EP 5
月収2億の配信天使と、カツ丼9.8杯のフードロス処理班
午後一時。昼下がりの村長公邸リビングは、完全にプロ仕様のテレビ局スタジオと化していた。
部屋の中央には、ホームセンター『タローマン』で調達された超高輝度魔導照明(レフ板付き)が二基。
天井付近では、超高解像度レンズを備えた十機の小型魔導ドローンカメラが、微かな駆動音を立てながらホバリングしている。
そして、テーブルの中央を分断するように、安っぽい木目調の衝立が厳重に立てられていた。
「……おい、手羽先天使」
俺――村長公邸管理人にして元・危機管理室長の佐藤悠人は、こめかみに青筋を浮かべながら、機材の最終チェックをしている少女を見下ろした。
月収二億円を叩き出す全大陸トップインフルエンサー、メガゴッドチューバーのキュララ(二十歳)である。
「な〜に、悠人? 今、画角の調整と美肌フィルターのテスト中なんだけどぉ〜?」
「な〜に、じゃない。俺はお前をリビングの不法占拠および住居侵入罪でハリセン処刑していいんだぞ。ここは村の公邸であって、お前の個人ユーチューバースタジオじゃねえんだよ」
「えへへ〜、細かいこと気にしないの☆ 公邸のWi-Fi、ドンガン地下帝国の直通光回線だから帝都のスタジオよりラグが少ないんだもん! それに今日の企画は、全世界のファンが待ち望んだ超大型コラボなんだから!」
キュララが魔導タブレットを掲げてドヤ顔を決める。
画面には、極彩色のフォントでこう踊っていた。
『【生配信】限界突破! 華奢な美少女下級天使が「特盛カツ丼10杯」大食いに挑戦してみた結果www【GodTube登録者8000万人記念】』
「……大食い企画だと?」
「そう! 最近GodTubeで大食いASMRが超バズっててさ〜! やっぱりリスナーは、可愛い女の子が限界までご飯を詰め込むギャップが見たいわけよ♡」
「お前、普段タローキンのハンバーグすら半分残して俺に押し付けてくる少食だろうが。カツ丼十杯なんて胃袋が破裂して昇天するぞ」
「ノンノン、悠人くん甘いよぉ〜! 配信業界に『完全なリアル』なんて求めてるヤツは三流! 大事なのはエンタメとしての見栄え(映え)と、完璧な舞台裏のオペレーションなの☆」
キュララはあざとく舌をペロッと出し、背後の衝立を親指で指差した。
「カメラの前で私が可愛く二口食べて〜、画面が切り替わった瞬間に、裏に待機してる『フードロス処理班』が一瞬で残りを消滅させる! これぞ現代魔導情報社会が生んだ、完璧なるエコシステム(ヤラセ)だよ!」
「堂々とヤラセ宣言するな。……で、その処理班ってのは」
言われるまでもなく、衝立の向こう側から、すでに尋常ではない『気配』が漏れ出していた。
ズ……ズズズ……。
獣の呼吸音。
衝立の隙間を覗き込むと、そこには小豆色の芋ジャージを着て正座待機している人魚姫リーザの姿があった。
両手には割り箸を握りしめ、顎からは滝のような涎を垂らし、血走った眼球をギラギラと光らせている。
その背後には、飢餓の怨念が実体化したかのようなドス黒いオーラが渦巻いていた。
「……カツ丼……カツ丼ですわ……! 炭水化物と、動物性タンパク質と、油分……! 神の領域のカロリーの塊……! 早く……早くカメラを回しなさいなアホ毛天使……! 私の胃袋が、飢餓で時空を歪めかけていますのよ……!」
「完全に檻から解き放たれる直前の野獣じゃねえか!!」
俺のツッコミが炸裂する。
アイドルの気品など微塵もない。
あいつ、昨日の夜からこの企画のために絶食して胃袋のコンディションを整えていやがったな。
「悠人、ツッコミは後! ほら、頼んでたカツ丼十杯、早くテーブルに並べて!」
「……ったく。飯を粗末にしないって約束なら、料理人として腕は振るってやるがな」
俺はため息を吐きながら、厨房から巨大な銀トレイを何往復もして運んできた。
テーブルの上にズラリと並べられたのは、漆黒の特大丼十杯。
