第17話5編:立ち上がる流星と次なる
第17話5編:立ち上がる流星と次なる影
【ルシフェル視点】
切断された巨岩の断面から、立ち上る熱気がゆらゆらと空へと溶けていく。
最下位炎魔法『ラ・ルビ』の限界高熱と、最下位風魔法『ラ・ラルド』の絶対滑走。そして、俺の中に眠る「魔王の半身」の影を力で拒絶するのではなく、風で包み込み、自らの推進力へと流し込むことで完成した至高の合体技――。
「……できたな、ブラッド」
俺は刀をゆっくりと収め、荒い息を整えながら隣の少年に声をかけた。
「ハッ! 当たり前だろ!」
ブラッドは赤銅色の戦斧を肩に担ぎ直し、八重歯を見せて不敵にニヤリと笑った。額にはびっしょりと汗が滲んでいたが、その赤銅色の瞳には絶対の自信が宿っている。
「俺たちの炎と風を舐めんなってんだ! へへっ、これならあのサルガタナスのクソ野郎の『邪爪』だろうが何だろうが、跡形もなく焼き千切ってやれるぜ!」
「見事だ……本当によくやったな、二人とも!」
シバリアが重厚な鎧と大盾を鳴らしながら歩み寄り、俺とブラッドの肩を力強い手で叩いた。
「炎と風の複合流体が、これほどまでに密密に噛み合うとは……。騎士として数々の修羅場をくぐり抜けてきた俺だが、今の攻撃を正面から防ぐ術は思い浮かばんぞ。まさに攻防一体の極致だ」
「ルシフェルさん、ブラッドくん、本当にお疲れ様でした! はい、お水です!」
ノエルが駆けてきて、優しい微笑みとともに水筒を差し出してくれる。
「助かるよ、ノエル」
冷たい水を喉に流し込んでいると、岩の上から飛び降りてきたリンが、素足で力強く赤土を踏み鳴らしながら近づいてきた。
包帯で固められたその両拳。骨は曲がり、かつてのように完璧な拳を握ることは二度とできないかもしれない。だが、その顔にはもう、地下酒場『泥憑き亭』で死んだ魚のような目をしていた落ちぶれた廃人の面影など、微塵も存在しなかった。
「……ルシフェル、ブラッド」
リンは二人を交互に見つめ、ゆっくりと歪んだ右拳を胸の前に掲げた。
「お前たちが鍛え上げたその技……『炎風・無明突き』とでも呼ぶべきか。流星拳の俺から見ても、文句のつけどころがねえ完璧な一撃だ。二年前、俺と仲間たちが届かなかった『答え』を、お前たちが証明してくれた」
「リン……」
「俺の壊れた拳は、もう元には戻らん。だが……」
リンは笑った。どこまでも誇り高く、澄み切った武闘都市最強の男の笑顔だった。
「俺の心は、お前たちのおかげで完全に立ち上がった。俺の代わりに……その進化した風と炎で、サルガタナスの面張りを叩き潰してこい! 仲間たちの無念を、そしてお前の大切なリコリスって女を、その手で必ず奪い返してこい!!」
「ああ! 約束する!」
俺は力強く頷き、リンの掲げた右手へ向けて、己の右拳を固く打ち付けた。 かつて絶望に屈した流星の魂が、俺たちの背中を力強く押してくれている。絆は重なり、俺たちのパーティは確固たる信頼と覚悟を得ていた。
しかし――次の瞬間だった。
(――ズキンッ!!)
