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幕末繚乱記  作者: 真柴理桜
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閑話・日常小話

 入隊してから十日。

 屯所での生活にも慣れ、副長の小姓(こしょう)という立場もだいぶ板についてきた。……とはいえそれほど仕事があるわけでもなく、隊士とはいえ副長付きの沙彩はどの隊にも属しておらず巡回に参加することもない。まだ外出許可も下りていないため否応(いやおう)なしに屯所でのんびり過ごす日々を送っていた。

 道場である文武館に顔を出して稽古に参加したり、日々の洗濯や賄方(まかないかた)などを手伝ったりと屯所内で色々と動いてはいるものの、それでも一日となるとそれなりに時間は余るわけで。縁側での日向ぼっこなど最早日課と化しているくらいだ。

「何しようかなぁ……」

 縁側に座りながらぼーっと考える。見あげた空は春特有の霞がかったような青色だ。

「……綺麗だなぁ……」

 夜の空の落ちてきそうな星の数にも驚いたけど、昼間に見る空も見知ったものよりもずっと澄んでいるようで、(さえぎ)るものがほとんどないそれはどこまでも広い。

 柔らかな風と木々の梢のざわめきと。降り注ぐ陽の暖かさと。……駄目だ、これ寝そう……。

 重くなってくる(まぶた)(あらが)えずウトウトと緩やかな微睡(まどろみ)に身を委ねた時だ。

「沙彩!」

「ひゃぁっ!!」

 何かが突然抱きついてきた。首に(まと)わりつく腕に驚いて声を上げる。振り向けばすぐ近くに藤堂の顔があり、その後ろには原田と永倉も立っていた。

「よう!元気そうだな!」

「あ、はい。おかげさまで……」

 屈託無い顔で笑う永倉。その横で原田も何やら楽しそうな笑顔を浮かべている。

「噂はいろいろ聞いてんぞ。道場で隊士たち全員のしてきたって?」

「……そんな噂あるんですか……?」

 面白そうに訊ねてくる原田に沙彩は苦笑交じりだ。

「道場行ったらその話で持ち切りだったぞ。やるなぁ東雲(しののめ)。並の隊士じゃ歯がたたねぇんじゃねぇか?」

「そんなことはないと思いますが……」

 先日、昼の稽古に参加させてもらった時の事かと思い出す。確か近くにいた隊士に相手をお願いし、一本を取った。そうしたら別の隊士が「こんな子供にやられるなんて情けない。次は俺が」と名乗り出て来たため相手をお願いし……。その繰り返しで全員から一本を取るに至ったのだ。