ドンッ! ドンッ! ドンッ! と重厚な音を立てて並ぶその光景は、圧巻の一言だった。
前世のディレクター時代、テレビ番組の大食いロケで何百食と監修してきた黄金比率の『至高のカツ丼』だ。
豚肉は、ポポロ山麓の清流で育った上質なシープピッグの極厚ロース肉。
米麦草の自家製パン粉を薄く纏わせ、特製ラードでカラリと黄金色に揚げたサクサクのとんかつ。
それを、削り節と醤油草、みりん草を煮詰めた甘辛い黄金出汁で、シャキシャキの『たまんネギ』と一緒に手鍋でサッと煮立てる。
仕上げに、朝採りの濃厚な有精卵を二個、白身と黄身がマーブル状に残る絶妙な半熟加減で流し込み、三つ葉の代わりに刻んだ新鮮な陽薬草をパラリと散らす。
立ち上る湯気と共に、甘辛い醤油と出汁の香気、そして揚げ油の香ばしさが部屋中に充満する。
米麦草のツヤツヤした大盛りご飯の上に、とろっとろの卵を纏った極厚カツがどっしりと鎮座していた。
「ふわぁああっ……! すっごく美味しそう! ビジュアル百点満点だよ悠人!」
「ギ……ギギギ……! 理性が……私の理性が千切れ飛びそうですわぁぁあ!」
衝立の向こうでリーザが床を激しく引っ掻いている。
早くしないと本当に衝立を物理的に破壊して突進してきそうだ。
「ほらキュララ、スタンバイしろ。元ディレクターとして、配信の段取りは俺が組んでやる」
「わぁ、悠人頼もしい〜! じゃあ、GodTube生配信スタートまで、スリー、ツー、ワン……!」
カチリ、とドローンカメラの赤いタリーランプが一斉に点灯した。
「――キュー!」
俺が素早く指を突き出すと同時に、キュララの表情が『拝金プロ天使モード』へと一瞬で切り替わった。
「ハ〜イ、全世界八千万人のリスナーのみんな〜☆ あなたのハートに神聖降臨、キュララだよ〜ん♡」
ピコピコと愛らしく純白の翼を羽ばたかせ、カメラに向かって至高の笑顔とウィンクを振りまく。
ドローンカメラのモニターには、凄まじい勢いでコメントが滝のように流れ始めた。
『キュララちゃんキターーー!!』
『今日も顔面国宝すぎる♡』
『待って、テーブルの上のカツ丼の量ヤバくない!?www』
『10杯!? 絶対無理だろwww』
「えへへ、みんな驚いた〜? 今日は登録者八千万人記念ということで! このポポロ村特製、ドカ盛りカツ丼十杯の限界大食いに挑戦しちゃいまぁす☆ 制限時間は三十分! 完食できたら、みんなナイフパフェ(投げ銭)いっぱい投げてね♡」
画面が瞬く間に虹色のスーパーチャットで埋め尽くされていく。
恐るべき拝金天使の求心力だ。
「それではさっそく、いただきま〜す♡」
キュララは華奢な手で割り箸を割り、一杯目のカツ丼から、卵が一番綺麗に絡んだカツを一切れ、ちょこんと摘み上げた。
そして、小さな口をあーんと開けて、サクッ……とあざとい咀嚼音を魔導マイクに響かせながら口に含む。
「んん〜〜〜っっ♡ お肉がすっごく柔らかくて、衣がサクサク! お出汁がじゅわ〜ってお口いっぱいに広がって、卵がとろとろで幸せぇ〜♡」
続いて、ご飯をレンゲでほんの二口ほど、リスナーに見せつけるように上品に咀嚼。
そこまで食べたところで、キュララは首を傾げ、ウルウルの瞳で胸元に手を当てた。
「……ふぇぇ。ごめんねみんな……お肉がすっごくボリューミーで、キュララ、もうお腹がいっぱいになっちゃったかも……。残りの九・八杯、食べ切れるかなぁ……? みんなの応援パワー、分けてほしいな♡」
『天使だから少食なの可愛すぎる』
『無理しないでぇぇええ!』
『残してもいいからね!【赤スパ:金貨100枚】』
「あざぁ〜っす♡ じゃあ、味変のアイテムを取ってくるから、三十秒だけCMタイムね☆」
キュララが手元のスイッチを押し、配信画面に【※スタッフが美味しくいただきます】の告知テロップを被せて、メインカメラの映像を一時暗転させた。
その瞬間――。
「――暗転! 処理班、行けッ!!」
俺の小声の合図が飛んだ刹那だった。
ドガァァァァァンッッッッ!!!!