強烈な嫌な予感が、俺の背筋を冷たく駆け抜けた。 左腕の皮帯の裏側で、不気味な黒い紋様がドクドクと禍々しい脈動を打ち始める。
「な……んだ……!?」
「ルシフェルさん!?」
ノエルが息を呑む。 ふと見上げると、つい先ほどまで秋の澄んだ空が広がっていた武闘都市バルカンの上空が、まるで墨を流したかのような漆黒の「不吉な黒い霧」によって、急速に覆い尽くされようとしていた。
〜♪ 〜♪♪ 紅い月が笑う頃 楽しい宴を始めましょ。 狂った宴を始めましょ。 〜♪ 〜♪♪
脳裏を掠める悪魔の歌声。 だが、今の俺にはもう、その歌に恐れおののく隙など存在しなかった。
「おいおい……冗談だろ……!?」
ブラッドが戦斧を構え、空を仰ぎ見ながら顔を歪めた。
「この魔気……間違げえねえ! サルガタナス直属の刺客部隊だ! 俺たちがバルカンで暴れ回ったせいで、本格的に痺れを切らして追いついてきやがった!」
『大血闘場』のある街の中心部から、観客たちの悲鳴と混乱の怒号が風に乗って届いてくる。
「来やがったか……!」
俺は腰の刀の柄に手を添え、足元に澄んだ風の粒子『ラ・ラルド』を滾らせた。
「シバリア、ノエル、ブラッド! 街へ戻るぞ! サルガタナスの刺客どもを返り討ちにし、要塞への道を切り開く!」
「「「おう!!」」」
「ルシフェル、俺も行くぞ!」
リンが歪んだ拳を固く握り締め、力強い足取りで一歩前に踏み出してきた。
「俺の命を救ってくれたお前たちを、一人で戦わせるわけにはいかん! 拳が使えなくとも、この足と目は動く! 『邪爪』の動きを見極めるサポートなら俺に任せろ!」
「頼もしいぜ、流星拳のオッサン!」 ブラッドがニヤリと笑う。
黒い霧が街を呑み込み、サルガタナスの迫り来る影がすぐ近くまで肉薄していた。 だが、俺たちの胸に灯った希望の火花は、どんな闇をも切り裂く準備ができていた。
第3章のクライマックス――サルガタナス直属『邪爪部隊』との死闘の火蓋が、いま切って落とされようとしていた。
【ノエル視点】
「街の空が……真っ黒に染まっていく……」
私は手にした治癒の杖を胸の前で強く抱きしめ、空を見上げて呟きました。
バルカンの上空を覆う黒い霧は、単なる暗雲ではありません。それは憎悪と殺意、そして人を人とも思わない冷酷な魔王軍の魔気そのものです。街のあちこちから、住民や闘士たちの悲鳴が風に乗って聞こえてきます。
「恐れるな、ノエル」
シバリアさんが私の前に立ち、大盾をガチリと構えて背中を見せてくれました。その甲冑の背中は、どんな暴風からも私を守ってくれる壁のように頼もしく感じられます。
「俺たちがバルカンに来たのは、力をつけ、サルガタナスの情報を得るためだった。そして今、俺たちは『流星拳のリン殿』というかけがえのない友を得て、新たな力『炎風・無明突き』を完成させた。敵が向かってくるならば、退く理由などどこにもない!」
「はい……! シバリアさん!」
私は力強く頷きました。 かつてはルシフェルさんの傷を治すことしかできず、彼の抱える「魔王の半身」の恐怖や激痛にオロオロとするばかりだった私。でも、今の私は違います。ルシフェルさん、ブラッドくん、シバリアさん、そしてリンさん……みんなが命を懸けて戦う背中を、私の『ラ・ヒール』で絶対に支えてみせます。
「おい、ノエル! ぼんやりすんなよ!」
先頭を駆けるブラッドくんが、振り返りながら叫びました。真紅の髪が風に揺れ、戦斧の刃から微かな熱気が漂っています。
「俺たちの真後ろまで、奴らの刺客の気配が迫ってきてる! 街に入る前に一戦交えることになるかもしれねえぞ!」
「分かっています、ブラッドくん! 魔法の準備はいつでもできています!」
「へっ、威勢がいいねぇ!」
ブラッドくんが不敵に笑う横で、ルシフェルさんの疾風のような走りが冴え渡っていました。
【ルシフェル視点】
『ラ・ラルド』
足元を包む風の粒子。 摩擦をゼロにした沖田総司の踏み込みが、荒野の泥や小石を軽々と滑っていく。
いつもなら脳裏を苛み、左腕を激痛で蠢かせるあの悪魔の歌声――。
〜♪ 〜♪♪ 道化がいないなら 人間を 酒がないなら 天使の血を 女がいないなら 女神を 〜♪ 〜♪♪
(歌いたければ、好きなだけ歌うがいい……!)
