第二章 怪奇農作物パニックと泥沼夫妻のメロロン救出作戦
収穫祭の不発弾!お祈りメールが脳内に響く『折れたス』の絶望
山賊連合の夜襲を完璧に返り討ちにし、前村長が持ち逃げした巨額の負債を一括完済してから一週間。
八億円相当の純黒字を叩き出した魔境ポポロ村は、初夏の爽やかな青空の下、かつてないほどの活気と狂気に満ちあふれていた。
村の中央広場には、色とりどりの万国旗がはためき、無数の屋台が立ち並んでいる。
毎年恒例、ポポロ村最大の農業イベント――『初夏の怪奇農作物大収穫祭』の開幕である。
「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 採れたての『人参マンドラ』だよ! 今朝獲れたてだから時速四十キロで逃げ回る元気な子ばかりだよー!」
「包丁を向けると隣町の不倫スキャンダルを暴露して命乞いする特級『ネタキャベツ』! ルナミス新聞の記者さんも大絶賛の鮮度だよ!」
「煩悩を剥ぎ取って完全な賢者モードに入った純白の『たまんネギ』! スープにすれば無病息災、解脱間違いなし!」
威勢のいい農家たちのダミ声が飛び交い、広場のあちこちで、網を持った子供たちが脱走した人参を「待てコラー!」と追いかけ回している。
平和だ。どこをどう切り取っても、いつもの治安の悪いポポロ村の日常だった。
そんな広場の一角、自警団詰所の前に設営された『新品種審査テント』の長テーブルの前に、俺――村長公邸管理人兼自警団現場監督の佐藤悠人は、腕組みをして立っていた。
隣には、ラフなパーカー姿で兎耳をピコピコと揺らす新村長キャルル。
そしてテーブルを挟んだパイプ椅子には、自警団の同い年(二十五歳)トリオ――ケンタウロス族のリーダー・マンミア、竜人のイグニス、元A級剣士のフェイトが、審査員面をして座っていた。
「……おいキャルル、審査員がこのメンツで本当に大丈夫なのか? 見栄っ張りの無職テント竜人と、仮病ギャンブルジャンキーと、結婚適齢期の地雷原だぞ」
「あはは……。村の農協のおじちゃんたちがね、『舌の肥えた若い衆の率直な意見が聞きたい』って頼んできたの。ほら、悠人くんもコンプライアンス室長としてチェックしてあげて?」
キャルルが苦笑いを浮かべた、その時だった。
テントの裏口から、泥だらけの長靴を履いた農協の役員が、神妙な面持ちで木箱を一つ運んできた。
「お待たせしました、村長、現場監督! これが今年、村のバイオ魔導温室で奇跡的に結実した、期待の超大型新人野菜……その名も『折れたス』です!」
ドンッ、とテーブルの上に置かれた木箱。
蓋が開けられた瞬間、中から現れたのは――拍子抜けするほど瑞々しく美しい、鮮やかな緑色の結球葉物野菜だった。
ふんわりと幾重にも重なる波打つ葉先、溢れんばかりの水分、そして太陽の光を浴びてキラキラと輝く朝露。
見た目は、地球で言うところの極上サニーレタス、あるいはロメインレタスそのものだ。
「ほう……! これは見事な葉の張りだな! 鮮やかなエメラルドグリーンといい、立ち上る清涼な香りといい、文句のつけようがないではないか!」
マンミアが感嘆の声を漏らし、白銀の胸当てを揺らす。
「へへっ、美味そうじゃん! 俺様、広場のテント生活で最近まともな生野菜食ってねぇから腹減ってんだよ! 真っ先に毒味してやるぜぇ!」
イグニスが筋骨隆々の腕を伸ばし、木箱から『折れたス』の大きな外葉を一枚、景気よくバリィッと引きちぎった。
そして、豪快に大口を開けて口の中へ放り込んだ、その瞬間――。
――ピキィィィィンッッ!!
