EP 6
世の中全然甘くない!失恋ハニーかぼちゃと農家のおばちゃん包囲網
ずっ友ロコシによる汚職未遂事件を『塩盛りハリセン』と絶品のトウモロコシ尽くし御膳でスカッと解決した、まさにその日の昼下がりのことである。
初夏の陽気が心地よいはずのポポロ村に、突如として『第三の怪奇農作物』による未曾有のパニックが巻き起こっていた。
ドガガガガガガッ――ッ!!
自警団詰所の木製ドアが勢いよく蹴破られ、長靴を履いた農協の役員が顔面蒼白で転がり込んできた。
「た、大変だぁぁぁっ! 村長! 現場監督ぅぅぅううっ!!」
「今度は何だ! また誰かがメロンと駆け落ちしたのか!?」
エプロン姿の俺――佐藤悠人がハリセンを構えて振り返ると、農協役員は千切れそうな息の下から絶叫した。
「違います! 南の第十二圃場で栽培していた特注の超高糖度品種……『ハニーかぼちゃ』が一斉に完熟期を迎えて、自意識が暴走し始めましたぁぁあ! 畑の畝から根っこを引き抜いて、群れをなして村の中心部へ進撃してきていますッ!!」
「カボチャが進撃してくるってどういう状況だよ!!」
俺のツッコミと同時に、南の街道の彼方から、地鳴りのような重低音と――異常なほど甘ったるく、どこか気色悪い甲高い大合唱が響き渡ってきた。
『マイ・ハニィィィィ〜〜〜ッッ♡♡』
『どこだぁい!? 僕を優しく抱きしめてくれる、可憐な美少女ちゃんはどこなんだぁい!?』
『僕は甘く愛されるべき存在! 僕のこの黄金の果肉を、可愛い女の子の温かい両手で撫で回してほしいんだぁぁあッ!!』
ズシン、ズシン、ズシン……ッ!
もうもうと土煙を上げて街道を行進してきたのは、成人の胴回りほどもある巨大な深緑の塊――百個を超える『ハニーかぼちゃ』の軍団だった。
太い緑色のツルを器用に四本足のように動かして疾走し、果皮の隙間からピンク色の求愛フェロモンを噴き出している。
しかも、その進路の先にあるのは――村長公邸。
美少女(キャルル、ルナ、キュララ、リーザ)が密集して暮らしている危険地帯を、カボチャどもの求愛レーダーが寸分の狂いもなくロックオンしていたのである!
「ひゃぅっ!? な、何あれ!? カボチャが手足を生やして走ってくるよぉ!」
詰所から飛び出してきたキャルルが、銀髪の兎耳をピコピコと逆立てて目を丸くする。
「……おい農協、あれはどういう生態なんだ」
「も、元々は糖度四十度を超える極甘カボチャを目指して品種改良されたんですが……育つ過程で自意識が芽生え、『自分は世界一甘くて愛されるべき存在だ』と強烈に思い込んでしまったんです! 可憐な美少女に愛でられることでしか収穫を許さない、超絶ナルシスト野菜なんですぅぅ!」
「自己肯定感のバケモノかよ!!」
俺が叫んだ横から、いつの間にか公邸から出てきていた居候たちが、三者三様のリアクションでカボチャ軍団を見下ろした。
「あらあら……とても元気で情熱的なカボチャさんたちですわね♡」
歩く天災ハイエルフ令嬢ルナが、白銀の長髪を揺らしながら聖母のように微笑む。
「可憐な美少女をお探しなら、私が優しく愛でて差し上げますわ♡ お返事代わりに、そちらのヘタを医療用メスで一本ずつ綺麗に切除して、世界樹の闇ルートで売却したあと、中身をくり抜いて臓器保存容器に仕立てて差し上げますわね♡」
シャラリ……と袖口から新品の手術用メスをキラつかせる天然サイコパス。
愛でるどころか猟奇的解体宣言である。
「ハ〜イみんな緊急生配信だよ〜☆」
純白の翼をパタパタさせ、魔導タブレットを掲げた月収二億円の天使キュララが飛び跳ねてくる。
「【速報】巨大カボチャ軍団に囲まれてガチ告白されたんだがwwwリスナーのみんな、このストーカー野菜どもを特定して実家の畑に電凸しちゃって〜♡」
「待ちなさいなアホ毛天使! あのカボチャ、すっごく実が詰まってますわ!」
小豆色の芋ジャージを着た人魚姫リーザが、健康サンダルを踏み鳴らして目を血走らせた。
「愛などという不確かなものより、炭水化物ですわ! 私の『お賽銭箱型掃除機』で、あいつらの自意識とマナを吸い尽くして、タダの茹でカボチャにして胃袋へ叩き込んでやりますわぁぁあッ!!」
物騒極まりない居候たちの殺気に、進軍してきたハニーかぼちゃの先頭集団がビクッと足を止めた。
だが――そこで、最悪の『地雷』が踏み抜かれる。
「総員、下がっていろ! 村の治安は、この自警団リーダー・マンミアが守る!」
ガシャァァァンッ!!
