撫でられた心
ダンジョン内を映す動画配信サイトのコメント欄が、目で追うのが難しいほどの爆速で流れていた。
同接は過去最高に迫り、画面の右側にひとつの祭りが起こっている。
『おいおい、新人アセンダーのスタミナと動きどうなってんだよww』
『もう十時間以上潜ってね?すでに人間の限界突破してて草』
『てかモデルのマシロ、バケモンムーブで笑う!キル数ヤバイ!』
『様を付けろよ!デコスケ野郎!』
『金ショの子、マジで頑張ってるけど顔色やばいって……リョナ展開は勘弁な』
『途中からなんもできてないしな……人死にでダンジョン閉鎖とかイヤすぎる』
心配、煽り、考察、ミーハー。
匿名の声がごちゃ混ぜになり、熱量だけが膨れ上がっていく。
『でもこのチビデブ何者?初見だけど存在感バグってね?』
『防具付けてないのはサイズがないんか?』
『紹介欄にヘイセイオトコって書かれてるな』
『たいらなるおだぞ、名前からしてクセ強すぎ』
『マシロ様が面白い呼び名で呼んでたな、確か……』
『“閃光のシュークリーム”!聞いた時は腹筋崩壊したわwwwww』
コメント欄が一斉に『wwwww』で埋まり、画面が白く染まる。
視聴者の興奮が、配信の空気そのものを押し上げていった。
『てか今の動き見た?新人のくせに反応速度おかしいだろ』
『最小限の動きでモンスターの首を狩ってるな、ちょっとカッコいいじゃねーか』
『ログ見返したけど、あれ普通にトップランカーの動きじゃね?』
『それに、トップクラスでもあんな潜行時間は無理だって。新人でこれは規格外すぎ』
『マシロ様と閃シューの連携、なめらかすぎて嫉妬しちゃう!ビクンビクン』
匿名のざわめきが、熱狂から不安へと少しずつ傾き始める。
『ユキって子、手が痙攣してる……?』
『呼吸荒いぞ、ほんとに限界じゃね?』
『頼むから撤退してくれ……マジで怖い』
『これ、事故る未来しか見えん……』
『お!ボス階層キタ!』
『ここってアレだろ!?ユキいけんのか?』
『でたー!牛魔王!!!』
コメント欄が不安と期待に染まる。
その頃、ダンジョン内では、現実にはあり得ない戦いが繰り広げられていた。
「成男!デカいのが来たわよ!」
弓を引いて、迎撃の準備をする真白。
「応!」
ナイフを片手にゆっくりと標的へ歩いて行く成男。
「あ、あたしも……!」
足を前に出そうとするが、気持ちに体がついて行かない由貴。
そんな三人を、ヒルコがため息混じりに眺めていた。
「……結局40階層まで来ちゃったわね」
視線の先では成男と真白のコンビが、牛頭天王と呼ばれる牛の頭を持つ巨大な怪物と戦っている。
彼らはここまで、連戦を繰り返していた。
成男が宣言通り、一歩たりとも歩みを止めなかったからだ。
それに嬉々として寄り添う真白と、すでに限界を迎えている由貴。
運営としては、無理な行動は止めなければならない。
だが、言って止まる男ではなかった。
なにより、彼はまだ疲れを見せていない。
真白も疲労はあるのだろうが、気持ちがそれを凌駕している。
由貴には何度も帰れと伝えたが、それでも首を縦に振ってくれない。
進めなければ諦めもしただろう。
だが、成男は進んでしまうのだ。
易々と怪我一つ負わずに。
それをどう止めればいいのか考えている内に、ここまで来てしまった。
このままなら数時間後には本当にクリアしてしまうだろう。
ヒルコから見ても、成男の実力はすでにトップランカーたちに引けを取らないように見えた。
「ほんと……なんなのよアイツ」
人の域を超えた存在なのは間違いないだろう。
それこそが父の望む計画に必要な人材だった。
本来なら喜んでいいはずなのに、胸にある小さな痛みがそれを邪魔していた。
「それに、なんでアイツは刀を使わないのかしら?」
体の動かし方を見ればわかる。
本来、彼は剣士なのだろう。
「舐めているとしか思えないわ……ムカつくまんじゅうね!」
初心者用につくったとはいえ、丹精込めて作り上げた場所だ。
自分の脅しにも屈さず、言うことも聞かず、本気も出さない。
