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閃光のシュークリーム

よろしくお願いします。

毎日一話投稿予定となります。

 そこは、都内にあるゲーム会社の会議室。


「——だから、次の作品は開発期間を半分にしろって言ってるんだよ!」


 出されたお茶には一切手をつけず、眼鏡の男は神経質そうに資料を指で叩き続ける。


「加藤係長、それですとゲームの完成が間に合いません」


 冷静に説明する若い女性は、先ほどからその男に延々と詰められていた。


「それを何とかするのがキミたちの仕事だろ!先の企画も詰まっているんだぞ!」


 加藤と呼ばれた眼鏡男は、怒りながら女性の胸をチラリと盗み見た。


「無計画に作品を乱発するのは、わが社の評判を落としかねます」

 

 女性の胸元に掛けられた社員証は、豊かな胸に押されて斜めになっており、そこには『清水カオリ』と書かれている。


「女が生意気言うな!それに、私はキミとだけの打ち合わせを希望したはずだろ?なんでここに、成男(なるお)がいるんだ!」


 加藤の視線が、カオリの隣に座る人物を嫌そうに睨んだ。


「知っての通り、開発には平(たいら)主任が欠かせませんので同席させました」

 

「……ふむ、オレの話か?」


 名前を呼ばれても、加藤には顔を向けない男性社員。

 

 服装は白いスラックスに白のTシャツ。ジャケットすら羽織っていないラフな格好。

 髪は長く、頭の天辺近くで侍のように結んでいる。

 瞳はクリクリとしていて愛嬌があったが、その体型は明らかに太り過ぎていた。

 

「そうだ!さっきから上司のオレを無視して菓子食ってる、無礼なお前のことだよ!」


 加藤が青筋を立てながら、手にした書類をテーブルに叩きつけた。


「少々小腹が空いていたのでな。しかし無礼な奴に、無礼などと言われたくないものよ」


「なんだと!?」


 成男と呼ばれた男が、加藤を上司と思っていないような言葉を返した。


「オマエの言ってることを受け入れれば、オレは仕事のクオリティーを落とさねばならん」


 独特な口調と渋い声が会議室に響く。


「つまり妥協せよということだ。妥協は魂を濁らす行為ゆえ、オレはやらんよ」


 指についたお菓子の粉をひと舐めして、出された要請を一蹴した。


「き、貴様!上司に向かって!失礼にもほどがあるだろ!?」


「失礼?それも失礼な奴に言われたくない言葉だな」


 いまだに加藤を見ずに、視線は隣のカオリに向けたまま煽り続ける。

 

「なんだと!?」


 加藤が青筋をさらに太くする。

 だが、成男はそれを少しも気にせず言葉を続けた。


「オマエ、さっきからカオリ嬢の胸ばかり見てるであろう?」


「な、なにを……!」


 ギクリとした顔で眼鏡を指で直す。


「いや……というか!お前の方がずっと見てるだろ!」


 焦りを見せる加藤の言う通り、成男はお菓子を食べながらずっとカオリの胸をガン見していた。


「それは当然の権利と言えよう」


 今も視線は胸から外さず、ふてぶてしくニヤリと笑う。


「言っておくがな、このたわわは……オレのものよ!」


 成男は親指を自分に向けて、自信満々に言い放った。

 その力強い言葉に気圧され、加藤は目を見開き唇を震わせる。

 

「う……嘘だ!こんな豚饅頭みたいな男に、カオリちゃんの胸が……穢されたなんて!」


 ただでさえ肌が白いのに、全身を白い服で固めた成男は、その体型も相まって確かに肉まんのようだった。


「残念だったな、オマエは来世にでも夢を馳せよ」


 打ちひしがれる加藤に、成男が重い頬を持ち上げるように笑う。


「こ、このチビデブがぁ!嘘に決まってる!だいたいお前はいっつも臭いんだよ!なんなんだ!この部屋に充満する腐った匂いは!」

 

 唾を飛ばしながら成男を指差し、その体から放たれている匂いを糾弾した。

 

「もう一週間も家に帰っておらぬからな。なに、慣れれば癖になる。カオリ嬢もいたく気に入っておるぞ」


 スメハラだと貶されようが、どこ吹く風で煽り返す成男に、加藤の我慢が限界を迎える。


「ふざけるなぁ!俺のカオリちゃんにそんな性癖があるはずないだろぉ!彼女のおっぱいは俺の物だぁ!」


 加藤は顔を真っ赤に染めて立ち上がり、理性を失くしたように叫び声を上げる。


「違います、まだ誰の物でもありません」


 カオリは軽蔑の眼差しを加藤に向け、低い声ではっきりと告げた。


「「え?違うの……?」」


 男たちは声を揃え、同時に彼女を見る。


「違います」


 その顔には冷たい怒りを浮かべていた。


「そっか……そうだよなぁ!こんな腐れ豚饅頭に、このおっぱいが穢されるなんて!あり得ないよなぁ!」


 安心したように男はカオリの胸を指差し、鼻息を荒くしながらそのまま近づけていく。

 あと数センチで触れそうになった瞬間ーー会議室のドアが開いた。


「そこまでだ、加藤くん」


 現れたのは、壮年の男性。


「み、峰岸部長……」


 熱に浮かされていた加藤の顔色が、一瞬で白くなった。


「今回の打ち合わせは、すべて動画に撮らせてもらった」


 手にはスマホを持っており、その画面にはリアルタイムで会議室が映っている。


「以前より、他の社員からも君のセクハラやパワハラが訴えられていた。証拠も十分になったので、あとで正式に処罰を下す」


 部長は、冷たい視線で加藤を見据える。


「そ、そんな!違う!違うんです!すべてはそこの豚まんのせいでっ!」


「無論、平君にも処分は下すつもりだ。二人とも今日はもう帰りたまえ」


 それを聞いて、驚いた顔をする成男。


「……オレもなのか?」


「そうだ、しばらくは出社停止処分とする。追って連絡するから今すぐ帰れ」


 厳しい顔で告げる男性だが、その瞳には彼を心配する気配があった。

 

