EP 7
コイントス中毒のA級剣士と、親戚の友達の犬の葬式
午前八時半。自警団詰所の作戦司令室。
木造の重厚なデスクの前に、俺――自警団現場監督兼村長公邸管理人の佐藤悠人は、出勤簿とタイムカードの束を抱えて立っていた。
その正面では、上半身に銀の胸当てを着けたケンタウロス族のリーダー・マンミアが、四本の蹄を苛立たしげにパカパカと鳴らしながら腕組みをしている。
「……悠人殿。本日の朝礼点呼だが、人員が一名足りぬ」
「ああ、見れば分かる。またアイツだな」
俺がため息混じりにため息をつくと、横のパイプ椅子に座っていた村長キャルルが、申し訳なさそうに兎耳をペタリと垂らした。
その小さな手には、今朝方詰所のポストに突っ込まれていたという、薄汚れた便箋が握られている。
「ええとね、悠人くん……。フェイトくんから、公邸のポストに置手紙が届いてたの……」
「なんて書いてある?」
「『身内に不幸があり、急で大変申し訳ありませんが、忌引き休暇をいただきたく存じます』……だって」
「忌引きだぁ? あいつ先週も『身内の不幸』で休んでただろ。先週の理由は何だった?」
「ええと……先週の水曜日は『親友の従兄弟の隣のおばさんの友達の犬が死んだから葬式に行く』って……」
「もう赤の他人どころか犬じゃねえか!!」
俺の魂のツッコミが詰所に木霊した。
親戚ですらない。親友の、従兄弟の、隣家の、おばさんの、友達の、飼い犬。
もはや縁の遠さで言えば地球とアンドロメダ銀河くらいの距離感がある。
「月給三十万円も貰っておきながら、そんな幼稚園児でも言わないようなペラッペラの嘘で無断欠勤が通ると思ってんのかあの野郎は! おいマンミア、あいつの昨日の足取りは?」
「うむ。昨夜、コンビニ『タローソン』でポポロ・シガレットをカートン買いし、そのまま詰所裏の広場にある自室テントへ籠城したきり姿を見せておらん」
「よし、連行だ。労働基準法と就業規則の重みを、その骨身に直接刻み込んでやる」
俺はエプロンのポケットに、布ガムテープでガチガチに補強した『ルナミス新聞特製ハリセン』をねじ込み、大股で詰所の裏手へと向かった。
詰所の裏手、イグニスの耐火ドームテントのすぐ隣に、もう一張り――みすぼらしい一人用テントが張られていた。
隙間から漏れ出してくるのは、安タバコの紫煙と、ピコピコという電子音、そして――。
「頼む……! 来い……! 虹色演出……! 金扉からの昇格演出キタァァァアッ! いっけぇぇぇえええ!!」
――ピロリロリ〜ン♪【ハズレ:鉄のゴミクズ×1】。
「アッフォかぁぁぁああああっっ!! なんで十連爆死なんだよ! 確率詐欺だろこのクソガチャサイトぉぉおお!!」
バリッ! とテントのチャックを力任せに引き下げると、そこには目を血走らせた金髪の青年が寝転がっていた。
整った顔立ちに、無造作に伸ばされた金髪。
元A級冒険者にして、自警団のトップ剣士――フェイト・ラック(二十五歳)である。
手元には最新の魔導通信石が握られ、画面には怪しげなオンライン宝くじサイトの爆死リザルトが煌々と表示されていた。
傍らには、かつてルナミス新聞社の懸賞コイントスで奇跡的に当てたという、白銀に輝く最高級の『ミスリルソード』と『ミスリルアーマー一式』が、まるで脱ぎ捨てられた洗濯物のように無造作に転がっている。
「……おい、フェイト」
「あ? なんだよ悠人かぁ……。今いいとこ……いや、最悪のところなんだよ。今月の給料、もうあと三万しかねぇんだぞ……」
「葬式はどうした、葬式は。お前の親友の従兄弟の隣のおばさんの友達の犬の骨上げには行かないのか?」
