EP 13
満月の惨劇!マッハ1で爆走する10,000馬力村長の熱血カチコミ
――ズドッッッパァァァァァァァンッッッ!!!!
夜の帳を引き裂いたのは、大気そのものが断末魔を上げたかのようなソニックブーム(音響衝撃波)だった。
ポポロ村の北側境界線。
装甲車三十台と武装山賊百五十名が展開していた荒野のど真ん中に、白銀の雷光が垂直に突き刺さる。
着弾の瞬間、衝撃波で数十トンの魔導装甲車が三台まとめて木の葉のように宙を舞った。
もうもうと立ち込める粉塵の中から現れたのは――愛らしい純白の兎耳を逆立て、瞳の奥に爛々たる深紅の光を滾らせた美少女村長、キャルル・ムーンハートである。
背後に真円の満月を背負い、両手には鈍く唸る超硬質ミスリル製のダブルトンファー。
「アハハハハハハハッッ! 月が綺麗! 風が気持ちいい! 命が、魂が、超ド級に燃えたぎってるぅぅぅうううッッ!!!!」
タローマン特注のミスリル芯入り安全靴が、大地を粉砕しながら一歩を踏み出す。
推定一万馬力オーバー。
満月の神気によってリミッターという概念が完全に蒸発した彼女は、もはや行政の長などではない。
マンルシア大陸の軍関係者と医療従事者が最も恐れる、神話級の歩く周期的天災そのものだった。
「ひ、ひぃぃぃぃっ!? な、何だコイツはぁぁぁっ!?」
山賊連合の総隊長ボルドが、紫色の神格魔導ランチャーを構えながら引きつった悲鳴を上げる。
「撃てぇ! 撃ち殺せ! 化け物だ、ハチの巣にしろォォォッ!!」
百人を超える山賊たちが、一斉に魔導重機関砲とライフルの引き金を引いた。
夜空を埋め尽くす極彩色の魔力弾幕。
だが、そのすべてが無意味だった。
シュバッ――!
キャルルの姿が、網膜から完全に消失する。
マッハ1。
銃弾よりも速く、音よりも鋭く空間を滑走したキャルルは、先頭で機関砲を乱射していた山賊巨漢の目の前へ、笑顔でエントリーしていた。
「こんばんはぁぁぁっ!! 夜更かしはお肌と健康に悪いんだよぉぉおおッッ!!」
ゴッッッシャァァァァアンッッッ!!!!
ダブルトンファーによる、教科書通りの美しい水平スイング。
巨漢の顎骨が粉々に砕け散り、男はコマのように錐揉み回転しながら三十メートル後方へ吹き飛んだ。
即死――誰もがそう確信した、その刹那だった。
「でも安心してね! 命は平等で尊いんだからぁぁあッ!!」
ボワァァァァァッッッ!!
吹き飛ぶ男の背中へ、キャルルの左手から特大の神聖治癒マナが直撃した。
粉砕された顎が瞬時に接合し、折れた歯がニョキニョキと生え変わり、吹き飛んだ意識が限界突破の覚醒状態へと引き戻される!
「あぎゃぶっ……!? はっ!? い、痛くない……治ったぁぁあ!?」
「治ったね! じゃあ、もう一回いっくよぉぉぉおおおッッ!!」
――バゴォォォォォォンッッッ!!!!
「ふぎゃああああああああっっっ!!!???」
再び炸裂するトンファーの鉄槌!
砕いては治し、治しては砕く!
悪夢の『殴打 ──> 全回復 ──> 殴打』の無限熱血ヤキ入れループが、荒野のど真ん中で開帳された!