「すみません、平主任。あなたを利用する形になってしまって……」

 

 カオリは、カメラの件を知っていたのだろう。

 申し訳なさそうに成男に謝罪した。


「……はめられただと?このオレがトラップに引っ掛かるとは……たわわに見惚れすぎていたわ」


 悔しそうに肩を落とし、トボトボと部屋を出ていく成男。

 加藤も青い顔をして、フラフラと消えていった。

 

「部長……良かったんですか?平主任まで巻き込んで」


 カオリが成男の後ろ姿を見届けて、後悔するように頬へ手を当てる。


「平は人を逆上させるプロだからな、今回はうってつけだった。それに、こうでもしなければ休まないだろう?アイツは」


「それは、確かにそうですけど……」


「なに、罰則というのは建前だ。ちゃんと有給で賄ってやる。アイツは常に“やりすぎる”からな」


 部長は、成男の仕事ぶりを振り返るように苦笑いを浮かべていた。


「それにアイツが臭いのは事実だ。早く帰って風呂にでも入ってもらわねば、他の者が仕事にならん……」


 鼻を押さえて部屋の窓を開ける。


「……でも実は、少しだけ癖になっちゃうんですよね……あの匂い」


 顔を赤らめたカオリの告白に部長は目を見開き、そのまま言葉を失った。

 

 

 六本木にある高級レストランの個室。

 成男はそこで、銀髪の女性に愚痴をこぼしていた。

 

「——というわけで、しばらく休みになった」


「フフフ……ほんと馬鹿ねぇ。そんな見え透いた罠に引っ掛かるなんて、腕が落ちたんじゃないの?」


 相手の名は白月(しらつき) 真白(ましろ)。

 成男の二歳年下の友人だ。


「一週間まともに寝てなかったからな。それと、隣にいた同僚のたわわに集中しておった」


「また胸の話?そんなにこの脂肪が好きなら、可哀想だから触らせてあげようかしら?」


 真白は色気をのせた視線を送り、なめらかな肌がのぞく開いた胸元を強調する。


「残念ながら、その胸では足りぬよ。Bではたわわとは言えんのだ」


「もう!相変わらず失礼しちゃうわねぇ!カリスマモデルのマシロ様がサービスしてるのに!」


 美しく整った顔を歪めるが、その表情すら洗練されて見えた。


「ありがたい申し出だが、妥協はできんのだ……長い付き合いでわかっておるだろうに」


「まったく、ほんと変わらないんだから……」


 真白が溜息をついて、手にしたグラスを口に寄せる。


「で、これからどうすんのよ?」


「そうだな、しばらくは溜まっていた動画配信を観て、ゆるりと過ごす予定だ」


 仕事に集中し過ぎていたせいで、友人とも疎遠になっている。

 真白と会うのもずいぶんと久しぶりだった。

 

「なら、私に付き合う気はない?今度の仕事で、面白い場所に行くのよ」


「面白い場所?」


「私、イメージガールに選ばれたの……ダンジョンのね」


「ダンジョン?なんだそれは?ゲームの話か?」

 

「本当に仕事しかしてないのねぇ……最近、ものすごく話題になってるのに」


 真白の様子を見るに、世間では知っていて当然という感じだった。

 どうやら自分は、仕事にかまけ過ぎて色々なことに疎くなっているようだ。


「ほら、これ見てみなさいよ」


 鞄から書類の束を取り出し、こちらへ差し出した。


「成男にぴったりだと思うのよねぇ、リアルでサバゲーができるんだから」


 渡された書類の表紙には、大きく『ダンジョンで進化しようぜ!』と書かれている。

 ページをめくると絵と文字で説明が描かれてあったが、そのどれもがゲームじみていた。

 

「なんだこれは?モンスター?武器や防具だと?」


「最近、ゲームの世界を現実で体験できる施設ができたのよ」


「ゴーグルをつけて遊ぶARか?」

 

 それなら、ソフトを開発したことがあったから詳しく知っている。


「違うわ、本物の戦いができる場所よ。実際にモンスターを倒し、それを運営が動画配信してお金が手に入るの」


「なんだと?どんな技術を使えば成り立つのだ?ブレイクスルーというレベルではないぞ……」


「そのかわり、痛みもあるし怪我もするのよ。だから、入場するのに資格を取らなきゃいけないのよねぇ」


「確かに面白そうだな。だが、資格か……なにをすればよいのだ?」


 身長や体重に制限があったら弾かれてしまう。

 成男の背は普通の成人男性よりだいぶ低く、体重は三桁に乗っていた。


「単純な話よ。資格はたったひとつ……“強さ”、それだけ」


「……強さ、か」


 重い頬が自然と上がる。


「サバゲー界で『閃光のシュークリーム』と呼ばれたアナタなら余裕でしょ?」


「その名を出すな。だが、その話……受けた!」


 こうして、平成男はダンジョンへ挑むこととなった。

 たわわに焦がれ、求め続ける男が辿り着く先は、救世か逮捕か。

 今はまだ誰も知らない。

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