第12話:絆の芽生えと仮の協定 第2編:ツンデレの決意
第12話:絆の芽生えと仮の協定
第2編:ツンデレの決意
避難していた住民たちが、おずおずと大通りへ戻ってくる気配が漂う中。
シバリアに頭を乱暴に撫で回されたブラッドは、顔を真っ赤にして跳ね起きると、戦斧の柄を力任せに振り回してシバリアの手を払いのけた。
「触るなと言ってんだろゴツい騎士! 俺様の命より大事な真紅のヘアスタイルが台無しだろ!」
「ははは! どこが乱れたというのだ、最初からウニのように尖っているではないか」
シバリアが愉快そうに腰に手を当てて笑い飛ばすと、ブラッドは「ぬぬぬ……ッ!」と牙を剥いて悔しそうに唸り声を上げた。
だが、彼が視線を俺たちの方へ向けた瞬間、その激しい怒りはどこかへ立ち消え、気まずそうな色へと変わった。
俺、シバリア、そしてノエル。 全員が逃げも隠しもせず、ただ静かに、そして温かな眼差しで自分を見つめている。その視線に耐えきれなくなったのか、ブラッドは露骨にそっぽを向き、ぷいっと顔を反対側へと背けてしまった。
「……なんだよ」
ブラッドはつま先で石畳の欠片を小突きながら、不機嫌そうな低い声を漏らした。
「お前ら、さっきから何ニヤニヤ見てやがるんだよ。俺様はお前たちの仲間になったつもりなんて微塵もねえぞ」
「誰もそんなことは言っていないが?」
シバリアがニヤニヤとした笑みを浮かべたまま追撃すると、ブラッドはさらに顔を赤くして「黙れ!」と叫んだ。
「いいか、勘違いするなよ人間ども! 今回のことは……そう、たまたまだ! 俺様が追い詰められてたところに、お前らが勝手に割り込んできて余計なお世話をしただけだ! 俺がお前らを認めたわけでも、感謝してるわけでもねえからな!」
ブラッドは肩で激しく息を吐きながら、必死に自分に言い聞かせるように言葉を捲し立てる。
その姿は、あまりにも分かりやすい「ツンデレ」のテンプレそのものだった。 ノエルは口元に手を当て、可憐な笑い声を殺すのに必死になっている。俺も思わず苦笑いを浮かべざるを得なかった。
「分かってるよ、ブラッド」
俺がそう声をかけると、ブラッドは薄目を開けて、警戒するように俺の顔を伺ってきた。
「お前が俺たちと仲良しごっこをするつもりがないのは重々承知だ。だけど……お前の目的は何なんだ? このまま一人で魔王軍に挑むつもりなのか?」
俺の問いかけに、ブラッドの全身から一瞬にして甘さが消え、ピリッとした緊張感が走った。
「……目的に決まってんだろ」
ブラッドは背中の小さな悪魔の翼を小さく揺らし、戦斧をぎゅっと握りしめた。
「俺様は……あの魔王軍幹部、サルガタナスの野郎をぶっ飛ばしたいんだよ」
ブラッドの真紅の瞳に、深い憤怒の炎が燃え上がる。
「あいつは俺を『落ちこぼれ』だの『出来損ない』だのと言って馬鹿にしやがった。おまけに、力のない奴らを痛めつけて遊ぶような、吐き気がする戦い方ばかりしやがる。あんな奴が魔王軍の幹部面してんのが許せねえんだ。俺のプライドにかけて、あいつのあの気取った面をボコボコにしてやらねえと気が済まねえ!」
ブラッドの声には、単なる我儘ではない、彼自身の譲れない誇りと過酷な生い立ちから来る執念がこもっていた。
「サルガタナス……」
俺はその名前を低く口にした。 リコリスを奪い、俺の人生を狂わせた元凶。俺にとっても、あいつは絶対に倒さなければならない最大の敵だ。
「目標が同じだな、ブラッド」
俺がそう言うと、ブラッドはフンッと鼻で息を吐き捨てた。
「だから言ったろ! 勘違いすんじゃねえってな! 俺はお前らを助けたいわけでも、世界を救いたいわけでもねえ! ただ、サルガタナスへの復讐という目的が重なってるだけだ!」
ブラッドは俺をビシッと指差し、ドヤ顔で言い放った。
「つまりだ! 俺様とお前たちは……そう、『仮の協定』を結ぶだけだ! サルガタナスをぶっ倒すまでの間、お前らの戦力を利用してやる! それが終わったら速攻で解散だ! 買い被るなよ!」
「仮の協定、か」
俺は腕を組み、シバリアとノエルと顔を見合わせた。
シバリアは呆れつつも「まあ、あのガキにしては精いっぱいの妥協案だな」と頷き、ノエルも嬉しそうに「はい、喜んで!」と笑顔を見せた。
「分かったよ、ブラッド」
俺はブラッドに向かって静かに踏み出した。
「サルガタナスを倒すまでの『仮の協定』、受け入れよう。お前の力、頼りにさせてもらうよ」
「ハッ! 当たり前だ、俺様は強いからな!」
ブラッドは顔を背けたままだったが、その唇の端が、ほんの少しだけ誇らしげに上がっているのを俺は見逃さなかった。
不器用で、生意気で、だけど根はまっすぐな赤髪の悪魔。 彼との間に結ばれた小さな絆が、これから始まる過酷な旅の大きな一歩となることを、俺たちはまだ確信していた。




