第14話2編:強さへの焦燥
第14話2編:強さへの焦燥
「……魔王ルシファーの、半身……」
ブラッドが放った重々しい言葉が、静まり返った洞窟の中に重く、深く沈み込んでいく。 焚き火の爆ぜる音だけがパチパチと響く中、俺は己の左手を見つめていた。皮膚の裏側でドクドクと不気味に脈打つ冷たい塊。それが単なる呪いなどではなく、世界を滅ぼしかねない禁忌の闇そのものだという現実に、指先が微かに震える。
「ルシフェルさん……」
ノエルが祈るように胸の前で両手を握りしめ、痛ましげな表情で俺を見つめていた。
「ノエル、回復魔法をかけ続けてくれたのは感謝するが……もういい。手を開けてくれ」
「ですが、ルシフェルさん! まだ顔色が……!」
「いいんだ」
俺は制止し、力任せに体を起こした。激痛は引いていたが、全身を苛む重苦しい倦怠感と、左肩から首筋にかけて漂う不気味な熱気は消えていない。
「おい、ルシフェル。俺の話、ちゃんと聞いてたか?」
腕を組み、壁に寄りかかっていたブラッドが、忌々しそうに眉をひそめて一歩踏み出してきた。真紅の髪が揺れ、その赤銅色の瞳が俺を捉える。
「お前の内に潜んでるのはただの影じゃねえ。『魔王の半身』なんだぞ! 感情任せにその力を使えば、次はお前自身が跡形もなく喰い尽くされるんだ! 少しは危機感を持てよ!」
「危機感なら……嫌というほど持っているさ」
俺は低く答え、刃を鞘に収めた刀の柄を固く握りしめた。
「だが、ブラッド。俺にどうしろと言うんだ? その闇が恐ろしいからと、左腕を切り落とせば済むのか? 影に呑み込まれるのを恐れて、怯えて大人しくしていろと?」
「そうじゃねえだろ! 無茶な戦い方をするなって言ってんだよ!」
「無理をしなければ、届かないんだよ!」
俺の叫びが、狭い洞窟の中に木霊した。
「ルシフェル……」 シバリアが驚いたように息を呑む。いつも冷静でいるはずの俺が、感情を剥き出しにしたことに戸惑っているのが分かった。
俺は歯を喰い千切り、溢れ出そうになる焦燥感を吐き捨てるように言葉を続けた。
「リコリスは……俺の大切な人は、今この瞬間も魔王軍の奴らに囚われているんだ! 奴らがどれほど強大か、俺は身をもって知っている! 沖田総司の踏み込みや、最下位の風魔法『ラ・ラルド』だけで勝てるほど、奴らは甘くない!」
「だからって、魔王の力に頼るのかよ!?」 ブラッドが俺の胸倉を掴まんばかりに身を乗り出してきた。「お前、自分が化け物になってもいいってのか!?」
「ああ、いいさ!」
俺はブラッドの視線を真っ向から突き返した。
「リコリスを取り戻せるなら……あいつを救い出せるなら、俺は悪魔にでも、化け物にでもなってやる!!」
「っ……! この……馬鹿野郎が!!」
ブラッドが咆哮し、俺の胸元を強く突き飛ばした。 背中が洞窟の壁に激しくぶつかり、落石がパラパラと零れ落ちる。
「何が『悪魔になってやる』だ! 格好いいこと言ってんじゃねえよ! 本物の悪魔がどんな目にあってるか、俺を見てりゃ分かんだろ! 仲間から裏切られ、居場所を失い、恐怖と暴力に怯える……それが悪魔の世界だ! お前が化け物になったらな、その『リコリス』って女はお前を見て笑うとでも思ってんのか!?」
ブラッドの叫びは、悲痛な怒りに満ちていた。 自身が魔王軍で味わってきた孤独と絶望。だからこそ、俺が自ら進んで闇に身を投げ出そうとすることが、許せなかったのだ。
「ブラッドくん、やめて……! ルシフェルさんも!」