「痛い! 治った! また痛い! 死ぬ! 生き返ったァァァッ!!」
「助けてくれ! このウサギ、殴りながら完全蘇生してきやがるッ!!」
「肉体は無傷なのに精神がミンチになるぅぅぅうううっ!!」
逃げ惑う山賊たちを、キャルルはマッハのステップで一人残らず追尾・粉砕・治療していく。
戦場はわずか三分で、感謝と絶叫と激痛が混ざり合った地獄の精神崩壊パニックへと変貌した。
防空ドームのゲート前で新聞ハリセンを握りしめていた俺――佐藤悠人は、こめかみを押さえて天を仰いだ。
「……いや、拷問の手法が凶悪すぎるだろ!! 国際人道法とジュネーヴ条約を何往復踏みにじれば気が済むんだあのウサギ村長はッ!!」
「アカン……アカンで悠人……! あれが満月のキャルルや……!」
横で和装スーツを乱した猫獣人のニャングルが、ガタガタと震えながらキセルを取り落としていた。
「敵の装甲車を十台素手でスクラップにした上で、山賊全員の虫歯とヘルニアまで完治させとる……! 医療点数と器物損壊の相殺計算が天文学的すぎて、ワシの算盤の珠が摩擦熱で発火しそうやわ!!」
「悠人殿、感心している場合ではありませんぞ!」
白銀の胸当てを着けたケンタウロスのマンミアが、前脚を高く掲げて嘶いた。
「山賊連合の前衛百五十名はほぼ全滅……いや、全員が超健康体で白目を剥いて卒倒した! だが問題は次だ! キャルル村長の視線が――国境街道の彼方へと向けられている!」
「……は?」
俺が視線を戻すと、荒野の肉山(全員全快済み)の上に仁王立ちしたキャルルが、ピクピクと兎耳を北東の空へ向けていた。
その顔には、満面の邪気のない爛漫な笑顔。
「あっちの街のほうから……病気で苦しんでる人たちの悲鳴と、気合の足りない兵隊さんたちのサボり心が聞こえるよぉ〜〜っ!!」
「おい嘘だろ、やめろキャルル!!」
「待っててねみんなぁぁあ! 村長がまとめて愛と元気を届けてあげるからねぇぇえええッッ!!!!」
ドッガァァァァァァァァンッッッ!!!!
大気を踏み抜く爆発音と共に、銀色の流星が夜空へと跳ね上がった。
時速千二百キロ。
山賊の迎撃を終えた天災ウサギは、あろうことか隣国の領土へと向かって爆走を開始したのである!
「追えぇぇぇえええっ!!」
俺は即座に怒鳴り散らした。
「自警団、車両班出せ! あいつを隣国の都市にエントリーさせたら、ポポロ村どころか大陸規模の国際問題で俺たちの首が飛ぶぞ!!」
「応ッ! 九九式魔導中型戦車、全速前進だ!」
「俺様の炎ブレスで排気タービンを直結過給してやるぜぇぇえ!!」
イグニスが戦車の排気口に顔を突っ込んで火炎を吹き込み、魔導戦車が黒煙を上げて猛然と加速する。
俺とマンミア、フェイト、そして人狼執事リバロンが戦車の天蓋にしがみつき、夜の街道をマッハの怪物を追って爆走した。
――十分後。
国境を越えた先にある、ルナミス帝国領『聖ルナミス中央総合病院』。
深夜の静寂に包まれていたはずの白亜の大病院は、いまや阿鼻叫喚のパニックに包まれていた。
バリィィィィィンッッッ!!!!
正面玄関の強化ガラス扉を、タローマン特注の安全靴が一撃で蹴破った。
「こんばんはぁぁぁっ!! 無料巡回診療のお時間だよぉぉおおッッ!!!!」
マッハ1で入院病棟の廊下を駆け抜ける銀色の嵐。
キャルルは病室のドアを片っ端からスライドさせ、ベッドで眠る患者たちへ両手から極大の満月マナを乱射していった。
「はい末期熱病完治! はい大腿骨複雑骨折完全再生! はい慢性胃潰瘍瞬時消滅! ついでに院長先生の痛風と初期白内障も根治ぃぃぃいいッッ!!」
ボワァァァッ! ピカァァァッ! ズババババッ!
