女を見て、ヒカリンは近くにいた見物人の一人に尋ねた。

 親切なプレイヤーの解説によると、デュエルとはシステムに則って行われる『合意の対人戦』らしい。


「ふむふむ。お互いにルールを決めて戦うスポーツみたいなものなんですね!」


 話を聞いて、ヒカリンはポンッと手を打って納得した。


 たとえば『HPが規定値まで削られたら負け』や『最初に攻撃を当てた方が勝ち』などなど、勝利条件を自由に設定できる。

 フィールドでの野良PvPとは違い、負けても装備やアイテムを失うといった【デスペナルティ】は一切発生しない。双方の同意があれば、お金やアイテムを賭けることも可能だという。


 さらに、デュエルが始まると周囲の空間に巨大な観戦用パネルが浮かび上がり、ギャラリーはそこから二人の戦いを安全に観戦できるシステムになっているらしい。

 卑怯なことはやりにくくなっている環境、ってわけだ。


「人がいる街中で魔法とか使って戦ったら危ないんじゃないかなー、って思ってたんですけど、専用のエリアに飛んで戦うなら安心ですね!」


 森や山脈、闘技場など、戦うステージすらも好きに選べるという親切設計。VRMMOのシステムの凄さに、ヒカリンは感心しきりだった。

 しかしそんな素晴らしいシステムがあるにもかかわらず、青髪の少女に挑もうとする者は誰一人として現れなかった。


「あんなの勝てるわけねぇよ……」

「プレイヤースキルが高すぎるんだよ。魔法の組み立て方が、初心者エリアにいる奴の完成度じゃねぇぞ」

「隠しダンジョンを餌にしてるけど、どうせ初心者いじめて優越感に浸りたいだけだろ。性格悪いぜ」


 周囲のギャラリーから、諦めと愚痴の混じった声がヒソヒソと聞こえてくる。

 どうやら彼女は、すでにここで何回かデュエルを行っており、挑戦者たちを完膚なきまでに叩きのめしているらしい。


 そんな外野の陰口が聞こえているだろうに、当の青髪の少女は全く気にする様子もなく、むしろ「次は誰がかかってくるの?」とでも言いたげに、挑発的な視線を周囲に向けていた。


(怒ってツンツンしてる時のかなでみたいだなぁ……)


 現実世界の友達の顔を思い浮かべ、ヒカリンはふふっと微笑む。

 初心者狩りだなんだと悪く言われているが、ヒカリンから見れば、同年代の女の子が少し強がっているようにしか見えなかったのだ。


(誰もやらないなら、私がやってみよっかな。隠しダンジョン、すっごく気になるし!)