イグニスの動きが、完全にフリーズした。
咀嚼しようとした顎がピタリと止まり、真紅の短髪がブワッと逆立つ。
その琥珀色の竜瞳から、見る見るうちに生気が失われ、土気色を通り越して真っ白な虚無へと変色していった。
「……おい、イグニス? どうした?」
「あ……あ……あぁ……っ」
ガタガタと全身を震わせ、イグニスが両手で頭を抱え込んだ。
その口から、何かに取り憑かれたようなうわ言が、掠れた声で漏れ出す。
「……『慎重に選考を重ねました結果……誠に残念ながら、今回は採用を見送らせていただくこととなりました……。なお、イグニス様の今後のご健勝とご活躍を、心よりお祈り申し上げます』……」
「お祈りメールの幻聴がダイレクトに脳内再生されてるぅぅぅうううッッ!?!?」
俺の魂のツッコミがテント内に木霊した。
「うわああああっ! 親父、お袋ぉぉおおっ!!」
イグニスが椅子から転がり落ち、地面を激しく掻きむしりながら絶叫する。
「帝都のギルドで門前払い食らった日の記憶が! 『通信石も口座もない不法滞在者はダメです』って受付嬢に冷笑された時の精神的ダメージが、胃壁の裏側から鈍器で殴られたみたいにフラッシュバックしてくるぅぅぅううっ!!」
「な、何だこの野菜は……!? イグニスの強靭な精神が一瞬で粉砕されたぞ!?」
マンミアが驚愕して後ずさりする。
そこへ、タバコを燻らせていたフェイトが、鼻で笑いながら立ち上がった。
「ケッ、だらしねぇな筋肉トカゲが! たかが野菜食って過去のトラウマに負けてんじゃねぇよ! 俺はこれでも数々の修羅場をくぐり抜けてきた元A級冒険者だぞ! メンタルの鍛え方が違うんだよ!」
フェイトは懐からミスリルの短剣を抜き放ち、木箱の奥からひときわ肉厚なロメインレタス風の『折れたス』の芯に近い部分をザクッと切り取った。
「中途採用枠だろうが何だろうが、俺様の舌でねじ伏せて――はむっ」
モグ……モグ……。
フェイトの咀嚼音が二回響いた直後――。
バシィィィィンッッ!!
フェイトの顔面から、全ての感情が蒸発した。
瞳孔がカッと見開かれ、持っていたミスリル短剣が指先からポロリと落下する。
「……ご、ご提出いただきました職務経歴書を拝見し……慎重に選考を行いました……。フェイト様のこれまでの輝かしいご経歴は大変魅力的ではございますが……『現在弊社が求めているポジションの要件』と、技術的なミスマッチが極めて僅かにございました……。今回はご縁がございませんでしたが、データは弊社にて責任を持って破棄いたします……」
「無駄に丁寧なフォローが逆に大人の自尊心を抉るタイプの中途採用お祈りぃぃぃいッッ!!!!」
俺のツッコミが再び炸裂する。
「ぐはぁっ……!? 全否定されたわけじゃないのに……『惜しかったけど要らない』っていう事実が……徹夜で書いたスキルシートの記憶と一緒に喉を締め付けてくる……! 誰か……誰か水を……胃が痛くて息ができないぃぃい……!!」
フェイトは胸を掻きむしり、泡を吹いてパイプ椅子の下へと沈没した。
戦闘力A、剣術Aを誇る猛者二名が、たかが生野菜の葉っぱ二枚で完全戦闘不能。
あまりにも凶悪すぎる精神汚染兵器だ。
「ひ、酷いよぉ……! 葉っぱをちぎられた野菜の恨みが、食べた人の脳へ呪いになって突き刺さってるんだ……! こんなの出荷したら、村中がお祈りメールの地獄絵図になっちゃうよぉ!」
キャルルが両耳をギュッと押さえて涙目になる。
だが――この地獄のドミノ倒しは、まだ終わっていなかった。
「待て……! 武人たる者が、草木ごときの戯言に屈してどうする!」
ガシャァンッ! と四本の蹄を踏み鳴らし、前に進み出たのはケンタウロスのマンミアだった。
その凛々しい瞳に、元・騎士団長としての不屈の闘志が燃え盛っている。
「私はルナミス帝国正規軍の将校試験をトップ通過した身だ! 就職試験のお祈りなど、私の鋼のメンタルには微塵も効かん! 自警団リーダーとして、私がこの怪奇野菜の邪気をねじ伏せてみせる!」
「やめろマンミア! お前が今手を伸ばしたその小ぶりで柔らかいサラダ菜風のやつ、明らかに色が違うぞ!」
俺の制止も虚しく、マンミアは小ぶりな葉をつまみ上げ、誇らしげに口の中へ放り込んでしまった。
シャキッ……。
瑞々しい歯ごたえ。
そして――。
ドッッッゴォォォォォォォンッッッ!!!!
