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『限界集落ポポロ村の猛獣使い〜常識人のハリセン一本で、暴走村長と神話級の問題児たちを黙らせる日常〜』  作者: 月神世一


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2/22

EP 2

ようこそ無害なポポロ村へ(※ただし財布と社会的生命の保証はいたしません)

 朝食の阿鼻叫喚から、およそ二時間後。

 村長公邸の客間には、張り詰めた重苦しい空気が漂っていた。

 豪奢な赤絨毯の上に泥塗りの革靴で踏み込み、ふんぞり返っているのは、仕立てのいい上級官吏服に身を包んだ小太りの男――隣国ルナミス帝国の徴税監査官、バルトスである。

 背後には威圧感を放つ帝国正規兵が四名、抜き身に近い状態で直立していた。

「いいかね、新村長。我が帝国は極めて寛大だ。だが、前村長ロップが持ち逃げした『国境防衛特別徴税金』および違約金、〆て金貨五万枚! これを本日中に耳を揃えて納付できぬ場合――この村の全住民を帝国直轄の魔導炭鉱へ奴隷として徴用する!」

 バルトスは分厚い徴税令状を机に叩きつけ、尊大な態度で唾を飛ばした。

 前村長が駆け落ちした隙を突き、緩衝地帯であるポポロ村を事実上の直轄植民地にしようという、分かりやすすぎる脅迫だ。

 だが、対面に座るポポロ村の当事者たちは、誰一人として怯えていなかった。

「まあまあ査察官様、遠路はるばる国境を越えてのお越し、ご苦労様です。喉も渇いたでしょう。どうぞ、当村特産の陽薬茶です」

 俺――村長公邸管理人兼現場監督の佐藤悠人は、柔らかな営業スマイルを浮かべながら、湯飲みをことりとバルトスの前に置いた。

 前世のディレクター時代、怒鳴り込んできたスポンサーを宥めるために何千杯と淹れた、匠の技が光るお茶だ。

 もっとも、茶葉の抽出時間はあえて通常の三分の一、湯温はぬるま湯以下の三十八度。おまけに隠し味として、飲むと微妙に舌がピリピリして鼻がムズムズする微量の薬草粉末がブレンドされている。

 要するに、嫌がらせのように生温く、絶妙に不味い。

「ふん……田舎の泥水など飲む気配もないわ……ずずっ。ぬ、ぬるいな……! なんだこの気の抜けた味は!」

「申し訳ありません。薪の節約でして」

「貧乏臭い真似を! おい、村長! 貴様の返答はどうなのだ!」

 苛立つバルトスが視線を向けた先――上座の革張りソファに座る美少女村長キャルルは、どこ吹く風といった様子で明後日の方向を見上げていた。

「ピピ〜ピピピ〜♪ ピ〜ピピ〜♪」

 透き通るような白磁の肌に、純白の兎耳。愛らしい唇を尖らせ、能天気に口笛を吹いている。

「おい! 聞いているのかキャルル村長!」

「えっ? あ、私ですか〜? うふふ、私達はただの素朴で無害な農民たちですよ〜? 難しい政治やお金のことなんて、なーんにもわかりませぇん♡」

「すっとぼけるな! これがどこが無害な農村なのだ!」

 バルトスが客間の大窓を指差して激昂した。

 窓の外、手入れされた中庭には、自警団の面々が集結していた。

 上半身は鎧をまとった凛々しい美女、下半身は屈強な白馬というケンタウロス族の自警団リーダー、マンミア(二十五歳)が、巨大な特注シールドパイルバンカー『アグニ』を片手に仁王立ちしている。

