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もみじ饅頭

 現代的な建物がひとつもないような草原に、成男は立っていた。

 彼の目の前には、都心では有り得ない風景が広がっている。

 

 少し前まで、大田区にある私立高校の建物内にいたはずだった。

 それなのに今は大自然の真っただ中に放り出され、爽やかな風が髪を揺らし太陽が白い肌をジリジリと焼いていた。

 

「ダンジョンというのは、まっこと不思議なものだな」


 成男はさして動揺をみせずに顎をさする。


「すっげー!扉を開けたらマジで外なんだな!」


 金髪の少女は、試験での疲労が吹き飛んだようにテンションを上げていた。


「実際に体験してもらうのが早いと思ってね。ようこそダンジョンへ」


 アキラは、微笑みを浮かべながら二人の様子を眺める。


「この『一条学園』のダンジョンは、普段、ここの学生だけしか入れないんだ」


 先ほど、ダンジョンへの入場資格試験に合格した成男と由貴。

 彼らはアキラから軽い説明を受けた後、ここへ連れてこられた。

 

「ふむ、確かに現実世界と相違ない……生きるために必要なすべてがここにはあるようだ」


 成男はあらためて辺りを確認し、地面に指を突き刺したりしながら色々と確認している。

 

「でも、ここにはカメラが飛んでないのな?」


 由貴はキョロキョロと空を見渡し、何かを探しているようだった。


「このダンジョンは一般公開されていないからね。他の場所とは違って、撮影用のドローンは飛ばしてないんだ」


 アキラはニコニコしながら説明を始める。


「それと、今入ってきた扉がダンジョンの入り口。これは出口でもあるから忘れないでね」


 指差した先には現代的なドアが設置してある。

 草原に扉だけが佇む姿は、とてもシュールな景色だった。

 

「それぞれの階層に必ず一つあるんだ。開ければすぐに帰れるから、危ない時は慌てずに扉まで戻って来てね」


「ますます不可思議だな……どのような仕組みになってるのだ?」


「この世界にはね、まだあまり知られていない色んな力があって、これはその一つだよ。他にも——」


 アキラがその場にしゃがみ、自分の影に手を入れた。

 すると、地面にぶつかるはずの腕は、するりと影に消えていった。


「こんなふうに、何もない所から物を出したりもできるんだ」


 影から取り出されたのは二つの黒い腕輪。

 まるで手品のように現れたリングを二人に渡す。


「ふむ、まるで魔法のようだ!」


「おー!これが本物のストーカーリングか!」


 手に取って不思議そうに眺める成男と、嬉しそうにさっそく腕につける由貴。


「これがあれば、君たちも影に物を収納できるし、体調の確認もできるよ。ダンジョン冒険者の身分証にもなってるんだ」


「ほんとだ!動画で見た通り手が入る!」


 由貴は面白そうに自分の影に腕を入れていた。


「取り出したい物を想像すれば取れるから練習しといて。リングのサイズは収縮するから、腕へピッタリはまるよ」


 成男がリングに手を通すと、一瞬で太い腕にフィットした。


「外す時は念じればいいから簡単だけど、ダンジョン内ではできるだけ外さないでね。生きてるかがわからなくなるから」


「ふむ、なにか彫ってあるな?」


 しげしげとリングをみると、そこに数字が刻まれていた。

 

「それはダンジョン冒険者、“アセンダー”たちのランキングだよ。このリングを持ってる人の順位だね」


「オレは100位ということか」


「あたしは99位だ!おっさんより上だな!」


「今は単純に合格した順番になってるだけだよ。強い敵を倒せば上がっていくんだ」


 由貴はそれを聞いて唇を尖らす。


「ちぇー、そういうことかよ。でも、すぐにトップランカーになってやる!」


「うん、がんばって。成男君でちょうど百人目だね。節目が君のような人というのも、なにか縁を感じるよ」


 アキラは目を細めて成男を見つめていた。


「そうだ、そろそろ敵が出てくる頃だから気をつけて」


「え!?もう戦うのかよ!あたし何の準備もしてないぞ!」


「ここは一階層だからね、普通の人でも頑張ればなんとかなるレベルだよ。だから、試験に合格した君たちなら大丈夫」


 その言葉には、二人の強さを心から信じている響きがあった。


「今から武器を渡すけど、何がいいかな?」


 アキラが影に手を入れて、二人の返答を待つ。


「あたしはもう考えてきてるんだ!ナックルガードの付いたナイフありますか?」


「うん、これでいいかな?」


 由貴が望んだのはずいぶんと特殊な武器だったが、アキラはあっさりと了承する。

 影から取り出されたのは、二振りのナイフ。

 拳の部分が黒い鉄の板で覆われており、刀身は朱色に染まっていた。


「おー!カッコイイ!」


 由貴はそれを受け取ると逆手に持ち、ガンガンと左右の板を打ち合わせ、打撃の感触を確かめた。


「成男君は、刀でいいよね」


 当たり前のように告げられた武器の名前。


「アキラ殿の慧眼、まっこと恐れ入る。だが、オレもナイフを頂けぬか?」

 

