第14話3編:武闘都市バルカン
第14話3編:武闘都市バルカン
洞窟の中に静寂が戻り、焚き火の明かりが4人の顔を静かに照らしていた。
「生半可な覚悟で行く場所じゃない……って、一体どこを目指すつもりなんだ、ブラッド?」
俺が尋ねると、ブラッドは赤銅色の戦斧の柄をポンポンと叩きながら、挑戦的な笑みを浮かべた。
「グランの街からさらに西、山脈の谷間に佇む巨岩の都市――『武闘都市バルカン』だ」
「武闘都市、バルカン……?」
ノエルが首を傾げ、記憶を辿るように呟いた。
「噂には聞いたことがあります。世界中から強さを求める闘士や流浪の剣士が集まり、昼夜を問わず闘技場で拳を交えているという……あの街ですか?」
「そうだ。だがな、ノエル」 ブラッドの瞳から笑みが消え、鋭い光が宿る。
「ただの血生臭い戦闘街ってだけじゃねえ。あのバルカンには、かつてサルガタナスの暴挙に挑み、返り討ちにあって叩きのめされた『凄腕の闘士』が潜んでいるんだよ」
「サルガタナスと戦った闘士だと……!?」
シバリアが息を呑み、腕を組み直した。大剣の鞘が金属音を立てて鳴る。
「なるほどな。サルガタナスの直属部隊と直接拳を交え、生き残った者がいるというわけか。その者なら、サルガタナスの戦闘パターンや魔力の特性、さらには拠点の配置まで把握している可能性がある」
「そういうことだ」 ブラッドは満足そうに頷き、俺を指さした。
「それに……ルシフェル。お前、さっき言ったろ。『闇の力に頼らず、俺自身の強さで戦いたい』ってな。バルカンは力こそが全ての弱肉強食の街だ。死線と隣り合わせの闘技場で揉まれりゃ、お前のその沖田総司の踏み込みも、風魔法の精度も、何倍にも跳ね上がるぜ」
「力と情報……まさに今の俺たちが求めている場所だな」
俺は刀の柄を固く握りしめた。 脳裏をよぎるのは、山道で魔王軍残党の指揮官と戦った時の光景だ。あの時は左腕の「黒い影」に頼りかけ、風魔法『ラ・ラルド』に魔気を混ぜ込んでどうにか撃退した。だが、それでは駄目なのだ。自分自身の技と心を極めなければ、いずれあの影に侵食されて意識を乗っ取られる。
「だが、ブラッド」 ノエルが心配そうに身を乗り出してきた。
「その闘士の方は『心を破壊された』とおっしゃいましたか……? サルガタナスに敗れたショックで、まともに対話ができる状態なのでしょうか」
「ふん、鋭いなノエル」 ブラッドは無造作に真紅の髪をかき上げた。
「噂によれば、奴は闘技場の地下にある酒場に浸りきって、廃人同然の暮らしをしてるらしい。プライドも、闘志も、全部サルガタナスの圧倒的な恐怖の前に叩き折られたのさ」
「廃人同然か……」 シバリアが重々しく呟き、顎髭をさすった。
「一度心を折られた戦士の口を開かせるのは容易ではないぞ。下手をすれば、サルガタナスの名を口にしただけで狂乱するか、俺たちを追い払おうとするだろう」
「だから面白ぇんじゃねえか」
ブラッドが八重歯を見せてニヤリと笑った。
「その叩き折られた男の心をもう一度叩き直して、情報を吐き出させる。ついでにバルカンの物狂いども相手に実戦経験を稼ぐ。……どうだルシフェル、行く価値は十分だろ?」
「ああ、決まりだな」
俺は立ち上がり、洞窟の外へと視線を向けた。 激しかった雨は完全に上がり、雲の切れ間から澄んだ青空が覗いている。
「武闘都市バルカンへ向かおう。サルガタナスを討ち、リコリスを取り戻すための『答え』が、そこにあるはずだ」