 その背後では、屈強な農民たちが総出で、泥ひとつない二両の『九九式魔導中型戦車』の砲身に油を差し、魔導誘導バズーカをキュッキュッと布で磨き上げていた。

 砲塔の先は、寸分の狂いもなくこの客間の窓――バルトスの眉間に向けられている。

「ひ、昼間からあんな重火器を磨きおって……! 威嚇のつもりか!?」

「いえいえ、ただの農作業器具の点検ですよ〜? ポポロ山の猪は装甲が厚いので、対戦車榴弾じゃないと皮も剥けないんです♡」

「嘘をつけぇええ!!」

「あーあ、うるさいなぁ……。グダグダ言うと、顎を砕いちゃおっかなぁ〜?」

 カチャリ、と小気味よい金属音が鳴った。

 キャルルが腰のホルスターから、超硬質ミスリル製のダブルトンファーを抜き放ち、くるりと指先で回転させる。

 同時に、窓の外で待機していた自警団員たちが、一斉に最新式の魔導ライフルを構え、銃口を客間へとロックオンした。

 チャキッ、チャキチャキッ――と、死のアンサンブルが響き渡る。

「ひっ……!? き、貴様ら、帝国の正規官吏に武力行使する気か!?」

「ふぅー……。あんた達、算盤(そろばん)の計算がまるで出来てまへんなぁ」

 紫煙と共に、客間の引き戸を開けて入ってきたのは、着物姿の猫獣人ニャングルだった。

 大陸屈指の巨大金融機関『ゴルド商会』のポポロ村支店長にして、村の最高財務責任者(CFO)である。

 ニャングルは琥珀色の瞳を冷徹に細め、咥えた煙管から紫煙をふわりと吐き出した。

「うちの村はな、ルナミス帝国、レオンハート王国、アバロン魔皇国の三大国が取り決めた国際緩衝条約に基づいて、正規の固定納税枠を毎年一円の狂いもなく納めとるんや。前村長がネコババしたんは『非公式の裏金』やろが。筋の通らん追加徴税に払う金なんぞ、ウチの帳簿には一文もあらへん」

「な、なにを田舎商人が偉そうに……! 我が国の軍団を動員すれば、こんな村など一日で踏み潰せるのだぞ!」

「ハッ、やれるもんならやってみぃや」

 ニャングルはパチンと算盤を弾き、嘲笑を浮かべた。

「ポポロ村に正規軍が一歩でも侵攻した瞬間、うちは即座に残る二カ国――魔皇国と獣人王国へ『不法侵略に対する相互防衛条約』の発動を要請しまんねん。あんたんとこの皇帝、たかだか金貨五万枚のために、三大国の全面戦争を始める度胸がおありで? 費用対効果(コスト)がまるで合っとらんわ、ドアホ」

「う……ぐぐっ……!」

「あぁ、それからもう一つ。ポポロ村の公認通貨はゴルド商会直轄の『PG(ポポロゴールド)』や。あんたがこれ以上舐めた口利くなら、帝国の国債と紙幣を一斉に投げ売りして、通貨戦争仕掛けたるわ。あんたらが抱えとる帝国の札束、明日にはただのケツ拭き紙にしたってもええんやで? ……なぁんて、冗談やがな♡ ほら、唇がガタガタ震えとるで。ポポロ特産の葉巻でも吸って落ち着きぃな。一本、銀貨十枚な」

 ニャングルが差し出した高級葉巻に、バルトスは手を出せない。

 額から脂汗が滝のように吹き出していた。

「あ〜あ、役人さんのイキリ顔、すっごく映えてるぅ〜♡」

 突如、甲高い鈴のような声が室内に響いた。

 客間の天井近く、純白の翼をパタパタと羽ばたかせながらホバリングしているのは、月収二億円のメガゴッドチューバー下級天使、キュララである。

 その手元には、浮遊型の超小型魔導カメラが起動しており、レンズの赤いランプが妖しく明滅していた。

「ハ〜イ、全世界八千万人のリスナーのみんな〜! 今ね、帝国のお偉い役人さんが、長閑な農村を脅迫して私腹を肥やそうとしてる決定的瞬間を激写中でーす☆」

「なっ……!? き、貴様、何を勝手に撮影している! 通信を切れ!」

「えへへ、切るわけないじゃん♡ あ、いまコメント欄の特定班から速報入りました〜! 『この監査官、帝都の第三地区に愛人囲って隠し子作ってる』って! うわぁ〜、本妻の実家が伯爵家だから、そのコネで出世したのにねぇ? これ、実家のオカンと奥さんの魔導スマホに切り抜き動画を電凸(直通送信)しちゃおっかな〜♡」