「……それより藤堂さん、重いです……」

「ん?あぁ悪い悪い」

 後ろから伸し掛かるようにする藤堂に首だけ向けて訴えると藤堂は悪びれた様子もなく手を離した。そのまま隣に移動して腰を下ろす。

「いや、でもすげぇと思うよ沙彩。本当に」

「ありがとうございます」

 なんだかよくわからないが褒められてはいるようで。剣の腕を褒めて貰えるのは純粋に嬉しい。それが新選組の幹部なら尚更だ。

「それはそうと、どうしたんですか?三人お揃いで」

 まぁこの三人が一緒にいるのはいつもの事のような気もするのだけど……。むしろ一人でいるところをあまり見かけない気さえする。

「仕事があらかた片付いたんで一息いれようかと」

 そう言ってにかっと笑う藤堂。

「隊士の稽古が一区切りしたからな」

 ドカっと沙彩の隣に腰を下ろし、胡座(あぐら)を組んだ永倉は確か剣撃師範だったはずだ。

「俺は非番で暇だったから」

 ちょっと顔出しただけと笑う原田。

 ……要するにたまたま揃っただけらしい。仲良いんだなぁ本当に……。

「ところで、お前はこんなとこで何やってんだ?」

「日向ぼっこしてました」

 答えながら原田を見上げる。背の高い原田はどうやっても見上げる形になってしまう。……それにしてもなんでこの人はいつも襟元が肌蹴ているのだろうか……。

 大きく開いた着物の襟元を見ながらそんなことを思っていると。

「ん?何だ?俺の傷が気になるか?」

 ニヤリと笑って見せた原田。

「よっしゃ!見せてやるぜこの一文字を!!」

 勢いよく諸肌(もろはだ)を脱ぎ、上半身をさらけ出す。厚い胸板に割れた腹筋、贅肉のない鍛え上げられた躰に刻まれた傷は横一線に伸びている。

「どうだ!俺の腹は刃物の味を知ってるぜ!」

 腰に手を当て胸を張る。口元から覗く白い歯がキラリと光りそうなほどの良い笑顔だ。……そうだった。この人、脱ぎたい人だった。天気の良い日には腹の傷痕を見せてたとかいう逸話があった、そういえば。

「左之さーん、威張んのは良いけど沙彩ひいてるよ?」

「あははは!左之、東雲はお前の腹には興味ないってよ!」

「んだとゴラァ!?」

「あはははは……」

 爆笑する永倉に詰め寄る原田。藤堂は呆れ気味ではあるがどこか楽しそうだ。そんな三人を沙彩は乾いた笑みを浮かべながら見守っていた。……本当に仲良いな、この人たち。






***************






 夕刻。

 賄方から受け取った二人分の夕食を局長室に持っていき、広間に向かうとそこは大勢の隊士でごった返していた。食事をしに集まった隊士たちで賑わう広間で賄方を手伝い、給仕をしていく。

「東雲、おかわり〜」

「俺も俺も!」

 隊士たちからかかる声に答え、お盆を片手に広間内を行き来する。空いた茶碗を受け取り、ご飯をついで持っていく。沙彩がご飯を差し出すと隊士たちは嬉しそうに受け取っていた。

「すっかり馴染んでるみたいですね」

 忙しそうに動き回る沙彩を見ながら沖田は楽しそうに御膳へ箸を伸ばした。

 御膳に並ぶのは塩(さば)の焼き物とコゴミの和物、(かぶ)の漬物、豆腐と油揚げの味噌汁と玄米だ。

「そのようですね。稽古にもよく参加されていると聞きましたよ」

 沖田の隣で食事を取っていた井上も沙彩に目をやると楽しそうに微笑んだ。

「掃除や洗濯などもよく手伝っているようです。自ら動く姿は好感がもてますよ」

「すごいなぁ。土方さんのお世話以外にもそんなことしてるんだ」

 井上の言葉に沖田は感心したように息をつく。出来る限り仕事をさぼろうとする沖田からはそれだけ働こうとする気持ちはわからない。

「あなたも少しは彼女を見習ったらどうですか?」

「それは無理」

 にっこりと笑って答えると沖田は食事に専念し始め、井上はため息交じりに苦笑を零すのだった。


 隊士たちの食事も終わり、自らも食事を済ませると局長室に御膳を下げに行く。二人分の御膳を片付け、お茶を出せば、本日の仕事も粗方終わりだ。後は寝床を整えるくらいだろうか。

 ぐーっと大きく伸びをしながら副長室へ向かう。土方はもう部屋に戻っているだろうか。それともまだ局長室で近藤と話し込んでいるのだろうか。あぁ後で局長室に出した湯呑も下げないと。そんなことを考えていると廊下に立つ人影が目に入った。

