EP 4
歩く天災ハイエルフの偽金決済と、地下シェルターの純金100kg
午前十時。快晴のポポロ村。
村の中央商業区に建つ巨大な平屋建てスーパー『タローマート』は、本日も生き馬の目を抜く主婦たちと農家たちの戦場と化していた。
青果コーナーの通路を、買い物カゴを腕に下げた俺――佐藤悠人は、目利きを光らせながら練り歩いていた。
「……よし、今夜はスタミナのつく野菜炒めと、怪奇食材を使った具だくさん豚汁にするか」
元・危機管理室長として、荒れる現場を胃袋から制圧してきた俺にとって、スーパーの買い出しは立派な防衛任務である。
だが、問題は――俺の半歩後ろを、おっとりとした淑やかな足取りでついてくる同伴者だった。
「まあまあ悠人さん、見てくださいまし。このお野菜、とても元気がよろしいですわね♡」
鈴を転がすような美声で微笑むのは、世界樹の次期女王候補にして村長公邸の居候、ルナ・シンフォニア(二十歳)だ。
透き通るような白銀の長髪、吸い込まれそうなエメラルドグリーンの瞳、そして上品に尖った長いエルフ耳。歩くたびに淡い光のマナを振りまく絶世のハイエルフ令嬢なのだが、その手元は完全に危険物取扱者のそれであった。
「おいルナ、その紫色の斑点が出てるキノコから手を離せ。それは食べると一週間『自分が古代魚になった夢』を見続けて正気を失う幻覚茸だ」
「あら、そうなのですか? 水槽の中で泳ぐ夢が見られるなら、客間のリーザさんも喜ぶかと思いましたのに」
「あいつは今でも十分床を泳いでるからこれ以上魚類化させるな」
俺がキノコを陳列棚に戻すと、今度は足元から「おいおいおい!」と甲高いダミ声が響いてきた。
「ねぇねぇ! オジサン! 目の下のクマやばくない!? てかオジサンの公邸にいるウサギの村長、昨日タローソンの前で他の男の匂いを嗅ぎ回ってたよ!? ねぇ聞いてる!? ワシの話聞いてるぅ〜〜!?」
拳骨大のニンニクにチョロチョロとした手足が生え、地面から生首を出して勝手に日光浴をしている球根魔導植物――『喋る香味野菜ガーリッ君』だ。
口を開くたびに、生ゴミと腐敗マナを濃縮したような銀河系最悪レベルの口臭を周囲数メートルに撒き散らしてくる。
「……うるさい」
俺は眉ひとつ動かさず、買い物カゴの角をガーリッ君の頭頂部へゴリッと押し当てて黙らせ、そのままカゴの底へと放り込んだ。
口さえ塞いで刻めば、スコルジニンと糖度が極限まで凝縮された超一級の滋養強壮食材になる。
さらに隣の棚では、包丁を突き立てられると「待ってくれ! 隣町のパン屋の親父、実は裏でヅラを被ってるんだ!」と近隣のゴシップを暴露して命乞いをする『ネタキャベツ』や、収穫の風圧で周囲の人間のズボンや下着をスポンと膝元までズラす凶悪な『ダイズラ豆』が所狭しと並んでいる。
まさにマンルシア大陸一の怪奇農村にふさわしい、治安の悪い青果コーナーだった。
「ふふ、大地の実りは本当に豊かですわね♡」
「お前の感性が豊かなのは認めるが、頼むから大人しくしててくれよ」
カゴいっぱいに食材を詰め込み、俺たちは中央レジへと向かった。
レジ打ちを担当するのは、真面目そうな人間の青年店員だ。
「いらっしゃいませー。ええと、肉椎茸に米麦草、たまんネギに……ガーリッ君ですね。お会計、〆て銀貨三十二枚になります!」
「はいよ、今出す――」
俺がエプロンのポケットから革の小銭入れを取り出そうとした、その時だった。
「お待ちになって、悠人さん♡」
ふわりと甘い百合の香りと共に、ルナがすっと前に進み出た。
そして、聖母のように慈愛に満ちた笑みをレジの店員へと向ける。
「いつも村長公邸の皆様がお世話になっておりますわ。今日のお買い物は、居候である私がお支払いいたしますわね♡」