「あ、いや……それな? 行こうとしたんだけど、急に俺の霊感が『今日は出かけると方角が悪い』って告げてきてさぁ〜。身内の魂を弔うためにも、今日はテントの中で静かに瞑想してようと思って……」
フェイトはシレッとポポロ・シガレットに火をつけ、紫煙をぷか〜と吐き出した。
罪悪感ゼロ。一ミリの悪びれもない。
こいつは腕こそ立つが、一度宝くじとギャンブルに味を占めて以来、脳の報酬系が完全に焼き切れた生粋のギャンブルジャンキーなのだ。
「言い訳のミルフィーユを重ねるなクズニートが! 起きろ! 午前中の国境パトロールに行くぞ!」
「え〜? やだよぉ、パトロールなんて地味な仕事。俺、A級冒険者だよ? もっとこう、世界を救うようなド派手な一発逆転の舞台じゃないとモチベが湧かないっていうか〜」
「月給三十万もらっておいてモチベーションを語るな! ほら、ミスリルアーマーを着ろ! 引っ張り出すぞ!」
俺はフェイトの襟首を掴み、問答無用でテントから引きずり出した。
同い年(二十五歳)の悪友とはいえ、現場の規律を乱す不届き者を甘やかす気は毛頭ない。
それから三十分後。
ポポロ村の東側境界線――三大国の緩衝地帯へと続く街道の検問所。
「た、大変です! 現場監督、マンミア団長!」
監視塔の見張り番をしていた農民自警団員が、血相を変えて駆け下りてきた。
「街道の先から、武装したゴロツキどもが十数名、荷馬車を略奪しながらこちらへ向かってきています! 近隣の山賊連合の先遣隊です!」
「何だと……!?」
マンミアがパイルバンカー『アグニ』を構え、馬体を震わせて前脚を踏み鳴らす。
「前村長が高飛びしたせいで『暴行しない券』の更新が滞っているのを嗅ぎつけ、小手調べに村の補給路を断つ気だな! 不届き者め、私が蹴散らして――」
「待て、マンミア。お前が出るまでもない」
俺はパトロール用の腕章を整え、横で欠伸を噛み殺している金髪の男の背中を、ドンと前に突き出した。
「おい、フェイト。お前の出番だ」
「えぇ〜……? 山賊退治ぃ? めんどくせぇなぁ。あいつら倒してもドロップアイテムしょぼいじゃん……」
「四の五の言うな! お前、剣術A、体術A、闘気A、おまけに全身ミスリル装備の超ハイスペックだろうが! チンピラ十人くらい、普通に戦えば三分で全滅させられるはずだ。さっさと片付けてこい!」
「ちぇっ、人使いが荒いなぁ……。ま、サクッと終わらせて、帰ったらガチャの軍資金稼ぎのバイトでも探すか」
フェイトは肩をすくめ、背中のミスリル大剣をスラリと引き抜いた。
さすがは元A級冒険者、剣を構えた瞬間の立ち姿と、全身から立ち上る白銀の闘気は本物だ。
街道の向こうから、粗末な革鎧を着て棍棒や粗悪な剣を振り回す山賊たちが、下卑た笑いを浮かべて迫ってくる。
「ヒャッハー! おい見ろよ、ピカピカの銀の鎧を着た兄ちゃんが一人で出てきやがったぜ!」
「坊ちゃん、その高そうな剣を置いて命乞いしな――」
「うるせぇよ有象無象が。俺は今、ガチャで爆死して最高に機嫌が悪いんだ」
フェイトは冷たい目で山賊たちを見据えた。
ここまでは完璧だった。
ここまでは、絵に描いたような「頼れる凄腕剣士の無双劇」になるはずだったのだ。
――だが。
フェイトの指先が、ポケットの中の『金貨』に触れた瞬間、その瞳に妖しい狂気の光が宿ってしまった。
「……いや、待てよ?」
「あ?」
「ここで普通に勝っても、ただの『業務完了』で給料は変わらねぇ……。だが、もしここで――俺のユニークスキルが火を噴いたらどうだ……?」
「おい、やめろフェイト! 変な色気を出すな! 普通に戦えッ!!」
俺の制止を完全に無視し、フェイトは親指でピィィィンッと金貨を天高く弾き上げた。
発動するは、身を滅ぼす悪魔のギャンブル権能――!
『ユニークスキル:コイントス』!!