緑と銀の光が病院全体を満たし、管に繋がれていた重症患者たちが次々と跳ね起きた。
「な、なんだ!? 体が羽のように軽いぞ!?」
「十年寝たきりだった私の足が動く……! 歩ける、走れるぞぉぉおお!!」
「奇跡だ! ウサギの神様が降臨されたぁぁあ!!」
歓喜に沸く病棟の中、当直の医師たちと院長だけが、廊下の隅で泡を吹いて卒倒していた。
「ぎゃあああああっ!? 全病室のベッドが空になってしまったぁぁあ!!」
「入院基本料が! 手術予定の診療報酬が! 全部パーだ!!」
「明日から我が病院はどうやって経営を維持すればいいんだァァッ! 倒産だ、医療法人崩壊だぁぁあ!!」
「病院を物理的に繁盛させるんじゃなくて経営的に息の根を止めていくんじゃないよッッ!!」
追いついた俺は、戦車のハッチから飛び降りるなり、手にした『ルナミス新聞特製ハリセン』を構えてナースステーションへ突入した。
だが、すでに現場にウサギの姿はない。
壁に残されたのは、ミスリル安全靴の焦げ跡と、散乱したカルテだけだった。
「悠人殿! 次だ、次は三大国合同国境駐留軍の演習兵舎だぞ!」
外で待機していたマンミアの叫び声が響く。
「胃が……胃が破裂しそうだ……! 急ぐぞ!!」
さらに五分後。
ルナミス帝国、レオンハート王国、アバロン魔皇国の兵士たちが共同警備を行う『三大国緩衝境界砦』。
そこは、文字通りの『熱血ヤキ入れ処刑場』と化していた。
「お前らぁぁあッ!! 夜警の最中にコッソリ花札やって酒盛りしてんじゃないよぉぉおおッッ!!!!」
ドッカァァァァァァァンッッッ!!!!
砦の中庭で、頑丈な防壁が粉々に吹き飛んだ。
キャルルのダブルトンファーが旋風を巻き起こし、完全武装の帝国重装歩兵三人をまとめて空高く打ち上げる。
続いて、巨体を誇る獣人族の戦士の腹部へ、マッハの踏み込みから強烈な膝蹴りを叩き込む!
「ふぎゃあっ!?」
「根性が足りない! 気合が足りない! 平和ボケしてる暇があったら、腕立て伏せ千回やりなさぁぁあいッッ!!」
バキバキバキッ! ドガッ! ボコッ!
兵士たちの骨が折れ、鎧が拉げ、悲鳴が砦に木霊する。
そして――瀕死に追い込んだ直後、満月の神気が中庭を白銀に染め上げた。
――ピュアァァァァァッッッ!!
「はい全回復! はい根性注入完了! まだまだ夜は明けないよ、おかわり三十セットぉぉおおッッ!!」
「ひ、ヒィィィィッ!? 治ったのに地獄が終わらないィィッ!!」
「姐御! 姐御、勘弁してください! 俺たちが悪かったですぅぅう!!」
殴打、全回復、殴打、全回復。
地獄と天国をコンマ五秒周期で往復させられた精鋭兵士たちは、もはや恐怖を通り越して生存本能が完全にバグり散らかしていた。
「う……あぁ……姐御のトンファー、あったかい……」
「殴られるたびに……魂が洗われていくようだ……!」
「一生ついていきます姐御ぉぉおおおッッ!!」
「生存本能のバグり方が気持ち悪すぎるわッッ!!!!」
俺の魂のツッコミが、砦の中庭に木霊した。
駆けつけた俺は、エプロンを翻しながら、完全に恍惚の表情でトンファーを構え直す美少女村長の間合いへ、迷うことなく単身で割って入った!
「悠人殿、危険です!」
マンミアが叫ぶが、止まる気はない。
相手が満月の怪物だろうが神だろうが、俺の担当現場でこれ以上のコンプラ違反と傷害事案を重ねられてたまるか!
俺は右手の手元にあった『ルナミス新聞』を細長く丸め、布ガムテープでガチガチに固めた特製ハリセンを、頭上高くへと振りかざした。
発動するは、理不尽と狂気を強制キャンセルする唯一無二の絶対権能――!
『常識人のハリセン(コンプライアンス・ブレイカー)』!!