マンミアの脳内に、雷鳴が直撃した。
その瞳から、みるみるうちに涙が溢れ出し、白銀の胸当てが激しい動悸で上下に波打つ。
それは就職の不採用通知ではない。
近年、失恋ナスの遺伝子が混入して発生したとされる、最も残酷で最も慈悲なき激辛亜種――【プライベート・恋愛編:お友達から種】のテレパシー音声だった!
「……『昨日は素敵なレストランに連れて行ってくれて、本当にありがとう……! マンミアさんと一緒にいると、本当に楽しくて……お兄ちゃん……いえ、頼れるお姉ちゃんみたいに安心できるんだよね……。でもごめんね、私、いまは誰かと付き合うとか考えられなくて……。これからも、一番仲の良いお友達でいてね……!』……」
「恋愛のお祈りメール直撃ぃぃぃぃぃぃいいいッッッ!!!!」
「うわあああああああああああっっっ!!!!」
マンミアが喉も裂けんばかりに咆哮した。
大地を踏み抜く四本の蹄鉄が、舗装された石畳を粉々に粉砕する。
その切れ長の青い瞳からは、滝のような血涙が噴き出していた。
「お友達ぃぃぃっ!? お姉ちゃんみたいに安心できるぅぅううっ!? 一番仲の良い友達でいようねぇぇええっ!!??」
「落ち着けマンミア! それは野菜の幻覚だ!」
「落ち着けるかぁぁぁあああっ!! 生まれてから四半世紀! 今年で二十五歳、恋人いない歴二十五年ッ!! 『頼りになる』『かっこいい』『背中に乗せてほしい』とは言われても、誰一人として私を一人の女として見てくれた男はおらんのだぁぁああっ!!」
ガシャァァァンッ!!
逆上したマンミアが、左腕の超特大シールドパイルバンカー『アグニ』の撃発レバーをガチャリと引き絞った!
シールドの隙間から、プシューーーッと超高圧の危険な蒸気が噴出する!
「お友達からなどという生ぬるい関係など粉砕してくれるわッ! このポポロ村の広場ごと、私の処女の怨念を込めたアグニの杭で更地にして――」
放置すれば収穫祭が血の海に変わり、村の損害賠償額でせっかくの大黒字が消し飛ぶ!
――現場の混乱を武力と正気でねじ伏せるのが、危機管理室長の責務だ!
「……てめぇら、いい加減にしろッッ!!!!」
俺はエプロンのポケットから、今朝の『ルナミス新聞』を細長く丸め、布ガムテープでガチガチに補強した我が相棒を右手へと抜き放った!
唸れ、コンプライアンスの鉄槌――!
『常識人のハリセン(コンプライアンス・ブレイカー)』!!
俺は疾風の如く踏み込み、パイルバンカーを構えて暴走しかけていたマンミアの兜の隙間へ、垂直落下でハリセンを一閃した!
「――労働基準法、就職差別禁止規定、および精神的ハラスメント防止法違反だ! 過去の失恋トラウマで重火器をぶっ放そうとするな、正気に戻れこのヒステリー重騎士ッッ!!!!」
――パァァァァァァァァンッッッ!!!!
「ひゃうんっ!?」
澄み切った乾いた快音が、テントの大気を爆発させた。
概念必中のハリセンが炸裂した瞬間、マンミアの脳内に響き渡っていた「お友達から」の呪いテレパシーが一瞬で粉々に砕け散った!
パイルバンカーの蒸気が抜け、マンミアは前脚をカクンと折ってその場にペタリと座り込む。
さらに俺は、そのままの手首のスナップで、床でのたうち回っていたイグニスとフェイトの脳天へ、電光石火の二連ツッコミを叩き込んだ!
「そしてお前ら! たかが野菜の不採用通知でいつまでも引きずってんじゃねえ! 前を向け、求人票ならハローワークにいくらでもあるだろッッ!!」
――パパパァァァァンッッッ!!!!