「はい! 私もどこまでもお供します、ルシフェルさん!」 ノエルが優しく微笑み、後方支援としての覚悟を込めて杖を胸に抱いた。
「ハハハ! 武闘都市か。騎士としての腕が鳴るな」 シバリアも大剣を担ぎ直し、頼もしい笑みを浮かべる。
「おいおい、オッサン。張り切りすぎて腰痛めるなよ?」
「誰がオッサンだ! 俺はまだ若いと言っておろうが!」
「はいはい、分かった分かった。元気なオッサンだな!」
二人のかけ合いに、ノエルがコロコロと鈴を転がすような笑い声を上げる。 俺の胸の中にあった寒々しい孤独感は、もう完全に消え去っていた。
左腕の黒い紋様は、相変わらず不気味に静まり返っている。だが、俺はもう一人で思い悩むつもりはない。
「よし、出立だ。バルカンを目指すぞ!」
俺の掛け声とともに、4人は濡れた山道を力強く踏み出した。
◇
山道を下り、西へと続く幹線街道を進むこと二日。 旅路の途中で立ち寄った小さな交易村の茶屋で、俺たちは束の間の休息をとっていた。
「う~ん、美味しい! この焼き立てパン、外はサクサクで中はふわふわです!」
ノエルが幸せそうに頬を緩めながらパンを口に運んでいる。その可憐な姿に、店内を通りかかる旅人たちも思わず目を細めていた。
「ほう、どれどれ……おお、確かに出色のできだな。ノエル、俺の肉サンドと一口交換しないか?」
「いいですよ、シバリアさん! はい、どうぞ!」
楽しそうに食事をする二人を横目に、ブラッドは腕を組んで窓の外を眺めていた。その手元には、手つかずの果実水が置かれている。
「どうしたブラッド、食わないのか?」
俺が声をかけると、ブラッドは「チッ」と小さく舌打ちをしてこちらを振り向いた。
「別に……お腹空いてねえだけだ。それよりルシフェル、街道を越えたらすぐ例の谷間だぞ。気を引き締めとけよ」
「分かっている。……だがブラッド、お前、さっきから何度も後ろを振り返っているな」
俺の指摘に、ブラッドの身体がぴくりと強張った。
「な、なんだよ! 俺は警戒してるだけだっつの! 元魔王軍の勘ってやつだ!」
「ブラッドくん……」 ノエルが食べかけのパンを置き、心配そうに彼を見つめた。「もしかして、追手が近づいているのですか?」
「……ハッ、隠しても無駄か」
ブラッドは苦々しげに顔を歪め、低く吐き捨てた。
「サルガタナスの奴、俺たちが山道の伏兵を散らしたことで、本格的に痺れを切らしたみたいだ。背後の魔気の圧力が、昨日より格段に強くなってやがる」
「……魔王軍の手先か」
シバリアの目が険しくなり、低い声で応じた。
「ロザリアや他の街道へ逃げたと思わせる偽装も効いていないようだな。俺たちの目的地がバルカンだと感づかれている可能性もある」
「いや……奴らが追っているのは、目的地じゃない」
俺は静かに左腕へ手を当てた。 冷たい皮膚の奥で、微かな、だが確実な異物感が、背後から迫る魔気に反応して「疼いて」いる。
「奴らの狙いは……俺のこの左腕だ。そして、俺たちを分断すること」
「追いつかれる前に、バルカンへ入るぞ」 俺は立ち上がり、腰の刀の握り心地を確かめた。
「あの街の混乱に紛れ込めば、敵も安易には手を出せないはずだ。急ごう!」
「「「おう!!」」」
3人の力強い返事が揃う。 迫り来る魔王軍の影と、これから踏み込む武闘都市バルカンでの苛烈な試練。俺たちの前に待ち受ける運命の歯車が、急速に音を立てて回り始めていた。




