34話 ソワレ
ドーナツを食べながら談笑していた真夜と華月。
真夜はドーナツを食べきってから、満足気に声を漏らす。
「はあー、このストロベリーのやつ、美味しかったね」
「ああ、そうか」
「なんか素っ気ないね。華月、どうしたの?」
「いや、まあ……」
華月は真夜の質問に対して少しだけ気まずそうに答えた。
そんな華月を見て、どこか心配そうに、
「ドーナツ、嫌いだった? ごめんね、連れてきちゃって」
「いや、お前は悪くないよ。悪いのはオレの方なんだし」
二人を漂う空気がどこか少しだけ重くなった気がした。
華月はふと、外の景色に目をやる。
外の景色には、3人くらいの女子高生がドーナツ屋にいる誰かを指差して笑っていた。
その笑い方はどこか嫌な感じがして、華月は思わずムッと顔を強張らせる。それからフンと威張る様に鼻を鳴らした。
真夜はそれを目の当たりにして、華月は今、その女子高生達に対して何かしらの不満を感じているのだと察した。
だからこそ真夜は心配そうに華月に聞く。
「嫌なら、私が言ってこようか?」
だが、それは華月にとってさらに不満を募らせることになる。
「やめろよな。他人の問題に首を突っ込むのは……」
「あ、ごめんね。私、なんか酷いこと、言っちゃった?」
真夜は申し訳なくなり、すぐに謝った。
それに対して華月はハッとしたかのように気づき、
「あ、いや、ごめん。でも、助けないでくれ」
華月の声は確かに震えていた。
本当は助けてほしいはずの状況なのに、きっと強がっている。
多分、この状況はどこかいじめのようなものに近い気がする。
だからこそ真夜は正義感で助けようとした。
だけど華月は声を震わせながらその助けを拒絶した。
何か事情があるのだろうかと真夜は少し考えた。
だけど答えは見つからない。
「華月。もう、家に帰ろっか」
「ああ、うん」
真夜の提案に華月はコクリと頷きながら言った。
*
真夜と華月がドーナツ屋を後にし、しばらく歩いていると目の前の歩道で、1台の黒塗りの高級車が止まるのが見えた。
そして若い男の人が一人、和服を着た女性、それから一人女子高生が車から降りてきた。
真夜にはその女子高生の正体を知っていた。
その女子高生は日奈だった。
「うげ、おばさん」
華月は思わずそう呼んで嫌そうに和服の女を見ていた。
真夜は気になって華月に聞いていた。
「あの人誰?」
「あ、あの人は、いや、真夜は関わっちゃだめだ。特に真昼さんの妹の真夜だけは」
「え、どういうこと」
真夜が呆気にとられていると、和服の女がこちらへと近づいてくる。それも物凄い剣幕を携えて。
和服の女は真夜の前で立ち止まった。それから口を開く。
「あなた、どこかで会ったことが……」
「えっと、初めましてです」
真夜はお辞儀した。
「あなたは礼儀正しいのね。それにさっきの真昼っていう子に、あなたそっくりね」
「えっと、私のお姉さんです」
「そう、妹がいたのね。初耳かしら」
「そ、そうなんですね」
この人は一体何者なのか、真夜はますます気になってしまう。
「あのつかぬ事お聞きしますが、あなたはどちら様でしょうか」
「私は日奈の母です。日和と申します」
「あ、日奈のお母さんですか。初めましてです」
「あなたの姉は昔、私の家でお世話になったことがあるのよ」
「え、そうだったんですか」
「ええ。具体的には、あなたの姉が10歳の頃ね」
「そうですか。あの時期ですか……」
真夜は少し気まずそうに目線を逸らした。
「でも、本当に真昼に妹がいたなんて初耳ですわ」
「ええ。まあ。あ、ところでなんですけど、そっちにいる日奈と会話させてください」
「え、今なんて?」
日和は真夜を睨んだ。
真夜は負けじと言葉を続ける。
「その私の親友なんです」
「それはダメかしら」
「何でですか?」
真夜は納得できず聞き返す。
だが、日和は首を振る。
「それは、こっちの事情ってものがあるのよ」
「それじゃ、分かりません。ただ話すだけなんです」
それじゃ何も、わからない。
「ダメよ。それにあなたは金輪際、娘に関わらないでちょうだい」
「どうしてですか」
真夜は少し怒った様子で聞いた。
だが、日和は首を横に振るだけで、
