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初期設定

「ふむふむ……。ここはこうして、こっちはこうかな。颯太のマニュアルのおかげであっさり終わっちゃったや」


 ゲームソフトを手に入れ、帰宅してから早三十分。

 陽奈はVR機器の初期設定と、それにファンタスティックオンラインのセットアップを完了させていた。


「あとはこれをつけて目を閉じたら、次に開いた時には、仮想空間とやらに行けちゃうんだよね」


 声に出して確認しつつ、ゴーグル状のVR機器を装着する。

 目を閉じて静かに十数秒を数えてから、再び目を開いた。


「……んんっ、これが仮想空間なのかな?」


 視界に飛び込んできた光景に、陽奈は小さく首を傾げた。

 それは、「思っていたのと違う」という感覚からくる反応だ。


「何にもなくて足場もない……。浮いてるのかな? でも地面の感覚はあるし……」


「およん? プレイヤーさんかよん?」


「うわぁっ!」


 ぶつぶつ呟いている最中、それに呼応するかのように響き渡った声。

 驚いた陽奈は反射的にバックステップをするも、失敗して尻もちをついた。


「ぷっぷぷー♪ 随分愉快な反応してくれるよん!」


「な、なにをー! でてこーい! 言いたいことがあるなら、面と向かって言うのが筋なんだぞー!」


 笑われたことにムッとして、立ち上がると同時に周囲を見渡す。

 だが、視線を一回転させても姿らしきものは見当たらない。


「探してもみえるわけないよん! ボクはゲームのナビゲーターで電子の塊だからよーん!」


「な、なびげーたー? 案内してくれる人なの?」


 陽奈の疑問に対し、声の主は陽気に答えた。


「人じゃないけど、平たく言えばそういうことだよん! ユーがわからないことを完璧に教えてくれる天才よん! ちなみに『よんちゃん』が名前よん!」


「よ、よんちゃん? …………あっ、語尾が『よん』だからか」


「その通りだよん!」


 ポンと手を打って答える陽奈を褒め称える様に、空間内にパチパチと拍手喝采の音が響き渡る。


「なんか凄いバカにされてないかな、これって」


「そんなことはないよん! ……さてと! 見たところユーは何も分かっていなそうだし、今の状況を説明してやるよん!」


 なんだか腹の立つ言い回しだが、現状を理解できてない陽奈は聞く他ならない。

 大人しくよんちゃんの言葉を聞くことにした。


「まずここは、仮の仮想世界。本人しか干渉できない、ゲームの細かな初期設定を決める場所よん!」


 陽奈の前に半透明のパネルが浮かび上がる。

 そこには、中世風の服を着ている陽奈自身の姿が映されていた。


「ほらほら〜! 気になる部分をタッチして、色や大きさを変えるよん!」


「た、タッチ? ああ、颯太が言ってた顔を変えれるシステムだっけ……」


 言われるがまま試しに顔をタッチすると、事細かなコマンドが無数に浮かんだ。


「…………」


 それを見た途端、陽奈は瞬時に容姿等の細かな設定を諦めた。

 選択肢の多さに頭が痛くなったのだ。


「……よっちゃん、私このままでいいや。全然わかんないし」


「お、オリジナルのままでいいよんか!? せめて髪と瞳は変えるべきよん! 身バレしちゃうよんよ!」


「みばれ?」


 聞き慣れない単語に、陽奈はオウム返しをする。


「自分のことが他の誰かに特定されることよん! このゲームは超人気だからよん! きっとユーの学校でも流行ってるよんよ!」


「別にバレたっていい気がするけど……。でも、よっちゃんがそこまで言うなら、ちょっとだけ変えようかな」


 よっちゃんの必死さに押された陽奈は、瞳の色と髪色だけは変えることにした。


「ピンクは可愛いけど派手だし、赤も目立ちそう……。白はおばあちゃんっぽいし……」


 次々と色を変えて、自分に合うであろう髪色を探す。

 そうして試している内に、一つ気になる色が見つかった。


「銀か……。新鮮味があって悪くないかも」


 淡い銀色にチェンジした髪を見て、陽奈はコクリと頷く。


「銀色よんかー! なら瞳はこれでいいよん!」


「勝手にイジっちゃ……って、いいねいいね! すっごいイメチェンしてるよ私!


