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幕末繚乱記  作者: 真柴理桜
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第九話

 眼前に広がる屋敷を前に沙彩は言葉を失っていた。

 公家(くげ)だと聞いた時からなんとなく予想はしていた。していたが……。なにこれ大きい……。

 沙彩の知る鈴原家も敷地に神社を有し、その隣に住居がある。(やしろ)はそれほど大きいものではなかったが敷地は広く住居も広い。一般的サラリーマン家庭の東雲(しののめ)家と比べ、倍近くありそうな家だった。しかしここはそれよりもさらに広そうだ。

 丸みを帯びて膨らんだ形状で杮葺(こけらぶ)きのむくり屋根が風雅な美しさを感じさせる数寄屋(すきや)造りの屋敷は玄関からではとても全貌が(うかが)い知れないほどだ。屋敷をぐるりと囲む塀はどこまで続いているのか端が見えない。

 なんかもう、次元が違いすぎる……。なんだこれ……。

「東雲さん?どうしたのぼーっとして」

「……立ったまま寝てるのか?」

 両側からそれぞれかかった声に沙彩は我に返った。(まばた)きすら忘れていたらしく僅かに目が痛い。パチパチと何度か目を閉じ潤す。

「……寝てません。ちょっとびっくりして……」

 屋敷から視線は外さずに左右に立つ沖田と斎藤に答えると、横でクスリと笑った気配がした。

「大きなお屋敷だしね。すごいねー東雲さんの本家って」

「……はい」

 予想を超える敷地の広さと屋敷の大きさに頷くことしか出来ない。本家、すごい……。

「それにしても外出許可出て良かったね。もしかしたら帰れるかもしれないんでしょ?」

 沖田の言葉に沙彩は静かに頷いた。帰れるかもしれない。それから……。

 そっと左首に手を添える。そこには二つの(あと)とそれに重なるようにして一つの(あざ)が浮き出ていた……。






***************






 屯所である前川邸に帰り着いたのは()(こく)近くなった頃だった。夜も更け、隊士たちも寝ているようで屯所内は静かだ。

 沖田、斎藤、沙彩の三人は帰ったその足で土方の私室へと(おもむ)いた。三人を待っていたのだろう、当然のように起きていた土方に夜叉王(やしゃおう)星姫(としき)のことなど巡回中の出来事を報告する。もちろん詳細な戦闘経過は伏せてである。それ絶対必要ないし!

「……つまり手傷は負わせたが逃がしたってことか?」

「はい……。すみません」

 尋ねる声は静かで感情を読み取らせない。自分にしか出来ないことだと言った後のこの失態だ。情けなさで自然と(うつむ)きがちになる。

「ならそいつはまた現れるのか?」

「……その可能性はあります」

 月光を嫌う妖魔の性質を考えればしばらくは大丈夫だろう。少なくとも満月が過ぎるまでは。しかしその後、現れない保証はない。

「その時は今度こそ払います」

 そうだ。今度こそ遅れはとらない。

 顔を上げ、決意を込めて宣言する。やられたままで引き下がるわけにはいかない。

「そうか……」

 微かに空気が震えた気がした。行灯(あんどん)の灯りだけでは暗くてはっきりとは見えないが、口元が笑みの形を作った様に見えたのは気のせいか……。

「それで、鈴原だったか?まさかおまえが公家とはな……」

「あ、いえ、わたしは……」

「明日の外出許可は出してやる。総司、斎藤、お前ら非番だろう?付き合ってやれ」

「わかりました」

「もともとそのつもりだしね」

 土方の言葉に斎藤と沖田がそれぞれ頷いた。

「じゃあ報告も終わったし、今日はもう遅いから戻りますね。おやすみなさい」

「では」

 沖田が笑顔で立ち上がり、部屋を出ていく。それを追うようにして斎藤も一礼すると部屋を後にした。


 二人を見送り、土方は煙管(きせる)を手に取った。火皿に刻み煙草(たばこ)を詰め、火を点ける。ゆらゆらと立ち上る煙を横目に沙彩は布団を引き始めた。

 先に土方の布団を整え、自分の布団に手をかけた時だった。

「っつぁぁぁっ!」

 左の首筋に痛みが走った。思わず首を押さえ(うずくま)る。内側から(えぐ)られるかのような、焼けるような痛みに視界が歪む。身体中を脂汗が流れていく。息があがる。痛みで空気をうまく吸えない。