「うおおおおおおおおっっ!! カツ丼! カツ丼ですわぁあああああああっっっ!!!!」
衝立を力任せに押し倒し、床を光速スライディングで滑走したリーザがテーブル下から弾丸のように飛び出してきた。
飢餓に狂った人魚姫の目が、完全に据わっている。
割り箸? そんな悠長な道具は使わない。
リーザは両手で一杯目の巨大な丼を鷲掴みにすると、そのまま口を百八十度近く開いて丼の縁に押し当てた。
ズッシャアアアアアアアアアッッッ!!!!
それは咀嚼ではなかった。
竜巻。あるいは深海怪獣の捕食。
ダイソン並みの凄まじい吸引力によって、大盛りご飯と極厚カツと半熟卵が、物理法則を無視してリーザの喉奥へと吸い込まれていく。
「ふごっ! んぐっ! んぐっ! はふぅぅう! 美味い! 美味すぎますわぁぁあ! お肉の脂が! お出汁の塩分が! 乾き切った細胞の隅々まで染み渡りますわぁあああ!!」
ガシャンッ! と空になった丼がテーブルに叩きつけられる。
一杯目、完食まで所要時間――わずか八秒。
「次ぃぃぃっ! 二杯目寄越しなさいなァッ!!」
「ちょ、ちょっとリーザ!? 早すぎる! まだCM明けてないから!」
「知るかぁぁあ! 美味い飯の前に待ったなしですわァッ!!」
ズバババババババッッ!!
二杯目、三杯目、四杯目!
残像すら見える超神速の腕の動きで、漆黒の丼が次々と空になり、ピカピカに舐め上げられて積み上がっていく。
まさに人間バキュームカー。フードロス処理班という名の、食欲の化け物だった。
だが――あまりの暴走に、最悪のアクシデントが発生する。
バキュームの凄まじい吸引風圧によって、固定していた木目調の衝立がメキメキと音を立てて前方に倒れ始めたのだ!
さらに、天井を飛んでいたドローンカメラの一機が、突風に煽られてバランスを崩し、自動追尾モードで『一番動いている物体』――すなわち、口の周りをタレと米粒だらけにしてカツを丸呑みしているリーザの顔面へと、カメラのレンズを急旋回させた!
ピピッ――【CM終了まで、あと三秒】!
「きゃあああっ!? 悠人、嘘でしょ!? 衝立が倒れてカメラに芋ジャージが映っちゃうぅうう!!」
「な、なんですのこの羽虫は邪魔ですわぁっ! モグモグ!」
「バカ、リーザ避けろ! 映ったらヤラセ発覚で私のチャンネルが即BAN、違約金金貨一億枚でマグローザ漁船行きになっちゃうぅぅうう!!」
キュララが顔面蒼白で頭を抱えて叫ぶ。
放送事故まで、あと二秒。
このまま画面が復帰すれば、全世界八千万人の信者たちに「天使の裏で芋ジャージが残飯処理しているグロ映像」が生中継される。
――だが、その修羅場を前に、俺の前世の魂が冷徹に点火した。
「……チッ。生放送のトラブルなんざ、現場のディレクションでねじ伏せるのがプロの仕事だろ!」
俺は迷うことなく、エプロンのポケットから丸めてあった『ルナミス新聞』を右手へと抜き放った。
布ガムテープでガチガチに補強された、我が相棒!
『常識人のハリセン(コンプライアンス・ブレイカー)』!!
まず一閃!
倒れかけていた衝立の角目掛けて、ハリセンの先端を鋭く打ち込む!
――パァァンッ!
風圧の衝撃波が衝立を押し戻し、ミリ単位の精度で元の垂直位置へと弾き戻す。
さらに、そのままの手首の返しで、八杯目を飲み込もうとしていたリーザの後頭部へ、スナップを利かせたツッコミを一撃!
「――咀嚼を放棄して丸呑みするな! 消化器官に対する重大な虐待および行儀見苦しさ違反だ、味わって食えッッ!!」
――パパァァァァンッッッ!!!!
「ふぎゃうんっ!?」
概念必中のハリセンが炸裂し、リーザの野獣化していた脳の暴走が瞬時に強制キャンセルされる!
リーザはハッと我に返り、背筋をピンと伸ばして上品にお茶を一口啜った。
そしてトドメに――俺は左手で配信卓のコンソールへと飛び込み、キーボードを電光石火のブラインドタッチで叩いた!
元・敏腕ディレクターの神編集スキルが唸る!
