EP 12
強盗サブスク『暴行しない券』の取り立て屋、ポポロ村へ突入す
たそがれ時、朱色に染まる空の下で、ポポロ村の境界線に張り詰めた殺気が満ちていた。
自警団詰所の作戦司令室。
無骨な木製デスクの上には、近隣の山岳地帯から村へと続く街道の詳細な魔導立体地図が投影されていた。
地図上の赤色で発光する無数の光点は、街道沿いにじわじわと陣形を広げ、村を半包囲するように進軍してきている。
「……ざっと百五十名、車両三十台。近隣の七つの裏ギルドを束ねる『大山岳武装山賊連合』の総戦力だな」
腕組みをして地図を見下ろすのは、俺――自警団現場監督兼村長公邸管理人の佐藤悠人だ。
隣では、上半身に重装甲を纏ったケンタウロス族のリーダー・マンミアが、四本の蹄を苛立たしげに鳴らしていた。
「前村長ロップが『暴行しない券』の積立金を持ち逃げして以来、奴らは再三にわたって法外な違約金を要求してきた。だが、まさかこれほどの規模で、しかも最新鋭の兵器を揃えて夜襲を仕掛けてくるとはな……」
「ふん、最新鋭の兵器、ねぇ」
紫煙をくゆらせながら、パイプ椅子に腰掛けていた猫獣人のニャングルが、パチンと金算盤の珠を弾いた。
着物風スーツの襟元を整え、琥珀色の瞳を冷徹に細める。
「ゴルド商会の情報網で仕入れた帳簿によるとやな、あいつら山賊の分際で、天界の特約商社経由でしか手に入らんはずの『神格マナ駆動型重機関砲』やら『旧式魔導装甲車』を大量に横流しされとるんや。しかも、武器の代金は全額ツケ……事実上の『無償供与』や。裏で絵図を描いとる神様の資金力が丸見えやで」
「マッチポンプのヤラセ侵略劇、ってわけだ」
俺は吐き捨てるように言った。
昼間にこたつ部屋でルチアナから聞き出した通りだ。
炎上神ワイズは、前村長の横領スキャンダルに端を発した『強盗サブスク未納問題』を利用し、山賊連合に村を焼き討ちさせ、その阿鼻叫喚の惨劇を生配信して莫大な再生数とスパチャを稼ぐ気なのだ。
「ふふ、実に下劣な演出ですね」
音もなく影のように進み出てきたのは、黒衣の執事リバロンだった。
胸ポケットから抜き出した漆黒の名刺を指先で弄びながら、モノクルの奥の瞳を冷ややかに細める。
「彼らは『見せしめとしてポポロ村を灰にし、三大国の緩衝地帯に恐怖の王国を築く』と息巻いているようですが……法務的にも軍事的にも、完全なる凶器準備結託およびテロ行為です。我が主キャルル様の慈悲を仇で返す愚か者には、相応の社会的・物理的引導を渡さねばなりませんね」
「ああ、同感だ。だが――」
俺は詰所の壁に掛けられた特大のカレンダーへ視線を向けた。
そこに刻まれた日付と、今夜の『月齢』のマーク。
「……なぁリバロン。今夜の月……何時が頂点だ?」
「……午後十時十五分ですね。雲一つない、見事な真円の『満月』でございます」
リバロンの言葉に、室内の空気がヒュッと凍りついた。
マンミアの馬脚がビクッと痙攣し、ニャングルの猫耳が真横へとペタリと倒れる。
「……ま、満月だと……!?」
マンミアが引きつった声で呟く。
「おい悠人、キャルル村長の様子はどうなのだ!? すでに夕暮れの時点で、公邸の自室から『身体の芯がパチパチするよぉ〜!』という危険な独り言が聞こえていたと聞くが……!」
「いま公邸の防音シェルターで、特大の人参抱き枕を抱かせたまま、リーザとルナとキュララに見張らせてる。だが、月が昇りきったら物理的に壁を突き破って出てくるのは時間の問題だ」
「ひ、ひぃぃ……! あかん、あのウサギがマッハ1で解き放たれたら、敵も味方も関係なしに更地にされてまう……!」
ニャングルが額の脂汗をハンカチで拭いながら叫ぶ。
通常時で百二十馬力、満月時には推定一万馬力オーバーを叩き出す『月兎族の天災』キャルル・ムーンハート。
理性のタガが外れた彼女が夜空の下へ飛び出せば、山賊どころか近隣の地形そのものが書き換わりかねない。
「よし、全員聞け」
俺はパンッと手を叩き、作戦司令室の面々を見据えた。
「敵の総攻撃開始予測は午後八時。満月のピークより前だ。まずは我々自警団が村の外縁部で防衛線を張り、山賊どもの先鋒を可能な限り無力化する。……そして何より、腹が減っては戦はできん。決戦前の腹ごしらえにするぞ」
「「「「め、飯……!?」」」」
緊迫した空気が一瞬で吹き飛び、部屋にいた全員の喉がゴクリと鳴った。
詰所の簡易厨房。
俺はエプロンの紐をキュッと締め直すと、調理台の上に山盛りの食材をドカンと並べた。
メインを張るのは、ポポロ山麓の清流で育った上質なシープピッグの極厚ロース肉と、怪奇食材『肉椎茸』だ。
厚さ三センチはあろうかという極厚の肉椎茸の傘に、包丁で細かく切れ目を入れ、豚ひき肉と刻んだ『たまんネギ』、そして生姜草を練り上げた特製のタネをギュギュッと隙間なく詰め込む。
小麦粉を軽く叩き、朝採り有精卵の卵液をくぐらせ、米麦草の自家製生パン粉を惜しみなく纏わせる。
「よし、揚げるぞ」
大鍋にたっぷりと注いだドンガン特製の澄ましラード。
摂氏百七十五度、煙がフッと立ち上る油の海へ、巨大なタネを滑り込ませた。
――ジュワァァァァァァァッッッ!!!!