「おいっ!?」

 突然のことに土方は驚いて声をかけた。近寄って丸まった背中に手を添える。

「どうした!?おいっ!」

「つぅぁぁぁっ!!!」

 伏せられた顔を覗き込むように声をかけるが沙彩の口から洩れるのは苦痛に耐える様な悲鳴だけだ。血の気を失くした顔は(ろう)のように白い。

 どれほどそうしていたのだろう。時間にすればきっと僅かな間だ。しかしずっと長い時がたったかの様にも思える。突然の痛みは次第に引き、沙彩はあがった息を整えた。身体が重い。どろりとした疲労感が身体に(まと)わりついているかのようだ。

「……すみません、急に、首が……!?」

 ゆっくりと口を開きながら伏せていた顔を起こすと視界に飛び込んできた端正な顔に驚いて、思わず息を飲んだ。心臓がドクンと大きく音を立て、息がかかりそうなほどのその距離に直視できずにまた顔を伏せる。

「首?見せて見ろ」

 そんな様子などお構いなしに土方は左の首筋を押さえる沙彩の右手を掴むとそっと外した。

 そこには浅い切り傷と虫に刺された様に赤みを帯びてプクリと腫れた二つの痕、それからそこに重なるように痣のようなものが浮き出ていた。百合に似た八重咲きの花を模した様な小さな痣だ。

「少し腫れているな。虫にでも刺されたか?」

「……ま、まぁそんなところです……」

 虫ではないが、まぁ似たようなものだろう。

「……この程度の切り傷ならそれほど痛みもしないだろうが……。この痣は?元からか?」

「痣……?」

 そんなところに痣など無かったはずだ。もしかしたらそれが先ほどの痛みとも関係しているのかもしれない。夜叉王に噛まれた箇所(かしょ)に走った痛みと浮き出た痣。きっと無関係ではないのだろう。

「……すみません、大げさに騒いでしまって。大丈夫です」

 痣を隠すように左手を当てた。噛み痕も、おそらく痣も、夜叉王にやられたものだ。それは自らの失態を(いや)(おう)でも突きつけられる。出来ればあまり見たくはないし、見られたくもない。それが土方なら尚更だ。

 倒れていた沙彩を拾い、隊士として認めてくれた。退魔士の仕事だと言う言葉を信じ、夜叉王のことを任せてくれた。そのことに答えたいと思った。にも関わらず、自分は失敗したのだ。自らの汚点とも言うべきことの表れのようなその痕を土方には見られたくはない。

「……大丈夫じゃないだろ……」

 顔を伏せられたまま言われた言葉に土方は眉根を寄せる。首筋に当てられた左手に手を伸ばすと沙彩が驚いたように身を引こうとした。しかしそれより一瞬早く沙彩の左手を掴んだ土方が逃がすまいとその手を引く。

「っ!?」

 バランスを崩した沙彩の身体が土方へと倒れこんだ。肩を掴み抱き留める腕と、目の前にある逞しい胸板。ふわりと香った煙草の匂い。新緑の様に爽やかでどこか甘さを含んだその香りにクラクラする。

「この痣は元々あったものじゃないな。何を隠している?」

 耳元で聞こえる声と息遣い。首元にかかる息が熱い。心臓が早鐘をつくように鳴っていてうるさいくらいだ。見られたくないのに。離れたいのに。身体が自分の物でないかの様に動かない。

「な、何も、隠してなんか……」

「なら何故こっちを見ない?」

 普段なら真直ぐにこちらを見て話す沙彩だ。それが視線を合わそうとしないのだ。それで「大丈夫」などと言われても信じられるものではない。

「それ、は……」

 息を吸って、吐く。浅い呼吸を何度か繰り返し、静かに顔を上げた。自身を睨むように見据える視線とぶつかり、目が離せなくなる。真直ぐ見つめる双眸(そうぼう)に、そこに宿る見たことのない熱に、捕われる。胸がざわざわして落ち着かない。

