第18話1編:暗躍する暗殺部隊
第18話1編:暗躍する暗殺部隊
【ルシフェル視点】
荒野で襲いかかってきた『邪爪』の先鋒三人を、新技『炎風・無明突き』の一撃で吹き飛ばした俺たちは、そのままの勢いで武闘都市バルカンの市街地へと駆け戻っていた。
だが、街の境界線を一歩踏み越えた瞬間、俺たちの肌を刺したのは、あまりにも重苦しく冷たい気気――サルガタナス直属部隊が撒き散らす不吉な「黒い霧」だった。
「……くっ、これは……! 街全体が、毒気のような魔気に覆われています……!」
ノエルが手にした治癒の杖を胸の前で固く抱きしめ、悲痛な声を上げた。
昼間まで熱気と歓声が渦巻いていた大通りは一変し、あちこちに倒れ伏して苦しむ闘士や住民たちの姿があった。建物は黒い爪痕のような切り傷で引き裂かれ、空を見上げれば、墨を流したような暗雲が太陽の光を完全に遮っている。
「へっ……胸糞悪い真似をしてくれやがる」
ブラッドが赤銅色の戦斧を肩に担ぎ直し、忌々しそうに唾を吐き捨てた。その赤銅色の瞳には、かつて自分が所属していた魔王軍の残虐行為に対する激しい怒りが宿っている。
「サルガタナスの野郎……俺たちがバルカンで目立ちすぎたからって、街ごと潰す気かよ。相変わらずやり方が汚ねえんだよ!」
「落ち着け、ブラッド」
シバリアが重厚な大盾をガチリと構え、鋭い眼光で周囲の建物の影を警戒した。
「敵の狙いは、俺たちを焦らせて分断し、個別に撃破することだ。街の混乱に惑わされるな。……ルシフェル、左腕の様子はどうだ?」
「……大丈夫だ、シバリア」
俺は左腕を縛る頑丈な皮帯の上から、そっと右手を当てた。
皮膚の裏側では、黒い紋様がドクドクと禍々しく脈動している。街全体に充満する邪悪な魔気に反応し、頭蓋の奥でかすかな不吉な旋律が揺らめいていた。
〜♪ 〜♪♪
紅い月が笑う頃
楽しい宴を始めましょ。
狂った宴を始めましょ。
〜♪ 〜♪♪
(黙っていろ……。今の俺は、お前なんかに揺らぎはしない)
俺は深く息を吐き出し、リンから教わった『影を風で包む』感覚を意識した。脳裏をかすめる悪魔の歌声を、己の風魔法『ラ・ラルド』の滑走の拍子として静かに受け流す。左腕の暴走を力で抑え込むのではなく、風の領域へと穏やかに流し込むことで、意識の混濁を回避していた。
「ほう……大口を叩くだけあって、なかなかいい顔をしているじゃないか。――魔王の半身の『器』よ」
静寂を切り裂くように、頭上の屋根から滑らかで冷酷な声が降り注いだ。
「ッ!? 上だ!」
リンの声と同時に、俺たちは一斉に見上げた。
壊れた酒場の屋根の上に、一人の男が優雅に腰掛けていた。
漆黒の長髪に、蛇のように細い瞳。その両手には、通常の刺客たちが使うものよりも遥かに巨大で、禍々しい紫黒の魔力を絡みつかせた金属の爪――『邪爪』が装着されていた。
「お前は……!」
ブラッドが戦斧を相手に突き突き突き出し、歯を剥き出しにして叫んだ。
「サルガタナス様の側近……邪爪部隊の長、ガラハか!!」
「久しぶりだね、落ちこぼれの悪魔ブラッド」
ガラハと呼ばれた男は、蛇のような薄笑いを浮かべながら、屋根の上からふわらりと無音で舞い降りてきた。
その着地の瞬間、彼が纏う黒い霧が足元から爆発的に広がり、周囲の石畳がジワジワと嫌な音を立てて黒く腐食していく。
「サルガタナス様はお怒りだよ。たかが人間の剣士一人のために、我が部隊の刺客が何人もしくじり、さらにはバルカンの闘技場で『優勝薬』まで奪われたとあってはね。……だから直接、引き取りに来たのさ。その左腕をね」