心地よい轟音と共に、立ち込めるのは香ばしい揚げ油の香りと、豚肉のジューシーな脂、そして肉椎茸の芳醇なだしの匂いだ。
泡の音がパチパチと高音に変わり、衣が黄金色のきつね色に色づいたところで、網の上へ引き上げる。
余熱で芯まで火を通すこと二分。
サクッ……サクッ……と包丁を入れるたび、溢れ出す黄金色の肉汁がまな板を濡らした。
大皿に、氷水で締めた極細千切りキャベツを山盛りにし、揚げたての巨大なメンチカツをドカンドカンと盛り付ける。
上から回しかけるのは、すりおろしたたまんネギと醤油草、みりん草、そして林檎マナ果汁を煮詰めた自家製オニオンデミソース。
さらに、炊きたてツヤツヤの『サンライス』の大盛り丼と、たまんネギと油揚げをたっぷり入れたアツアツの赤出汁味噌汁を添える。
――完成。佐藤悠人特製、『肉椎茸とシープピッグの極上メンチカツ定食』だ。
「お待たせ。冷めないうちに腹に詰め込め」
「「「「う、うおおおおおおおおっっっ!!!!」」」」
給湯室になだれ込んできた自警団員たち――イグニス、フェイト、マンミア、そしてニャングルとリバロンの目が爛々と輝いた。
広場でのテント生活で飢えていたイグニスが、割り箸を力任せに割ってメンチカツにかぶりつく。
「はふっ……! サクッ……ジュワァァァッ……!! あ、熱っ……んんまァァァァァイッッ!!!!」
イグニスが目を剥いて絶叫した。
カリカリの衣を突き破った瞬間、口の中に洪水のように溢れ出す極上の肉汁。
肉椎茸の弾力ある歯ごたえと凝縮されたキノコの旨味が、豚肉の濃厚な脂身と完璧に融合している。
そこへ、たまんネギの甘辛い自家製ソースが絡み合い、暴力的な旨味の奔流となって胃袋へと雪崩れ込んでいく。
「な、なんだこれ……! 噛むたびにジュースみたいに肉汁が溢れてきやがる! 飯が……サンライスが無限に消えていくぞぉぉお!!」
「うめぇ……! 悠人、お前マジで神だわ……! こんな美味いもん食ったら、負ける気配がミリも湧かねぇよ!」
フェイトもまた、大盛りご飯をかき込みながらメンチカツを丸呑みする勢いで貪り食っている。
マンミアも高潔な騎士の仮面を投げ捨て、千切りキャベツごとメンチカツを頬張り、感動のあまり目尻に涙を浮かべていた。
「サクサクの衣と……この芳醇な椎茸の香気……! 戦う前から、全身の細胞に滾るような力が満ちてくるぞ……! あぁ、美味い……美味すぎる……!」
「ふぅ……。悠人、お前が料理長でおる限り、この村の兵站は大陸一やな」
ニャングルも上品にカツを一切れ咀嚼し、満足そうに目を細めた。
リバロンに至っては、完璧な所作でご飯一粒残さず平らげ、モノクルを光らせて一礼する。
「至高の戦勝前夜祭となりましたね。……ごちそうさまでした、悠人殿」
わずか十分足らずで、全員の皿はピカピカに舐め尽くされた。
胃袋を満たし、瞳に確固たる闘志を宿した猛獣たち。
準備は、完全に整った。
午後八時。
静寂の帳が下りたポポロ村の北側境界線。
ドォォォォォンッ――!!!!
