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『限界集落ポポロ村の猛獣使い〜常識人のハリセン一本で、暴走村長と神話級の問題児たちを黙らせる日常〜』  作者: 月神世一


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19/22

EP 4

冷え切った仮面夫婦の再生!肉椎茸ハンバーグと完熟メロロンの成仏ディナー

 泥沼農園の母屋、その薄暗いダイニングキッチンには、半年間の家庭内冷戦が残した生々しい生活の爪痕が広がっていた。

 流し台には、いつ洗ったのかも定かではない茶渋のこびりついたコップが二つ。

 ダイニングテーブルの端には、スーパー『タローマート』の黄色い半額シールが貼られた惣菜のプラスチック容器が虚しく積まれている。

 そして――調理台の上に、まるで刑罰のように無造作に置かれていたのは、一粒たりとも水分を含んでいないカチカチの『生米(米麦草)』が入った茶碗と、水道水が注がれたマグカップだった。

「……おいおいおい、本当に生米と水道水しか置いてねえじゃねえか」

 エプロン姿の俺――村長公邸管理人にして自警団現場監督の佐藤悠人は、茶碗をつついて呆れ果てた声を漏らした。

 後ろでは、パイプ椅子に小さくなって座る泥沼源蔵(五十歳)と、その妻の恵(四十五歳)が、居たたまれなさそうに顔を伏せていた。

 温室でのキャバクラ・ホスト狂乱劇から正気に戻った二人は、いまや完全に毒気を抜かれ、互いに視線すら合わせられないお通夜状態である。

「うぅ……申し訳ありません、悠人さん……。ここ数ヶ月、女房の顔を見るだけで胸糞が悪くなって……台所に立つ気力すら失せてしまい、腹が減ったら米櫃から生米をボリボリ齧って水を流し込んでいたんです……」

「私だって……! 源蔵さんが温室のメロンに鼻の下を伸ばして朝帰りするたびに、腹が立って涙が止まらなくて……タローマートの見切り品を買うお金すら惜しくなって、プリンスちゃんへの液肥代に全額回してしまったのよ……」

「夫婦そろってネグレクトと自傷行為のチキンレースしてんじゃねえよ!!」

 俺の容赦ないツッコミが台所に木霊した。

 年収一千五百万円の優良農業法人が、家庭内では戦時中の配給未満の食生活。

 人間、腹が減れば思考が歪み、愛情が消え失せ、甘い言葉を囁く植物に全財産を貢ぎ倒すようになるのは当然の帰結だ。

「キャルル、食材の準備はできたか?」

「うんっ! 公邸の冷蔵庫とタローマートから、一番新鮮な材料をダッシュで持ってきたよ!」

 タローマン特注の安全靴を踏み鳴らし、銀髪の兎耳をピコピコと揺らしながらキャルルが木箱を抱えて飛び込んできた。

 中に入っているのは、ポポロ山麓の清流で育った上質なシープピッグの挽肉、泥沼農園特産の極厚『肉椎茸』、そして収穫時に煩悩をベリッと剥ぎ取られて完全な賢者モードに入った純白の『たまんネギ』だ。

 さらに、テーブルの真ん中には、先ほど温室でハリセンを叩き込んでキャバクラの邪気フェロモンを完全に除霊した、黄金の完熟果汁をプツプツと滲ませる『クイーンメロロン』と『プリンスメロロン』が鎮座していた。

「よし……。源蔵さん、恵さん。お前たち夫婦が昔、一番仲が良かった頃に食べていた料理は何だ?」

「え……? そ、それは……」

 源蔵がおずおずと顔を上げる。

「……肉椎茸の、ハンバーグです……。まだ農園を立ち上げたばかりで貧乏だった頃、肉が少ししか買えなくて……畑で採れた大きな肉椎茸を細かく刻んで、肉にたっぷり混ぜてかさ増ししたんです……。恵が嬉しそうにこねて、二人で半分こして食べて……あの頃は、あんなに美味いものは世界にないと思ってたのに……」

「源蔵さん……」

 恵の瞳に、ポロポロと涙が滲み出す。

「オーケー、話は聞かせてもらった。元・危機管理室長の腕前で、その思い出の味を現代ポポロ村の最高峰クオリティで蘇らせてやる。――二度と生米を齧らなくていいように、舌と胃袋に夫婦の味を叩き込んでやるから、大人しく座って待ってろ!」