「――他国の総合病院を経営破綻に追い込み、国境警備隊を無限DVでマインドコントロールするな! 医師法違反、国際条約違反、および重大な職場暴力防止法違反だ正気に戻れこの筋肉ウサギッッ!!!!」
――パァァァァァァァァァァンッッッ!!!!
砦の石畳を揺るがす、本日一番の痛烈かつ乾いた快音が炸裂した。
概念必中のハリセンが、満月の光を浴びて暴走していたキャルルの後頭部を寸分の狂いもなくクリーンヒットする。
「ふぇぎゃうんっ!?」
殺傷力はゼロ。だが、相手のスキル、狂気、理性を失わせる因果律を強制遮断する絶対の言霊打撃!
ハリセンの快音と共に、キャルルの全身から立ち上っていた禍々しいまでの万能感マナが、プシューと湯気を立てて一瞬で霧散した。
その深紅に輝いていたルビーの瞳に、澄み切った正気の光が戻ってくる。
「はっ……!? あ、あれぇ……? 悠人くん……? 私、なんで他国の砦の中庭で……トンファー持ってお巡りさんたちに囲まれてるの……?」
「お前がマッハ1でカチコミかけて全員タコ殴りにしたからだよ!!」
キャルルは周囲を見回した。
そこには、全身をピカピカに全回復されながらも、恍惚の表情で「姐御ぉ……!」と涙を流して拝み倒してくる三大国の屈強な兵士たち。
そして、遠くの街からは「病院の患者が全員消えたぞー!」という医師たちの阿鼻叫喚のサイレンが微かに風に乗って響いてきている。
「ひ……ひぃぃぃぃぃっ!? わ、私、またやっちゃったのぉぉおおおっ!?」
「またどころの騒ぎじゃねえぞ! 明日の示談書の作成枚数を想像してみろ!」
「ごめんなさぁぁぁぁぁぁいッッ!!!!」
キャルルは両手で兎耳をギュッと押さえ、涙をボロボロと零しながらその場に正座した。
とりあえず、満月の暴走はこれで食い止めた。
――だが。
この大混乱の結末を、ただのドタバタ喜劇で終わらせるほど、世界の悪意は甘くなかったのである。
ゴ……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッッ!!!!
突如、国境の山岳地帯の奥底から、大地を裂くような不気味な重低音が響き渡った。
砦の中庭の石畳がビリビリと振動し、夜空の雲が紫色の不穏なマナに染まっていく。
「……な、何だこの地鳴りは!?」
マンミアがパイルバンカー『アグニ』を構えて身構える。
その視線の先――ポポロ村と国境を挟む渓谷の裂け目から、山をも超える巨大な影がゆっくりと立ち上がりつつあった。
「ケ……ケケケッ! やりやがったな、クソウサギめ……!」
中庭の隅で、全回復されたはずの山賊総隊長ボルドが、泥塗れの無線通信石を握りしめながら血走った目で嘲笑っていた。
「神様から預かった『本命の切り札』を起動しちまったぜ……! ポポロ村の百姓ども、貴様らの命運もここまでだァッ!!」
山脈の稜線を踏み砕きながら姿を現したのは、全高三十メートルを超える超弩級の兵器。
天界の違法マナ炉を心臓部に宿し、全身を超硬質アダマンタイト装甲で覆った、神話級の殲滅兵器――『古代殲滅型大型魔導ゴーレム』であった。
その胸部には、GodTubeの配信マークに酷似した、禍々しい紫色の眼球レンズが怪しく明滅している。
炎上神ワイズが仕掛けた、ポポロ村完全破壊の真の暴力。
「……なるほどな」
俺はため息を深く吐き出し、エプロンの紐をキュッと締め直した。
頭痛をこらえながら、ポケットから取り出したのは、今朝の『ルナミス新聞』を細長く丸めた我が相棒。
「前座のウサギ退治が終わったと思ったら、次は違法ゴーレムのお出まし天井かよ。……自警団、総員戦闘配置! 現場監督のディレクションで、あの粗大ゴミを完璧に解体してやるぞ!!」
読んでいただきありがとうございます。
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