初めての交流……?
街を飛び出して平原を進むこと一時間。その間にもモンスターは何度か現れ、ヒカリンに襲いかかってきた。
そしてその度に撃退し、規格外の剛腕を振るう快感に心を震わせているはずのヒカリンは……どこか不満そうに歩いていた。
「うぅ……。どうしてみんなすぐ逃げちゃうんだろう」
その理由は至って単純。
現れるモンスターは必ず複数でやって来るのに、ヒカリンがそのうちの一匹を【ただの拳】でお星様にした途端、残りの個体が例外なく逃げ腰になるからだ。
「追いかけて倒すのもいいんだけど……背中を向けてる相手を殴るのは、なんか可哀想だよね」
ヒカリンは根っからの好戦的なプレイヤーというわけではない。
あくまでも「襲ってきた相手を正当防衛で撃退する」スタンスを貫きたい。怯えて逃げ惑う相手を嬉々として追い回すような真似は、良心がチクチクと刺激されてできないのである。
「はぁ……。もっとこう、最後まで諦めずに『かかってこーい!』って感じの熱いモンスターはいないのかなぁ」
そんな贅沢な不満をこぼしながら歩いていると、少し先の草むらにモンスターの群れが固まっているのを見つけた。
狼の姿をしたモンスターが五匹。どうやら何かに群がっているようだ。
「おおっ! あんなに固まってるなら、私から近づけば襲ってきてくれるかも!」
ヒカリンは期待に胸を膨らませ、意気揚々と駆け寄ろうと……する前に一つのスキルを使用した。
「そうだそうだ! せっかくだし、昨日もらったスキルを試してみよーっと! 【加熱】!」
このままでは使う機会がないまま終わってしまいそうだったので、ヒカリンは軽い気持ちでお試し発動してみることにした。
スキルを唱えた瞬間、ヒカリンの体がポカポカと暖かくなってくる。それはまるで、昨日の大浴場でお湯に肩まで浸かっているかのような、心地よい感覚だった。
「ポカポカする……。これって体温管理のスキルなのかな?」
相変わらずのポンコツ思考でトンチンカンな解釈をしつつ、ヒカリンは狼の群れへと駆け寄る。
そうして距離が近づくにつれ、その輪の中心にいる「何か」の正体に気がついた。
「あれれ……? 誰か、倒れてる?」
狼の群れが囲んでいたのは、地面に倒れている一人のプレイヤーだった。
ヒカリンは目の色を変え、空気を蹴って一気に加速する。
「こらーっ! よってたかってズルいぞー!」
群れの中心へ躍り出たヒカリンは、右腕を容赦なく振り抜き、狼の一匹を殴り飛ばした。
突然の乱入者に狼たちが牙を剥く。
「グルルルルッ!」
今までのモンスターなら、ヒカリンの異常なSTRを前にすぐに逃げ出していたはずだが、今回はそうはならなかった。
目の前にいる倒れかけの弱った獲物への執着が、彼らの逃走本能を上回ったのだろう。一斉にヒカリンへと牙を剥いて飛びかかってきた。
「よしよーし! 逃げないなら、遠慮なくいかせてもらうよっ!」
迎撃の体勢に入ったヒカリンの顔がパァッと明るくなる。
……と、飛びかかってくる狼たちをみて、明確な違和感に気付いた。
(みんなの動きがすっごく遅く見えるかも……)
飛びかかってくる狼たちの動きが、コマ送り映像のように遅く感じられるのだ。
これこそが【加熱】の真の効果――『極限の集中状態』である。
ヒカリン本人はお風呂みたいでポカポカするとしか思っていなかったが、彼女の脳と神経は現在、圧倒的な処理速度を誇っていた。
(これなら、下がって避けるまでもないかも!)
軽く身を捻るだけで、狼の鋭い爪や牙が面白いように空を切る。
そして、そのガラ空きになった胴体に、ヒカリンは的確に剛腕を叩き込んでいく。
「それっ! そいやっ! あたっー!」
次々と殴り飛ばされ、光の粒子となって消え去っていく狼たち。ヒカリンにとって、ようやく気持ちのいい討伐が成立した瞬間であった。
「……ふう。危ないところでしたね、お姉さん!」
すべてのモンスターが光の粒子となって消え去ったのを見届けた後、ヒカリンは倒れているプレイヤーに声をかける。
そのプレイヤーは、剣士風の装いをした女性だった。初心者から中級者あたりだろうか。
「……お姉さーん。聞いてますかー? だいじょーぶですかー?」
返答がなく左手で肩を揺すってみたが、反応はない。
もしかすると、助けるのが間に合わなかったのだろうか。
「お姉さん! 起きてくださいお姉さ……ん?」
慌てて女性の顔を覗き込もうと近づいた、その時。
意識を失っているはずの女性が、突然ガバッと起き上がってきた。
それも何故か、その手には鋭く光る短剣が握りしめられている。
そして、その切っ先は真っ直ぐヒカリンの腹部へ向かっていた。
「えっ……?」
突然の凶刃。
普段のヒカリンの反射神経であれば、頭が状況を理解するよりも前に深く突き刺さっていただろう。
……しかし、今は違う。まだ【加熱】による極限集中状態の真っ只中にいる。超人的な反応速度を備えたヒカリンにとって、躱わせないタイミングではなかった。
「うわわっ!?」
スローモーションに見える刃を、ヒカリンは咄嗟に身を捻って間一髪で躱す。
そして即座に【空脚】を発動。空気を蹴り飛ばしてバックステップを踏み、一気に距離を取った。
「ど、どうしたんですか急に! 危ないじゃないですか!」
無事に回避できたとはいえ、ヒカリンの頭の中は「?」マークで埋め尽くされている。
助けたはずの人が、なぜ自分を刺そうとしたのか。何が何だか分からずに困惑していると、ガサガサッと近くの茂みが揺れた。
「チッ、外したかよ」
「おいおい、あんなお人好しの初心者に外すとか、どんだけ下手くそなんだ?」
「うるさいわね! あの子の反応が良かっただけよ!」
茂みの中から、武器を構えた数人のプレイヤーたちがゾロゾロと姿を現す。
先ほどの狼の群れはただの囮。これは、善意で助けにきたプレイヤーを狙う悪質な『PK』グループの罠だったのだ。
「???」
そんな物騒な事情など一切知らないヒカリンは、目をパチクリとさせて新たな遭遇者たちを見つめていた。