 俺はエプロンの紐をキュッと締め直すと、まな板の前に立った。

 自警団の面々――マンミア、イグニス、フェイト、そして居候たちも母屋のリビングに集まり、固唾を呑んで台所を見守っている。

「まずは、たまんネギの仕込みだ」

 賢者モードに入り「我が身を刻みたまえ……万物は無常なり」と神聖な光を放つたまんネギを、包丁で手早くみじん切りにしていく。

 フライパンにドンガン特製の澄ましバターを落とし、弱火でじっくりと炒める。

 飴色になるまで火を通すことで、刺激臭は完全に消え去り、極限まで凝縮された果物以上の甘みとコクが引き出されるのだ。これをバットに移して冷ましておく。

 続いて、主役の『肉椎茸』。

 手のひらよりも分厚い傘を、半分はサイコロ状の粗みじんに、もう半分は贅沢にもすりおろす。

 粗みじんは噛んだ時のジューシーな弾力とキノコの旨味を生み出し、すりおろしは肉汁を内部に抱き留める最強の保水ゼラチンとなる。

 大きなボウルに、シープピッグの粗挽き肉をドカンと投入。

 冷ました飴色たまんネギ、二種類の肉椎茸、米麦草の生パン粉、ポポロ高原の濃厚原乳、朝採り有精卵、岩塩、そして粗挽き黒胡椒。

「手の平の体温で脂が溶けないよう、手早く、粘りが出るまで一気にこねる!」

 ボウルの中で白っぽく糸を引くまでリズミカルに練り上げたら、空気を抜きながら俵型に成形する。

 真ん中を少しくぼませ、熱した鉄のフライパンへ滑り込ませた。

 ――ジュワァァァァァァァッッッ!!!!

 台所に、暴力的なまでの香ばしい肉の焼ける音が轟いた。

 強火で表面に一気に焼き色をつけ、肉汁の流出を完全にブロック。

 ひっくり返して裏面にも焦げ目をつけたら、少量の酒を回し入れて蓋をし、弱火でじっくり蒸し焼きにする。

 その間に、特製ソースの調理に入る。

 フライパンに残った濃厚な肉汁とキノコのエキス。そこへ、清流沿いに自生する『醤油草』の本醸造エキス、煮切ったみりん草、すりおろした生姜草、そして――。

「ここで、除霊されたクイーンメロロンの果肉と果汁を投入する!」

 チャームが抜けた完熟メロロンの果肉は、雑味が一切なく、上品で芳醇なマナの甘みを誇る。

 果肉を軽く潰しながらソースに溶かし込み、強火で一気に煮詰める。

 醤油の塩気と焦がしバターのコクに、メロロンの華やかでフルーティーな甘みが溶け合い、照り輝く極上の『特製オニオン・メロン照り焼きソース』が完成した!

 蓋を開けると、フライパンの中央で、ふっくらと厚さ五センチ近くまで膨れ上がった巨大なハンバーグが、黄金色の肉汁をプツプツと噴水のように吹き出していた。

 大皿に、パリッと氷水で締めた『折れたス』のサラダを敷き、その上へ熱々のハンバーグを豪快に鎮座させる。

 上から、湯気立つ照り焼きソースをトロリと回しかけた。

 さらに、デザートの皿を用意する。

 完熟プリンスメロロンを半分に割り、種をくり抜いた窪みへ、ポポロ高原原乳の冷たいバニラアイスをドカンと乗せ、世界樹のマナ蜜をとろりと垂らした『特製クラウン・メロンボウル』だ。

 炊きたてツヤツヤの『サンライス』の大盛りご飯と、たまんネギの味噌汁を添えて膳を整える。

「お待たせしました。佐藤悠人プロデュース――『極上肉椎茸ハンバーグ定食&完熟メロロン成仏デザート』だ」

「「う、うわぁぁぁぁぁぁぁあっ……!!」」

 テーブルについた源蔵と恵の目が、信じられないものを見るかのように見開かれた。

 立ち上る焦がし醤油と肉の甘い香り。

 二人は震える手で割り箸を手に取り、ハンバーグの中央へとそっと箸を入れた。

 プシュゥゥゥッッ――!!!!