「もう一度聞く。何があった?」

 (わず)かに苛立ちを(にじ)ませた様な低い声音が耳朶(じだ)を打つ。声を発する前の空気の流れさえ見えそうな距離だ。着物越しに感じる体温も。掴まれたままの左手も。そのどちらもが伝えてくる熱さに肌が粟立ち、背中をゾクゾクとした感覚が駆けていく。

 あぁだめだ。この人に見据えられると、触れられると、息が、出来ない……。苦しいほどの緊張と締め付けられるような胸の痛み。こんな、こんな強い光みたいな瞳の前で、これ以上、誤魔化せない……。

「……噛ま、れて……」

 渇いた喉の奥から絞り出すように答えた声は小さく(かす)れていた。

 





********************






 門前で名を告げると沙彩たち三人は屋敷の中へ通された。女中に案内された部屋は庭に建てられた茶室だ。

 母屋同様、杮葺(こけらぶ)きでむくり屋根の建物が(かも)し出す風雅な(たたず)まいもさることながら、(にじ)り口がなく、障子(しょうじ)二枚からなる貴人口(きにんぐち)がついた八畳ほどもある広間の茶室は朱塗りの壁が(あで)やかで美しく、袖壁(そでかべ)には家紋である蘭の花の透かし彫りが(ほどこ)されているのが特徴的だ。縁先からは石橋や池、石灯篭(いしどうろう)、木々が絶妙な調和で配置された庭の景観を楽しめ、外の光が差し込む明るく開放的な造りになっている。

 床の間には花入れ、掛物、香合が置かれ、生けられた花は都忘れと雪柳で、掛け軸の言葉は「和敬清寂(わけいせいじゃく)」。力強い筆で書かれた掛け軸と生けられた花弁の紫と白が室内に明るい彩りを添えていた。

 掛け軸一つ、花入れ一つ、手前座に置かれている茶道具の一つ一つも。室内にある物全てが控えめでありながら美しく(まと)まっており、気品に溢れている。

 添水(そうず)の軽やかな音が涼しげに響く中、沙彩は緊張した面持ちで座っていた。

「そんな固くならずに。楽にしてくださいな」

 手前座に座る橙湖(とうこ)にふわりと微笑みながら言われ、沙彩はさらに身を固くする。39代目当主鈴原橙湖と言えば鈴原の退魔士の中でも特に霊力が高く、稀代(きだい)の退魔士と呼ばれた人だ。なにしろ鈴原神社に祭られているのは橙湖だと星姫の母であり48代目当主、碧古(あおこ)から聞いたことがあるくらいだ。

「は、はい。いや、でも……」

 長い漆黒の下げ髪は美しく、光沢のある生地で作られた立木模様の小袖は藤の花が描かれており、それをさらりと着こなす姿は洗礼された気品がある。ふわりとした柔らかな雰囲気ながらも、どこか気圧されるような、従わずにはいられないような、そんな空気を持っており、優しげに微笑みながらも厳しさを感じさせるような、そんな人だ。

 こんな本格的な茶室で、神様みたいな存在の橙湖手ずからにお茶を()ててもらって。これで緊張するなと言う方が無理だ。

「とりあえずお茶飲みなよ。作法とか気にしなくていいから。お菓子も美味しいよ」

 横からかかった声に小さく息をついた。沙彩の隣に座っていた朱埜(あかや)が薦めてきたのは淡い緑や桃色の小さな干菓子(ひがし)だ。半円でコロンとした形が可愛らしく、和三盆の自然で優しい香りがする。口に入れるとすっと溶けていき、後には柔らかな風味と甘さが残る。