「えっ、ルナさん? いや、生活費は公邸の予算から出すからいいって――」
「いいえ、遠慮なさらないで。私、こう見えても世界樹の次期女王候補ですもの。これくらいのお金、造作もございませんわ」
そう言って、ルナはローブのポケットから、道端で拾ってきたとおぼしき泥だらけの『小石』を一つ取り出した。
嫌な予感が、背筋を電撃のように駆け抜ける。
「……おい、ルナ。まさかお前」
「えいっ♡」
ルナが細い指先でパチンと指を鳴らすと、手の中の小石が眩いエメラルド色の燐光に包まれた。
泥の粒子が瞬時に分子配列を変質させ、光が収まったそこには――神々しいまでの輝きを放つ、ピッカピカの特大金貨が握られていた。
「さあ店員さん、どうぞお受け取りになって。お釣りは取っておいてくださって結構ですわよ♡」
「う、うわぁぁあっ!? き、金貨……!? こんな大金、いいんですかいお嬢さん!?」
若い店員が目を丸くし、拝むようにして黄金の硬貨に手を伸ばそうとする。
俺は冷たい汗を流しながら、ルナの横顔を見据えた。
「……なぁ、ルナ」
「なんですの、悠人さん?」
「そのピカピカ光ってる金貨……何日で元の石ころに戻るんだ?」
「三日ですわ♡」
「やっぱりかぁぁあああっっ!!」
俺は迷うことなく、レジの横に丸めて立ててあった無料配布の『ルナミス新聞』を右手で引っこ抜き、布ガムテープで固定する間もなく即座に振り抜いた。
発動するは、我が唯一無二の絶対制圧術式――!
『常識人のハリセン(コンプライアンス・ブレイカー)』!!
「――通貨及証券模造取締法違反および詐欺罪の現行犯だ! 真面目に働くスーパーの店員を三日後に泣かせる気かッッ!!」
――パァァァァァァァンッッッ!!!!
スーパーの店内に、雷鳴のごとき乾いた快音が炸裂した。
概念必中のハリセンが、優雅に微笑むハイエルフ令嬢の後頭部を完璧にクリーンヒットする。
「ふぇみゅっ!?」
心地よい衝撃と共に、金貨を包んでいた錬金術の偽装マナが粉々に吹き飛んだ。
店員の手のひらに落ちたのは、金貨でも何でもない、苔と泥のこびりついたただの河原の石ころだった。
「ひ、石ころぉぉおっ!? 金貨が石に化けたァッ!?」
「すまん店員さん、こいつが悪ふざけをした! ほら、正規の銀貨三十二枚だ、取っといてくれ!」
「あ、ありがとうございやす悠人さん! 助かったぁぁあ!」
俺は財布から素早く銀貨をジャラリと支払い、買い物袋を抱えると、後頭部を押さえて「あうぅ……」と涙目になっているルナの襟首を掴んで、逃げるようにタローマートから脱出した。
「うぅ……悠人さん、痛くはありませんけれど、すごく理不尽ですわ……。私、親切でお支払いしようといたしましたのに……」
「三日で石に戻る金を掴ませて親切なわけがあるか! れっきとした経済犯罪だ! まったく、誰が教えてるんだそんな詐欺の手口を……」
呆れ果てながら公邸への道を歩く。
だが、この日の受難は、レジ前の偽金騒動など足元にも及ばない、超弩級のカタストロフィとして待ち受けていたのである。
公邸の門をくぐった、まさにその瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッッ!!!!
「……な、なんだ!? 地震か!?」
突如、大地が激しく鳴動し、村長公邸の敷地全体がグラグラと揺れ始めた。
公邸の前庭、手入れされた芝生の中央に、巨大な魔法陣がエメラルド色に発光しながら展開する。
頭上から降り注ぐのは、世界樹の原生林特有の、濃密すぎるほどの神聖マナの嵐。
「あら……? この空間転移の波動は……」
ルナが嬉しそうにパチパチと手を叩いた。
ドォォォォォォォォンッッッ!!!!