「ば……っ、な、なぜそれを……!? やめろ! 頼むからそれだけはやめてくれぇええ!!」

 バルトスの顔面が、蒼白を通り越して土気色へと変色した。

 社会的生命の息の根を止めにかかる天使の笑顔ほど、恐ろしいものはない。

 だが、ポポロ村の猛獣たちの追撃は、これだけで終わらなかった。

「あらあら……皆様、お取り込み中失礼いたしますわ♡」

 ふわりと甘く危険な芳香と共に、客間の引き戸が音もなく開いた。

 そこに立っていたのは、世界樹の次期女王候補にして、歩く天災ハイエルフ令嬢のルナ・シンフォニアだ。

 彼女の細い指先からは、鮮やかな紫色のツタが這い出している。

 先端に咲いた巨大な花輪からは、ダラダラと粘着質な涎(よだれ)を垂らした、危険指定催眠魔植物『ハッピー・ドリーム』が鎌首をもたげていた。

「ルナちゃん、その危ない草を客間に持ち込むなって言っただろ!」

「まあ悠人さん、ご安心くださいまし。先ほど、庭の雑草さんたちからとても興味深い垂れ込みがございましたの。こちらの査察官様……先週の金曜日、帝都の高級酒場で泥酔した際、下半身の制御を失っておねしょ……いえ、大きい方も派手に漏らしてしまわれたそうですわ♡」

「ぎゃあああああっ!? な、なぜそれを雑草が知っている!?」

「ご自分で山の中に穴を掘って、証拠のズボンを埋めて隠していらしたでしょう? 土の中の根っこネットワークを舐めてはいけませんことよ。……ふふ、可哀想に。激務でお心が壊れていらっしゃるのですわね。大丈夫ですわ、このハッピー・ドリームの幻覚胞子をたっぷり吸ってトリップすれば、お漏らしのトラウマも消えて、お花畑で赤ん坊から教育をやり直せますわよ……♡」

 シャラシャラと音を立てながら、涎を垂らした触手がバルトスの首筋へとぬるりと絡みつく。

「ひ、ひぃっ……! つ、冷たい! 臭い! 寄せるな、その気味の悪い植物をどけろぉおお!」

「おやおや、取り乱してはいけませんよ、査察官殿」

 影のように音もなく、バルトスの背後に黒衣の人狼執事リバロンが滑り込んだ。

 指先には、白銀の闘気でコーティングされた極薄の漆黒名刺が挟まれている。いつでも頸動脈を音速でスライスできる間合いだ。

「只今のキュララ様の特定情報、およびルナ様の排泄物隠蔽事案、すべて公邸地下のメインサーバーへ『特級恐喝材料(ブラックメール)』として永久バックアップいたしました。我が主キャルル様への理不尽な要求を取り下げない場合、帝国内閣府オルウェル内務官の執務室へ、最高級の封蝋を施して転送いたしますが……パンドラの箱、開けてみますか?」