夜の静寂を切り裂く、凄まじい砲声が響き渡った。
村を取り囲む対魔防空ドームの外縁部に、閃光が着弾し、エメラルド色の防壁が激しく火花を散らして軋む。
「ヒャッハァァァァアッ!! 撃て撃てぇぇえ!! 貧乏農村の安物バリアなんぞ、神格重機関砲の連射で蜂の巣にしてやれェッ!!」
土煙を巻き上げながら、暗闇から姿を現したのは、無骨な装甲板で覆われた三十台の魔導装甲車と、百五十名を超える武装山賊たちだった。
先頭の大型トラックの天蓋から身を乗り出しているのは、山賊連合の総隊長、赤熊の異名を持つ巨漢ボルドだ。
その両手には、ワイズから供与された禍々しく紫に光る神格魔導ランチャーが握られている。
「ポポロ村の百姓ども、よぉく聞きなァッ!! 前村長が持ち逃げした『暴行しない券』の滞納金、利息込みで金貨十万枚だ! 耳を揃えて払えねぇなら、契約条項に基づき――今夜、この村の住人は全員皆殺し! 女子供は奴隷市場へ出荷だァッ!!」
下卑た笑い声が夜空に木霊する。
装甲車の砲塔が一斉に旋回し、村の入り口ゲートへと照準を合わせた。
圧倒的な兵力差と火力差。
誰もが、無力な農村の一方的な蹂躙を確信する瞬間だった。
――だが。
防空ドームのゲートの前に、ただ一人、腕組みをして仁王立ちしている男がいた。
「おいおい、夜の八時だぞ。ポポロ村の騒音防止条例、および深夜の暴力団等排除条例に明白に違反してるんだが」
エプロン姿のまま、冷ややかな視線を向ける佐藤悠人だ。
その右手には、布ガムテープでガチガチに補強された、おなじみの『ルナミス新聞特製ハリセン』が握りしめられている。
「あァ!? なんだそのエプロン野郎は! 新聞紙丸めた棒っきれ持って、一人で出迎えかァ!? ハチの巣にして肉骨粉に変えたるわァッ!!」
ボルドが引き金を引こうとした、その刹那だった。
――ピキィィィィンッッ!!
天空から、大気そのものが凍りつくような、澄み切った硬質な音が響き渡った。
雲が、音もなく裂ける。
夜空の頂点に現れたのは――まばゆい白銀の光を全方位に放つ、一点の曇りもない『真円の満月』だった。
ざわ……っ。
村の空気の重力が、狂ったように歪み始める。
「……あ」
俺は思わず、公邸のある方角を振り返った。
「……来たか」
ズドォォォォォォォォンッッッ!!!!
村の中央、強固な防音シェルターを備えていたはずの村長公邸の屋根が、内側からの凄まじい衝撃波によって粉々に吹き飛んだ!
夜空へと噴き上がるのは、神話級の神聖なる膨大な白銀マナの奔流。
そして――屋根の残骸を踏み台にして、一人の少女が夜空高くへと躍り出た。
銀白色のショートボブを逆立て、白磁の肌に満月の神光を浴びる月兎族の美少女。
その両目――愛らしいルビーの瞳からは、理性の光が完全に蒸発し、代わりに爛々と狂気と万能感に満ちた真紅の閃光が宿っていた。
足元には、タローマン特注のミスリル芯入り安全靴。
両手には、鈍く唸りを上げる超硬質ミスリル製のダブルトンファー。
大地を揺るがす美声が、夜空いっぱいに響き渡る。
「アハハハハハハハッッ!! 月が綺麗! 命が、命が燃えてるぅぅぅうううッッ!!!!」
ドッバァァァァァァァンッッッ!!!!
空中を一歩、踏み抜いた瞬間、大気が爆発した。
音速の壁を軽々と突破する――マッハ1の音響衝撃波!
推定一万馬力オーバーの怪物が、夜空から弾丸となって山賊連合の頭上へと急降下してくる!
「ひ……っ!? な、なんだあのウサギはァァァッッ!?」
「おいボルド、逃げろ! あれは人間じゃねぇ、神話の厄災だァァァッッ!!」
山賊たちが顔面蒼白で絶叫する。
だが、遅い。
満月の光を浴びてリミッターが完全に崩壊した新村長キャルル・ムーンハートが、獲物を前にして止まるはずがなかった。
「こんばんはぁぁぁっ!! 命の尊さを教える、熱血ヤキ入れ指導の時間だよぉぉおおッッ!!!!」
ポポロ村の境界線に、史上最大の悪夢が解き放たれた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