 別に強いモンスターと戦えるなら場所はどこでもよかったのだが、「隠し」と言われると無性にワクワクしてしまうのが、アホの子の性である。


「はいはーいっ! 私、やりたいですっ!」


 ヒカリンが元気よく右手を挙げると、どよめくギャラリーの道が割れ、青髪の少女とバッチリ目が合った。

 少女はこちらをじろりと見据え、頭から足先まで、品定めをするような鋭い視線を向けてくる。


「あうっ……!」


 その視線を受けた瞬間、ヒカリンの頬にビクッと熱が走った。

『見られる=恥ずかしい』の方程式が染み付いたヒカリンにとって、視線を強く向けられるのはまだ好ましくないらしい。


「あ、あの……! できればあんまりジロジロ見ないでほしいかな……って」


 今は上から【神秘のケープ】をすっぽり羽織っているため、ボディラインは見えないはずなのだが。

 ヒカリンは過去のトラウマから顔を真っ赤にして、ケープの襟元をギュッと掴んでもじもじと身をよじらせた。


「…………?」


 対戦相手として装備の傾向を観察していただけの少女は、意味のわからないヒカリンの恥じらい反応に、心底困惑したような様子を見せる。

 しかし、わざわざ挑戦者を引き下げる理由もない。「ま、まあいいわ」と軽く咳払いをして、少女はヒカリンのデュエルを了承してくれた。


「ルールはシンプルに、お互いのHPがゼロになるまでの『デスマッチ』。勝敗は相手を倒した時か、自分から降参した時のみよ。いいわね?」


「はいっ! よろしくお願いします!」


「ステージは、初心者が一番戦い慣れている【平原】にするわ」


 少女が目の前のウィンドウパネルを操作すると、ヒカリンの目の前にも『デュエルを承認しますか?』というシステムメッセージが浮かび上がった。

 それをヒカリンが迷わず【はい】のボタンをタップした瞬間。

 二人の体は眩い光の粒子に包まれ、広場のギャラリーたちの前から、決闘の舞台である平原の戦闘エリアへとワープしていった。



 ***



「それじゃあ、かかってきなさい」


 青髪の少女の合図とともに、デュエルの幕が上がった。


「もちろん遠慮なくっ! 【加熱ブースト】ッ!」


 ヒカリンは即座にアクティブスキル【加熱ブースト】を発動させ、一気に距離を詰めるべく駆け出す。

 相手はこれまで何人もの挑戦者を返り討ちにしてきた歴戦の魔法使いだ。杖の先端から放たれるであろう魔法の軌道を見極めるべく、極限集中状態で視線を鋭くする。


「【ヘイルボルテックス】!」


 少女が魔法名を口にした。杖から強力な攻撃が飛んでくる――と身構えたヒカリンだったが、正面からは何も来ない。

 もうすでに攻撃は『来て』いた。ヒカリンの足元に、青白い魔法陣が展開されていたのだ。


「や、やばっ!」


 咄嗟に【空脚】で空気を蹴って縦横無尽に逃げ回るが、足元の魔法陣は磁石のようにピタリと追従して離れてくれない。

 そうして逃げ回って数秒後、ついに魔法陣からパラパラと冷たい氷の礫が漏れ出し、ヒカリンの体を叩き始めた。


(いきなり【不退転】を使わされちゃった……!)


 HPが常に『1』しかないヒカリンにとって、どんな微弱なダメージも即死を意味する。

 ヒカリンは致死ダメージを無効化するスキルの発動を知らせる、いつものシステムパネルが展開されるのを待った。


「……あれれ」


 ……が、来ない。

 パチパチと瞬きをしても、一向にパネルは表示されない。氷の礫は、今もまだ漏れ出しているというのに。


(……そっか! これって『スリップダメージ』の魔法だ!)


 連続して少量のダメージを与え続ける状態異常魔法。普段なら触れた瞬間にHPが削り取られて敗北しているところだが、今のヒカリンは違う。

 さきほど全財産を叩いて買ったばかりの【神秘のケープ】。その付属スキルである【汚れて朽ぬ身体】が、スリップダメージによるHPゼロを完璧に防いでくれていたのだ。

 早速役に立った神装備に、ヒカリンは内心でガッツポーズを決める。


「だんだんと体力が減っていくと、焦って集中できなくなるでしょ? ――【アイスガトリング】!」


 スリップダメージで着実に相手を削っていると確信している少女は、得意げな笑みを浮かべて次なる魔法を放つ。

 今度は杖の先端からいくつもの小さな魔法陣が浮かび上がり、鋭い氷柱がマシンガンのように次々と射出された。


 その魔法をヒカリンは、ただ純粋に避け続けた。それを左右に走り、さらには空気を蹴って、上下の立体機動を交えて軽々と躱していく。

 【加熱】によって世界がスローモーションに見えているヒカリンにとって、氷柱の雨の軌道を見切るなど造作もないことだった。

 いくら少女が動きを先読みして撃ち込んできても、飛んでくる氷柱そのものが遅く見えているのだから当たりようがない。


「空を飛ぶ……いいえ、空気を蹴るチートスキルを貰ったのね。AGI特化のスピード型ってところかしら」


 ヒカリンのデタラメな機動力を見て、少女は冷静に相手のステータス構成を予想する。

 無論予想するだけでは終わらない。スピード特化に効果的な魔法を、少女は杖を地面に突き立てて発動させた。


「【アイスブロック】!」


 瞬間、ヒカリンを覆い隠すように、半径一メートルほどの分厚い「氷の箱」が空中に展開された。

 中に閉じ込められたヒカリン自身にダメージはないが、移動範囲は完全に制限されてしまう。


 AGIが高いということは、すなわちSTRが低いということ。

 パワーのないAGI特化型プレイヤーにとって、この強固な氷の拘束魔法を破壊するのは非常に骨が折れる作業のはずだ。


 少女の作戦はこうだ。

 相手が氷を割るのに手間取っている間に、拘束魔法ごと吹き飛ばす特大の攻撃魔法を生成し、箱の中にいるヒカリンを確実に仕留める。

 そのための魔法には多少の溜めが必要だが、相手が氷を割る速度よりも、自分の詠唱速度のほうが確実に早い。それはこれまで多くのプレイヤーと戦い、勝利を重ねてきた彼女の「絶対の経験則」から導き出された結論だった。


 そうして、いざ特大魔法を放つべく杖を構えようと……した、その途端。


「…………へ?」


 凄腕の魔法使いである少女は、戦闘中にも関わらず、間の抜けた声を漏らしてしまった。

 無理もないだろう。なんたって分厚い氷の箱を瞬時に内側からぶち破り、銀髪の少女が姿を現したのだから。

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