第9話:熱風の火山街と傲慢なる悪魔 第1編:灼熱の街グラン
第9話:熱風の火山街と傲慢なる悪魔
第1編:灼熱の街グラン
【ルシフェル視点】
足を踏み入れた瞬間、肌を灼く熱風が全身を包み込んだ。
街を取り囲む断崖の罅裂からは、真っ赤に溶けた溶岩が滝のように流れ落ち、網の目のように張り巡らされた水路――ならぬ「溶岩路」を通って街全体へと熱を供給している。空気を吸い込むだけで喉の奥がカラカラに乾き、肺の奥が燃えるように熱い。
「ここが……火山街グランか」
俺は白鞘の柄に左手を置いたまま、周囲に鋭い視線を走らせた。
かつては豊富な鉱物資源と、腕利きの鍛冶師たちが集う交易都市として栄えていたというグラン。だが、現在の街道沿いに立ち並ぶ黒鉱石の建物は各所が崩落し、人々の活気は完全に失われていた。
通りを行き交う街の住民たちは、皆一様にボロ切れのような服を纏い、怯えたように肩を縮めて歩いている。そして、その住民たちを家畜でも見るような冷酷な目で見下ろしているのは――黒い打頭甲冑に身を包んだ魔王軍の下級悪魔や、重装備のオーク兵たちだった。
「ひっ……! 頼む、これ以上の鉱石はもう出ないんだ! 今週の納品は勘弁してくれ!」
路地裏から、痩せこけた初老の男の悲鳴が響いた。
「黙れ、人間の豚が! サルガタナス様、ネビロス様への上納分が足りぬのなら、お前の命で支払うか!?」
豚に似た醜悪な顔を持つ大型のオークが、身の丈ほどもある鉄槌を振り上げ、嫌がる男の胸元を蹴り飛ばす。男は赤土の地面を転がり、血を吐きながら蹲った。周囲の住民たちは誰も助けに入ろうとせず、ただ目を背けて震えている。
「チッ……胸糞悪い光景だな」
後ろから追いついてきたシバリアが、大剣の柄に手を伸ばしながら吐き捨てた。
「ネビロスの奴は地下聖堂で俺たちが叩き潰したが、この街の連中にはまだその情報がいき届いてねえようだな。サルガタナスとネビロスの威光を笠に着て、下級の魔物どもが好き勝手に掠奪を繰り返してやがる」
「ルシフェル、あの人を助けないと……!」
ノエルが胸の前で手を組み、悲痛な声で俺を見上げる。ハーフエルフの繊細な肌は、グランの過酷な熱気と過酷な光景にすでに赤みを帯びていた。
「ああ。分かっている」
俺は静かに一歩を踏み出した。
ネビロスを倒したことで、リコリス奪還への足がかりは掴んだ。だが、サルガタナスの支配がこの街にまで及んでいるのなら、見過ごすわけにはいかない。何より、弱者を踏みにじる魔王軍の残虐なやり方は、故郷の村を焼かれたあの日の絶望を苛烈に思い出させた。
「おい、そこの豚」
俺は静かな声で、オーク兵の背中に声をかけた。
「ああん? 誰だ、俺様に向かって――」
オーク兵が鬱陶しそうに振り向く。その視線が、胴体に右腕を縛り付けた俺の歪な姿と、左手に握られた一振りの刀に留まった。
「ハッ! なんだその無様な姿は! 右腕を失った片腕の人間か? 死にぞこないの分せいで俺様に口を挟む気か!」
「……その男から離れろ。これ以上、この街で好き勝手はさせない」
俺の言葉に、周囲にいたインプどもが一斉に下品な高笑いを上げた。
「ギャハハハ! 片腕のガキが何を言っていやがる!」
「殺せ、オーク! 見せしめに首を跳ね飛ばしてやれ!」
オーク兵が殺気を剥き出しにし、巨大な鉄槌を軽々と頭上へ振りかぶる。
「死ねや、威勢だけの羽虫がぁっ!!」
大地を揺らすような踏み込みと共に、黒鉄の塊が俺の脳天目がけて振り下ろされた。破壊力だけなら一撃で家屋を粉砕するほどの重圧。
だが――遅い。
前世の天才剣士「沖田総司」の絶対的な見切りが、オーク兵の腕の振り、重心の移動、死角の位置を瞬時に脳内に描き出す。
(左一刀流――無明突き)
踏み込む足音すら立てず、俺は疾風と化してオーク兵の懐へと滑り込んだ。
風魔法『ラ・ラルド』の微かな旋風が、左腕の白鞘から解き放たれる。
――シュッ。
空気を切り裂く微かな音。
振り下ろされる直前の鉄槌の軌道の内側を抜け、俺の刀身がオーク兵の太い喉輪を正確に穿っていた。
「ガ……ッ……!?」
オーク兵の豚顔が驚愕に染まる。鉄槌が力無く手から落ち、地面に刺さって重い音を立てた。
俺は突いた刃を一切の無駄なく引き抜き、流れるような動作で刃についた返り血を振り払う。
ドサリ、と倒れるオーク兵の巨体。
「ヒッ……!? な、なんだ今の突きは!?」
「一瞬でオークを!? 片腕のくせに……!?」
さっきまで嘲笑っていたインプたちが、蜘蛛の子を散らすように後ずさりした。
「すごい……一撃で……!」
助けられた初老の男が、信じられないものを見る目で俺を見上げている。
俺は刀を鞘に戻さず、怯えるインプたちへ冷たい視線を向けた。
「次はお前たちの番だ。この街から消えるか、ここで斬られるか選べ」
胸の奥で、ドクンと冷たい鼓動が打った。
まただ。オーク兵を斬った瞬間、左腕の奥から濁った破壊衝動が湧き上がりそうになる。俺は歯を食いしばり、必死にその黒い衝動を抑え込んだ。
しかし、その時だった。
「――おいおい、シ気けた面した人間どもが。俺の横取りをするんじゃねえよ!」
頭上から、空気を焦がすほど高熱の炎と共に、生意気で甲高い少年の声が響き渡った。