四本の蹄を踏み鳴らし、白銀の胸当てを輝かせながら前に躍り出たのは、ケンタウロス族のマンミア(二十五歳)だった。
左腕の特注シールドパイルバンカー『アグニ』を構え、筋骨隆々の馬体を震わせて凛々しく仁王立ちする。
その勇姿を見た、先頭の特大ハニーかぼちゃが――ピタリと動きを止め、ジーッとマンミアを凝視した。
そして、果皮のシワを寄せて、心底ガッカリしたような野太いダミ声を放ったのである。
『……え? 何これ……?』
「ぬ……? 何だと?」
『僕が求めていた可憐な美少女ちゃんと、全然違うんだけど……? なんか……四本足でゴツい鎧着た、歴戦の重装騎兵が仁王立ちしてるんだけど……? 腕のパイルバンカーから高圧蒸気プシュープシュー噴いてて怖すぎるんだけど……? え、これ誰の趣味……? 世の中……世の中全然甘くねぇ……』
「「「「あっ…………」」」」
その場にいた全員の呼吸が止まった。
ピキリ……ッ。
マンミアの引き締まった端麗な顔面から、全ての血の気がサァァッと引いていく。
そして――次の瞬間、沸騰したヤカンのように顔面が真紅に染まり上がった!
「だ……だ……誰がゴツい四本足の重装騎兵だぁぁぁぁぁああああっっっ!!!!」
ドッッッゴォォォォォォォンッッッ!!!!
大地を踏み抜く蹄鉄が、舗装された石畳を粉々に粉砕した。
マンミアの切れ長の青い瞳から、ドス黒い怨嗟の血涙が噴き出す!
「生まれてから四半世紀! 今年で二十五歳、恋人いない歴二十五年ッ!! 『頼りになる騎士団長』とは言われても、一度たりとも殿方に『可憐な美少女』扱いされたことのない私の古傷に……たかがウリ科の野菜風情が土足で塩を塗りたくりおったなぁぁああっ!!」
ガシャコォォンッ!
マンミアがパイルバンカー『アグニ』の撃発レバーをガチャリと引き絞る!
シールドの隙間から、摂氏五百度の過熱蒸気が爆音と共に噴出した!
「許さん! 万死に値するッ! このポポロ村の街道ごと、私の処女の怨念を込めたアグニの杭でミンチのペーストに粉砕してくれるわぁぁあッ!!」
「マンミア待てぇぇぇいッ!!」
俺は疾風の如く踏み込み、パイルバンカーをブッ放そうとしていたマンミアの兜の隙間へ、右手の手元にあった『ルナミス新聞特製ハリセン』を垂直落下で叩き込んだ!
『常識人のハリセン(コンプライアンス・ブレイカー)』!!
「――農作物の暴言に対して重火器の私刑で応じるな! 道路交通法違反、器物損壊罪、および重大なヒステリー暴走だ目を覚ませッッ!!!!」
――パァァァァァァァァンッッッ!!!!
「ひゃいぃぃっ!?」
澄み切った乾いた快音が炸裂し、マンミアの脳天から立ち上っていた怨念の闘気が一瞬で霧散した!