それらすべてがヒルコのプライドを逆撫でしていた。
ヒルコ本人は、まだ気づいていない。
たかが人間が、神と呼ばれる自分の感情を揺り動かしていることに。
そんなことをできた人間は、彼女がこの世に意識を芽生えさせてからほとんどいなかったというのに。
「もらったわ!」
真白が、牛頭天王の右目を撃ち抜き、矢が頭を貫通した。
「ふむ、終いだな」
光の粒子へと変わっていく姿を見て、成男が決着を告げる。
「それでは次に参ろうか」
振り返りもせずにスタスタ歩く成男に、由貴が足を震わせながらついて行こうとしていた。
「待ちなさい!さすがに由貴はもうダメよ!管理者として許可できないわ!」
由貴のストーカーリングは、とっくに体調の限界を表示している。
運営としても、見過ごせる域はとうに過ぎていた。
「で、でも……まだ……」
振り向くだけでよろけてしまう由貴を、真白が支える。
「十分がんばったんじゃない?私もさすがに休んだ方がいいと思うわよ」
手の皮が剥け、いたる所に怪我をしている由貴を心配し、痙攣する腕を撫でた。
「で、でも!もう少しでクリアできるんですよ!こんな機会もうないかもです!こんなに注目される機会……」
由貴は成男たちの戦いをそばで見て、自分では彼らのようにはなれないことがわかってしまった。
真白のフォローでリタイアだけはしないでいられたが、何もできずに足を引っ張っていた自覚もある。
きっと、次のダンジョン攻略には誘われないだろう。
今後アセンダーとしてやっていくにしても、先に進める強さがあるか、マシロのように有名でなければ稼ぐことはできない。
だから、名前を売るこのチャンスを逃したくないと、ガムシャラにここまでついて来たのだ。
「お嬢は命を粗末にする奴が、嫌いではなかったか?」
成男が顎をさすり、泣き出しそうな顔をしている由貴に思い出させるよう告げる。
「オレはどちらでも構わぬ。命は当人の物ゆえ、ここで燃やすのも生き様よ」
人の人生はそれぞれだと。
「だが、信念を通さぬのは妥協となる。それは好かぬゆえ言わせてもらった」
命そのものよりも、心の在り方のほうが大事だと説く。
「だ、だけど!あたしは妹のために、たくさん金を稼がなきゃならねーんだ!」
下を向き、体の辛さを耐えるように足を震わす。
「ウチは両親が借金残して死んじまって、あたしが大黒柱なんだ……家賃も、妹の学費も払わなきゃなんない……」
心の方も限界だったのだろう。
「今すぐに金が必要なんだ!これが駄目なら……あたしには体売るしか道がねーんだよ!」
地面に涙をこぼしながら、自分の現状をさらけ出していた。
「うむ……その覚悟!まっこと見事なり!」
成男が由貴へ歩みを向けた。
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある……続行だ!」
嬉しそうにニヤリと笑い、瞳を燃やす。
「ちょ、ちょっと成男……さすがに無理よぉ」
「そうよ!由貴がこれ以上進むのは絶対に認めないからね!」
成男の強行を女性二人が必死に止めた。
「安心せよ!これから由貴の体に施術を行う!」
「せ、せじゅつ?」
由貴が涙の残る顔を上げて、成男を見つめる。
「うむ、激しい痛みを伴うが、回復効果は折り紙付きよ」
「お、おっさんは、そんなこともできるのか?」
「なに、人体には少々詳しいのでな。かなり辛いが受ける覚悟はあるか?」
その視線は、由貴の瞳を真っ直ぐに見つめ返していた。
「……ある。どんな痛みでも耐えてみせるから、やってくれ」
「承知した!気張れよ!由貴!」
由貴の隣で真白が激しく首を横に振っていた。
その意味を彼女が知るのは、成男に指一本で体を麻痺させられた後だった。
カメラの向こうで起きている出来事に、ネットの住人たちが一斉にざわつき始める。
『おいおい、ユキちゃん急に固まったぞ!?』
『あれ寝かされたよな?え、何が始まるんだこれ』
『閃シューのやつ、さっき“施術”とか“回復”とか言ってたよな』