「だってあなたが真昼の妹だからよ。真昼は日奈にいろいろ教えたのよ。それも悪いこととか。だから今の日奈は素行が悪く、成績も悪いの。だからそんな原因を作った真昼、それを含む七瀬家には関わらないようにしたいのよ」
「そ、それは……。姉が、何したって言うんですか!」
真夜は急に声を荒げて言った。
姉が、真昼が一体何をしたのか、真夜には分からなかった。
それでも日和は臆せず淡々と、
「ダメなものはダメ。それに七瀬家は悪い噂があるから」
「悪い噂って……」
そんなこと、知らないと真夜が言いかけた時、日和はきっぱりこう言い放った。
「これ以上は言わないわ。だって、あなたを傷つけることになるから。それでは。ごきげんよう、真夜さん。さよなら」
それから日和は黒塗りの車に乗り込んでいく。
真夜は待ってと呼び止めようとしたが躊躇した。
近くにいた青年は手を合わせてごめんのジェスチャーをすると、運転席に乗り込む。
日奈も黒塗りの車に乗り込もうとした瞬間、ピタリと止め、真夜の方を見ていた。
日奈は何か口ぱくで何かを伝えようとして、頭を横に振り、車に乗っていった。
黒塗りの車はそのまま遠くへいってしまった。
車が遠くへ行ってしまったことを確認して華月はどっぷりため息をついた。
「はぁ~。全く、お前のねーちゃんは、何しでかしたんだよ」
「いや、そんなの私、知らない」
「てか、オレ、そばで会話聞いていた訳なんだけど、なんかすごく違和感があるのは気のせいか?」
「え、私に言われても」
私には何もわからない。
真昼が日和の怒りを買うような何かに対して。
「まあ、難しいことは考えたくねー。帰ろうぜ、真夜」
「あ、うん。そうだね」
真夜と華月は互いに帰路に着いた。
*
真夜は「ただいま」と言いながら家に入ると、玄関で呆然と座り込む姉の姿があった。
「ひるねー! 何があったの?」
真夜はすぐに駆け寄った。
真昼はそんな真夜に少し微笑みかけて、
「何でもないよ。大丈夫だから。私が何とかするから」
「大丈夫……。そんなわけないじゃん。それ、誰にやられたの?」
「えっと、日奈のお父さん、かな」
「そう、それで何があったの」
「えっと日奈を守ろうとして、日奈のお父さんの前に立ちはだかって、殴られて、そして何もできなかった私」
「ひるねー。さっき、日奈と会ったよ。それでね、日奈のお母さんにもう関わるなって言われて……」
「あ、そう。ごめん」
「なんで謝るの?」
「だって私のせいじゃん。私の問題に真夜ちゃんを巻き込んじゃったから」
「べ、別、ひるねーは悪くないよ」
「そう、だよね。あの時だって仕方なかったもんね」
「ひるねー……」
ただ悲しそうに真夜は真昼を見つめた。
真昼は心配させまいとよしよしと真夜の頭を撫でる。
その瞬間、真夜はぶわっと涙を流した。
そんな姉妹をなぐさめるかのように、空に浮かぶ月は窓から光差す。
これは私たちの長い夜が始まるような気がした。
真昼はふと真夜に言い聞かせるように、
「真夜ちゃん。これから私がすることすべてを許してほしい」
「ひるねー、何する気?」
真夜は涙をぬぐいながら言った。
「私、日奈をあの家から連れ出すよ。連れ出して、監禁するの」
「ひるねー、それはダメだよ……」
「そう、ね。でも、これは私がしなければいけないの。私は日奈を救いたい。大丈夫。私はへましない。昔から証拠とか隠すの得意だもん」
「ねーさん。ダメだよ。だってやってはいけないんだよ監禁だなんて」
「でも、私は本気だよ」
「そ、そんなのって。もっとこう、別の何かいい方法があるよ。一緒に考えよ?」
「真夜は優しいね。でももう奪われるのだけは嫌だよ、私。それに私は……」
真昼は真夜の顔を覗き込んで、
「日奈を愛しているから。恋人にして、独り占めしたいくらいに」
「な、んで、ねーさんも」
「そうか、真夜も好きだったんだね。でも、日奈は私のもの。真夜ちゃん邪魔しないでね」
真夜はそれを聞いて、どうしてと言い続けた。
真昼は優しく慰めるように真夜の頭を撫でた。
「大丈夫。すべて終わったら、また一緒に……」
真昼は家を出ていった。
―—————泣き続ける妹を置いて。




