第14話1編:ブラッドの確信
第14話1編:ブラッドの確信
雨は上がっていたが、山道の洞窟の中に漂う冷気はまだ完全には引いていなかった。
ノエルの温かな回復魔法『ラ・ヒール』の光と、彼女が手際よく手配してくれた焚き火の熱によって、俺の全身を苛んでいた悪寒と自傷による左足の激痛は、どうにか穏やかさを取り戻していた。
「……ハァ……ハァ……」
荒かった息を整え、俺は冷たい岩壁に背中を預けた。 目の前には、俺の手で傷つけるかもしれないという恐怖から逃げ出した俺を、血痕と足跡を頼りに命がけで追ってきてくれた3人の仲間たちがいる。
頼れる前衛の盾役である騎士シバリア。 優しく穏やかな回復術士のノエル。 そして――赤銅色の戦斧を肩に担ぎ、ツンとした表情のまま俺を睨みつける少年悪魔、ブラッド。
「……すまない、みんな。俺は……怖かったんだ。自分の中の化け物に呑み込まれて、お前たちを切り裂いてしまうのが……」
俺の掠れた謝罪に対して、シバリアは力強い手で俺の肩を叩き、ノエルは涙ぐみながら温かく微笑んでくれた。そして一度は協定破棄を告げたブラッドも、強がりを言いながらも自ら手を差し伸べ、仲間としての「再契約」を結び直してくれたのだった。
だが――洞窟内に満ちる安堵の空気の中で、ブラッドの表情だけが徐々に硬く、真剣なものへと変わっていった。
「……おい、ルシフェル」
焚き火の爆ぜる音を割り裂くように、ブラッドが低い声を漏らした。 真紅の髪が炎の光を反射して怪しく揺れている。彼の赤銅色の瞳は、まっすぐに俺の左腕、そして俺の顔を見つめていた。その眼光は、単なる強がりや軽口のそれではなく、元魔王軍の悪魔としての冷徹な「確信」を帯びていた。
「なんだ、ブラッド?」
「……隠し事は無しだって、さっき言ったよな」
ブラッドは足元に転がっていた小枝を火にくべながら、静かに、だが重々しく言葉を紡ぎ始めた。
「俺は元々、魔王軍の幹部サルガタナスの配下にいた。悪魔や魔族、魔物たちが持つ『魔気』ってやつには、お前たち人間よりも遥かに敏感だ。……だからこそ、はっきり言っておく」
ブラッドは一度言葉を切り、鋭い視線で俺の左目を射抜いた。
「お前の内側で脈動してるその『黒い影』……お前はさっき『呪いのようなもの』って言ったが、そんな生易しいもんじゃねえぞ。あれは、ただの魔力の暴走でも、剣士としての才能の裏返しでもねえ。……魔族の幹部クラス、いや、それ以上の『強大で危険な闇』そのものだ」
「……危険な、闇……」
ノエルが小さく息を呑み、シバリアも眉をひそめてブラッドの言葉に耳を傾けている。
「ああ」ブラッドは頷いた。 「残党部隊のデカブツを叩き落とした時のあの黒い風……覚えているか? あれはお前の風魔法『ラ・ラルド』に、左腕の影が混ざり込んだものだ。あの風に触れた瞬間、敵の魔族は悲鳴を上げてたろ。あれはな、お前の攻撃が強いからだけじゃねえ。お前の影が撒き散らす魔気が、魔族であるあいつらの存在そのものを侵食し、喰らい尽くそうとしてたからだ」
ブラッドの言葉が、冷たい水のように俺の背筋を駆け抜ける。
「魔族すら恐怖し、喰らう闇……それが、俺の左腕にあると?」
「そうだ」ブラッドは力強く断言した。 「俺はサルガタナス様の側近時代、奴らが探していた禁忌の伝承を耳にしたことがある。『魔王の半身』……世界を統べる魔王ルシファーの、対となる禍々しい影の器。お前の身体に宿っているのは、まさにそれだ」
「魔王ルシファーの……半身……!」 ノエルの顔から血の気が引いていく。
「お前は『抑え込んでいる』つもりかもしれないが、逆だ」 ブラッドの声が一層低くなる。 「お前が感情を高ぶらせたり、強さを求めて踏み込むたびに、その闇はお前を内側から作り変えようとしてる。お前がただの『人間』でいられる時間は、もうそう長くねえかもしれない。お前の内側にあるものは……世界を滅ぼしかねない、本物の悪魔以上の化け物なんだよ」
ブラッドの警告は、洞窟の壁に重く反響した。 彼は俺を突き放すために言っているのではない。仲間として再契約を結んだからこそ、俺が背負っているもののあまりの危うさを、誤魔化さずに突きつけてくれているのだ。
「……だから言っておくぞ、ルシフェル」
ブラッドは赤銅色の戦斧を固く握り直し、まっすぐに俺を見つめた。
「お前がその闇に呑まれそうになったら、俺は容赦なくお前を叩きのめす。お前が人としての心を失って本物の魔王になる前に……俺の手で引導を渡してやる。それが、お前と再契約した俺の覚悟だ」
ブラッドの瞳には、一切の迷いがなかった。
俺は己の左腕を見つめた。 不気味な脈動は今も静かに続いている。ブラッドの言う通り、俺はただの人間ではなく、恐ろしい「魔王の半身」としての闇を宿しているのだ。その事実が、重く、重く俺の胸にのしかかっていた。