 よっちゃんの意思で変更された瞳を見て、陽奈は満足そうに頷いた。

 瞳の色は明度が高い緑色。そこに銀髪が組み合わさることで、俗に言う「銀髪ヒロイン」と言っても差し支えない可憐な姿になっていたのだ。


「喜んでもらえて何よりよん! 次は名前の設定よん!」


「あー……。よんちゃんにお任せはありかな? 多分今の見た感じ、よんちゃんに任せた方がスムーズだし。一応現実の方だと、陽奈って名前なんだけど……」


 頭をぽりぽりかきながら、陽奈はよっちゃんに提案する。

 自分で考えていたら、いつまで経ってもゲームを始められない気がしたのだろう。


「いいよんよ! じゃあ陽奈だし……名前は『ヒカリン』よん! 陽からヒ、奈からカリンだよん!」


「き、きゅーに人工知能っぽくなったね……。まあ、いいけど」


 突然の適当さに戸惑いつつも、陽奈はパネルに書かれた名前に「はい」を押した。


「よんよん! あとすこしだよーん! 最後は『はじめからチート』を貰うかよん!」


「はじめからちーと? あれ、職業とかスキルポイントっていうのは……?」


 よんちゃんの言葉に、陽奈は疑問を投げかける。

 颯太に言われた通りなら、名前や見た目を決めた後にスキルポイントを使って、ステータスを上げられるはずなのだ。


「それは、チートを貰わない場合の選択肢よん! もしチートを貰わなかったら、好きな職業を選んだ後に40のスキルポイントをゲットできるよん!」


「そうなんだ。なら貰わ──」


「いいのかよんんん!?」


 陽奈が言いかけたところで、よんちゃんが叫んだ。


「何も知らなそうだから言っておくけど、ハッキリ言って『はじめからチート』を貰わんのはアホよん! あんぽんたんよん!」


「あ、あんぽんたんって……」


 勢いに圧倒される陽奈を他所に、よっちゃんは熱弁を開始する。


「いいよんか! まず『はじめからチート』って言うのは、誰でも最初から望む能力をもらえるシステムよん! 今コマンドに写ってる白い枠! そこに欲しい能力に関する単語を書けば、即座にその能力が備わった武器かスキル、はたまたステータスを授けるよん!」


「す、ステータスも! てことは力を上げるのも出来るんだ……」


 それは凄い、と陽奈は目をきらつかせる。

 しかし、同時に疑問も一つ浮かんだ。


「でもでも、みんなに最初から欲しい力をプレゼントしちゃったら、ゲームとして成り立たないんじゃないの?」


「その心配はご無用よん! ゲームバランスが崩壊しない様にはしてあるよんよ! もし強すぎる能力を求めたら制限時間があったり、大量の魔力を使ったり、ステータスが上がりにくくなってたり、みたいなデメリットがあったりするよん!

ちなみに【時間停止】【無敵化】【無限魔力】【未来予知】が人気で強い能力よんね!」


「へぇー、ちゃんと考えられてるんだ……」


 一言で言えば、チートの代償はあるということだった。職業を自由に選べないことや、初手のスキルポイントをもらえない以外にも。

 だがそれでも世の中には、はじめから自分の使いたい能力で冒険をしたい人は、ごまんといるだろう。


 むしろゲーマーなら縛りプレイにもなって、逆に火がついてしまう。

 まだ初めてもない陽奈が知る由はないが、自由度が高いVRMMOならではの代償カバー法を開拓している者も、少なからず存在しているのだ。


「それで結局、ヒカリンはどうするよん? ナビゲーターとして無理強いはできないから、嫌ならコマンドの『いいえ』を押せばいいよん!」


「……ううん。どうせやるなら思いっきり強くなりたいし、私はチートをもらおっかな」


 ここまで詳しく熱弁された手前、断るに断れない部分も陽奈の中にはあったが、その魅力に惹かれたのもまた事実だ。

 陽奈は浮かんだコマンドの白い枠に、指をトントンしながら考える。


「単語かー。……やっぱり、これしかないかな」


 そして、考えた末に文字を書く。

 そこに書かれたのは「剛腕」という単語だった。


 力持ちになりたいのなら「怪力」や「剛力」と言った単語もあるが、陽奈が欲しいのは腕立て伏せをできる力。すなわち腕力だ。

 この単語が書かれるのは、必然だったのかもしれない。

 ……まあ実際に腕立て伏せに必要な力は、腕力だけではないのだが。


「承認したよん! それじゃあこれで初期設定は終了よん! お疲れ様よーん!」


「ええっ!? さ、最後雑すぎない!?」


 よっちゃんに抗議する間もなく、陽奈の体が光に包まれる。

 やがて、全身が光に包まれた次の瞬間には。


「……わっ。すっごいファンタジーっぽいや」


 陽奈……いやヒカリンは、見知らぬ中世風の街に突っ立っていた。

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