第10話:ツンデレ悪魔の事情 第1編:交錯する視線
第10話:ツンデレ悪魔の事情
第1編:交錯する視線
刀を鞘へと納める鋭い金属音が、静まり返った火山街グランの夜空に小さく響き渡った。
熱風が吹き抜ける中、俺の足元には、真っ赤な髪の少年悪魔――ブラッドが石畳の上にへたり込んでいた。さっきまで街を焼き尽くさんばかりの勢いで暴れ回っていた横若な雰囲気は完全に吹き飛び、その顔は真っ青に引きつっている。
彼の首元には、俺が刃を寸止めした際に付いた薄い切り傷から、一筋の赤い血が伝っていた。ほんのわずかでも手元が狂っていれば、あるいは俺に殺意があれば、彼の首は間違いなく胴体から切り離されていたはずだ。
「が……っ……ハ……っ……」
ブラッドは自分の首元を震える手で押さえながら、荒い息を吐き出していた。 その真紅の瞳は大きく見開かれ、目の前に立つ俺の姿を、信じられないものを見るような戦慄の眼差しで見上げている。
「な……なんだよ……今の……。目どころか……気配すら……追えなかった……。人間が……こんな真似……できるわけが……」
ブラッドの細い声が、恐怖で引きつり、激しく震えていた。 彼が誇っていた圧倒的な炎も、悪魔としての強大な魔力も、沖田総司から引き継いだ神速の踏み込みと、極限まで研ぎ澄まされた死生観の前には何の意味もなさなかった。
俺は刀の柄からゆっくりと手を離し、ブラッドを見下ろしたまま静かに息を吐き出した。
(冷や汗が止まらない……)
表面上は冷静を装っていたが、俺の内心もまた限界ギリギリだった。 左腕の奥では、ブラッドの放った激しい破壊の魔力に当てられ、今なお「黒い衝動」が濁った脈動を打ち続けている。油断すれば一瞬で意識を乗っ取られ、目の前の少年悪魔ごとこの街を破壊し尽くしてしまいそうな危険な感覚。俺は歯を食いしばり、必死でその暗い熱量を体内の奥底へと押し込め、封印した。
「ルシフェル!」
背後から、大剣を構えたシバリアが警戒を怠らずに駆け寄ってくる。その後ろからは、水魔法で周囲の火災を最小限に抑え込んだノエルも、息を切らしながら走ってきた。
「見事な踏み込みだった……! 一瞬で悪魔の死角に入り込み、首元を制するとは。だが、怪我はないか?」
シバリアが俺の前に立ち、ブラッドを牽制するように大剣の先を軽く向けながら問いかけてくる。
「ああ、平気だ。シバリアが背後を固めてくれたおかげで、目の前の一撃に集中できた」
俺がそう答えると、シバリアは力強く頷きつつも、地面に倒れるブラッドへと視線を落とした。
「さて……この暴れ馬の悪魔をどうするかだな。魔王軍の残党ではないようだが、街に大きな被害を出した事実は変わりない」
ノエルも心配そうにブラッドの傷口を見つめ、静かに杖を握り直した。
「ルシフェルさん、その男の子……首から血が出ています。手当をしないと……」
「手当だぁ!? 余計なお世話だ、この野郎!!」
ノエルの温かな言葉に対し、ブラッドは弾かれたように跳ね起きると、二人に向かって猛然と吼えた。
ブラッドは震える足で立ち上がり、落ちていた赤銅色の巨斧をひったくるように拾い上げた。首元の血を乱暴に腕で拭い去り、真っ赤な顔で俺たちを睨みつける。その瞳には未だに強い警戒と、己の未熟さを突きつけられた悔しさが滲み出ていた。
「勘違いすんじゃねえぞ、人間ども! 俺様が負けたわけじゃねえ! たまたま……そう、たまたま足元が滑って体勢が崩れただけだ! お前の安っぽい剣技に屈したわけじゃねえからな!」
ブラッドは肩で息をしながら、プイッと顔を横に背けた。
完全に強がりであることは誰の目にも明らかだった。足はまだかすかに震えており、俺と視線が合うたびに、その瞳の奥に一瞬だけ走る怯えの色を隠しきれていない。ルシフェルが見せた異次元の速度と、死の直前に叩きつけられた圧倒的な圧力に、彼の自尊心は根底から打ち砕かれていたのだ。
「おい、待て! まだ話は終わっていないぞ!」
シバリアが声を張り上げたが、ブラッドは鼻で「フンッ!」と激しく息を吐き捨てた。
「うるせえ! お前らみたいな気取った奴らとつるむ気はねえんだよ! 俺の獲物を邪魔しやがって……次に会った時は、絶対に丸焼きにしてやるからな! 覚えてやがれ!」
ブラッドは背中の小ぶりな悪魔の翼を羽ばたかせると、屋根の亀裂を蹴って跳躍した。 そのまま、燃え残る煙の向こう側へと、逃げるような猛スピードで飛び去っていく。
「あ……行っちゃいました……」
ノエルがポツリと呟き、空を見上げた。
「追いかけるか、ルシフェル?」
シバリアが尋ねてきたが、俺はゆっくりと首を振った。
「いや……いい。追う必要はないよ。あいつは魔王軍の刺客じゃない。ただ強がりで、行き場を無くしているだけだ」
ブラッドが去っていった夜空を見つめながら、俺は胸の奥の冷たい鼓動を感じていた。 一匹狼を気取り、力だけを信じて暴れ回るあの少年の姿。それはどこか、孤立し、己の中に眠る恐ろしい闇に怯えながら強さを求めている俺自身の影と、重なって見えていた。
「とりあえず……街の人たちの無事を確認して、被害の状況を聞こう。あの悪魔が何のためにこの火山街にいたのかも、調べる必要がある」
「そうだな。街の警備隊と合流しよう」
シバリアの言葉に頷きながら、俺は静かに左手を握りしめた。 ブラッドとの交錯によって残された嫌な予感と、嵐の前の静けさのような緊張感が、街の熱風と共に肌を撫でていた。