 箸が触れた瞬間、ダムが決壊したかのように透明で美しい肉汁が溢れ出し、皿の縁まで満たしていった。

 源蔵が、涙を浮かべながら大きな一口を口の中へ放り込む。

「はふっ……! んぐっ……! あ、熱っ……んんまァァァァァイッッ!!!!」

 源蔵の喉から、魂を揺さぶるような絶叫が漏れ出た。

 シープピッグの力強い肉の旨味と、肉椎茸のジューシーなキノコエキスが口の中で大爆発を起こす。

 粗みじんの椎茸がコリッと小気味よい食感を主張したかと思えば、すりおろされた椎茸がとろけるように肉汁と絡み合い、喉を滑り落ちていく。

 そして、メロロンの果汁を煮詰めた照り焼きソースのフルーティーな甘辛さが、肉の脂っぽさを一切感じさせず、信じられないほどの爽快な後味を生み出していた。

「な、なんだこれ……! 肉より美味い……! 昔、二人で食べたあのハンバーグの味が、何百倍にもなって舌の上に広がってくる……!」

 隣で一口食べた恵もまた、両手で口元を押さえ、大粒の涙をポロポロと零していた。

「……美味しい……。すごく、すごく温かいわ……! 私、何をやってたんだろう……。こんなに美味しいご飯を二人で作って、笑い合ってたはずなのに……生米なんか齧り合って……互いを傷つけ合って……!」

「恵……! 悪かった……! 俺が悪かったよぉぉお! メロンなんかにうつつを抜かして、お前の手料理を蔑ろにして……本当にすまなかったぁぁあ!!」

「源蔵さん……! 私こそごめんなさい! あなたを寂しくさせて、変なホストにへそくりを注ぎ込んで……!」

 二人はハンバーグを口いっぱいに頬張り、サンライスを涙と鼻水でぐしゃぐしゃに濡らしながら、互いの手を固く握りしめ合って号泣した。

 半年間の冷戦、仮面夫婦の氷の壁が、アツアツの肉汁とメロンの甘いソースによって、跡形もなく綺麗に融解していく。

 そして仕上げに、冷たいメロンデザートをスプーンですくい、互いの口へと運び合う。

「あぁ……甘い……! キャバクラの媚びた甘さじゃない、大地の恵みの本当の甘さだ……!」

「アイスとメロンの果汁が混ざり合って、とろけるようにお腹に染み渡るわ……!」

 夫婦の絆の完全再生。

 メロロンの怨念とチャームは、至高のディナーによって完璧に『成仏』を遂げたのである。

「……よかったぁ。本当に、仲直りできてよかったね、悠人くん!」

 隣で見ていたキャルルが、もらい泣きをしながら俺の腕にギュッとしがみついてきた。

 ――だが。

 そんな感動的な空気を、リビングに待機していた猛獣たちが黙って見過ごすはずがなかった。

 ドサァッッッ!!!!

 リビングの畳を揺るがす勢いで、小豆色の芋ジャージを着た人魚姫リーザが、時速百キロの光速スライディング土下座を敢行した!

 俺のスリッパの爪先にピタリと額を擦り付け、両手を床に叩きつける!

「悠人様ぁぁぁあーーッ!! 見ての通り私の胃袋は現在、飢餓で時空が歪みかけておりますの! どうかそのフライパンに残ったメロン照り焼きのタレと焦げ目を、哀れな路上アイドルにお恵みをぉぉおおおっ!!」

「タレの焦げ目を舐めに来るな王女様が!!」

 さらに、背後からふわりとおっとりとした声が降ってくる。

「あらあら……ご夫婦の愛が深まって本当に素晴らしいですわね♡ 記念に、お二人の愛の証として、ご夫婦の『片方の腎臓』を半分ずつ切り取って交換移植なさいませんか? 互いの内臓を共有すれば、二度と浮気などできませんことよ♡」

 シャラリ……と袖口からキラめく新品の医療用メスを構えるハイエルフ令嬢ルナ。

「――夫婦の愛の証に生体臓器の等価交換を持ち出すな! 医師法違反および人道に対する重大なバグだそのメスを捨てろッッ!!!!」

 ――パァァァァァァァァンッッッ!!!!