「あぎゃぶっ!?」
「ふぎゃあああっ!?」
二つの快音が響き、イグニスとフェイトの頭から立ち上っていたドス黒いお祈りオーラが、綺麗さっぱり消滅した。
殺傷力ゼロ。相手の理不尽なスキル、狂気、トラウマの因果律を強制キャンセルする絶対の言霊打撃!
静寂が、テント内に戻ってきた。
三人はそれぞれ頭を押さえ、涙目で地面に正座している。
「うぅ……悠人……。叩かなくてもよいではないか……痛くはないが、胸がチクチクするぞ……」
「俺様、もう二度と面接なんか受けねぇよぉ……」
「俺も……一生自警団でテント暮らしでいいや……」
完全に魂が抜け落ちた二十五歳児たち。
俺は深くため息をつき、ハリセンを腰に戻すと、木箱に残された『折れたス』を手に取った。
「……ったく。素材の性質も知らずに生で食うからそうなるんだ。この『折れたス』のテレパシーの正体は、葉脈に高濃度で溜まった苦味マナと精神干渉アミノ酸だ。――プロの料理人の手にかかれば、こんなトラウマ、極上の旨味に化けさせてやれるよ」
俺の言葉に、キャルルがパッと兎耳を立てた。
「えっ……? 悠人くん、このお祈り野菜を美味しくできるの……?」
「当たり前だ。危機管理室長を舐めるなよ。――おい農協のおっちゃん、詰所の給湯室を借りるぞ!」
詰所の給湯室。
俺はエプロンの紐をキュッと締め直すと、まな板の前に立った。
「よし、お祈りトラウマの完全除霊クッキングといこうか」
まず、『折れたス』の根元を切り落とし、葉を一枚ずつ冷水に放つ。
ボウルの中で少量の岩塩を振り、優しく手揉みをする。塩分によって葉脈の中の余剰な水分と共に、精神汚染マナ(お祈りテレパシー成分)をアクとして外へ絞り出すのだ。
さらに、沸騰した熱湯へサッと二秒だけくぐらせ、氷水で一気に締める!
この『湯通し氷締め』によって、テレパシーの元凶である幻聴胞子は完全に熱分解され、レタス本来のパリッとした鮮烈な歯ごたえと甘みだけが極限まで凝縮される。
合わせる具材を手早く調理する。
フライパンを熱し、ポポロ山麓のシープピッグの豚バラ肉を短冊切りにして投入。
弱火でじっくり炒め、豚肉自身の脂でカリッカリのきつね色になるまでクリスピーに焼き上げる。
さらに、角切りにした怪奇食材『肉椎茸』をその脂で揚げ焼きにし、香ばしいキノコ風味の自家製クルトンを作る。
特製ドレッシングの調合だ。
温暖な丘陵に自生する『マヨ・ハーブ』の葉を指先で揉み潰し、トロリと溢れ出る濃厚なマヨペーストをボウルへ絞り出す。
そこに清流の『醤油草』から抽出した熟成エキスをほんの数滴、すりおろしたガーリッ君を微量、ドンガン特製の粉チーズ、粗挽き黒胡椒、そして世界樹のレモン果汁を合わせる。
酸味とコクが完璧に調和した、至高の和風シーザードレッシングの完成だ。
大皿の中央に、シャキシャキに蘇生した『折れたス』を山盛りに盛り付ける。
その上に、熱々のカリカリ豚バラ肉と肉椎茸クルトンを豪快に散らし、特製ドレッシングをたっぷりと回しかける。
天頂部には、ぷるぷると震える半熟の朝採り温泉卵をドカンと鎮座させた。
――完成。佐藤悠人特製、『折れたスとカリカリ豚バラの温玉シーザーサラダ』だ。
「お待たせ。除霊完了だ、食ってみろ」
テーブルの上にドン、と置かれた大皿。
立ち上る香ばしい豚肉とガーリックの芳香、そして鮮やかな緑と白と黄色のコントラスト。
正座していたイグニス、フェイト、マンミアが、恐る恐る割り箸を手にした。
「ほ、本当に大丈夫なのか……? また脳内に『今後のご健勝をお祈り』されたら、俺様今度こそ立ち直れねぇぞ……」
「ビビってんじゃねえ、食えば分かる」
意を決したマンミアが、フォークで温泉卵をとろりと崩し、ドレッシングと豚肉が絡んだ『折れたス』を一口頬張った。
パリッ……シャキッ……!
