第10話:ツンデレ悪魔の事情 第5編:気配の察知
第10話:ツンデレ悪魔の事情
第5編:気配の察知
「お前ら……全員頭がおかしいんじゃねえの……。悪魔にそんな顔向けてんじゃねえよ……」
ぷいっと横を向いたブラッドの耳の先端は、夕闇の影の中でも分かるほど真っ赤に染まっていた。 戦斧の柄を無駄に固く握り締め、必死にそっぽを向いているその姿には、先ほどまでの凶暴な面影はどこにもない。
「ふっ、素直になれんガキだな」
シバリアが大剣を肩に担ぎ直し、愉快そうに鼻で笑う。
「だが、これで決まりだな。お前も魔王軍幹部サルガタナスに一報報いたいのだろう? ならば、我々と行動を共にするのが一番合理的というものだ」
「なっ……だ、誰が一緒に行くなんて言ったよゴツい騎士! 俺様はただ、あの気取った幹部をこの手で叩き潰したいだけだ! お前たちと仲良しごっこをするつもりはねえ!」
「相変わらず口の減らない奴だ。性別の間違いは正されたようだがな」
シバリアとブラッドの間で再び始まった軽妙な言い合いを眺めながら、俺はふっと肩の力を抜いた。 ノエルもクスクスと小さく笑い、救急箱を大事そうに抱え直している。一時はどうなることかと思ったが、火山街グランの夜風が、少しだけ穏やかに感じられた。
(……だが、サルガタナスか)
リコリスを連れ去った魔王軍幹部の名前を反芻した瞬間、胸の奥で、再びあの冷たい鼓動が打った。
(くっ……!)
左腕の奥から、ドロリとした濁った魔力が湧き上がりそうになる。俺は誰にも悟られないよう、静かに左手を握りしめ、歯を食いしばって破壊衝動を押し殺した。 リコリスを助け出さなければならないという焦燥感。そして、強さを求めるあまり、自分の中の闇に呑まれそうになる恐怖。その二つが常に俺の心を苛んでいた。
その時だった。
「――おい」
シバリアとの言い合いを唐突にやめたブラッドが、ピタリと足を止め、俺の方をじっと見つめていた。
さっきまでの意地張りな表情は消え去り、その真紅の瞳は凄まじく鋭い警戒の色を帯びている。
「ブラッド……? どうしたんですか?」
ノエルが不思議そうに首をかしげる。だが、ブラッドはノエルの問いかけには答えず、ゆっくりとした足取りで俺に近づいてきた。
「おい、片腕……お前」
ブラッドは俺の目の前で立ち止まると、俺の左腕、そして背後の空間を食い入るように睨みつけた。
「さっきから気になってたんだが……お前の背後、なんだよそれ」
「……何のことだ?」
俺は平静を装って問い返したが、ブラッドの眼光は誤魔化しを聞かせないほど真剣だった。悪魔として生まれ持ち、野性の直感と感覚で生きてきた彼だからこそ、敏感に感じ取っているのだ。
「しら切るんじゃねえよ。目には見えねえ……だが、ドロドロして、吐き気がするほど冷てえ殺気だ。お前の背後に、巨大な『黒い影』がへばりついてやがる」
「黒い影……!?」
シバリアの顔つきが一変し、即座に周囲の気配を探るように視線を走らせた。
「敵の伏兵か!? どこに潜んでいる、ブラッド!」
「ちゃうわ、外じゃねえ!」
ブラッドは苛立ちを露わにして叫ぶと、俺の左胸――心臓のあたりを戦斧の柄でビシッと指し示した。
「こいつの内側から漏れ出てんだよ! お前の背後にまとわりついてるその『影』……ただの魔力じゃねえぞ。俺たち悪魔の根源よりも、もっと不吉で、底知れねえ闇の塊だ。お前……自分が何を引き連れて歩いてるのか分かってんのか!?」
「……」
俺は言葉を失い、黙り込むしかなかった。
ブラッドの言っていることは、正しかった。 俺の左腕に宿る「黒い衝動」。それは単なる力ではなく、俺の意思とは無関係に膨れ上がり、俺という存在そのものを内側から食い荒らそうとしている邪悪な存在だったのだ。
「ルシフェルさん……」
ノエルが不安そうに俺の顔を覗き込む。シバリアも険しい表情で俺の左腕を見つめていた。
「大丈夫だ……」
俺は絞り出すような声で呟き、自らの左腕を強く右手に握りしめた。
「俺は……呑まれたりしない。この力に負けるわけにはいかないんだ」
「ハッ、口では何とでも言えるさ」
ブラッドは吐き捨てるように言ったが、その瞳の奥には、ルシフェルに対する嘲笑ではなく、真に危傷感を覚えるような複雑な色が混ざっていた。
「いいか、片腕。その『影』が完全に覚醒したら……お前は人間でも悪魔でもねえ、ただの化け物になるぞ。俺様は強い奴と戦うのは好きだが、理性を無くした狂犬と殺し合うのは御免だからな」
ブラッドはプイッと背を向け、火山街グランの中心部へと歩き出した。
「街に戻るぞ。居心地は悪いが、こんな郊外で野宿するよりはマシだ」
「あ……待ってください、ブラッドさん!」
ノエルが慌ててその後を追いかけ、シバリアも「まったく、素直じゃない奴だ」と肩をすくめながら歩き出す。
俺は一人、静まり返った見張り塔の下で、自分の左手を見つめていた。
(黒い影……。俺の中に潜む、もう一つの存在……)
胸の奥で、冷たい鼓動がまた一つ、重く打った。 ブラッドの警告は、これから訪れる過酷な運命の予兆のように、俺の心に深く突き刺さっていた。