ガラハの細い瞳が、俺の左腕へと注がれる。その視線には、蛇が獲物を舐め回すような底知れない執着が混ざっていた。
「ガラハ……!」
リンが一歩前に踏み出し、包帯で固められた己の両拳を握り締めた。その死んだはずだった瞳には、今や激しい灼熱の炎が燃え上がっている。
「二年前……俺の仲間たちを血の海に変え、俺の拳を砕いたのはお前だな……!」
「おや?」ガラハは興奮気味に首を傾げ、記憶を辿るように嘲笑した。
「ああ、思い出してきたぞ。あの時の『流星拳』とかいう威勢の良かった哀れなゴミか。ククク……命だけは拾ったようだが、そんな歪んだボロ屑のような身体で、また私に殺されに来たのかい? 学習能力のない人間だねぇ」
「貴様ぁっ!!」
ブラッドが咆哮し、戦斧を振りかざして飛び出そうとした。
「待て、ブラッド!」
俺は刀を鞘から少しだけ滑らせ、ブラッドの前に腕を差し出して制した。
「相手の挑発に乗るな。敵は一人じゃない……周囲の影に、邪爪部隊の精鋭が潜んでいる」
俺の言葉通り、ガラハの背後の路地裏や屋根の上から、十数人の黒装束の刺客たちが滑るように現れ、俺たちを完全に包囲した。全員の手には、腐蝕の魔力を帯びた『邪爪』が鈍く輝いている。
「鋭いねぇ、黒髪の剣士」
ガラハは爪をカチカチと鳴らし、冷酷な笑みを深めた。
「だが、気付いたところで何が変わる? このバルカンの街は、すでに我が『邪爪』の毒気によって包まれている。放置すれば、小一時間で街の人間は全員、肉体が腐り落ちて死絶するよ。……ククク、仲間を救うか、自分の左腕を守るか、選択するといい」
「な……なんですって……!?」
ノエルが息を呑み、顔から血の気が引いていく。
「街の人たちを……そんな非道な……っ!」
「ノエル、動揺するな!」
シバリアが重厚な大盾を構え直し、ガラハを睨みつけた。
「卑劣な魔王軍の使う罠だ! ルシフェル、指示をくれ! 俺たちはどう動く!?」
俺は刀の柄を固く握りしめた。
左腕の裏側で、不気味な黒い脈動が鼓動を高めている。脳裏をかすめる狂った歌声。だが、俺の心は冷たく研ぎ澄まされていた。
「分断は敵の狙いだ。……だが、街の人々を見捨てるわけにはいかない」
俺は仲間たちを見回し、力強い眼光で告げた。
「ノエル、シバリア。二人には街の住民の救護と、毒気の浄化を頼みたい」
「ルシフェルさん……! でも、それではお二人の護衛が……!」
ノエルが心配そうに胸元で手を握りしめる。
「大丈夫だ、ノエル」
ブラッドが戦斧を肩に担ぎ直し、八重歯を見せてニヤリと笑った。
「俺とルシフェル、それに流星拳のオッサンがいれば、こんな蛇野郎どもなんて一瞬で叩き潰してやるさ! お前はシバリアのオッサンと一緒に、街の連中を助けてやれ!」
「……引き受けた」
シバリアが力強く頷く。「ノエルの身は、このシバリアが命に代えても守り抜く。ルシフェル、ブラッド、リン殿……死ぬなよ!」
「ああ!」
俺たちの決意のやり取りを、ガラハは退屈そうに爪を弄びながら眺めていた。
「ハッ、感動的な仲間ごっこかい? だが無駄だよ。お前たちがここで全滅することに変わりはないのだからね……!」
ガラハが爪を頭上へ掲げた瞬間、周囲を囲む十数人の刺客一斉に飛び散り、漆黒の腐蝕の爪を閃かせて襲いかかってきた!
「死ねぇぇぇっ!!」
「させるかッ! 『ラ・ラルド』――ッ!!」
俺の足元から解き放たれる、最下位風魔法の摩擦ゼロの滑走。
沖田総司の絶対の踏み込みが、漆黒の刺客たちの間合いへと、疾風となって滑り込んでいく!
バルカンの街を覆う黒い霧の中、サルガタナス率いる『邪爪部隊』との苛烈を極める最終激闘が、いま幕を開けたのだった。