俺は心の中で静かに言い放った。 リンから教わった『影を風で包む』極意。脳裏で鳴り響く狂気に満ちた旋律すらも、俺は自分の風の滑走を加速させる拍子として受け入れていた。左腕の皮帯の裏側で蠢く黒い魔気は、もはや俺の意識を乗っ取る牙ではなく、己の刃をより鋭く鍛え上げるための砥石に過ぎない。
「ルシフェル! 前だ!!」
先頭を走るリンが、素足で岩を飛び越えながら大声で警告を発した。
「来るぞ! 空から邪爪の刺客が三人……頭上からの襲撃だ!!」
「なに……っ!?」
次の瞬間、黒い霧の中から、漆黒の装束に身を包んだ三人の影が、鷹のように急降下してきた。 その両手には、無数の人間や肉片を切り裂いてきたであろう、邪悪な黒い魔力を纏う『邪爪』が怪しく光り輝いている。
「ハハハハハッ! 見つけたぞ、裏切り者のブラッド! そして魔王の半身を宿す器の小僧!」
刺客の頭領と思しき男が、下衆な高笑いとともに空中で爪を振りかざす。
「サルガタナス様の命により、お前たちの肉体を刻み、その左腕を持ち帰る! 死ねぇぇぇっ!!」
頭上から襲いかかる三条の腐蝕の閃光。 鉄も魔法障壁をも一瞬で腐らせる『邪爪』の必殺の斬撃が、俺たちの頭上へと迫る。
普通ならば、受けることも避けることも叶わず切り刻まれる局面。 だが――俺たちの瞳に、恐怖の色は一切なかった。
「シバリア!」俺が叫ぶ。
「任せろッ! 『鉄壁の誇り』――ッ!!」
シバリアが突き出した巨大な大盾が、強烈な魔力光を放って上空からの衝撃を受け止める。 ズガァァァンッ!! 邪爪の腐蝕魔力がシバリアの盾の表面を激しく侵食し、嫌な煙を上げるが、シバリアは歯を食いしばり、寸分たりとも膝を折らなかった。
「今だ、ブラッド!!」
「おうよッ! 『ラ・ルビ』――ッ!!」
ブラッドの戦斧が、目も眩むような真紅の超高熱を帯びて一閃される。
「そして……『ラ・ラルド』――ッ!!」
俺の足元から解き放たれる、摩擦ゼロの超高速真空滑走。 リンの教えによって影を風で包み込んだ俺の踏み込みが、ブラッドの放つ高熱の炎と、空中で完璧な螺旋を描いて噛み合わさった。
『炎風・無明突き』―――ッ!!
「な……なにぃぃぃっ!?」
空中で体制を崩した三人の刺客たちが、驚愕の叫びを上げた。 彼らの自慢の『邪爪』が放つ腐蝕魔力帯は、俺たちの炎と風が組み合わさった瞬間、熱分解と真空の圧力によって綺麗さっぱり消滅し、ただの脆い骨片へと変わって破砕したのだ。
「ぐあぁぁぁぁぁっ!?」
炎と風の複合衝撃波が三人の刺客を呑み込み、荒野の彼方へと激しく吹き飛ばしていった。
ドカァァァンッ!!
砂煙が舞い上がり、静寂が戻る。 たった一撃。サルガタナスが誇る恐怖の刺客部隊を、俺たちは一瞬で返り討ちにしたのだ。
「ハハハッ! 見たか、邪爪のクソ野郎ども!」 ブラッドが戦斧を担ぎ直し、鼻を鳴らす。
「見事だ……! 完璧な合わせ技だったぞ!」 リンが胸を張り、力強く頷く。
俺は刀を静かに鞘へ納め、黒い霧に覆われた武闘都市バルカンの中心部を見据えた。
「行くぞ、みんな。バルカンを救い……サルガタナスの本拠地『黒鉄の要塞』へ!」
「「「「おう!!」」」」
ノエル、シバリア、ブラッド、そしてリン。 5人の魂が一つに重なり合い、俺たちは迫り来る闇へと向かって、力強く走り出したのだった。