パイルバンカーの蒸気がプシューと抜け、マンミアは前脚をカクンと折ってその場にペタリと座り込む。
「うぅ……悠人……。痛くはないが、傷口に正論を突き刺された気分だぞ……」
「正論で止まるなら最初から暴走するな! ……ったく、どいつもこいつも」
俺は息を吐き出し、立ちすくむハニーかぼちゃ軍団を見据えた。
ナルシストで美少女に愛でられたい野菜。
力づくで叩き潰せば果肉が傷つき、甘みも台無しになる。
だが――俺の前職は、我儘放題な大物タレントの天狗の鼻をへし折ってきた危機管理ディレクターだ。
この手の『根拠のないプライドで肥大化したモンスター』を最も効率的に収穫(調教)する方法を、俺は熟知している。
「ニャングル! 例の部隊を呼べ!」
「へへっ、手配はとっくに完了しとるで!」
和装スーツ姿の猫獣人ニャングルが、紫煙を吐き出しながら指を鳴らした。
その瞬間――街道の四方八方から、ズシン、ズシンと大地を揺るがす地響きが迫ってきた。
「「「「おーい、カボチャ狩りかい!? 腕が鳴るねぇぇえ!!」」」」
現れたのは、総勢五十名。
花柄の割烹着に泥だらけの長靴、首元には汗拭きタオルを巻き、手には年季の入った頑丈な鍬と特大の麻袋を構えた――ポポロ村が誇る最強の実力組織、『前線弁当おばちゃん軍団(平均年齢五十八歳)』の精鋭たちであった!
『な……っ!? な、何だあいつらはぁぁあ!?』
ハニーかぼちゃたちが怯えて後ずさりする。
「お前たちが求めていたのは『愛』だろ? たっぷり注いでもらえ! 大地と子育てを何十年も生き抜いてきた、百戦錬磨のリアルな母性の愛をなぁッ!!」
「ほらほら坊やたち、逃げんじゃないよ!」
「いい肥えっぷりだねぇ! 煮物にしたら孫が喜ぶよ!」
「あんた、色白だけど足腰が冷えてんじゃないかい? うちの蔵で熟成させてやっからねぇ!」
ドガッ! バシィッ! ガシィッ!
逃げ惑うハニーかぼちゃたちを、おばちゃん軍団が鍛え抜かれた足腰と職人技の鍬捌きで次々と包囲・捕縛していく!
逃げ場のない泥だらけの長靴の包囲網。
カボチャたちが思い描いていた「可憐な美少女の膝枕」など、そこには微塵も存在しなかった。
『あ……あぁ……っ』
先頭の巨大カボチャの瞳から、ツツーッと一筋の涙が零れ落ちた。
『甘くない……。美少女なんてどこにもいない……。世の中って……世の中って、全然甘くないんだなぁぁぁあああっっ……!!!!』
――ピキィィィィンッッ!!
百個のカボチャから、一斉に魂の砕け散る澄んだ音が響いた。
厳しい現実を突きつけられた精神的ショックによる自己防衛反応。
肥大化したナルシシズムが完全崩壊した瞬間、果肉内部の糖度が限界を突破して爆発的に濃縮を開始したのだ!
ブワァァァッ! と深緑の皮が黄金色に輝き、失恋の絶望を乗り越えた奇跡の芳醇なマナが吹き荒れる!
「よし! 糖度覚醒、収穫完了だ! おばちゃんたち、母屋の台所へ運ぶぞ!!」
「「「「あいよぉぉぉっ!!」」」」
三十分後、村長公邸の大厨房。
俺はエプロンの紐をキュッと締め直し、巨大な大鍋の前に立った。
「失恋の痛手を負った素材には、すべてを優しく包み込む料理が一番だ。――極上のクリームシチューで、成仏させてやる」
まな板の上で、完熟したハニーかぼちゃに包丁を入れる。
サクッ……と刃が通った瞬間、中から現れたのは、まるで濃厚な夕焼けのように鮮やかな深橙色の果肉だった。
繊維がきめ細かく、スプーンで種をくり抜くだけで、栗やサツマイモを遥かに凌駕する甘い香りが立ち込める。これを贅沢な大ぶりの一口大に乱切りにする。
大鍋にドンガン特製の無塩発酵バターをたっぷり落とし、短冊切りにしたポポロ山麓のシープピッグの豚バラ肉と角切りロースを投入。
――ジュワァァァァッ!
香ばしい肉の脂が溶け出したところへ、賢者モードに入った純白の『たまんネギ』のスライス、大ぶりに切った『人参マンドラ』、そして主役のハニーかぼちゃをドカンと放り込む。
弱火でじっくり、野菜が汗をかくように炒めて甘味を引き出したら、小麦粉を振り入れて粉っぽさが消えるまで木べらで丁寧に炒め合わせる。
そこへ注ぎ込むのは、清流のピラダイのアラと干し肉椎茸から取った黄金色の澄んだ和風ブイヨン。
コトコトと煮込むこと二十分。
ハニーかぼちゃの角がほんのり煮崩れ、スープ全体が黄金色のポタージュのようにトロリと輝き始めたところで――。
「仕上げだ!」
ポポロ高原牧場から直送された濃厚な搾りたて原乳と純生クリームを、惜しみなく大鍋の海へと注ぎ入れる!
