第13話4編:引き裂かれた絆
第13話4編:引き裂かれた絆
「ルシフェル……お前、俺を……殺す気か……!?」
ブラッドの怯えた声が、混濁していく俺の意識の底に重く突き刺さる。 ダメだ。腕が動かない。いや、俺の意志に反して動き過ぎている。皮膚を突っぱねる黒い影が左肩から首筋、そして頬へと這い上がり、俺の身体の主導権を乱暴に強奪していく。
「逃げろ……ブラッド……! シバリア……ノエルを連れて……早く逃げろぉぉぉっ!!」
血を吐くような俺の叫びも虚しく、左腕の掌孔に集束した漆黒の魔力は爆発的な圧力を増していた。
「くっ、ノエル、ブラッド! 俺の後ろへ下がれ!」
シバリアが身を挺して二人を庇うように立ち塞がり、巨大な大剣を地面に突き立てて防御姿勢を取る。 だが、そんな大剣の盾すら一瞬で打ち砕きかねない殺気の波動が、俺の左手から解き放たれようとしていた。
(やめろ……やめてくれぇぇぇっ!!)
心の中で叫び、俺は右手に握りしめていた刀の刃を、迷わず自分の左足へと深く突き立てた。
「ガァァァァァッ……!?」
劇痛が全身の神経を突き抜ける。 鮮血が飛散し、肉を裂く激痛によって一瞬だけ意識の主導権が俺のもとへと戻ってきた。膨れ上がっていた黒い魔力の集束が乱れ、方向を失った漆黒の衝撃波は、ブラッドたちの頭上の断崖へと逸れて叩きつけられた。
ドカァァァンッ!!
轟音と共に岩壁が激しく爆砕し、巨岩の群れが崩れ落ちていく。 その隙に、俺は血を流す足を叩きつけるようにして後ろへ飛び退いた。
「ハァ……ハァ……っ! く……っ!」
「ルシフェルさん!!」 ノエルが悲鳴を上げ、足から血を流す俺へ駆け寄ろうとする。
「来るな!!」
俺の怒号に、ノエルの足が止まった。 俺は刀を支えにして何とか立ち上がっていたが、全身から溢れ出る黒い霧は消えていない。漆黒に染まった左目からは涙のように黒い魔気が溢れ出し、左腕は痙攣するように脈打ち続けている。
「見ただろ……ノエル……シバリア、ブラッド……。俺の身体には、こんな化け物が潜みついているんだ……」
自分の声とは思えないほど低く、冷たい声が出た。 自傷によって暴走を一時的に食い止めたものの、次にいつ意識が乗っ取られるか分からない。もし次に暴走すれば、今度こそ俺は自分の手で仲間を殺してしまう。
「俺は……お前たちと一緒にいる資格はない。……リコリスを追う旅も、俺一人で行く」
「何を言っているんだルシフェル!」 シバリアが焦燥感を露わにして一歩踏み出した。 「お前が自らを傷つけてまで俺たちを庇ったのを、俺が見逃すとでも思うのか!? その左腕の呪いが何であれ、俺たちは旅の仲間だ! ノエルの回復魔法や俺たちの力で、何か抑える手立てが――」
「手立てなんてないんだよ!!」
俺の制止に、シバリアが言葉を詰まらせた。
「これは……病気でも呪いでもない。魔王の半身……俺の内に潜む悪魔そのものだ。ノエルの光ですら弾かれるのを、さっき見たばかりだろ……!」
俺はぎりっと歯を食いしばり、伏し目がちにブラッドを見た。 ブラッドは赤銅色の戦斧を握りしめたまま、未だ立ち上がれずに俺を凝視している。その瞳には、俺の左腕に対する恐怖と、助けられたことへの激しい葛藤が入り混じっていた。
「ブラッド……お前の警戒は正しかったよ。俺は……いつ暴走するかも分からない危険人物だ。仮の協定は、ここで破棄だ」
「ルシフェル……お前……」
ブラッドの唇が震える。強がりを言う余裕すら、今の彼にはなかった。 彼にとって魔王軍は自らを追い詰めた恐怖の対象であり、その魔王の影を宿す俺は、最も関わってはならない存在のはずだ。
「……行くな、ルシフェルさん……お願いです、一人で行かないで……!」 ノエルが涙を瞳に浮かべ、必死に手を伸ばす。
「すまない、ノエル。……シバリア、みんなを頼む」
「ルシフェルっ! 待て!」
シバリアの静止の叫びを背に受けながら、俺は足の傷の痛みに耐え、絶対の踏み込みを発動した。 『ラ・ラルド』の風を微弱に纏い、滑るようにして山道の奥――グランの街とは反対側の深い霧が立ち込める谷間へと姿を消す。
「ルシフェル―――っ!!」
背後から響くノエルの悲痛な叫び声が、山間に虚しくこだました。 だが、俺は一度も振り返らなかった。振り返れば、己の弱さに甘えて、あの温かな場所に戻りたくなってしまうからだ。
ポツリ、と冷たい雨が降り始めていた。
山道を一人、血を引きずりながら歩く。 左腕の熱はいまだ引き切らず、脳裏では黒い影がせせら笑い続けている。
(これでいい……。あいつらを巻き込むわけにはいかない……。俺はただ、一人でリコリスを取り戻せばいいんだ……)
孤独と激痛、そして抑えきれない黒い衝動に苛まれながら、俺は雨の降る深い霧の中へと消えていった。 4人の旅路は、いま決定的な破綻を迎えたのだった。




