第9話:熱風の火山街と傲慢なる悪魔 2編:赤髪の乱入者
第9話:熱風の火山街と傲慢なる悪魔
2編:赤髪の乱入者
胸の奥で、ドクンと冷たい鼓動が打った。
まただ。オーク兵を斬った瞬間、左腕の奥から濁った破壊衝動が湧き上がりそうになる。俺は歯を食いしばり、必死にその黒い衝動を抑え込んだ。
しかし、その時だった。
「――おいおい、シ気けた面した人間どもが。俺の横取りをするんじゃねえよ!」
頭上から、空気を焦がすほど高熱の炎と共に、生意気で甲高い少年の声が響き渡った。
ドォンッ!
激しい衝撃音とともに、俺たちが対峙していた残りの魔物たちの真ん中に、一筋の赤い閃光が落雷のように突き刺さった。猛烈な熱風が巻き起こり、爆煙が街路を包み込む。俺は左腕の痛みを堪えながら剣を構え直して身構え、仲間たちも一瞬で警戒態勢に入った。
煙がゆっくりと晴れていく。爆心地の中央、亀裂の入った石畳の上に立っていたのは、一人の少年だった。
燃えるような真紅の髪を逆立て、背中には小さな悪魔の皮翼を生やしている。手には己の身の丈ほどもある巨大な大剣を軽々と担ぎ、不敵な笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。その眼光は凶暴な黄金色に輝いており、一目でまともな種族ではないと分かる。悪魔――それも、かなり強い魔力を秘めた個体だ。
「おい、人間。俺の獲物に勝手に手を出すんじゃねえよ。この街の雑魚共を叩き潰していいのは、この俺――ブラッド様だけなんだからな!」
少年悪魔・ブラッドは鼻を鳴らし、担いでいた大剣を地面にドスンと叩きつけた。その衝撃だけで、周囲の石畳が蜘蛛の巣状に割れていく。
「ブラッド……悪魔だと!?」
仲間の一人が息をのむ。街を襲撃している魔物だけでも手一杯だというのに、こんな強力な悪魔まで現れるとは完全に計算外だった。しかもこの少年、敵である魔物だけでなく、俺たち人間側にも明確な敵意――というか、単純な暴力的好奇心を向けている。
「おいおい、何だその顔は? 命拾いして感謝するどころか、俺をそんな目で見やがるのか? なら……お前らもまとめて灰にしてやろうか!」
ブラッドがニッと八重歯を覗かせると、その大剣に灼熱の炎が巻き付いた。空気があっという間に焦げ付くような高熱が周囲を支配する。
「くっ、調子に乗るなよ、悪魔!」
味方の剣士が、魔物の波を押しのけながらブラッドへ向かって突進した。だが、ブラッドは退屈そうに欠伸を噛み殺すと、一切の無駄がない動きで大剣を横一文字に振るった。
「甘えんだよ!」
ゴォッ!
放たれたのは、波のような炎の衝撃波だった。突進した剣士は直撃こそ免れたものの、あまりの熱圧と衝撃に弾き飛ばされ、壁に激しく打ち付けられる。
「ぐはっ……!?」
「おい、大丈夫か!」
仲間が駆け寄るが、ブラッドは気にした様子もなく、大剣をクルリと回して肩に担ぎ直した。その瞳が、じっとその場から動かずにいた俺を捉える。
「……へえ。お前、さっきから黙って俺を見てるな。なんだ、ビビって動けねぇのか?」
ブラッドがニヤニヤしながら俺に向かって一歩踏み出してくる。
俺は無言のまま、右手で剣を握り直し、引き攣る左腕を静かに庇った。左腕の奥で疼く黒い衝動は、目の前の悪魔が放つ強烈な魔力に反応して、ますます暴れ出そうとしている。歯を食いしばらなければ、今にも意識を呑み込まれそうだった。
(くそっ……こんな時に……!)
俺の身体の変調を敏感に感じ取ったのか、ブラッドの眉がピクリと跳ねた。黄金色の瞳が細められ、不敵な笑みが一層深くなる。
「……ほう。ただの人間じゃねえな、お前。なんだその左腕? すごく面白そうな、ヤバい匂いがプンプンすんぞ」
「……関係ない。引っ込んでろ、ガキ」
俺が低い声で言い放つと、ブラッドの額に青筋が浮かんだ。
「あぁん!? ガキだと? 言ってくれるじゃねえか人間! 俺はな、強い奴と戦うのが大好きなんだよ。お前、その隠してる力……全部吐き出させてやる!」
ブラッドが地面を強く蹴った。
次の瞬間、彼の姿が視界から消える。速い――!
「シネッ!」
頭上から振り下ろされる灼熱の大剣。俺は咄嗟に右手の剣でそれを受け止めた。
ガキィィィンッ!!
金属同士がぶつかり合う凄まじい高音と、激しい火花が飛び散る。両腕に伝わるズシリとした重量感。体格に似合わない圧倒的な怪力だ。足元の石畳がメリメリと音を立てて沈み込む。
「へへっ、受け止めるか! だけど、これならどうだ!?」
ブラッドは大剣の柄から手を離さず、空いた左手から至近距離で極大の火球を錬成した。ゼロ距離での魔法攻撃。避ける隙はない。
「ルシフェル!」
仲間の悲鳴のような叫びが聞こえる。
俺は瞬時に左腕の力を解放しかけた。黒い魔力を展開して炎を相殺しようと――だが、踏みとどまった。ここでこの黒い衝動を全開にすれば、ブラッドを倒せたとしても、俺自身が正気を失い、周囲の仲間まで殺しかねない。
「ぐっ……おおおおあぁっ!」
俺は右腕一本に渾身の力を込め、強引にブラッドの大剣を上空へ弾き飛ばした。ブラッドの体勢がわずかに崩れ、放たれた火球の軌道が逸れる。火球は俺のすぐ横を通り抜け、背後の建物を吹き飛ばした。
「チッ、逃したか!」
ブラッドは空中で一回転して着地すると、忌々しそうに舌を鳴らした。しかし、その顔には落胆どころか、狂暴な歓喜が満ち満ちていた。
「ハハッ! 面白い! 最高だぜお前! 力をセーブしたままで俺の攻撃を凌ぎやがったな!?」
ブラッドは大剣を両手で構え直し、全身からさらに凄まじい炎のオーラを噴出させた。街の一角が、まるで太陽の表面のような熱気に包まれる。
「遊んでる暇はないんだ……魔物が街を壊しているんだぞ!」
俺は息を荒げながら叫んだ。現に、ブラッドと俺がやり合っている間にも、倒しきれなかった魔物たちが街の奥へと進もうとしている。市民たちの悲鳴が遠くから聞こえてくるのだ。
だが、悪魔であるブラッドにそんな理屈が通じるはずもなかった。
「ハッ! 街がどうなろうと俺の知ったこっちゃねえよ! 俺にとってはな、あんな雑魚どもよりも、お前をぶっ殺す方が百倍面白ぇんだよ!」
「この……愚か者が!」
俺は剣を深く構えた。説得は不可能です。この赤髪の悪魔を退けない限り、街の惨劇を止めることも、自分の左腕の暴走を抑え込むこともできない。
「行くぞ、人間! 俺を満足させてみろ!」
ブラッドが炎の竜巻を纏いながら、再び俺に向かって跳躍した。
黒い衝動が腕の中で激しく脈動する。限界が近い。正気を保ちながらこの悪魔を打ち払うことができるのか――俺の選択は、一刻の猶予も残されていなかった。