『いや待て、これって……え、直接触る系?オラ、ワクワクしてきたぞ!』
『展開がまったく読めんのだがwww』
誤解と憶測が高速で増殖していく。
『ちょ、閃シューの指、腹にズブッて入ってね?』
『第二関節まで埋まってるって何www普通に傷害事件じゃね?www』
『うわああああ!ユキ叫んでる叫んでる!』
『痛みえぐいってこれ!』
『グロ注意!グロ注意! 閲覧注意レベル上がってんぞ!』
コメント欄の速度がさらに跳ね上がる。
『関節が曲がっちゃいけない方向いってるよぉ!』
『泡吹いてる!おい運営止めろ!マジで止めろ!』
『モザイク入ったwwwww』
『いやモザイク入れればいいってレベルじゃねーだろこれ……』
匿名の悲鳴とツッコミが混ざり合い、画面が一瞬で埋まっていく。
そして、モザイクだけだというにの、同接人数は今日一番の盛り上がりを見せた。
結局、施術は一時間以上続けられた。
成男は由貴の額を軽く指で突き、体の自由を元に戻す。
「うむ、これでよい!」
「『これでよい!』……じゃないわよ!ユキちゃん、色んなものが出ちゃってるじゃないの!」
真白が、自分の影からタオルやウエットティッシュなどを取り出し、由貴の体を丁寧に拭きだす。
当の本人は白目を剥いて、なにやらうわごとを呟いている。
「由貴はよく耐えた!流石は大黒柱よ!まっこと見事な覚悟であった!」
カカカと笑う成男にヒルコが呆れたような視線を向ける。
「アンタねぇ……人をなんだと思ってるの?実験動物じゃないのよ?」
「人とは夢に向かい、魂を燃やして生きるものよ!少なくともオレはそうだ!」
成男は堂々と言い放つ。
「魂が燃える美しさこそ、人の素晴らしさとは思わぬか?」
その瞳は赤く燃えていた。
「ほんと呆れる……わたしは人じゃないもの、理解できないわ」
息をついて、存在が違うと告げるヒルコ。
「そうか?オレはヒルコ嬢を、同じ人だと思っておるよ」
そう言って顎をさする成男に、ヒルコが冷たい視線を刺す。
「……はあ?私は神よ?邪神と呼ばれる異次元の存在なの。アンタなんかと一緒にしないで」
侮辱を受けたように目を座らせるヒルコに、なおも成男は言葉を紡ぐ。
「父親を心から愛し、知り合ったばかりの人間を気遣い、オレの言葉に怒りを見せる……それが人でないなら、何が人だというのだ?」
不思議そうに首をかしげる成男の姿は、間違いなく本心から告げたものだった。
「……ば、ばっかじゃないの!そんな簡単な話じゃないのよ!」
「いや、簡単な話よ。人間であっても心なく人ではない者もおる……それを思えば、ヒルコ嬢の心はまっこと人間らしいものよ」
浮かべられた柔らかい笑顔。
それはヒルコにとって、大切な父を思わせてしまう。
「違うって言ってるじゃない!わたしはカメラにも映らないし、この肉体だって呪力で作ったものなのよ!人なんかじゃないんだから!」
むきになっているのはわかっていた。
だけど、成男の言葉にイラついてしょうがなかった。
「言葉を交わし、同じ釜の飯を食う。オレにはそれで充分よ!それにーー」
成男の手がヒルコの頭を撫でた。
「こうして触れ合うことも出来るしのう」
「ちょ……なに……」
その手は大きく、ゴツリとしていた。
感触は違う。
けれど、ぬくもりだけは父と同じ。
そのせいで、思わずふり払うのが遅れてしまった。
「あ、あれ!?ここどこだっけ……?親父たちは……?」
飛び跳ねるように意識を取り戻した由貴の声。
「由貴!無事に戻ってきたようだな!」
成男はヒルコの頭から手を離し、由貴の方へと歩いて行く。
「今、死んだ親父とお袋を、全力でぶん殴ってたはずなんだけど……」
「ちょっと!ユキちゃんの魂、抜けかかってたじゃないの!半分以上あの世に行ってたわよ!」
「うむ、よくぞ引き返してこれたものよ!やはり大黒柱は伊達ではないな!」
三人の喧騒に、ヒルコは怒るタイミングを逃してしまった。
あの世を統べる邪神の頭を撫でる。
そんな無礼を許せるはずがない。
それを許すのは父だけだったはずなのに。




