第10話:ツンデレ悪魔の事情 第4編:覗く
第10話:ツンデレ悪魔の事情
第4編:覗く本音
「な、なんで……なんで俺を助けるんだよ……!」
治療を終えたノエルに対し、ブラッドは自分の首元や腕を何度も確かめながら、叫ぶように問い詰めた。
ノエルの魔法によって傷はすっかり塞がり、あれほど苦しんでいた激痛も嘘のように消え去っている。だが、その事実が余計にブラッドを困惑させていた。真っ赤な顔でノエルを睨みつける彼の瞳には、怒り以上に「理由が分からない」という強い戸惑いが浮かんでいる。
「俺はお前たちの街で暴れたんだぞ!? 魔物も焼き殺したし、お前らの仲間にも斧を振り回した! 悪魔なんだぞ……! なのに、なんでそんな優しくすんだよ! 騙して油断させるためじゃねえなら、意味が分かんねえよ!」
ブラッドの甲高い声が、夜の静かな見張り塔に虚しく響き渡る。 シバリアは腕を組んだまま黙ってその光景を見守り、俺も静かに壁に背を預けて二人を見つめていた。
ノエルはブラッドの荒い息遣いと、その奥にある怯えを優しく受け止めるように、ゆっくりと首を横に振った。
「騙すつもりなんてありませんよ。……ただ、放っておけなかったんです」
ノエルは杖を両手で優しく抱え直し、ブラッドの真紅の瞳をまっすぐに見つめた。
「ブラッドさんは、街で暴れている時も……住民の人たちを直接襲ったりはしていませんでしたよね? 魔物を倒していたのも、本当は街の人たちを魔王軍の脅威から遠ざけようとしていたんじゃないですか?」
「は、はぁ!? 勘違いすんじゃねえよ!」
ブラッドは露骨に狼狽し、顔をさらに真っ赤にして大声を上げた。
「俺はただ強い奴をぶっ殺して、俺様の力を証明したかっただけだ! 人間なんか助ける義理もねえし、守ったつもりもねえ! 自惚れるなよ半エルフ!」
「……私、ハーフエルフなんです」
ノエルは少しだけ寂しそうに微笑むと、静かな声で言葉を続けた。
「人間からは『悪魔の血が混ざっている』と疎まれ、エルフの郷からは『純血ではない』と遠ざけられて……。どこに行っても本当の居場所がなくて、ずっと一人ぼっちでした」
「ノエル……」
シバリアが気遣うように低く呟く。 ノエルは過去の痛みを抱え込みながらも、穏やかな表情でブラッドへと視線を向けた。
「だから……分かるんです。ブラッドさんが、本当はすごく孤独だということ。魔王軍の冷酷なやり方が許せなくて飛び出したのに、悪魔族からも追われ、人間からも敵視されて……本当はすごく寂しくて、悔しくて、行き場のない怒りを抱えているんですよね?」
「……っ!?」
ブラッドの身体が、弾かれたように大きく跳ね上がった。 言葉を失い、口をぐっと結んだまま、大きく見開いた瞳でノエルを見つめ返す。
ノエルの言葉は、ブラッドが誰にも見せまいと強がりで覆い隠していた「本音」を、あまりにも正確に突いていた。自分を理解してくれる者など誰もいない世界で、ただ強さだけを誇示して自分を保とうとしていた彼の小さな心が、激しく揺さぶられているのが見て取れた。
「勝手なこと……言ってんじゃねえよ……」
ブラッドの声が、先ほどまでの威勢を失い、かすかに震えていた。
「俺は悪魔だぞ……。一匹狼の、凄腕の悪魔なんだ……。居場所なんか要らねえし、仲間なんか……最初から誰もいねえんだよ……!」
ブラッドは悔しそうに歯を食いしばり、視線を足元へと落とした。その小さな肩が、どこか小さく震えているように見えた。
俺は壁から背を離し、ゆっくりとブラッドの前に歩み出た。
「ブラッド」
「……なんだよ、片腕。お前も俺を笑いに来たのか?」
ブラッドは顔を上げず、暗い声で吐き捨てた。俺はその頭上に静かに視線を投げかけた。
「俺も……似たようなもんだよ」
「あ?」
「俺も大切な人を奪われて、自分の中に潜む怪物の力に怯えて……一人でどうすればいいか分からなくなっていた。だけど、ここにいる仲間たちが俺の手を取ってくれたんだ」
俺は刀の柄に手を置き、静かに言葉を繋いだ。
「お前が魔王軍の幹部サルガタナスに立ち向かったのは、ただの我儘じゃないはずだ。お前の中には、あいつらのやり方を『胸糞悪い』と思えるプライドがある。だったら……一人で突っ張る必要はないんじゃないか?」
「ルシフェル……」
ノエルが嬉しそうに俺を見上げ、シバリアも満足げに「ふっ」と鼻で笑った。
ブラッドは驚いたように顔を上げ、俺たち三人の顔を順番に見つめ直した。 呆れつつも温かい眼差しを向けるシバリア、優しく微笑むノエル、そして静かな覚悟を宿した俺の目。
「お前ら……全員頭がおかしいんじゃねえの……。悪魔にそんな顔向けてんじゃねえよ……」
ブラッドはぷいっと横を向いてつぶやいたが、その耳の先端は真っ赤に染まっていた。 固く閉ざされていた彼の心に、かすかな変化の芽が確かに生まれ始めていた。