「ここで表が出れば能力・運気二倍! もしコインが縦に立てば能力百倍の神域モード! 一撃で山賊どもを消し炭にして、俺は村の英雄、一発逆転の大金持ちだぁぁあ!!」
「普通にやれば勝てる相手にギャンブルを挟むなドアホッッ!!」
青空高く舞い上がった金貨が、キラキラと太陽の光を反射しながら回転する。
くるくる、くるくる……ポスッ。
フェイトの左手の甲に落ち、右手でパチンと押さえられた。
フェイトはゴクリと唾を飲み込み、ゆっくりと右手をズラした。
そこにあったのは――。
見事に裏返った、禍々しいドクロの刻印(裏面)だった。
――スキル失敗:デバフ強制適用。
スンッ……と、フェイトの全身から立ち上っていた白銀の闘気が、まるでロウソクの火を吹き消したかのように完全に鎮火した。
同時に、彼の顔面が土気色へと変わり、両膝が生まれたての子鹿のようにガクガクと震え出す。
「……あ、あれぇ……? 急に……頭がズキズキして……関節が痛む……」
「おい」
「悠人ぉ……ごめん……なんか急に偏頭痛と悪寒と胃もたれが……。体調激ヤバだから……今日のところは休むわ……」
ドサッ。
ミスリルの大剣を手放し、フェイトはその場にペタンと正座すると、そのまま街道の真ん中でゴロリと横になり、胎児のように丸まって寝息を立て始めた。
「「「「…………は???」」」」
突撃しかけていた山賊たちも、見守っていたマンミアも、詰所の農民たちも、全員が時が止まったかのように静止した。
敵の前で、大剣を捨てて、昼寝。
狂気以外の何物でもない。
「な、なんだアイツ!? 戦う前から寝っ転がりやがったぞ!?」
「舐めてんのかテメェ! ぶっ殺して身ぐるみ剥いでやるぜぇぇえ!!」
正気に戻った山賊たちが、怒り狂って棍棒を振り上げ、無防備に寝転がるフェイトへ殺到する!
距離、わずか五メートル!
――だが、その絶対絶命の瞬間に、俺の怒りのリミッターが完全に弾け飛んだ。
「……てめぇぇえええええっっっ!!!!」
俺はエプロンのポケットから、布ガムテープでガチガチに固められた『ルナミス新聞』を右手へと抜き放った。
元・危機管理室長として、無断欠勤と職場放棄を働く不良社員を、この俺が許すわけがない!
唸れ、我が絶対制圧術式――!
『常識人のハリセン(コンプライアンス・ブレイカー)』!!
俺は疾風の如く踏み込み、地面で呑気に丸まっている金髪の脳天目掛けて、フルスイングでハリセンを一閃した!
「――勤務時間中に勝手に博打打って仮病で寝込むんじゃねえ! 労働契約法第十条違反、業務上背任罪、および自警団服務規律違反だ起きやがれこのクズギャンブラーッッ!!!!」
――パァァァァァァァァンッッッ!!!!
街道の大気が爆発したかのような、凄まじい乾いた快音が炸裂した。
概念必中のハリセンが、フェイトの後頭部を寸分の狂いもなく直撃する。
「あぎゃぶへぇっ!?」
殺傷力はゼロ。しかし、理不尽なデバフ、精神の甘え、理性を狂わせる因果律を強制キャンセルする絶対の言霊打撃!
ハリセンの快音と共に、コイントスの失敗による「体調不良デバフ」が粉々に吹き飛んだ。
フェイトの脳内に強制的にアドレナリンが送り込まれ、濁りきっていた瞳にカッと澄み切った正気の光が戻る。
「はっ!? お、俺は何を……!?」
「寝言は敵を皆殺しにしてから言え! お前の月給三十万分の働きを見せろ、行けぇッ!!」
「りょ、了解ッッ!!」
ハリセンのツッコミによって叩き起こされたフェイトは、転がっていたミスリルソードを電光石火の速さで拾い上げた。
迫り来る山賊の棍棒が、彼の鼻先に届く――そのわずか零点一秒前。
ズバァァァァァンッッッ!!!!