 それを成男は否定した。


「なんで?どうみても刀がいいと思うけど」


 アキラは不思議そうに首を傾げる。


「訳あって剣を置いたのでな。ランボーナイフのような太身の刃物があれば有難い」


「そっか、ならこれなんてどう?」


 アキラは影から、グリップ部分が太く身幅の厚いナイフを取り出す。


「ああ、十分だ」


 全体的に黒く、刃に赤い雷のような模様の入ったナイフだった。


「ユキちゃんのと同じで僕が作ったんだ」


「ふむ、ならば大切に使わせてもらおうか」


 成男は両手で受け取り、刃筋を確かめるように日にかざす。


「随分と業物だな……アキラ殿は刀匠でもあるのか?」


「今聞いて、影魔法でチャチャっと作っただけだよ。だから、壊れたらまたあげるね」


「ふむ、アキラ殿の技は、まっこと大したものよなぁ」


 成男は目を細め、嬉しそうに刃を見入っていた。

 だが次の瞬間、その視線が鋭さを帯びる。


「……なにか来たな」


 その呟きと共に、草むらから大型犬くらいのトカゲが二匹、こちらにゆっくりと這い寄って来た。


「ゲッ!マジで敵かよ!……アレを刺すのか……」


 由貴は恐怖というよりも、生き物を殺すことにためらいを見せる。


「ダンジョンに出てくる敵には命はないよ。マナっていう地球のエネルギーで作ったから、人形とでも思ってくれていい」


「なに?食えんのか?」


 成男が残念そうに顎をさする。


「おっさん、あんなの食うつもりだったのかよ……」


「命は頂くものだ。人でない限り、必ず食すのが礼儀ゆえ」


「マジかよ……」


 呆れたように成男を見つめる由貴。

 だが、巨大なトカゲはもうすぐそこまで迫って来ていた。


「お先に御免」


 成男が、ゆっくりとトカゲに向かい歩き出す。

 そして自然体のまま構えもせず、すれ違いざまにナイフを一閃させた。

 すると、トカゲの首が音もなく断ち切られ、少し間があってからボトリと落ちた。


「す、すげぇ!でも……あたしだって!」


 由貴が覚悟を決めたように、残ったもう一匹に向かい走り出す。


「こんのぉ!」


 両手のナイフを振りかざし、そのまま勢いよくトカゲの頭に突き刺した。

 トカゲは血も流さず、ゆっくりと光の粒子に変わっていく。


「ほんとに生き物じゃないんだな……」


 由貴が額の汗を腕で拭って、呆然と消えていくトカゲを眺めている。


「おめでとう、二人とも素晴らしいね」


 拍手をしながら微笑むアキラ。

 そして、再び影に手を入れると、何かを取り出す。


「今後、本格的にダンジョンへ入ってもらうから、防具も渡しておくね」


 由貴に向かい、黒い胸当てとバンダナを渡した。


「脳か心臓が無事なら必ず治すから、絶対にそこだけは守って戦ってね」


 ニコリと笑って注意事項を口にする。


「あの……もしどっちも喰われたりしたら……?」


 由貴が引きつった顔で防具を受け取った。


「残念だけど、その時は死んじゃうよ」


「……だよな」


 ダンジョンでは、まだ死者は出ていない。

 だが、由貴が観たダンジョンの動画配信では、怪我人は毎回出ている。

 時には目を覆うような大怪我を負った姿も映し出されていた。


「そのストーカーリングとカメラで、運営の方でもアセンダーたちの体調は確認してる。だから大抵は大丈夫だけど決して油断はしないでね」

 

 ダンジョンは安全な場所ではないと告げるアキラの眼差しは、真剣なものだった。


「あたしは絶対に死ねない理由もある!だから命は大事にするつもりだ!」


 由貴は防具を胸に抱きしめて、再び覚悟を決めたように強く宣言する。


「いい覚悟だね。それじゃ、成男君にも渡しておくよ」


「いや、オレは遠慮しておく」


 先ほどのやり取りを聞いておきながら、成男は防具を断った。


「オイ……おっさん、話聞いてなかったのか?」


 由貴が成男を睨みつける。


「あたしは動画でよく知ってる、ダンジョンは危険な場所なんだ!一歩間違えたら死ぬんだぞ!」


 まるで死を軽く見ることを憎んでいるように叫んでいた。

 

「心配は有難いが、防具を着けると油断を生むのでな」


「心配なんてしてねーよ!あたしは、おっさんみたいに命を粗末にするヤツが大っ嫌いなんだよ!」


 由貴が涙目で訴え、成男は困ったように顎をさする。

 すると、アキラは微笑みながら問いかけた。


「その服、死装束だよね?」


 視線の先は成男の服装。


「うむ。アキラ殿は、すべてお見通しのようだな」


 成男は常に服装を白い物にしている。


「オレは常に、死をかたわらに置いてある」


 その理由は、彼の生き方に由来していた。


「だが、決して命を軽んじてはおらぬよ」

 

 そこに浮かべた柔らかい笑みは、由貴の言葉を否定していなかった。


「……わっかんねーよ!馬鹿!」


 由貴はそれを理解できないと叫ぶ。


「成男君は死人(しびと)なんだよ。いつでも死ぬ覚悟で生きているだけさ」


 二人が通じ合っているのを見て、由貴はますます困惑する。


「死ぬ覚悟とか……さっき刀がどーとかも言ってたし、おっさんは武士でも目指してんのかよ?」


「いや、オレに仕える主君はおらぬゆえ、武士とは言えぬ。ただ、武士の生き様を手本にはしてきた」


 成男は、顎をさすりながら答えた。


「マジかよ……」


「まあ今となっては、たわわだけを追い求める一介の夢追い人よ」


「たわわ?さっきも言ってたけど、なんだそれ?」


 由貴が小首を傾げて金髪を揺らす。


「お嬢にも付いておろう、それよ」


 成男が指差したのは、由貴の胸。


「それって……」


「ふむ、女性の豊満な胸を指す。もっとも、残念ながらお嬢の胸では、たわわに足りぬがな」


 顎をさすり、カカカと笑う成男。

 それに対し、由貴が顔を赤く染め、怒りで体を震わせる。


「……こんの、セクハラオヤジがぁ!」


 ダンジョンに小気味いい音が響いた。

 成男の右頬に綺麗な紅葉の模様が描かれ、それがダンジョン冒険者アセンダーとしての最初の傷となった。

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