暴走したドローンカメラの映像を即座にサブ画面へ飛ばし、画面上にリアルタイムで【特別ゲスト:ポポロ村公認・フードファイター人魚姫リーザ様(※演出上の助っ人です)】という公式テロップを無理やりねじ込んだ!
「キュララ、カメラ一番を見ろ! 『助っ人を呼んで二人羽織で完食する神展開』としてコメントを拾え! 笑顔を作れ、キューッ!!」
パッ――と、全世界へ生中継の画面が復帰した。
画面には、上品にカツ丼を頬張るリーザと、その横で満面のビジネススマイルを浮かべたキュララが並んで映し出された。
「ハ〜イみんなお待たせぇ〜☆ 実はね、キュララ一人じゃ食べ切れないから、ポポロ村の可愛いお友達をスペシャルゲストに呼んじゃいました〜! 二人で協力して、残り全部美味しく完食しちゃいまぁす♡」
キュララが完璧なアドリブでポーズを決める。
衝立の崩壊という致命的な放送事故は、俺の神ディレクションによって「計算されたバラエティ演出」へと完全に偽装・昇華されたのだ。
その瞬間、GodTubeのチャット欄が爆発した。
『うおおおお! 助っ人演出アツい!!』
『この芋ジャージの子、食べ方めちゃくちゃ綺麗なのにバキューム速度ヤバすぎwww』
『カツ丼美味そうすぎる! 飯テロだろ!』
『裏方のカメラワーク神がかってて草』
『神回確定! ナイフパフェ(投げ銭)連打ぁぁあ!!』
画面を埋め尽くす、天文学的な額の虹色スパチャの雨あられ。
リーザはその声援(と五円玉の幻影)を背に受け、残り二杯のカツ丼を極上の笑顔でハフハフと綺麗に平らげた。
「ふぅ……! ごちそうさまでしたわぁ……! お腹が……お腹が幸せで満ち満ちていますわぁぁん♡」
合計九・八杯のカツ丼を胃袋に収めたリーザは、ぽんぽこ狸のように膨らんだお腹をさすりながら、満足感に満ちた成仏顔で絨毯の上へバタンと倒れ込んだ。
「――配信終了! お疲れ様でした〜〜っ!!」
キュララがドローンカメラの通信を切った瞬間、公邸のリビングにドッと歓声が上がった。
「やったぁぁぁああっ!! 同接二百万人突破! スパチャ総額、過去最高新記録達成だよぉぉお!!」
キュララは飛び跳ねて喜び、魔導タブレットを抱きしめてキャッキャと笑う。
そして、床で倒れているリーザを雑に足先でツンツンと小突いた。
「リーザちゃんナイス残飯処理〜! はいこれ、今日のギャラね☆」
チャリン――と、リーザの額の上に置かれたのは、ピカピカに磨かれた『五円玉が一枚』だった。
「……ご、ごえん……♡ ありがたき……幸せ……ガクッ」
リーザは五円玉を握りしめたまま、安らかな寝息を立てて気絶した。安上がりすぎる女だ。
「ふふ〜ん♪ 悠人もナイスアシストだったよ! 今夜は悠人にもタローキンの高いステーキ奢ってあげ――」
調子に乗ってウインクを飛ばしてきた拝金天使の頭頂部を目掛け――。
俺は本日最大のスナップを利かせ、丸めた新聞ハリセンを容赦なく振り下ろした。
――パァァァァァァァァンッッッ!!!!
「ぎゃふんっ!?」
「調子に乗るなこの手羽先守銭奴がッ!! 景品表示法違反(優良誤認)および虚偽・誇大広告のグレーゾーンを突くな! 大食いできないなら最初から大食い企画を打つなとあれほど言っただろ!!」
「ふぇぇぇんっ!? な、なんで叩くのぉ!? 結果オーライで大儲けできたし、フードロスもゼロでwin-winじゃんかぁぁあ!」
キュララは頭を押さえ、涙目で飛び退いた。
だが、その手にはしっかりと数千万円分の売上データが握りしめられている。まったく反省の色がない。
「……はぁ。まあ、米粒一つ残さず食わせたことだけは評価してやる」
俺は空になった十杯の特大丼を手早く重ね、ため息を吐きながら台所へと歩き出した。
床には満腹で爆睡する極貧人魚姫、ソファーには投げ銭の集計に目を輝かせる下級天使。
元ディレクターの胃袋と精神を削る日々は、まだまだ始まったばかりだった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