「ふぇみゅっ!?♡」

 俺の新聞ハリセンが電光石火で炸裂し、ルナの手からメスがポロリと落下した。

 ルナは頭を押さえて「あうぅ……」と涙目になり、リーザは「タレがぁ!」と床を這い回る。

 そこへ、カチリと魔導タブレットを操作しながら、下級天使キュララが飛び跳ねてきた。

「ハ〜イみんな緊急生配信終了〜☆ 【速報:生米仮面夫婦、メロンハンバーグで奇跡の涙の復縁!】切り抜き動画、同接三百万人突破でスパチャ大爆発だよ〜ん♡」

「勝手に配信してんじゃねえ手羽先守銭奴が!!」

 阿鼻叫喚のリビング。

 だが、そんな騒ぎを突風のような紫煙で切り裂き、和装スーツ姿の猫獣人ニャングルが進み出てきた。

 金算盤の珠をカタカタカタッ! と雷鳴のような速さで弾き、琥珀色の瞳をギラリと光らせる。

「……源蔵、恵。ええ夫婦漫才見せてもろたわ。ほんでや、こっからが本番の『大人の算盤』やで」

「ひゃぅっ!? ニ、ニャングル支店長……!?」

 ニャングルはキセルを咥え直し、ニヤリと商傑の笑みを浮かべた。

「泥沼農園に残された、チャームの抜けた完熟メロロン千個。あれ、ただ生食で出荷しても市場で値崩れ起こすだけや。――悠人、今の照り焼きソースと、果肉の糖度……酒に加工できるな?」

「ああ。ドンガン地下帝国の蒸留酒『イモッカ』と合わせれば、最高級の『メロロン・ブランデーリキュール』ができるぞ。果皮の網目模様も美しいから、贈答品としてボトル一本で金貨十枚は硬い」

「せやろが!!」

 ニャングルがバチンと算盤を叩いた。

「泥沼農園のメロロン、ゴルド商会が全量高値で買い上げたろ! 村の公認特産品『ポポロ・プレミアムメロロン酒』としてブランド化し、帝都や魔皇国の貴族院へ売り捌いたるわ! 泥沼夫妻の負債と液肥代なんぞ一瞬で完済、来期の売上は金貨二千枚……日本円で二億円オーバーの爆黒字確定やぁぁあああっっ!!!!」

「「「「う、うわぁぁぁぁぁぁああああっっっ!!!???」」」」

 母屋が揺れるほどの歓声が上がった。

 破滅寸前の家庭崩壊と倒産危機から、一転して村を代表する巨大ブランドビジネスへの大逆転!

 源蔵と恵は手を取り合い、再び感涙に咽び泣いた。

「ありがとう……ありがとうございます、悠人さん、ニャングルさん! 私たち、一生懸命、二人で一番美味しいメロン酒を作ります!」

「おう、しっかり稼いで仲良く飯食えよ」

 俺は笑みを浮かべ、エプロンをポンポンと叩いた。

 一件落着、家庭の平和と村の財政防衛、完全達成である。

 ――だが。

 平穏の余韻に浸る俺たちの耳に、母屋の玄関の外から、何やらコソコソとした怪しげな足音と囁き声が届いた。

「……おい、見たか? 泥沼のメロロン騒動は失敗したらしいぞ」

「チッ、あの常識人の管理人がハリセンで全部片付けちまいやがったな……。だが、我が『全大陸農業互助ネットワーク』の真の切り札はこんなもんじゃねえ……」

 窓の隙間から覗き込むと、怪しげな黒スーツを着た二人の商人が、畑のあぜ道に立っていた。

 その手には、黄金色に怪しく輝く、一本の異常に粒の揃ったとうもろこしが握られていた。

 漂ってくるのは、嗅ぐだけで思考がトロリと麻痺し、相手の言うことを何でもハイハイと肯定したくなるような、異常なまでの甘い香り――。

「……ふふふ。この『ずっ友ロコシ』を半分に割って村長や自警団に食わせれば、どんな不法取引も『記憶にございません』でズブズブの関係になれるんだよ……」

 南の風が、不穏なとうもろこしの甘い匂いを運んでくる。

 俺は深くため息をつき、ポケットの中の新聞ハリセンのグリップを強く握り直した。

 怪奇農作物パニックの第二波が、すぐそこまで音もなく忍び寄っていた。

読んでいただきありがとうございます。

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