爆音と共に、空から『それ』が投下された。
前庭の地面が激しく陥没し、砂煙がもうもうと舞い上がる。
土煙が晴れたクレーターの中心に鎮座していたのは――。
大人の背丈ほどもある、巨大な直方体の金属塊。
太陽の光を浴びて、目も眩むような黄金の輝きを放ち、周囲の空気を歪ませるほどの質量を誇る物体。
――世界樹印の刻印が刻まれた、『純金百キログラムのインゴット』であった。
「きゃあ♡ 届きましたわ! 世界樹のお父様から、今月のお小遣いですわね♡」
ルナは何事もなかったかのように駆け寄り、巨大な金塊に頬ずりをした。
お小遣い。百キロ。時価数十億円相当。
俺の脳の処理回路が、完全にショートしかけたその時――。
「アッフォかぁぁぁぁああああっっ!!!!」
公邸の裏口から、煙管を咥えた猫耳の怪物が弾丸のような勢いで飛び出してきた。
ゴルド商会ポポロ村支店長兼村の最高財務責任者、ニャングルだ。
仕立てのいい和装スーツを振り乱し、金算盤をカタカタと爆音で鳴らしながら、その毛を逆立てて絶叫する。
「門の外までクッサい金の臭いが漂ってきた思たら、またコレかいな!! ルナのお嬢さん! 毎月毎月、こんな核兵器級のインフレ爆弾を村の庭にドッカンドッカン落とさんといてくれぇ!!」
「まあニャングルさん、ごきげんよう♡ 核兵器だなんて人聞きが悪い。ただの仕送りですわよ?」
「その仕送りが村を滅ぼすんじゃドアホ!!」
ニャングルは算盤を激しく振り回し、俺の胸ぐらを掴む勢いで捲し立ててきた。
「ええか悠人、よう聞け! このポポロ村の総人口は何人や!?」
「せ、千人足らずだ」
「村内総生産(名目GDP)はナンボや!?」
「金貨約六万七千枚……日本円換算で約六億七千万円だ」
「そうや! その小さな箱庭経済の中に、毎月数億円相当の純金インゴットがポンポン市場へ流出してみぃ! どうなると思う!?」
「……通貨価値が大暴落して、物の値段が天文学的に跳ね上がる」
「大正解や!! ポポロ村のパン一個が金貨百枚になるジンバブエ級のハイパーインフレ直行便やぞ!! ウチのゴルドスマイル銀行が発行しとる通貨PGの信用が、一晩で木っ端微塵の紙屑になるんじゃあ!!」
ニャングルの瞳から血涙が零れ落ちそうだ。
まさに経済のプロだからこそ理解できる、資本主義の終焉の危機である。
しかし、当の元凶であるハイエルフ令嬢は、小首を傾げてキョトンとしていた。
「あら……? そんなに困ることですの? でしたら、この金塊を細かく削って、村人全員に均等に配ればよろしいのではなくて? そうすれば、村の皆様全員が大金持ちになれますわよね♡」
「ならへんわボケェエエエッッ!!」
ニャングルが喉を掻きむしりながら咆哮した。
「全員の所持金が千倍になったら、リンゴの値段も千倍になるだけや! 数字の桁が増えるだけで誰も豊かにならんのじゃ! なんでこのエルフのお嬢さんは、顔と育ちが神話級やのに経済リテラシーだけサル未満なんや! 頭の算盤の珠が全部粉砕しそうやわ!!」
「まあ、酷い言い様ですわね。……ふふ、でも皆様がそこまでお金に困っていらっしゃるのなら、私、もっと素晴らしい名案を思いつきましたわ♡」
ルナは両手をポンと合わせ、満面の笑みを浮かべた。
そのエメラルドグリーンの瞳が、爛々と狂気の輝きを放ち始める。
「金塊を市場に出せないのなら……村人たち全員の『片方の腎臓』を摘出して、帝国や魔皇国の富裕層へ売却すればよろしいのですわ♡」
「……は?」
「摘出しても、私が世界樹の秘伝再生魔法ですぐに新品同様に完全再生して差し上げます♡ 売っては再生し、売っては再生すれば……実質的に無限のお金が村へ転がり込んできますわよね? 私ってば、なんて天才的なクリニックのスキームを――」
ルナが優雅に、白衣のポケットからキラリと光る外科用メスを取り出しかけた。
――その瞬間。
俺の右手の中で、丸めた『ルナミス新聞』が限界突破の闘気を帯びて唸りを上げた。
『常識人のハリセン(コンプライアンス・ブレイカー)』!!
「――臓器売買および無許可医療行為違反だ! 倫理観が世紀末すぎるだろそのメスをしまえッッ!!」
――パァァァァァァァァンッッッ!!!!