ノエルが二人の間に割って入り、涙を浮かべて広げた手で俺たちを遮った。
「喧嘩をしないでください! ルシフェルさんのリコリスさんを想うお気持ちも、ルシフェルさんを心配するブラッドくんのお気持ちも、どちらも痛いほど分かります……! だからこそ、そんな悲しい言い方をしないでください……!」
ノエルの悲痛な訴えに、ブラッドは「チッ」と激しく舌打ちをし、ぷいっと横を向いて戦斧の柄を握り直した。
「……シバリア」
俺は静かに呼びかけた。シバリアは大剣を地面に突き立てたまま、腕を組んで重々しく俺たちを見つめていた。
「シバリア、お前も俺を愚かだと思うか? 闇の力に縋ろうとする俺を……」
シバリアはゆっくりと首を振った。
「いや、愚かだとは思わん。大切な者を奪われた男が、何としてでも力を求めようとする焦り……俺にも理解はできる。……だがな、ルシフェル」
シバリアの目が、強い光を宿して俺を射止める。
「剣を振るう者が誇りを捨て、力そのものの奴隷となった時、その刃は決して守りたいものに届かん。お前が真にリコリス殿を救いたいのであれば、闇の力に呑まれるのではなく、お前自身の『強さ』で魔王軍を凌駕せねばならんのだ」
「俺自身の……強さ……」
「そうだ。闇を制し、自らの糧とするための強さだ。お前は一人で焦りすぎている。俺たちという『盾』と『炎』と『光』がいることを忘れるな」
シバリアの言葉が、乱れていた俺の心に静かに染み込んでいく。 焦りに任せて左腕の影に頼ろうとしていた自分が、どれほど脆く、危うい橋を渡っていたかを思い知らされた。
「……すまない、二人とも。ノエルも……」
俺は深々と息を吐き出し、頭を下げた。
「俺は焦っていた。リコリスを救いたい一心で、周りが見えなくなっていたよ。ブラッド……お前の言った通りだ。俺は格好ばかり気にして、本当の恐怖から目を背けていただけかもしれない」
「……ふん」
ブラッドは顔を背けたまま、無愛想に鼻を鳴らした。
「分かればいいんだよ。次また『悪魔になる』なんて寝言言ってみろ、本当に俺の炎で丸焦げにしてやるからな」
「はは……手加減してくれよ」
俺が苦笑すると、ノエルがホッと胸を撫で下ろし、シバリアの唇にも笑みが浮かんだ。 暴走の危険を秘めた「魔王の半身」という凄惨な現実。そして、強さを求める俺の焦燥。それらを全てぶつけ合ったことで、俺たちの間にある絆の結び目は、より一層強固なものへと変わっていた。
だが、依然として問題は残っている。 サルガタナス率いる魔王軍残党の脅威、そして、この左腕の影を抑え込みつつ打ち勝つための「確かな力」をどう手に入れるかだ。
「……さて」
俺は刀を深く構え直し、みんなの顔を見回した。
「闇に頼らず、俺たちの力でサルガタナスを討ち、リコリスを取り戻す。そのためには……今の俺たちには、もっと強い力と、魔王軍を攻略するための情報が必要だ。ブラッド、何か心当たりはないか?」
俺の問いかけに、ブラッドは真紅の髪をかき上げながら、ニヤリと悪魔らしい不敵な笑みを浮かべた。
「へっ、待ってましたと言わんばかりのタイミングだな。……あるぜ、ルシフェル。お前が喉から手が出るほど欲しい『力』と『情報』が集まる、最高の場所がな」
「本当ですか、ブラッドくん!?」ノエルが身を乗り出す。
「ああ。……だがな、生半可な覚悟で行く場所じゃねえぞ」
ブラッドの言葉に、俺たちの表情が再び引き締まった。 険しい山道に風が吹き抜け、洞窟の焚き火が揺れる。新たな目的地へ向けて、俺たちの物語が動き出そうとしていた。