銀閃が一瞬にして空間を切り裂いた。
元A級冒険者の超絶剣技。
刃の峰で正確無比に叩き伏せられた山賊の棍棒が粉々に砕け散り、先頭の三人が一瞬で白目を剥いて吹き飛ぶ。
「なっ……速ぇええ!? なんだコイツ、急に動きが――」
「ハァッ!!」
残像すら置き去りにするフェイトの連撃。
体術A、剣術Aの暴力的なスペックが唸りを上げ、街道の山賊たちが木の葉のように次々と宙を舞った。
峰打ち、足払い、柄当て――一切の無駄のない流れるような制圧劇。
わずか一分足らずで、十数名の武装ゴロツキは全員、地面に折り重なって呻き声を上げる肉の山へと変わっていた。
「ふぅ……。残敵、すべて制圧完了だぜ」
ミスリルソードをシャキンと鞘に収め、フェイトは前髪をかき上げて爽やかに微笑んだ。
その姿は、文句なしの英雄そのものだった。
……最初からそれをやれ、最初から。
「すごい……! フェイトくん、やっぱり本気を出せばすっごく強いんだね!」
後方から駆け寄ってきたキャルルが、目を輝かせてパチパチと拍手する。
「ふん、最初からそうしていればハリセンを喰らわずに済んだものを。だが、見事な剣筋だったぞ、フェイト」
マンミアも感心したように頷いている。
褒められたフェイトは、すっかり調子を取り戻して鼻の下を擦った。
「へへっ、まあな! 俺の実力にかかれば、こんなチンピラども朝飯前よ! ……あ、そういえば朝飯まだ食ってなかったな。腹減ったぁ〜」
「働いた奴には飯を食わせるのが、現場監督の流儀だ。詰所に戻るぞ」
自警団詰所の給湯室。
山賊たちを地下牢へと放り込んだ後、俺は手早く腕を振るった。
「よし、スタミナを補給させてやる。しっかり食えよ」
テーブルの上に並べられたのは、香ばしい湯気を上げる特製の軽食――『具だくさん肉椎茸の豚汁』と、山盛りの『特製ツナマヨ爆弾おにぎり』だ。
豚汁には、ポポロ村名物の極厚『肉椎茸』をこれでもかと一口大に切り分け、薄切りの豚バラ肉、甘みの強い『たまんネギ』、そしてホクホクの『太陽芋』をたっぷりと放り込んである。
肉椎茸から染み出た濃厚なキノコ出汁と豚の脂が味噌と溶け合い、隠し味に加えたすりおろし生姜が食欲を刺激する極上の一杯。
そしておにぎりは、炊きたての『サンライス』で、自家製の濃厚マヨネーズとピラダイの身を和えた特製具材を包み、パリパリの焼き海苔で豪快に包み込んだ特大サイズだ。
「う、うおおおおっ……! 豚汁の匂いがヤバい……! いただきます!」
フェイトは貪りつくように、特大おにぎりを大口で頬張った。
「はふっ……! んぐっ……! う、うめぇぇぇえええっ!! 海苔がパリッとしてて、ご飯がふっくら熱々で……中から濃厚なツナマヨが溢れてきやがる! 米とマヨネーズってなんでこんなに合うんだよぉ!」
続いて、両手で持ったお椀から豚汁をズズズッと豪快に啜る。
「アッツ……はふぅぅぅ……っ! し、染みる……! 肉椎茸が肉よりジューシーで、噛むたびに旨味がジュワジュワ溢れてくる……! 生姜の利いた味噌スープが、戦って疲れた体に染み渡るぜ……! 生きててよかったぁぁあ!」
ハフハフと言いながら、あっという間におにぎり三個と豚汁二杯を平らげたフェイトは、テーブルの上に突っ伏して満足そうに腹をさすった。
「ふぅ……食った食った……。悠人、お前マジで最高の管理人だな……。この飯のためなら、明日からも自警団で働いてやってもいいぜ」
「上から目線で言ってんじゃねえ。あとな、フェイト」
「ん?」
「お前の魔導通信石、今朝からずーっと通知が鳴りっぱなしだぞ。ほら」
俺が指差したテーブルの上の通信石には、怪しげなギャンブルサイトからの督促画面がピカピカと点滅していた。
『【警告】会員番号777番様。未納のガチャ代金(リボ払い枠)、本日正午が決済期限です。未納の場合、ゴルド商会経由で給与差し押さえの手続きに入ります』
「…………あ」
フェイトの顔から、スーッと血の気が引いていった。
「おい、フェイト。今月の給料の残り三万って言ってたな?」
「う、うん……」
「このガチャの請求額……『金貨二十枚(二十万円)』って書いてあるぞ」
「………………」
「差引、十七万円のマイナスだな。……イグニスの手取り十四万テント生活を笑えないレベルの借金王じゃねえか!!」
「ひ、ひぃぃぃぃっ!? 悠人、助けてぇぇぇえええ!!」
フェイトが情けなく叫びながら、俺の足元へと縋り付いてきた。
「ニャングルにバレたら、あの金の算盤で頭をカチ割られて、地下の開墾現場へタコ部屋送りにされちまうぅぅう!! 頼む、悠人! お前の手料理でニャングルを胃袋から丸め込んで、借金の返済期限を延ばしてくれぇぇええ!!」
「誰が助けるか自業自得だ! ニャングルに突き出して、給料から毎月きっちり天引きしてもらえ!!」
俺は冷酷にフェイトの手を振り払い、エプロンの紐をキュッと締め直した。
午後からは、怒り狂った猫耳財務官ニャングルによる、哀れなA級剣士への公開処刑(債務整理)が幕を開けることだろう。
まったく、二十五歳の同僚どもはどいつもこいつも手がかかりすぎる。
俺は呆れ果てながら空になったお椀を片付け、午後の業務へと意識を切り替えた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




