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第14話5編:迫る運命

第14話5編:迫る運命


熱気と怒号が渦巻く地上を離れ、俺たちは『大血闘場』の脇にある地下へと続く急な石階段を下りていた。


階段を下りるごとに、地上で響いていた観客の叫び声は遠のき、代わりに湿ったカビの匂いと、安酒のツンと鼻を突く悪臭が立ち込めてくる。


「う……すごい匂いですね。お酒と、湿気と……何だかどんよりとした空気が満ちています」


ノエルが口元を袖で覆いながら、眉をひそめた。


「そりゃそうさ。ここは大血闘場の下……夢を破られ、戦う気力を失った連中が溜まる場所だからな」


先頭を歩くブラッドが、肩に担いだ赤銅色の戦斧を軽くトントンと叩きながら吐き捨てる。


「勝ち上がれば富と名声、負ければこの泥の底。人間どもも悪魔と大差ねえ生き物だよ。……ほら、着いたぞ。『泥憑き亭』だ」


薄暗い廊下の突き当たりに、古びた木製の扉があった。看板には粗末な文字で酒場の名が刻まれている。


シバリアが静かに大剣の柄に手を置き、俺を振り返った。


「ルシフェル、中に入ったら警戒を怠るなよ。幾ら落ちぶれた闘士どもとはいえ、ここは武闘都市バルカンの地下だ。酒の勢いに任せて絡んでくる危険な連中も多いはずだ」


「ああ、分かっている。行こう」


俺が扉を押し開けると、ギーという嫌な軋み音が響き、店内の一網打尽にされたかのような暗い熱気が押し寄せてきた。


薄暗い店内に並ぶカウンターやテーブルでは、無精髭を伸ばし、眼光の消えた男たちが泥酔して倒れ込んでいた。武器を売り払い、酒に溺れる廃人たち。そこにはバルカンの地上で見たような熱狂は一切なく、ただどんよりとした絶望の停滞だけが存在していた。


「おいおい……見ろよ、ルシフェル。全員死んだ魚みたいな目をしてやがるぜ」


ブラッドが鼻を鳴らし、店内を見回す。


「ここにかつて『バルカン最強』と呼ばれた拳士がいるのか……? 探すのも一苦労だな」


「焦るな、ブラッド。酒場の主人に尋ねてみよう」


俺たちは店内を突っ切り、カウンターの奥でグラスを拭いていた木骨な店主の男のもとへ向かった。


店主はチラリと俺たちを見やり、特に俺の腰の刀と、シバリアの背負う大剣に目を留めると、不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「……新顔か。見たところ闘技場で一儲けしようって面下げじゃねえな。何の用だ?」


「尋ねたいことがある」

俺はカウンターに数枚の銀貨を置いた。


「かつてサルガタナスの部隊と戦い、生き残った凄腕の拳士がいると聞いて来た。その男に会わせてほしい」


銀貨を見た店主の目が、かすかに細められた。だが、次の瞬間、その顔には冷ややかな嘲笑が浮かんだ。


「……ハッ! サルガタナスだぁ? また物好きな奴らが来やがったな。あの噂を聞いてここへ来る物狂いはたまにいるが……無駄だ、引き返せ」


「無駄とはどういう意味ですか?」ノエルが身を乗り出す。


「あの男なら、あそこの隅のテーブルで死んだように眠ってらぁ」

店主が顎でしゃくった先――酒場の最も暗い隅のテーブルに、一枚のボロ布のような外套を羽織り、突っ伏している男がいた。


「サルガタナスの直属部隊に挑んで、手下どもに拳を叩き折られ、仲間を目の前で皆殺しにされた男だ。それ以来、力も、誇りも、心も完全に壊れちまった。今じゃ酒を恵んでもらうだけのただの木偶の坊さ。話を聞こうとしても、うわ言を漏らすだけだぜ」


「……心を、壊されたか」

シバリアが重々しく呟く。


「それでも俺たちは話さなければならない。情報が必要なんだ」

俺は店主に短く礼を言い、その男がいる隅のテーブルへと歩み寄った。


「おい、あんた……」


俺が声をかけ、男の肩に手を伸ばそうとした、その時だった。


(――ズキンッ!!)


強烈な激痛が、俺の左腕を突き抜けた。


「ぐっ……あぁっ!?」


「ルシフェルさん!?」


俺は突如として巻き起こった激痛に膝をついた。

左腕の「黒い影」が、まるで意思を持ったかのように皮膚の下で暴れ出し、禍々しい漆黒のオーラが手首から溢れ出そうになる。


「な、なんだ!? ルシフェル、急にどうしたんだ!?」

ブラッドが慌てて俺の肩を支える。


(な……なんだ……? この疼きは……!)


俺の脳裏に、直接冷酷な声が直接響き渡った。


『ククク……気付いたか、我が器よ。……運命の歯車が、廻り始めたぞ』


魔王の半身の声だ。

その声とともに、俺の左目の視界がじわじわと濁り、暗闇の奥に「何か」巨大な存在の覚醒を感じ取っていた。


ただの激痛ではない。

俺の体内に眠る『魔王ルシファーの半身』としての運命が、この武闘都市バルカンに足を踏み入れたことで、静かに、だが確実に引き金を引き始め、覚醒へと向かっているのだ。


「ルシフェルさん! 『ラ・ヒール』!」

ノエルが慌てて光の魔法を注ぎ込むが、左腕の疼きは容易には収まらない。


「く……っ、大丈夫だ……! 影が……反抗しているだけだ……!」


俺は歯を食いしばり、右手で左腕を強く抑え込んだ。


「おいおい……マジかよ」

ブラッドが青ざめた顔で俺の左腕を見つめる。


「お前の中の闇……さっきまでより確実に肥大化してやがるぞ……! バルカンの魔気か、それとも……」


「……ルシフェル」

シバリアが剣呑な眼光で周囲と、突っ伏したままの拳士を見つめた。


「どうやら、ただ情報を聞いて終わるような甘い旅にはならんようだな。サルガタナスの脅威、お前の左腕の覚醒、そしてこの男の過去……全てが繋がっている」


俺は息を荒くしながらも、必死で立ち上がった。

左腕の黒い衝動を力任せに抑え込み、目の前にいる心を壊された闘士を見据える。


どんなに左腕の影が俺を飲み込もうと、どんなに厳しい運命が立ちはだかろうと、俺はもう逃げない。この3人の仲間と共に、全てを乗り越えて見せる。


「いくぞ……第3章の戦いへ」


俺の掠れた決意の声に、ブラッド、シバリア、ノエルが力強く頷いた。


「魔王ルシファーの半身」としての運命が静かに覚醒し始める中、俺たちは激動の武闘都市バルカン編――第3章の深淵へと、一歩を踏み出したのだった。

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