「い、嫌だ……! 破滅する! 家庭も地位も人生も全部終わってしまうぅうう!」

 泣き叫ぶバルトスの足元に、ズザザザザ――ッと何かが滑り込んできた。

 小豆色の芋ジャージを着た人魚姫、リーザである。

 壊れた拡声器マイクを口元に当て、澄み切った哀愁の美声で歌い始めた。

「♪おもらし〜したって〜いいじゃない〜 にんげんだもの〜 だっぷんだぁ〜おじさん〜♪」

「歌うなぁああっ!! 情緒を破壊するような歌を耳元で響かせるなァッ!!」

 四面楚歌。

 金銭的脅迫、社会的抹殺、精神破壊植物、物理的暗殺術、そして極貧アイドルの奇行ソング。

 神話級の猛獣たちによる、一切の妥協なきコンプライアンス無視状の波状攻撃を受け、帝国のエリート官吏は完全に正気を失いかけていた。

 ――そして、トドメの瞬間が訪れる。

 俺が淹れたぬるい陽薬茶の粉末が、俺自身の鼻腔の粘膜を強烈に刺激したのだ。

「……ん? う……っ、く……っ」

 鼻の奥に、猛烈なムズムズ感が込み上げてくる。

 止まらない。これは、無理だ。

「ハ……ッ、ハッ……!」

「ひっ!? な、なんだそのタメは!? 何を放つつもりだ、貴様ァッ!?」

 バルトスが恐怖で顔を引きつらせて後退る。

 俺は深く息を吸い込み、全力で顔を前に突き出した。

「――ハックショォォォオオンッッッ!!!!!」

 爆音のくしゃみが客間に炸裂した。

 飛沫は手前で手で押さえたものの、突発的な音響エネルギーは凄まじかった。

「ぎゃあああああああっっ!! 呪いだ! 音響魔術による脳破壊攻撃だぁあああ!!」

 極限の精神状態にあったバルトスは、ただの生理現象を暗殺呪文と完全に誤認した。

 パニックのあまり跳び上がり、腰の魔導短剣を無我夢中で引き抜いて叫ぶ。

「お、脅しおって! こうなったら貴様ら全員、国家反逆罪で八つ裂きにして――」

 ――そこまでだ、悪徳役人。

 俺は右手の手元にあった『ルナミス新聞』を細長く丸め、布ガムテープで固定した特製ハリセンを、迷いなく頭上高くへと振り上げた。

 発動するは、我が唯一無二の絶対ツッコミ権能。

『常識人のハリセン(コンプライアンス・ブレイカー)』!!

「公務員の職権濫用、恫喝まがいの不当徴税、および凶器準備結託罪だ! 法律を守れこの税金泥棒がッッ!!」

 ――パァァァァァァァァンッッッ!!!!

 客間の空気が爆発したかのような、乾いた快音が炸裂した。

 刃物を持ったバルトスの脳天に、概念必中のハリセンがクリーンヒットする。

「あべしっ!?」

 殺傷力はゼロ。だが、相手の理不尽な暴挙、倫理違反のスキル、逆上した攻撃意志を根こそぎ強制キャンセルする絶対の言霊打撃。

 バルトスの手から短剣がポロリとこぼれ落ち、その瞳から逆上と傲慢の光が完全に消え去った。

「ひ……ひぃぃぃっ……! 痛くないのに、人としての尊厳が音を立てて崩壊していく……!?」

「おい、兵士ども! お前らも同罪だぞ! 公務員の違法命令に従うのは国際人道法違反だ、整列して反省文を書け!」

「「「「ひ、ヒエェェエエエッッ!!」」」」

 ハリセンを構え直した俺の気迫に、屈強な帝国正規兵たちが怯えて腰を抜かした。

 もはや交渉の余地など欠片もない。

 目の前にいるのは、法と経済と情報と重火器で武装した、大陸一タチの悪い怪物集団なのだ。

「ひ、ひいいいっ! 覚えていろ……! 貴様らは、貴様らは悪魔だああああっ!!」

 脱げ落ちた高級な革靴を回収する余裕すらなく、バルトスと兵士たちは靴下のまま、裸足で転がるように公邸の玄関から飛び出していった。

 全速力で国境の馬車へと逃げ走る背中を見送りながら、客間には心地よい静寂が戻る。

「……ふぅ。やれやれ、午前中から骨が折れるぜ」

 俺は丸めた新聞ハリセンの形を整え、大きく息を吐き出した。

 横を見ると、キャルルが両手を叩いて目を輝かせている。

「すごーいっ! 悠人くんのハリセン、今日もキレッキレだったね! パァンッてすっごく良い音が響いて、悪徳役人さんが吹っ飛んでっちゃった!」

「喜んでる場合か。お前がトンファーで顎を砕こうとするから、俺が間に入らなきゃならなくなったんだろ」

「えへへ〜、ごめんなさい♡ でも、村を守るためだもん!」

「はいはい。……ニャングル、後始末の法書類は大丈夫か?」

「バッチリや。『帝国査察官による不当請求および暴行未遂事案』として、オルウェル内務官宛てに抗議文書打っとくわ。慰謝料名目で、来期の通行税免除枠をもぎ取ったる」

 ニャングルはキセルを燻らせながら、邪悪な笑みで手帳にペンを走らせる。

 キュララは「同接三十万人突破〜! スパチャうまぁ〜♡」と飛び跳ね、ルナは「あら、ハッピー・ドリームにおやつをあげそびれてしまいましたわ」とおっとりと笑い、リーザは机の上に残されたぬるい陽薬茶を「もったいないですわ!」と一気に飲み干していた。

 実にポポロ村らしい、平穏な日常の防衛戦だった。

 俺はエプロンの紐をキュッと締め直すと、公邸の台所へと足を進める。

「さて……騒いだら腹が減ったな。昼飯にするぞ」

「「「「わぁぁぁいっっ!!」」」」

 美少女たちの歓声が、公邸のリビングいっぱいに響き渡った。

 この魔境のような村で、胃袋と手綱を握り続ける俺の苦労は、まだまだ終わりそうにない。

読んでいただきありがとうございます。

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