第9話:熱風の火山街と傲慢なる悪魔 第4編:生意気な挑発
第9話:熱風の火山街と傲慢なる悪魔
第4編:生意気な挑発
「俺様の獲物になりたきゃ、その隠してる力も全部出してみろよ!」
屋根の上から見下ろすブラッドの真紅の瞳が、嘲弄の色を帯びてギラリと光った。 肩に担いだ巨大な戦斧からは、焦熱の波動が立ち昇り続け、周囲の空気を歪めている。
俺は刀の柄を固く握り直したまま、無言で彼を見上げた。 左腕の奥でドクンと嫌な脈動が跳ねる。ブラッドが放つ強烈な破壊の気配に引きずられるように、俺の内側に潜む「黒い衝動」が暴れ出そうとしていた。視界の端がかすかに濁り、全身の血が狂暴に沸き立つような錯覚を覚える。俺は歯を食いしばり、必死にそれを精神の奥底へ押し込めた。
だが、悪魔であるブラッドの鋭い感性を誤魔化すことはできなかった。
「……ハッ! なんだよその面は」
ブラッドは戦斧を地面にドスンと突き立てると、つまらなそうに鼻で笑い、屋根の縁から身を乗り出した。
「おいおい、片腕の人間。何気取って刀なんて構えてんだ? さっきから見てりゃあ、自分の内側から湧き出てる力にビクビク怯えて、必死こいて抑え込もうとしてんじゃねえか。そんなザマで剣士様の真似事か? 笑わせるんじゃねえよ!」
「ブラッドと言ったか、口を慎め!」
俺の横からシバリアが一歩前に踏み出し、大剣をブラッドに向けて鋭く言い放つ。
「ルシフェルは仲間を守るために戦っている! 貴様のように力を誇示するためだけに破壊を撒き散らす悪魔とは違う!」
「ハッ! 仲間を守るだぁ? ゴツいだけの騎士、綺麗事言ってんじゃねえよ!」
ブラッドは露骨に不快な表情を浮かべ、舌を打った。
「戦いってのはなぁ、自分の力を全開にして敵を叩き潰すから面白いんだろうが! 自分の持ってる力を怖がって、ちまちまセーブしながら戦ってる奴なんてな、見てるだけで胸糞悪いんだよ。おい、そこの黒髪の人間! お前だよ、お前!」
ブラッドの指先が、真っ直ぐに俺を指し示していた。
「お前、その左腕にロクでもねえ闇の気配を隠してんだろ? なのに『人間の剣』で戦おうとして、自分の力を封印して……ハッ、笑止千万だな! そんな半端な覚悟で、あの魔王軍の幹部どもに勝てると思ってんのか? 片腕の人間が気取ってヒーローごっこか? 命がいくつあっても足りねえぞ!」
「……」
ブラッドの甲高い声が、燃え上がる街の静寂に響き渡る。 その言葉は、生意気な挑発であると同時に、俺自身が最も目を背けていた事実を正確に抉り出していた。
(俺は……自分の力を恐れている)
リコリスを奪われ、強くなければ誰も守れないと知っているはずなのに。俺は己の左腕に宿る「黒い影」の恐怖に怯え、その力が自分を喰らい尽くすことを恐れるあまり、本気で戦うことから逃げていたのかもしれない。 「俺は人間として戦う」という誓いは、ただの自己弁護であり、闇から逃げるための言い訳なのではないか――。
胸の奥が冷たく冷やえていくような感覚があった。
「どうしたよ、何も言い返せねえのか?」
ブラッドは俺の沈黙を肯定と受け取ったのか、さらに口元を凶悪に歪めて煽り立てた。
「図星だろ? お前は自分が怪魔になるのが怖くてたまらねえんだ。そんなビビりが、俺様の前に立ってんじゃねえよ。俺が一番嫌いなのはな、持ってる力を出し切れねえ半端者なんだよ! 悔しかったら、その自慢の刀で俺様を斬ってみな! まあ、その生ぬるい剣じゃ、俺様の皮膚一枚傷つけられねえだろうけどな!」
ケラケラと高笑いするブラッドの姿。 ノエルが必死に水魔法で消火を続け、シバリアが怒りに震えながら剣を握りしめているのが視界に入る。
「ルシフェル……惑わされるな!」
シバリアが叫ぶ。
「あの悪魔の言葉に耳を傾ける必要はない! 奴はただ貴様を揺さぶり、自滅させようとしているだけだ!」
「わかっている……」
俺は低く呟いた。 だが、視線はブラッドから一切外さなかった。
ブラッドの挑発は不快だ。だが、彼が言った「半端者」という言葉が、俺の中で眠っていた何かを静かに研ぎ澄ませていくのを感じていた。
闇を恐れて足がすくむのは本当だ。 だが、だからと言って、目の前の悪魔に嘲笑されたまま退くわけにはいかない。 沖田総司から引き継いだ剣の意志が、そしてリコリスを取り戻すという俺の誓いが、このまま屈することを許さなかった。
「……片腕の人間、か」
俺は静かに息を吸い込み、刀の柄を握る手に力を込めた。
「そこまで言うなら……見せてやるよ。俺の剣技が、お前の言う『生ぬるいもの』かどうかをな」
ルシフェルの瞳から迷いが消え、静かなる殺意が宿る。 屋根の上で挑発を続けていたブラッドの笑顔が、一瞬だけピクリと硬直した。




