第9話:熱風の火山街と傲慢なる悪魔 第3編:傲慢な名乗り
第9話:熱風の火山街と傲慢なる悪魔
第3編:傲慢な名乗り
激しい衝撃音と共に、ブラッドの振るう赤銅色の巨大な戦斧と、俺の構えた刀が真っ向から衝突した。
「ハッ! 大したもんだな、人間! 俺様の爆風をまともに受けて、腕の一本も吹き飛んでねえとはよぁ!」
ブラッドは真紅の髪を逆立て、ギラついた赤色の瞳をさらに細めると、絶悪な笑みを深めた。 戦斧の刃から伝わってくるのは、尋常ではない圧倒的な質量と、周囲の空気を一瞬で蒸発させるほど高熱の魔力だ。足元の石畳がメリメリと音を立てて砕け散り、靴底を通して灼熱の熱気が伝わってくる。
俺は歯を食いしばり、刀の柄を固く握り締めながら必死にその重圧に耐えた。だが、それ以上に俺の胸の中で燃え上がっていたのは、この街の悲惨な現状など歯省みもしない彼の身勝手な振る舞いに対する強い怒りだった。
「お前……魔王軍の悪魔か! 街を荒らし、逃げ惑う住人を脅かしている奴らの仲間なのか!」
俺が刃を力任せに押し返しながら鋭く問い詰めると、ブラッドは心底不快そうに「はぁ!?」と大きな声を上げた。その顔から笑みが消え、あからさまな嫌悪感が露わになる。
「ハッ! 一緒にするんじゃねえよ、胸糞悪い! 俺様をあんな魔王軍のゴミどもと同類扱いすんじゃねえ!」
ブラッドは爆発的な脚力で地面を蹴り、戦斧を大振りに払って俺との距離を強引に取った。屋根の上に着地すると、トントンと自分の胸を誇らしげに叩いて見せる。
「いいか、よく聞けよ人間ども! 俺様の名はブラッド! どこぞの配下に収まる気もねえ、気高き『一匹狼の悪魔』様だ! あの魔王軍の温いやり方や気取った幹部どもが気に入らねえから、勝手に獲物を横取りして暴れ回ってるだけだ。勘違いすんじゃねえぞ!」
「一匹狼の悪魔……?」
俺の後ろから大剣を構えたまま疾走してきたシバリアが、ブラッドを見上げて警戒の眼差しを強める。
「魔王軍の組織に属さず、単身で暴れているというのか。だが、周囲の迷惑も省みずに炎を撒き散らし、街を破壊している以上、やっていることは魔王軍の暴徒と何一つ変わらんぞ、少年!」
「少年とか呼ぶんじゃねえ、ゴツい女騎士! 俺はこれでも立派な悪魔だ! この街がどうなろうが、人間が何人死のうが俺の知ったこっちゃねえんだよ! 俺はな、強い奴を片っ端からぶっ殺して、このブラッド様の圧倒的な力を世界に見せつけてやりたいだけなんだ!」
ブラッドは不満そうに口を尖らせ、鼻で笑うように吐き捨てた。
その言葉通り、彼からは魔王軍特有の組織立った冷酷さや統制された邪気は感じられない。だが、それは同時に「理屈や交渉が一切通じない」ということでもあった。己の承認欲求と破壊衝動のためだけに暴れる野良の悪魔。今この場で食い止めなければ、魔物だけでなく、彼自身の放つ炎によって火山街グランは全滅してしまうだろう。
「ノエル、後ろの消火と住民の避難を頼めるか!」
俺が叫ぶと、後ろで杖を構えていたノエルが素早く頷いた。
「はい! 水魔法で火元を抑えます! ルシフェルさん、シバリアさん、気をつけて……あの悪魔の魔力、ただ事ではありません!」
ノエルが詠唱を開始し、周囲に立ち込める熱気を打ち消すように澄んだ水の奔流が広がり始める。 それを見たブラッドは、退屈そうに戦斧を肩に担ぎ直し、ケッケッと喉を鳴らして笑った。
「ヒールや消火ごときで俺様の炎が消せると思ってんのか? 甘いんだよ! 俺の炎はな、俺の魂が燃えてる限り、何をかけようが消えやしねえんだ!」
ブラッドが戦斧の柄を地面に叩きつけると、再び凄まじい火柱が彼の周囲から立ち昇った。 その圧倒的な熱量は、まさに火山街グランの地下に眠る溶岩そのものを思わせる激しさだった。彼が繰り出す炎の波紋は、近づく者を容赦なく焼き尽くす死の領域を作り出している。
俺は刀を正眼に構え直し、ブラッドの隙を探るためにじりじりと間合いを詰めた。 左腕の奥で、再び「黒い衝動」が脈動を打つ。ブラッドが放つ強烈な破壊の気配に呼応するように、俺の体内の闇が狂暴に暴れ出そうとしていた。
(抑え込め……呑まれるな。今はあの悪魔の足止めが先だ)
俺は深く息を吐き出し、胸の奥の冷たい鼓動を必死で無視した。 だが、屋根の上で見下ろすブラッドの鋭い視線は、俺のそのわずかな動揺と、左腕の異質な気配を逃さず捉えていた。
「……へぇ」
ブラッドは口元を凶悪に歪め、挑発するように俺を指差した。
「人間、お前……なんか嫌な気を隠してやがるな? 面白え。ただの雑魚じゃなさそうだ。俺様の獲物になりたきゃ、その隠してる力も全部出してみろよ!」
傲慢に言い放つブラッドの眼光が、燃え上がる炎の中で紅く怪しく光っていた。