前庭の大気を揺るがす、本日一番の快音が炸裂した。
概念必中のハリセンが、笑顔で臓器クリニックを開業しようとしたハイエルフ令嬢の頭頂部を完璧に叩き割る。
「ふにゃああああっ!?」
メスがポロリと芝生の上にこぼれ落ち、ルナの背後に立ち込めていた天然サイコパスオーラが、綺麗さっぱり消滅した。
ルナは両手で頭を押さえ、涙をポロポロと零しながらしゃがみ込む。
「うぅ……悠人さん……また叩きましたわね……! 私、村を豊かにしようとビジネスプランを立てましたのに……!」
「人の内臓を無限回収して無限販売するプランがビジネスとして成立してたまるか! 国際条約で即刻死刑案件だ!」
「ひ、ひぃぃ……! 悠人、ナイスツッコミや……! 危うくこの村が大陸一危険な違法臓器売買カルテルになるとこやったわ……!」
ニャングルが額の脂汗を拭いながらへたり込む。
そこへ、騒ぎを聞きつけた人狼執事リバロンが、音もなく背後から現れた。
「おや、また世界樹からの仕送りですか。悠人殿、ニャングル殿、台車の手配は完了しておりますよ」
「……リバロン、頼む」
「かしこまりました。地下核シェルター最深部、第零号保管庫へ『塩漬け(永久封印)』といたしましょう」
ドンガン地下帝国との密輸同盟によって建造された、核攻撃すら耐えうる公邸地下の超重装甲シェルター。
四重の魔導防壁とミスリル製の分厚い扉の奥へと、百キロの純金インゴットが台車で静かに運び込まれていく。
中を覗き込むと、そこにはすでに過去数ヶ月分の『純金百キロの山』が、まるで漬物石のように無造作に積み上げられていた。
外に出せば国家が傾く超弩級の富が、ただの鉄屑同然に眠り続けている光景は、いつ見ても胃が痛む。
「……ふぅ。これで今月のインフレ危機も去ったな」
「おおきに悠人……。お前がおらんかったら、ワシの寿命はとっくにゼロになってたわ……」
ニャングルが魂の抜けた顔でキセルを吹かす。
俺はエプロンをポンポンと叩き、気を取り直して台所へと向かった。
「さて……買い出ししてきた食材で、昼飯にするか。ルナ、お前も手伝え」
「はぁい……痛くありませんけれど、お手伝いいたしますわ……」
公邸のキッチンで、俺は腕を振るった。
タローマートで仕入れてきた『ガーリッ君』の口を布で固く縛り上げ、細かく微塵切りにする。
熱した鉄鍋に油を注ぎ、刻みガーリッ君を投入すると、先ほどまでの悪臭が嘘のように消え去り、脳髄を直撃するような極上の香ばしいニンニクの香りが立ち込めた。
そこへ薄切りにしたジューシーな『肉椎茸』と、甘みの強い『たまんネギ』を豪快に放り込み、強火でジャッジャッと煽る。
仕上げに特製醤油草のタレと粗挽き黒胡椒を一回し。
炊きたてのサンライスの上にドカッと盛り付ければ――至高の『肉椎茸とガーリッ君のスタミナ炒め丼』の完成だ。
「ふわぁぁぁあっっ!! すっごく香ばしい匂い!!」
匂いに釣られて、自警団の見回りから帰ってきたキャルルが耳をピコピコ跳ねさせて飛び込んできた。
「うぅ……匂いだけで……ご飯が三杯いけますわぁ……!」
匂いに引き寄せられたリーザが、みかん箱を放り出して客間からゾンビのように這い出てくる。
「ハ〜イみんなお腹ぺこぺこ〜☆ 今日の賄い丼、すっごくビジュがいいね! 写真撮って神界SNSに上げちゃお!」
二階からキュララがスマホを構えて降りてくる。
テーブルに並べられた出来立てのスタミナ丼を、全員で一斉にかき込む。
口いっぱいに広がる肉椎茸の濃厚な旨味と、ガーリッ君の暴力的なパンチ力。甘辛いタレが染みたご飯が、全員の疲れた喉を一瞬で潤していった。
「んん〜〜〜っっ♡ おいひい〜〜っ! 力がモリモリ湧いてくるよぉ!」
「あぁっ……ニンニクの刺激が……五臓六腑を駆け巡りますわぁぁん!」
満面の笑みで頬張るヒロインたちを眺めながら、俺は冷たいお茶を喉へと流し込んだ。
偽金、ハイパーインフレ、臓器売買未遂。
今日も今日とて世界の危機を水際で食い止めたが――この美味そうに飯を食う顔が見られるなら、まあ、ハリセンを振るった甲斐もあるというものだ。
新聞ハリセンをテーブルの隅に置き、俺は静かに箸を手にした。
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