第14話4編:新たな目的地
第14話4編:新たな目的地
茶屋を出た俺たちは、急ぎ足で西への街道を駆け抜けていた。
雨上がりの泥濘はすでに乾いていたが、代わりに漂い始めたのは、背後からじわじわと迫り来る異様な重圧――魔王軍の気配だった。
「ハァ……ハァ……っ! ルシフェルさん、追手の気配がどんどん強くなっています!」
後方を振り返りながら走るノエルが、吐息を乱して叫ぶ。その手にはしっかりと回復の杖が握られていた。
「ああ、感じているよ。ブラッドの言う通り、向こうも本気だ。グランでの失敗を経て、今度こそ俺たちを確実に殺しに来ている」
俺は滑るように絶対の踏み込みを維持しながら応えた。 左腕の裏側が、背後の魔気と共鳴するようにドクドクと熱い脈動を打つ。俺の中の「魔王の半身」が、迫る同類たちの殺気に反応して目を覚まそうとしているのだ。
(静まれ……! 今暴走するわけにはいかない……!)
「ルシフェル! 左腕の抑えに気を取られるな! 前だ!」
並走するシバリアが、背中の大剣を横手で支えながら大声で注意を促した。
「前方の谷間を見ろ! あれが……『武闘都市バルカン』か!」
シバリアが指さした先、二つの切り立った巨大な岩山に挟まれた狭隘な谷間に、武骨極まりない黒鉄と巨石の城壁が立ちはだかっていた。 城門の上には猛々しい炎と刃を象った紋様が掲げられ、遠目からでも荒々しい咆哮や、武器が打ち合い散る金属音が風に乗って届いてくる。街全体が、戦いそのものを呼吸しているかのような異様な熱気に満ちていた。
「へっ、相変わらず血生臭い街だぜ!」
ブラッドが先頭を切って走りながら、赤銅色の戦斧を掲げてニヤリと笑う。
「おい、お前ら! 城門の警備どもに引っかかって時間を取られるなよ! あそこは文句を言う奴の頭をぶん殴って押し通るのがルールの街だ!」
「そんな物騒なルールがあるんですか!?」 ノエルが驚愕の声を上げる。
「ハハハ! 騎士道精神とは程遠い街のようだが、今は背後の追手を撒くのが先決だ! 強行突破するぞ!」
シバリアが豪快に笑い飛び出す。
俺たちはそのままの速度で、バルカンの巨大な黒鉄の城門へと飛び込んだ。 門衛と思しき巨漢のならず者たちが槍を構えて立ちふさがろうとしたが、
「退きやがれッ! 『ラ・ルビ』!」
ブラッドの放った高熱の炎弾が門衛たちの足元で炸裂し、凄まじい爆風と悲鳴とともに巨漢たちが吹き飛ばされた。その隙を突き、俺たちは滑り込むように城門をくぐり抜けたのだった。
◇
「ハァ……ハァ……っ! なんとか……振り切ったか……?」
路地裏の物陰に身を潜め、俺は荒い息を吐き出しながら周囲の様子を探った。
城門を突き抜けた瞬間、俺たちを追っていた魔王軍の気配がぴたりと途絶えた。 バルカン内部に充満する膨大な闘士たちの殺気と熱気が、追手の放つ魔気をうまい具合に掻き消してくれたらしい。
「ふぅ……間一髪でしたね。門衛の方々には少し申し訳ない気もしますが……」 ノエルが胸に手を当て、安堵の息をつく。
「気にすることはないさ、ノエル。あいつらも吹っ飛ばされ慣れてそうなツラをしてたぜ」 ブラッドが戦斧を肩に担ぎ直し、得意げに鼻を鳴らした。
「それより、見ろよ。これが『武闘都市バルカン』の日常だ」
ブラッドの言葉に促され、俺たちは大通りへと視線を向けた。
そこは、グランやロザリアとは完全に異なる「常識」が支配する異様な空間だった。 大通りのあちこちで、鎧を着込んだ男たちが大剣や斧を振り回して大立ち回りを演じている。周囲の群衆はそれを止めるどころか、酒瓶を掲げて「殺せ!」「叩きのめせ!」と熱狂的な歓声を上げていた。 街の至る所に闘技場の入場口が存在し、熱気と血の匂いが充満している。
「噂以上の野蛮さだな……」 シバリアが苦笑交じりに大剣の柄を撫でた。
「だが、ここなら腕を磨くには事欠かん。サルガタナスに対抗するための力をつけるには、うってつけの修羅場だ」
「ああ」 俺は力強く頷いた。 「俺たちがここに来た理由は二つ。一つは、実戦の中で俺自身の強さを引き上げ、左腕の影に頼らない戦い方を確立すること。そしてもう一つは……」
「サルガタナスに敗れ、心を折られた凄腕の闘士を探し出し、情報を得ること……ですね」 ノエルが俺の言葉を引き継ぎ、真面目な顔で頷いた。
「そうだ。ブラッド、その闘士が潜んでいるという地下酒場の場所に心当たりはあるか?」
「へっ、もちろん任せとけっての」
ブラッドが八重歯を見せてニヤリと笑い、街の中央に聳え立つ最大の地下闘技場を指さした。
「あの『大血闘場』の真下にある、街一番の吹き溜まり……酒場『泥憑き亭』だ。負け犬や廃人どもが浴びるほど酒を飲んで現実逃避する、最悪の穴ぐらさ」
「最悪の穴ぐら、か……」 俺は刀の柄を固く握り直した。
「そこに、サルガタナスの情報を握る男がいるんだな」
「ああ。噂じゃ、かつてはバルカン最強とまで呼ばれた拳士らしいが……サルガタナス直属の部隊に手も足も出ず叩き潰されて以来、二度と武器も握れなくなっちまったらしい」
「一度折れた心を取り戻させるのは、容易なことではないぞ」 シバリアが神妙な面持ちで腕を組む。 「だが、俺たちには退く道はない。ルシフェルのためにも、リコリス殿を救うためにも、必ずその男の口を開かせねばならん」
「はい! 私も、その闘士の方の心が少しでも癒えるよう、精一杯尽くします!」 ノエルの決意に満ちた言葉に、俺たちの気持ちが一つにまとまっていく。
「よし、行こう。酒場『泥憑き亭』へ!」
俺の号令とともに、4人は熱狂と殺気が渦巻くバルカンの大通りを突っ切り、地下へと続く暗い階段を目指して歩み出した。
武闘都市バルカン――新たな目的地へ辿り着いた俺たちを待ち受けるのは、荒れ狂う闘士たちとの死闘と、叩きのめされた男の深い絶望だった。 リコリスを取り戻し、魔王の影を屈服させるための第三章の戦いが、いま静かに幕を開けようとしていた。