さらに、隠し味に『味噌草』の上澄みエキスをほんのひとさじ、ポポロ岩塩、粗挽き黒胡椒。
――グツグツグツ……ッ。
乳白色と黄金色がマーブル状に混ざり合い、厨房の空気を暴力的なまでの濃厚な幸福感で満たしていった。
深皿にたっぷりと盛り付け、表面にパセリを散らす。
傍らには、オーブンでこんがり黄金色に焼き上げた、外カリ中フワの『米麦草バゲット』を添えた。
――完成。佐藤悠人特製、『シープピッグと失恋ハニーかぼちゃの極上濃厚クリームシチュー』だ。
「お待たせしました。冷めないうちに腹を満たせ」
「「「「う、うわぁぁぁぁぁぁぁあっっ……!!」」」」
公邸のダイニングを埋め尽くした全員――自警団、居候たち、そして手伝ってくれたおばちゃん代表たちの目が、爛々と輝いた。
真っ先にスプーンを伸ばしたのは、先ほどカボチャに心を抉られたマンミアだった。
震える手で、熱々の黄金色のシチューと大ぶりのかぼちゃをすくい上げ、フーフーと息を吹きかけて口元へ運ぶ。
「はふっ……ん……っ♡」
その瞬間、マンミアの青い瞳から、スーッと力みが抜けた。
白銀の胸当てが緩み、トロンと蕩けたような表情になる。
「んんん〜〜〜〜っっっ♡♡ あ、甘い……! 信じられないほど甘くて、濃厚だ……! 口の中でかぼちゃがホロリと崩れて、生クリームのコクと一緒に滑らかにとろけていく……! なのに、シープピッグの塩気と出汁の旨味がしっかり利いていて、決してくどくない……! あぁ、傷ついた心が……優しく包み込まれていくようだ……!」
「バゲットを浸して食ってみろ、飛ぶぞ」
「うむっ……!」
マンミアはカリカリのバゲットをシチューに沈め、たっぷりと吸わせてパクリと頬張った。
「サクッ……ジュワァァッ……! 美味い! パンの香ばしさと合わさって、無限に食えるぞ悠人……!!」
「私にもちょうだいっ!」
キャルルがスプーンを口に放り込み、両手を頬に当ててピコピコと兎耳を跳ねさせた。
「んん〜〜っっ♡ おいひい〜〜〜っ! お肉がすっごく柔らかくてジューシー! かぼちゃの甘みがスープ全体に溶け込んでて、体の芯からポカポカ温まってくるよぉ!」
「うぅ……! シチューですわ……! 貴族の洋館でしか食べられないような、本物のホワイトシチューですわぁぁあん!」
リーザが涙を流しながら皿をピカピカに舐め尽くし、ルナは「あらあら、優しいお味ですわね♡」と優雅に微笑み、キュララは「同接四百万人!スパチャ止まんな〜い☆」と歓声を上げている。
おばちゃん達も「こりゃあ孫にも作ってやりたいねぇ!」「悠人くん、うちの嫁に来ないかい!?」と大笑いしながら大鍋を空っぽにしていった。
「ふぅ……美味かったわ」
ニャングルがキセルを燻らせ、パチンと算盤を弾いた。
「収穫したハニーかぼちゃ、おばちゃん軍団の工場でレトルト加工して『ポポロ特製・失恋かぼちゃの濃厚シチュー缶』として売り出したるわ! 帝都の独身貴族や進学校の受験生にバカ売れ間違いなし、また金貨数千枚の純利益や!」
ダイニングルームに、温かな笑い声と歓声が満ちていく。
どんなに個性が暴走した怪奇農作物だろうと、適切なツッコミと絶品の賄い飯があれば、すべてはポポロ村の豊かな日常と財産へと変貌するのだ。
常識人管理人のエプロン姿の戦いは、今日も村の胃袋と平穏を完璧に守り抜いていた。
読んでいただきありがとうございます。
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