澄んだ快音が、給湯室に響く。
「……っ!?」
マンミアの青い瞳が、カッと見開かれた。
耳を澄ませても、脳内にあの「お友達から」の絶望の声は一切聞こえてこない。
代わりに口いっぱいに広がったのは――暴力的なまでの美味の奔流だった。
「……な、何だこれは……! 苦味も、あの忌まわしい幻聴も完全に消えている……! 氷水で締められた葉が驚くほどシャキシャキでみずみずしく、噛むたびに甘い水分が弾け飛ぶ……! そこへ、カリカリに焼かれた豚バラ肉の香ばしい塩気と、マヨ・ハーブの濃厚なコク、そしてトロトロの温泉卵が絡み合って……あぁ、美味い! 美味すぎるぞ悠人……!!」
「う、嘘だろ!? 俺様にも食わせろ!」
イグニスがフォークを突き刺し、山盛りのサラダを口の中へ放り込んだ。
「シャキッ! サクッ! ……んんんんまぁぁぁぁぁいッッ!!!!」
イグニスが絶叫した。
「不採用通知が消えたぁぁあ! 肉椎茸のクルトンからキノコの旨味がジュワッと染み出してきて、黒胡椒がピリッと利いてて、野菜なのに肉料理食ってるみたいに箸が止まらねぇぞぉぉお!!」
「うめぇ……! 中途採用の書類破棄の記憶が、粉チーズの海に優しく洗い流されていく……! 悠人、サンライス! 白飯持ってきてくれ! このサラダ、飯のおかずにもなるぞ!!」
フェイトも泣きながらサラダを貪り食っている。
キャルルも一口パクリと頬張り、両手を頬に当てて蕩けるような笑顔を浮かべた。
「んん〜〜〜っっ♡ すっごくさっぱりしてて美味しい! お祈りメールの野菜が、こんな最高のご馳走に生まれ変わるなんて……やっぱり悠人くんは魔法使いだよっ!」
わずか三分足らずで、巨大な大皿のシーザーサラダは綺麗さっぱり空っぽになった。
トラウマを克服し、満腹になった自警団の二十五歳トリオは、机の上に突っ伏して幸せそうに息を吐いていた。
「ふぅ……。悠人殿、礼を言うぞ。失恋の傷が、少しだけ癒えた気がする……」
「失恋も何も、お前最初から付き合ってすらいないだろ」
「余計な真実を口にするなぁぁあッ!!」
マンミアが顔を真っ赤にして叫び、テントの中に温かな笑い声が満ちていく。
農協の役員も「これなら収穫祭の目玉商品として売り出せます!」と大喜びで木箱を抱えて広場へ駆けていった。
やれやれ、一件落着だ。
――だが。
平和を取り戻したはずのポポロ村の空気が、突如として不穏な重苦しさを帯び始めた。
「……ん? 悠人くん、あれ……何かな……?」
キャルルがピクンと兎耳を立て、村の南側――広大な農地が広がる方角を指差した。
見上げると、南の空の一角が、妖しく毒々しい『ショッキングピンクの霧』に薄っすらと染まり始めていた。
風に乗って漂ってくるのは、脳の奥をトロリと痺れさせるような、甘ったるく狂おしい果実の芳香。
そして、遠くの農道から、一台の軽トラ型魔導車が土煙を上げて爆走してくるのが見えた。
乗っていたのは、村内屈指の豪農・泥沼夫妻の農園で働く若い従業員だった。
「た、大変だぁぁぁっ! 村長! 現場監督ぅぅぅううっ!!」
従業員は車から転がり落ち、泥まみれになりながら叫んだ。
「泥沼の旦那と奥さんのハウスで……『クイーンメロロン』と『プリンスメロロン』が完全に熟して暴走を始めましたぁぁあ! 旦那はメロンにキャバクラ営業されて『女房とは別れてメロンと駆け落ちする!』って叫んでるし、奥さんはホストメロンに狂乱して貯金を全部注ぎ込んでます! 家庭崩壊どころか、近隣の農家のおじさんたちまで骨抜きにされてハウスから帰ってきませんッッ!!」
「……出たな」
俺は深くため息をつき、ポケットの中の新聞ハリセンのグリップを強く握り直した。
ポポロ村の怪奇農作物パニックは、まだ始まったばかりだった。
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