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2/11

涙の意味は

 ダンジョンへの入場資格試験は、都内にある私立高校の体育館で行われた。


「皆さま、本日はお集まりいただき大変ありがとうございます」


 普通の学校よりも三倍は広い体育館に、壇上から男の声が響き渡る。

 

「受験者千二百五十名。全員お揃いになりましたので、これよりダンジョンへの入場資格試験を始めさせていただきます」


 壇上にはシルバーメッシュの髪色をした三十歳前後の男性が立っており、マイクへ向かい話を続けていた。

 

「僕は竹内アキラ、この学園の学園長です。そして、すべてのダンジョンの責任者を務めております」


 ほがらかに微笑むアキラは、口にした立場を思うとあまりにも若く見えた。


「ご存じの方もいらっしゃるとは思いますが、試験内容は非常にシンプルなものです」


 椅子に並んで座る受験者を見渡して、壇上へ昇る短い階段を指差す。


「順番にこちらへ歩いていただき、壇上への階段を上り、僕の目の前に来ることができたら合格。それだけです」


 あまりにもわかりやすく、冗談のような試験内容だった。

 それでも受験者からは疑問の声やざわめきは出ない。


 ——ただひとりをのぞいては。


「……簡単すぎぬか?」


 受験者の中ほどに座る、全身を白の服で固めたちょんまげ頭の男に周囲の視線が集まる。

 

「なんだあの真っ白なチビデブ?この有名な試験も知らないのか?」

「合格率1%以下だと言われているのにな。見るからに弱そうだし、冷やかしで来たんじゃね?」

「というかアイツ……臭くないか?さっきから、ここまで匂うぞ……」


 受験生たちが、成男を冷ややかに眺めていた。


「僕は、できるだけ人に傷ついて欲しくないんです。だから簡単で怪我をしない方法を考えました」


 成男の質問に、丁寧な答えを返すアキラ。

 

「ふむ、本当に簡素な試験だ。もはや美しさすら感じる」


 腕を組んで感心したように頷く成男。


「ありがとう。それでは、前の列から順にこちらへ向かってください」


 アキラの言葉で最前列の五十人が椅子から立ち上がり、五段しかない壇上への階段に向かい歩き始めた。


 だが、異変はすぐに起きる。

 壇上へ向かっていた受験生たちが、次々と足を止めたのだ。

 そして何かから逃げるように、出口へ駆け出した。

 

 階段まで辿り着く者も、一段登ればすぐに引き返す。

 二段まで上がる者は稀で、三段目に足を掛けた者は喉を押さえながら慌てて引き返した。

 

 しかし、挑戦者が五百人を超えた頃、ついに五段ある階段を上り切り、壇上へ上がる者が現れる。


「う、うおっしゃー!クリアーしたぜー!」


 這うように階段を上り切ったのは、制服姿のボーイッシュな少女。

 息を激しく切らしながら、震える足で無理矢理立ち上がりガッツポーズを繰り出した。

 八重歯を見せて合格を喜ぶが、金髪ショートの髪が汗でオデコに張り付いている。


「おめでとう、素晴らしい頑張りでしたね」


 アキラが嬉しそうに拍手を送る。

 その瞳は、人の可能性を見届けたように、喜びで光り輝いていた。


「ふむ、やっと一人か。見た目と違い、確かに困難な試験のようだな」


 成男の呟きに、周囲の人間が緊張で喉を鳴らした。


 その後百人ほど挑戦したところで、ようやく成男の順番になる。

 他の受験者と共に壇上を目指し、この試験の本当の姿をその身に感じた。


「なるほど、恐怖が圧力となって襲ってくるわけか……」


 成男の皮膚が粟立つ。

 一歩進むごとに圧が強まり、殺気すら感じ始める。

 一緒に挑んだ受験者は、すでに全員が引き返した。

 

「だがこの程度、オレには試練と呼べぬよ」


 歩みを緩めず階段に足をかける。

 その瞬間、成男の全身に鋭い殺気が突き刺さった。

 まるで、無数の刃に体を刻まれたような痛みすら感じる。

 もう一段上がると、今度は全身に火がついたような熱が襲ってきた。

 さらにもう一段、次は水中に引きずり込まれたように体が重く、呼吸も吸えなくなった。


 それでも成男は足を止めない。

 ただ静かに前を見据え、一歩また一歩と階段を上っていく。

 そのままアキラのいる壇上へあっさりと辿り着いた。


「おめでとう、素晴らしい頑張りでしたね」


 少女の時と変わらない嬉しそうな笑顔。

 言葉や雰囲気もまるで同じ。

 だが、それが心配そうな表情に変わる。


「でも、それ以上は進まないほうがいいですよ?」


 アキラの忠告。

 それは、壇上に上がっても歩みを止めない成男に告げられていた。

 向かった先は、アキラの後ろにある垂れ幕。

 

 すると、先ほどまでとは比べ物にならないほどの殺気が成男を襲う。

 体育館全体に広まった殺気を受けて、残っていた受験者たちが青い顔をして逃げ出していった。


「や、やめろ……おっさん……」

 