「……美味しい」

 決してしつこくなくすっきりとした甘さの余韻に緊張も解れていくようだ。

「でしょ。ちまきが有名なお店なんだけど、僕はこれも好きなんだ」

 ほわっとした笑顔を浮かべる朱埜。同じ本家の人間でも朱埜が相手であれば緊張しないのは年が近いためだろうか。

「お茶は楽しむのが一番だよ。星姫を見てみなよ。我が物顔で(くつろ)いでるから」

 言われるままに視線を向けると星姫は小さな干菓子をつまんで口に入れるところだった。昨夜の白衣(はくえ)緋袴(ひばかま)ではなく、白地に金糸の刺繍が華やかな小袖姿だ。上品な装いながら、ポンっと口の中に干菓子を放り込んだ様子が何だか微笑ましく可愛らしい。朱埜は水干(すいかん)の襟を内側に折り込んでVネックにし、右肩を回した後ろ紐と左脇から出した前紐をたすきにして結んで裾を袴に着込んでいる。これは屋敷内での寛ぎ着として(もち)いられるものだ。 

「沙彩ちゃん、ここはリビングで今は親戚が集まっての団欒(だんらん)中って考えてみて」

 目が合うと星姫はそう言って悪戯っぽく笑った。

 茶室で、和装で、お抹茶で。沙彩からすれば慣れない状況で緊張するのだけど、彼らからすればこれは日常で、寛げる時間なのだ。星姫に言われたようにリビングだと考えると何だか少し気が楽になるような気もする。

「どうぞ。上がって。(のち)ほど主菓子(おもがし)もお出しするわね」

 笑みと共に橙湖に薦められた薄茶は鮮やかな青緑色できめ細かな泡が中央で盛り上がっており、それは白い萩焼の茶碗によく映えた。一口含めばまろやかな旨味とコクが口の中に広がり、ふくよかな香りが鼻腔(びこう)へと抜けていく。後に残るのは茶葉の自然な甘みだ。

如何(いかが)かしら?」

「美味しいです……。今まで飲んだ薄茶の中でも一番……」

 あまり抹茶を飲む機会がないのもあるが、それでもこれは文句なく美味しい。

「良かった。話を聞いてお会いできるのを楽しみにしていたのよ。星姫さんの代の退魔士なんですって?」

「はい。あの、それで……」

 茶碗をそっと置き、沙彩は橙湖に向き直った。

「わたし、自分がどうやって来たのかも帰り方もわからなくて。それと……」

 無意識に左の首筋へ左手が伸びた。

「この痣のことも聞きたくて……」

「痣?見せてもらってもいいかしら?」

 すっと立ち上がり、沙彩の側に寄る。左手を外しその下に隠れていた花模様の小さな痣を目に留めた。

「……鬼萱草(おにかんぞう)ね。とても繁殖力の強い一日花。沙彩さん、鬼に気に入られたようね」

 そっと触れるように左首の二つの痕と痣を撫でた。

「これ、噛み痕でしょう?そこに浮き出た痣は鬼の刻印よ。自らの物だとする証、言うなれば花嫁候補ね」

「よめっ!?」

 想像もしていなかった単語に思わず聞き返す。

「ええ。妖魔にはあまり女子が産まれないのよ。だから人間の女子を(さら)っては(しゅ)を残す。この鬼は沙彩さんを手に入れるまで狙ってくるでしょうね」

 確かに『俺の獲物』だと言っていた。言ってはいたが……そんな意味だとは思いもしなかった。ただ霊力を喰らいたいだけだと思っていたが違うのか……。

「これ、消えないんですか?」

 見たくもないこの痕がそんな意味ならますます消し去ってしまいたい。勝手に候補にされても迷惑だし、印を残されたのではたまらない。

「付けた鬼を払わない限りは消えないわ。それからね、その刻印がある以上、元の時代に帰ることはできないわよ」

「え?」

 当然のように言われ、沙彩は眉根を寄せた。刻印(これ)があると、帰れない?

「私の霊力で沙彩さんを元の時代に送ることは可能よ。でもね、その刻印があることでこちらの時代と(しがらみ)が出来てしまった。それを断ち切らない限り元の時代には戻れない。無理に送ろうとすればどの時間に出ることも叶わず、時空の歪みを彷徨(さまよ)うことになるかねないわ」

「じゃあ……」

「まずは鬼を払うこと。全てはそれからよ」

 ……元々、次は払うと決めていた。やられたままでいるわけにはいかないと。それならば、やはりやることは変わらない。退魔士として、妖魔を払う。その先に帰る道があるのなら尚更だ。

