第15話3編:無礼な闘士たちの奇襲
第15話3編:無礼な闘士たちの奇襲
卓に突っ伏したまま固く口を閉ざしたリンから、冷たい拒絶の空気が漂い続けていた。
「ノエル、シバリア……一度引こう。ここで無理に問い詰めても、リンを刺激するだけだ」
「はい……。リンさんの傷ついたお心、少し時間を置いた方がいいかもしれません……」
ノエルが寂しげに頷き、俺たちは地下酒場『泥憑き亭』の出口へと足を開けようとした。 その時だった。
「ひゃっはぁ! なんだなんだぁ? ずい気取った旅人が迷い込んできたと思ったら、もうお帰りかい?」
低く不躾な下衆笑いが、酒場の薄暗い入口付近から響き渡った。
見ると、身の丈を超える巨大な棍棒や刺のついた鉄球を掲げた、ならず者風の闘士たちが四人、出口を塞ぐように立ちふさがっていた。全員が酒臭い息を撒き散らし、下品な欲望に歪んだ瞳で俺たちを舐めまわすように見つめている。
「チッ……面倒な奴らに絡まれたぜ」
ブラッドが赤銅色の戦斧の柄を握り直し、舌打ちを鳴らした。
四人の中心に立つ、顔に大きな傷痕のある巨漢の闘士が、下衆な笑みを深めながら一歩踏み出してくる。
「おいおい、そんなに警戒すんなよ。俺たちはなぁ、この武闘都市バルカンで『金稼ぎ』をしてる善良な闘士さ。……見たところ、あんたら、さっき上で門衛の奴らに派手な花火を撃ちち上げたろ? そのおかげで街の警備が大騒ぎだ」
「それがどうした」俺は冷静に刀の柄に手をかけ、絶対の踏み込みを発動できる態勢を整えた。
「なぁに、迷惑料って奴さ!」 傷痕の巨漢が棍棒を肩に叩きつけ、下衆な視線をノエルへと向けた。
「特にそっちの可愛らしいハーフエルフのネエちゃん……こんなむさ苦しい酒場にいるより、俺たちの部屋で美味い酒でも飲んだ方が楽しいぜ? 嫌なら、手持ちの金目モノと……そこの黒髪の兄ちゃんが持ってる良さげな刀を置いていきな!」
「ルシフェルさん……」 ノエルが悲鳴を上げず、俺の背後に身を寄せる。その瞳には恐怖ではなく、ならず者たちへの毅然とした憤りが宿っていた。
「おいおいおい」 シバリアが大剣の柄に手をかけ、威圧的な重圧を放ちながら一歩前に出た。
「不躾な愚か者どもめ。騎士の目の前で女性を辱めようとは、己の寿命を縮めたいと見える。……引くなら今のうちだぞ」
「ハッ! 騎士様気取りかよオッサン! ここはバルカンだぞ! 力こそがすべての街で、格好つけてんじゃねえよ!」
巨漢のならず者が叫び、刺のついた鉄球を持った別の闘士が不気味に笑った。
「見てみなよ、あの黒髪のガキ! さっきから顔色は蒼白だし、左腕を庇ってブルブル震えてやがるぜ! 手負いのカモがノコノコ地下に降りてきやがって……殺して奪えぇぇっ!」
「死ねやぁぁっ!」
四人のチンピラ闘士が一斉に襲いかかってきた。 狭い地下酒場で、鉄球と巨棍が風を切る不穏な重音を奏でる。
「ルシフェル! 下がるんだ、お前の身体は――」 シバリアが大剣を抜こうとした、その瞬間。
「――引っ込んでな、オッサンども!!」
真っ赤な疾風が俺たちの前を駆け抜けた。
「な……ッ!?」
踏み込んだのは、ブラッドだった。 真紅の髪を激しく揺らし、身の丈ほどもある赤銅色の戦斧を、両手で豪快に一閃させる。
「『ラ・ルビ』――ッ!!」
ブラッドの怒号とともに、最下位炎魔法であるはずの『ラ・ルビ』から放たれた高熱の炎が、戦斧の刃に一気に凝縮された。 単なる火の弾丸ではない。ブラッドの溢れ出る魔力によって強化された灼熱の炎波が、扇状に広がって狭い通路を呑み込んでいく。
「ギャァァァァァッ!?」
襲いかかってきたチンピラたちの武器が、高熱によって一瞬で赤く灼け爛れ、手から滑り落ちた。さらに炎の衝撃波が直撃し、四人の巨体が悲鳴を上げながら酒場の壁へと激しく激突する。
ドカァァァンッ!!
「ぐあぁっ! あ、熱い、熱いぁぁっ!」
「ひ、ひぃぃっ! なんだこの悪魔みたいな火炎はぁっ!?」
たった一撃。 ブラッドの放った灼熱の一閃によって、威勢の良かった四人の闘士は全身を焦がされ、床に転がって悶絶した。
「ハッ! 手負いのカモだと……? 誰に向かって口きいてやがるんだよ、このゴミクズ共が!」
ブラッドは戦斧を肩に担ぎ直し、煙を上げるチンピラたちを冷酷な赤銅色の瞳で見下ろした。
「俺たちのリーダーを舐めんじゃねえよ。弱ってようが何だろうが、お前らみたいな下衆が触れていい玉じゃねえんだよ!」
「ぶ、ブラッドくん……凄いです……!」 ノエルが目を見張り、感嘆の声を漏らす。
「ふん、当然だろ! 俺はお前たちの前衛兼火力担当なんだからな! これくらい片付けられなくてどうすんだよ!」
ブラッドはぷいっと横を向き、いつものツンとした態度を取ったが、その頬が少し照れくさそうに赤くなっていた。
「……見事な手際だ、ブラッド」 シバリアも大剣から手を離し、頼もしそうに口元を緩めた。「流石は元魔王軍の幹部側近。狭い室内での炎の扱い、見事というほかない」
「お、オッサンまで褒めるなよ……調子狂うだろ……」
仲間たちの掛け合いに、俺の胸の中に温かなぬくもりが広がった。 左腕の「黒い影」は、先ほどのブラッドの戦闘と炎の熱気に反応して微かに疼いたが、仲間たちの背中を見ていると、不思議と恐怖に呑み込まれずに済んだ。
(俺は……守られているだけじゃない。この仲間たちと共に戦っているんだ)
その時だった。
酒場の奥、壊れた空き瓶の破片が散らばる卓の影から、ガタッと鈍い音が響いた。
「……今の……炎……」
ボロ布のような外套を羽織り、伏していたリンが、ゆっくりと顔を上げていた。 その「死んだ瞳」に、ほんのわずかな……しかし明確な驚きと動揺の光が宿っていた。
「高熱の……炎……。お前……ただの悪魔の小僧じゃないな……?」
リンの掠れた声が、焦げ臭い煙が漂う地下酒場に低く響き渡った。