 先ほど合格した少女がその場に座り込み、息を浅くしながら呟く。

 だが、成男は構わず、分厚い幕をカーテンのように左右へ開いた。


「ふむ……キミが殺気の主か」


 そこにいたのは、ゴスロリ衣装を身にまとった美しい少女。

 ピンクの髪を黒いリボンでツインテールにし、綺麗な縦ロールを揺らしている。

 彼女はその大きな瞳で、成男を興味深そうに見据えていた。


「あら、見つかっちゃった」


 まるでイタズラがバレた子供のように舌を出し、楽しそうに微笑む。

 その姿は十代前半に見えるが、瞳には見た目にそぐわない妖艶さが浮かんでいた。


「試験官殿からは殺気を感じぬからな、悪戯好きな鬼でもおるのかと思ったのだが……」


 いまだ汗ひとつかかずに余裕を見せる成男に、少女の視線は好奇心を浮かべる。


「うふふ……あなた、ずいぶんとステキな香りを漂わせてるのね」


「ふむ、オレの香気がわかるとは、お嬢の将来は随分と楽しみよな」


 成男は顎に手を当て、目を細める。

 すると、アキラが近づいて少女の隣に立ち、その細い肩に手を置いた。

 

「この子は、僕の大切な娘なんだ」


「初めまして、おまんじゅうみたいなお兄さん。わたしはヒルコ、よろしくね」


 片足を下げ、スカートの端を摘んで挨拶をする姿は、育ちの良さがうかがえる。


「オレは平成男。ダンジョンとやらに興味があって、ここに参った」


「ふーん、成男……ね。とりあえず試験は合格よ、ね?パパ」


「うん、今回の合格者は二名だね」


 アキラは、いまだに座り込んでいる金髪少女を見て、試験の終了を告げた。


「ところで、成男君はいくつ?まだ独身かな?」


 突然、アキラから質問をされる。


「オレは二十六歳、独り身よ。いまだ理想は彼方ゆえな」


「そっか、ならヒルちゃんをお嫁さんにしない?」


「ちょ、ちょっとパパ!突然なに言い出すのよ!」


 驚いて抗議の声を上げるヒルコ。


「だって、ヒルちゃんが人に興味を持つなんて、とっても珍しいからさ」


「だからって、娘の縁談を勝手に進めないで!」


 頬を膨らませ、可愛らしく怒るヒルコは中学生くらいに見えた。


「ふむ、申し出はありがたいが、ロリっ子はいかん」


 申し訳なさそうに断りを口にする成男。

 だが、アキラはとんでもないことを告げる。


「年のことなら大丈夫だよ、ヒルちゃんは三千歳近いから」


 あまりにも常識外れな発言。


「パパ!乙女の年を明かさないでよ!」


 だが、それをヒルコは否定しなかった。


「年の問題ではない、ツルペタでは夢に届かぬのでな」


 さらに成男は、その話を疑いもせずにあらためて断りを入れる。


「お、おまえら……なに言ってやがる……」


 座ったままの金髪少女が、震えながら呟いた。


「狂ってやがるのか……?嫁にだの、三千歳だの……」


 そこにあるのは異常な者たちへの恐怖。

 先ほどの殺気を受けて弱っていた心に負荷が掛かって、その顔は真っ青になっている。


「本当のことだもの。それと、わたしの好みはパパみたいな人よ。絶対に妥協はしないわ」


 断られたことを気にもせず、ヒルコはアキラに抱きつく。


「もう、ヒルちゃんは甘えん坊だなぁ。でもそれだと一生結婚できなくて、パパは心配だよ」


 複雑な顔で娘を抱きしめるアキラ。

 その姿を見て、成男はニヤリと笑う。


「妥協はしないか……オレも同じよ。必ずや夢を叶えて涅槃へゆく、そのための命ゆえな」


「そうなの?ちなみにその夢ってなにかな?」


 アキラが興味深そうに聞いた。

 すると成男は瞳を燃やし、腕を組んで背筋を伸ばした。


「オレの夢は!女性のたわわに埋もれ!すべての煩悩を吐き出すことにある!」


 魂から叫ぶように、なんの恥じらいもなく下品な欲望を口にしていた。


「だからすまぬな、お嬢……この縁談は受けてやれぬ」


「いや!わたしはお願いしてないから!」


 ヒルコは、心外だと言わんばかりに腰に手を当て、再び頬を膨らませた。


「そっか、残念だけど仕方がないね。なら、とりあえずダンジョンの話をしたいから二人とも場所を移そうか。君の名前と年齢も教えてくれるかな?」


 アキラが金髪少女に目を向けると、彼女は体をビクリと震わせた。


「あ、あたしの名前……は、加納由貴(かのうゆき)。年は十八……です」


 心身がかなり疲労しているのだろう。

 由貴は額から汗を垂らしながら、振り絞るように答えた。


「ならユキちゃんだね。向こうに休むところもあるからユキちゃんも一緒に行こう」

 

 アキラは由貴に手を貸して、ゆっくりと立ち上がらせた。


「そうだ成男君、君はダンジョンで何をしたいんだい?」


 由貴を支えながら、面接のようにアキラが問う。


「ダンジョンは戦場なのであろう?ならば決まっておろう……」


 成男は、瞳を燃やしたまま強く見開く。


「オレは熱く生(い)く!魂を燃やしてこそ人の生き様よ!」


「……そっか!」


 アキラが見せたのは、太陽のような笑顔。

 

「じゃあ君は……世界の秘密を知ることになるかもしれないね」

 

 その頬には、一筋の涙がこぼれていた。

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