「わかりました」

 真っ直ぐに橙湖を見つめ、頷いた。たとえ今、帰ることが出来なくても帰れるとわかっただけで十分だ。

「じゃあ、帰ろうか」

 それまで黙って話を聞いていた沖田が不意に声をあげた。驚いて沖田へと顔を向けるとにっこりと笑って立ちあがるところだ。それに(なら)うように斎藤も一礼すると立ち上がった。

「あら、ゆっくりしていってくださいな。それに沙彩さんさえ良ければこのまま家にいて頂戴(ちょうだい)。そちらでは何かと不都合なことも多いでしょう?」

 微笑みながら言われ、心が揺らぐ。確かに、男所帯の新選組で生活していくのは難しいかもしれない。何より、土方に迷惑をかけていないとは言いきれないのだ。それを思えば鈴原に置いて頂いた方がいいのだろうか……。でも……。

「ありがとうございます。でもあまり長居をしても悪いので。東雲さん、おいで」

 笑いながら手を伸ばす沖田と、その横に立つ斎藤。この手を取って良いのだろうか。自分は彼らの邪魔にはなっていないのだろうか。

「東雲、お前はもう隊士だろう?」

 斎藤の静かな声が耳に届く。隊士だと、仲間だと認めてくれるのか。

「はい!」

 沖田と斎藤に笑顔で頷くと、もう一度、橙湖へと頭を下げる。

「ありがとうございました。これで失礼いたします」

「柵は、鬼だけではなさそうね。沙彩さんはここでしっかり自分の場所を見つけたのね」

 柔らかく微笑むと橙湖はそっと沙彩の手を取った。優しげな瞳が記憶の中の母と重なってなんだか少し切なくなる。胸の奥の方がきゅっとなって少しだけ苦しい。

「何か困ったことがあったらいつでもいらっしゃいな。出来る限り力になるわ。勿論、何もなくともお茶を飲みに来てくれるだけでもいい。いつでも歓迎するわ」

「はい……。ありがとうございます」

 ポンポンと軽く叩くと橙湖は沙彩の手を離し、今度は沖田と斎藤へ視線を向けた。

「沖田さんと斎藤さんでしたね。沙彩さんをよろしくお願いしますね」

「ええ。まかせてください」

 沖田はにこやかに笑ってみせると沙彩の手を取り、立ち上がらせた。失礼しますと一礼し斎藤と二人、茶室を後にする。

「あ、ちょっと待ってください!」

 慌てて二人に声をかけ、沙彩は橙湖に向き直った。

「あの、本当に色々ありがとうございました」

「またいつでもいらしてね」

「またね、沙彩ちゃん。私もちょくちょく来てるから、そのうちそっちにも遊びに行くわ」

「気をつけてね。またおいでよ」

「はい!」

 柔らかく微笑む橙湖と顔の横でひらひらと手を振る星姫、干菓子を片手に笑う朱埜に一礼し、沙彩は二人の後を追うべく駆け出した。


 庭に出て先を歩く二人の背中を追いかける。幕末(ここ)に来て最初に出会ったのが新選組(彼ら)だった。そこに居場所を求めたきっかけは宿が必要だったからに過ぎない。あの時は他に頼る場所がわからなかった。しかし今は……。

 横に並ぶと沖田がにこりと微笑んだ。

「何かお菓子買って帰ろうか。土方さんや近藤さんも誘って皆で食べよう」

「あ!じゃあわたし豆大福がいいです」

「豆大福かぁ……。一君、どこか美味しいところ知ってる?」

「……俺に聞くな。菓子屋は総司の方が詳しいだろう」

「あはは、そうかもね。じゃあ……」

 考え始める沖田とその横を我関せずといった様子で歩いている斎藤と。土方や近藤や他の隊士たち。彼らと過ごす時間を楽しいと思う自分がいる。自分の居場所を鈴原(本家)ではなく、新選組(彼ら)に求めたいと思う自分が。手を伸ばされて、隊士だと言われて、嬉しかったのだ。その気持ちを誤魔化すことはきっとできない。

 許されるのであれば、最後までここにいたいと思う。願わくば、新選組(彼ら)とのこんな時間が少しでも長く続きますように……。

 


亥の刻だとだいたい22時くらいになるようです。


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