「山南さん?どうしたんですか、こんな所で」

「……静かに」

 抑えた声音で言われ、おとなしく従う。目線で示された方を見ると僅かに開いた襖の奥に隊士が数人いるのが見えた。

「……それわかる。衆道の気はなかったが東雲なら……」

「だろ。でもあの腕だしな」

「しかも副長の小姓だろ」

「確かに。それ思うと手出ししにくいっつうか、な」

「腹切らされたくないからな」

 襖の隙間から聞こえてくる会話に背筋にぞくりと悪寒が走る。これは、えっと……つまり……。

「……土方君の小姓に手を出す輩もいないでしょうが、気をつけるに越したことはないでしょうね」

「……気をつけます」

 微苦笑を浮かべながら言われた不穏な忠告に沙彩は静かに頷いた。……これ、どこまでなら正当防衛になるのだろうか。とりあえず紫苑を抜いたら過剰防衛かな……。


 副長室で寝床を整える。土方は戻っておらず、どうやらまだ局長室にいるようだ。そろそろ湯呑を下げに行くかと部屋を出ると、中庭に面した廊下からは形の良い三日月といっぱいの星空が見えた。差し込む青白い光に照らされた庭はどこか幻想的な雰囲気を漂わせ、普段とは一風違った(おもむき)がある。

 月や星ってこんなに明るかったんだなぁ……。おぼろげにではあるが庭の木々や石灯篭(いしどうろう)も見えるほどの明るさだ。三日月でこれなら満月になったらどれほどなのだろう。

 自然の見せる表情は沙彩の知っているものよりもずっと色濃い。この時代は不便なことも多々あるけれど、小さな発見や感動もいろいろある。それを楽しめるうちは大丈夫だ。

 出来ないことを望んでも仕方ない。今出来ることをしよう。そう思ってはいても、不安がないわけではないのだ。知らない場所で、知り合いが誰もいない状態はやっぱり怖い。沙彩が屯所内の仕事を手伝って回っている理由はそこにもあった。

 いろいろと仕事を手伝っていれば顔なじみの隊士も増え、話をすることも増える。手伝っていれば自然と会話が生まれ、相手との距離は縮まる。話し相手が出来るのは嬉しいことだ。それで少しずつでも相手を知れば少しはこの不安も(ぬぐ)えるだろう。

「東雲?何やってんだ、そんなとこで」

 不意にかかった声に顔を向けるといつの間に戻ってきたのか土方が立っていた。

「あ、湯呑、下げてこようと思って……」

「それなら片付けてきた。もう遅い。お前もそろそろ休め」

 眉間に皺を寄せた仏頂面。けれどもその口調が優しいことは知っている。本やTVでしか知らなかったこの人をこうやって直接知ることが出来るのは、新選組好きとしては嬉しいことだ。

「ありがとうございます。でも、もう少し……」

 空気が澄んでいるうえに電気の灯りもないからだろう。真っ黒な中を青白く流れ、零れ落ちそうなほどの天の川とそれを見守るように西の空に浮かぶ繊月(せんげつ)。それぞれの色味が見せるコントラストの美しさ。これほどの夜空はここに来るまで見たことがなかった。どれだけ見ていても見飽きないような、見ているうちに魅入られて吸い込まれてしまいそうな。そんな空だ。

「わたしのいた場所ではあまり星が見えなくて。こんなに綺麗に星が見えるなんてまずないんです。だから珍しくて……」

 見あげたままで、そう言って笑うと。

「そうか」

 土方も僅かに口元を緩ませた。

「はい。だから満月になるのも楽しみで。きっとすごい綺麗なんだろうなって」

「……だったらもう寝ろ。夜風は冷える。それまでに風邪でもひいたらつまらんだろ」

 何かがふわりと肩に掛けられる。肩に載った黒い羽織に驚いて土方へと視線をやると、土方はこちらに背を向けて部屋に入っていくところだった。

 羽織の前を合わせるように胸の前でギュッと掴むと、何だか胸の中までふわりと暖かくなったような、そんな気がした。

 その時は一緒に見れたらいいのにな。一緒に見ようと誘ったら土方は付き合ってくれるだろうか。そんなことを思いながら、沙彩は土方を追って部屋に戻った。

 満月になったら言ってみよう。そう決めて……。

 


 



あまり出てこない人たちを出してみようかなと……。

時間軸としては五話辺りです。


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