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お人好し

「んーと、どこに行ったのかなあ……」


 【空脚】で空気を蹴り飛ばしながら、ヒカリンは逃げた女性プレイヤーを探そうと視線を漂わせる。

 もしもログアウトされていれば見つけようがないが――と、そう思ったと同時。突如として、激しい目眩がヒカリンの頭を襲った。


「……あ、れ?」


 急激に視界が揺れ、ヒカリンはたまらず空中から地面に落ちて膝をつく。

 発動中のパッシブスキル、【加熱ブースト】の副作用である。肉体温度を上昇させるスキルなのだから使用を続ければ、のぼせ上がった状態に陥ってしまうのだ。


「うぅっ、目が回るぅ……」


 ヒカリンがそんな隙だらけの姿を晒していると、近くに茂みから二つの短剣が飛来した。


「うそっ!?」


 スローモーションに見えてはいたが、身体の反応が追いつかない。

 回避は間に合わず、短剣はヒカリンの右肩に深く突き刺さり、赤いポリゴンを撒き散らした。


「――っ、痛っ!」


 フルダイブ環境特有の、リアルな痛覚が神経を焼く。

 もっとも、ここは所詮ゲームの世界だ。刺された直後はズキリとした衝撃が走るものの、それ以降はシステムによって「熱い違和感」程度にまで緩和される。

 ましてやヒカリンには、あの無敵のパッシブスキルがある。


―――――――――――――――――――――――――

パッシブスキル:【不退転】

HPが0になる攻撃を受けても、一日二回までHP1で耐える。

*残りストック:1

―――――――――――――――――――――――――


 今の不意打ちでストックは一つ削られたが、ヒカリンはまだ倒れない。

 それどころか、急な痛みのおかげでのぼせが少しだけ引いた。


「誰が投げてきたんだろ……って、ああー!」


 飛んできた方向に目を向けると、視線の先にはさっきの女性テイマーが居た。隠れていたが、隙だらけの姿を見せたら投擲してきたのだろう。

 女性テイマー引きつった顔で、再び逃げ始めていた。


「待って待ってー! ちょっとお願いがあるんですー!」


 即座に空気を蹴って加速。

 頭上から回り込むようにして、ヒカリンは逃げる女性の目の前に着地した。


「ひぃぃっ!? な、なんなのよアンタ! 初心者のフリして私たちを騙すなんて卑怯じゃない!」


 ビビリ散らかして腰を抜かしつつ、意味のわからない責任転嫁を押し付けてくる女性。

 そんな女性に対してヒカリンは怒るどころか、丁寧にお願いするように右手を差し出した。


「お姉さん! もしあればなんですけど、ポーションって持ってませんか!? さっきのファイターの人に飲ませてあげたくて!」


「…………へ?」



 ***



「お待たせしましたー! お薬もらってきましたよー!」


 女性からもらったポーションを手に、ヒカリンは全速力で先ほどの戦闘場所へ戻ってきた。

 しかし、そこにはお腹を抱えて苦しんでいるはずのファイターの男が、ピンピンとした様子で座っていた。


「あれれ、もう元気そうですね?」


「そりゃあな……。ゲームの痛みなんてのは、時間が経てばすぐに消える設定になってんだよ」


 男が呆れたように鼻を鳴らす。

 言われてみれば、ヒカリンが先ほど刺された肩の痛みも、現時点ではもう全く感じられなくなっていた。

 ……とはいえ、男のHPバーがミリ残りの危険な状態であることは変わりない。ヒカリンは手に入れたばかりの小瓶を差し出した。


「正気かお前……」


 襲った相手から薬を渡されるという、あまりにカオスな状況に男は戸惑うが、ヒカリンの純粋すぎる視線に負けてポーションを受け取った。

 ぐいっと飲み干すと、男のHPバーが安全圏まで回復していく。


「あ。あそこに散らばってるアイテムは、ちゃんとお仲間に返してあげてくださいね? 装備がないと大変でしょうし、あとこの修理代も」


 そう言ってヒカリンは、剣士の男女に渡せなかったクリスタルを一種類ずつ手渡した。


「か、換金アイテムじゃねぇか!? 本当におめでたい奴だな、お前……。一周回って怖くなってきたぞ」


 男は苦笑しながら差し出されたクリスタルを受け取って立ち上がると、消滅した仲間たちが落としたドロップ品を拾い始めた。

 それを見届けたらヒカリンは街に帰るつもりだったが、去り際に一つ気になっていたことを思い出したので、尋ねることにした。


「最後に一つだけ聞いてもいいです? 私よりこのゲームに詳しいと思っての尋ね事なんですけど……」


「ああん? プレイヤー狩りのことなら、他の奴らもやってるから責められる言われは――」


「『規定値』って、なんですか?」


「ああ?」


 ヒカリンはメニュー画面を開き、自身の【軽量化】のスキル詳細を男に見せた。自分よりゲームに詳しい人間なら、わかると思ったのだ。


「あー……。システムの根幹に関わる部分だな。……いいか、それは一種の『元の数値』みたいなものだ。たとえば全プレイヤーのAGIの規定値を100だと仮定しよう。なら、ステータスのAGIが1の奴は、101の速度で動ける。そんな感じの基礎システムだ」


 男の解説に、ヒカリンは大きく首を傾げた。


「なんでそんなのがあるんです? ややこしいと思いますけど……」


 初心者からすれば、至極当然の疑問。

 それに男は頷き、淡々と答える。


「たしかにな。だが、それが無いとAGIが10の奴は、1の奴の10倍も速く動けるなんておかしな状態になるだろ? ちょっとステータスを振るだけで数十倍の差が出たら、このゲームの世界観が成り立たなくなるんだよ」


「なるほど〜。そうならない為に、見えない基本の数字があるってことなんですね」


「そういうことだ。どれくらいの補正がかかっているかは俺にも分からんが、動きを見たところお前は、40くらいは底上げされてんじゃねぇのか」


 それを聞いてようやくヒカリンは理解した。

 なぜAGIが1でも身軽になってあるのかが。


「ありがとうございます! おかげで謎が解けました!」


 解説を終えた男に、ヒカリンが頭を下げてお礼を口にする。

 ……ヒカリンはすんなりと納得して喜んでいるが、これはとてつもない大発見である。

 なんたってこれは、【剛腕・アガートラーム】の最大の弱点を実質的に克服する手段を。ガチ勢の間で話題の「チート代償カバー法」を確立してしまったのだから。


「よしよーし! 豆知識もゲットしたし、難しいことはおしまいっと! これで貸し借りはなしですよ、ファイターの人!」


 そんな大それたことを知ったとは思いもしないヒカリンは、満足げに街へと帰還した。

 そして宿屋に戻ると、今日のノルマである十分間の腕立て伏せを行い、風呂で満足感に浸るのだった。

チートで仲間の死を力に変えるなんて能力を選ぶ人が、完全な悪人なわけがないのです。

それと第一章はあと2話で終わります。

というかこれが実質一章のラストです。

残り2話は現実のお話にシフトするので。

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